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第3話【次元の狭間】



 私たちが一体何をしたと言うのか。


 この猫の頭の化け物Bさん……化け猫がブツブツ独り言を発している間、私とニッタは平静を取り戻そうとしていた。


「ねえニッタ、私生まれて17年しか経ってないんだけど、今の状況がわからないから教えてくれる?」


 ニッタは頭をポリポリかきながら答える。


「……私だって28年しか生きてねぇんだ、わかるかよ」


 ハァッと深い溜め息を吐いて、「しょうがない」とニッタは化け猫に話しかける。


「あの、アンタありがとう。助かったよ。死んだばーちゃんが3回くらい手招きしてたわ」


 その言葉に我に帰った化け猫は、振り返って手をポンッと叩く。動作が一々不穏で怖い。


「あぁ、お礼を言えるなんてステキじゃないっすか。こちらこそ出会ってくれてありがとう」


「いや、今はそれどころじゃ……」


 ゆっくりと近づいてくる、スニーカーを履いた彼は、顔以外は割と普通の人間に見える。


 で、結局こいつは何なの?


「とりあえずさ、俺あんま頭よくねーからまずは俺たちのリーダーに会ってくれる? 説明はそこでするから」


 どこで?


「おふたりともアレだろ、何か『歪み』を抱えたんだろ。知らんけど」


 知らんけどが知らんけど。


 そうこうしているうちに、空中で裂けている謎の空間が徐々に大きくなっていった。


「じゃあお先にどうぞ。この先は俺たちのアジトに繋がってるっす」


「えぇ~嫌だ……」


 若干切れ気味に化け猫が手を握ってきた。


 ゴツゴツしたその手は、何か魅力的な雰囲気を感じさせる。


「時間あんまねーのよ。ちゃんと家に帰すから、悪いけどちょっと付き合って欲しいっす」


 ニッタは腕を組み、首を傾げる。


「あいにく私は犬派なんだよな。猫とお付き合いはちょっと……」


「付き合いたいけど意味がちげーんすよ」


 あぁもう話が進まない!


 わけわからない状況なんだし、化け物Aの死体がキモいから一刻も早くこの場を立ち去りたい!


「ほら、ニッタ行くよ!」


「えー」


 しぶしぶ私たちは空中の裂け目に入ることにした。



 ブゥンッ!!



 ――【アジトと呼ばれる場所】


「うぃーす、おつかれー」


 意外にも、アジトと呼ばれた場所はホテルのスイートルームかの如く煌びやか。


 ギターやドラムなどの楽器が並び、防音室のような雰囲気がある。

 そして、冷暖房完備で部屋は適温が保たれていた。


 私もニッタもキョロキョロと周囲を見渡すと、カタカタとタイピングの音だけが響く。


 パソコンの先に、誰かがいる。


「おっ、戻ったかジータス。そっちのふたりは救出者?」


「ッ!? ちょ、ちょっと待って!!」


 つい声を荒げてしまった!

 今なんて言った!?


「えっ、うそでしょ!? えっ!?!?!?」


 『ジータス』と呼ばれた化け猫はキッチンへ向かうと、コーヒーポットへ手を伸ばした。


「女子高生のリアクションほんと好き。俺の名前だけでわかっちゃうもんなん?」


 私は興奮を抑えられなかった。だって――


「のっ、ノバフラのギタリスト『ジータス』様!?!?!?」


 ピンポーンと親指を立て、カップを口に当てる。小さな声で「あちっ」と聞こえた。


 続けてパソコン側からも声が上がる。


「ノバフラ知っていてくれて嬉しいね。僕はケーボーイだ、よろしくね」


 瞬間、膝から崩れ落ちた私は号泣した。


「ボーカル『ケーボーイ』様ぁぁぁあああ!!!!!!」


 嬉しさのあまり、さっきまでの血生臭いいざこざはすっかり忘れていた。


「ごめんちょっとだけ待ってね、いま仕事片付くから」


 まさかあの、伝説のノバディフラワーの二人と出逢えるだなんて夢みたい!


「なぁケーボー。あいつらはまだ?」


「ケーボォォォ♡♡♡」


 傍にいたニッタがドン引きしていることにようやく気付く。


 そして一言。


「音咲、おまえミーハーだったんだな」


「私の最推しバンドなの!! ミーハーどころじゃないわ!! 神よ神!! 神様と出逢ったのよ私たち!!」


 ハハハッと苦笑いをするケーボーイ。

 その笑い声ですら愛おしい。


 でも、ちょっとこの立ち位置からだとパソコンが邪魔で顔が視えない。残念。

 ぜひ後で生で拝見したい。


「じゃあ残りのメンバーが揃ったら今の状況を説明するから、君たちふたりは別室で寛いでいてくれるかな」



 ――これはかなり驚いた。


 ジータスに案内された部屋には、見たことのある顔の人物がいた。

 後頭部を少し刈り上げたツーブロックの黒髪男子。そう、彼は行方不明になっていた筈のーー


「あっ!? 湖沼(こぬま)くん!!」


「あ、A組の音咲さんとニッタ先生!」


 爽やかイケメンで知られている湖沼くんが、缶ジュースを飲みながら普通にソファで寛いでいた。

 テレビの音も現実味を帯びていて安心する。


「おぉ湖沼! ここにいたのか! 無事でよかった、皆心配してたんだぞ」


「いやぁすいません。驚いたな、まさかふたりがここに来るなんて思わなかったよ」


 ホッと胸をなでおろすニッタ。本当に心配していたのだろう。


 正直私は、行方不明と聞いても「どうせすぐ見つかるっしょ」と楽観視していたのは内緒だ。


「湖沼くんはなんでここに?」


 そう言いながら私もソファに座る。

 苦笑いを浮かべ、隣の湖沼くんはこう話した。


「たぶん音咲さんやニッタ先生と一緒だよ。ボクは昨日の夜、妖魔(デーモン)に襲われたんだ」


「えっ、あのキモい化け物はデーモンって認識でいいの?」


 もっとこう、デーモンの響きとして悪魔の姿をしているものだと思うんだけれど。


 ――コンコンッと部屋をノックする音と同時にドアが開く。


「うぃーす。レディ方、飲み物紅茶でいいっすか?」


「えっと、あなたジータス?」


 私の心のときめきは留まることを知らない。


 そう、あのいつもの猫の覆面は、ギタリスト『ジータス』そのものよ。

 覆面は『口元だけが解放されたタイプ』のもので、ノバフラメンバーは皆それを着用している。


 するとさっきまでの化け猫こと完全猫頭は一体何なの?


「うっす。ジータスでぇーす。紅茶どぞー」


「あら、ありがとう嬉しいわ」


 ニッタは紅茶が好きなのか、香りだけでカモミールだとわかったようだ。


 飲み物を置いて早々に立ち去るジータスは、常に飄々(ひょうひょう)としている。


 ようやく落ち着きを取り戻し、3人で大きなソファでゆったり休むことにした。


「――それで、さっきのジータスさんに助けてもらったんだ」


「結局、なんか変な空間に飛ばされて、襲われて死にそうになったってことだよね?」


「そうだね。三途の川からじーちゃんが5回は手招きしてたけど、九死に一生を得たよ」


 あまり楽しい話ではなさそうだ。

 私たちの世界に何が起きてしまったのだろう。


 ――コンコンコンッと今後は3回ノックの音がした。


 ガチャリと開いたドアから頭だけがニュッと出る。


 あぁッ、その愛くるしい羊のお顔はケーボーイ様!

 私だけのためにメェメェと鳴いて欲しい!!


「お待たせ。メンバーが戻ってきたからあっちで話をしよう」



 ――【ノバディフラワー アジトのリビング】


 どこからか持ってきた、様々な色と形のソファが並ぶ。


 今この空間には7人の人間がいる。


「じゃあまず自己紹介から。改めて、僕は『ノバディフラワー』リーダー兼ボーカルの『ケーボーイ』です」


 その羊の覆面は、日本だけでなく世界中のファンが熱狂しているノバディフラワーボーカルの象徴。

 スタイリッシュな彼らは、私の心を鷲掴みにして止まない。


 次に、隣に立つ猫の覆面がシュッと右手を上げる。


「ギター『ケーボーイ』でぇす」


「てめェは『ジータス』だろ」


 傍にいた狼の覆面が疲れ切った様子で突っ込む。

 そして狼の隣、狐の覆面がスッと手をあげた。


「あたいは『テラ』。ベース担当よ」


「オレぁドラムの『スポーン』」


 圧巻。最アンド高。

 何この幸せ空間。


「都立AP学院の教師、『似内(にたない)ハルカ』。2年A組の担任だ」


 先生ももっと小躍りして良いのよ?


「ボクは2年C組の『湖沼(こぬま)ケンタ』です」


 次は私の番。

 現実へと意識を戻さないと!


「『音咲スミカ』! 2年A組! ノバフラの大ファン!! ッです!!」


「……あんなことがあったのに音咲は元気だなぁ」


 ニッタも元気になって!!


 ――ケーボーイは立ち上がるとホワイトボードの前に移動し、ペンのキャップを開ける。


「みんなよろしくね。じゃあ、今から僕が話すことは他言無用、ナイショだよ。信じられないことしか言わないから」


 私たちは、いや私だけがワクワクそわそわしながら待機する。


「まず、ここ最近日本で起きている不可解な事件や事故の、およそ9割が妖魔(デーモン)と関係していると、僕らはみている」


 キュッというペンの音が心地良い。

 ホワイトボードにメモが書かれていく。


「世間では獣の被害と言われている事件も、そのほとんどが『次元の狭間』で行われる奴らの悪行なんだ」


 ここまでは理解できた。たぶん。


「『次元の狭間』とは現実と虚構。つまり普段僕らが住んでいる世界と、創られた偽の世界。その境界線が失われつつある。当然だが、この世の誰一人としてその存在を体験したものはいなかった」


「……?」


 ちょっと難しい話になってきたぞ?


「僕たちがバンドを結成したのが3年前。そして『次元の狭間』の存在を知ったのが約半年前かな」


「……おいこらケーボー。こいつらにアレを話すのか?」


 ドラム担当スポーン!! 筋肉すごい!! 声が野太い♡

 そのアレってのはなーになーに?


「まぁ必要があればそのうち、ね。今は概要だけ話すさ」


 そしてホワイトボードに次々と書き込まれる難しい漢字。

 ケーボーイは話を続ける。


「人は、心のどこかで『(ゆが)み』を抱えて生きている。例えば、失恋だったりイジメだったり。辛いことだけに限らないけれど、その歪んだ心がある一定のラインを越えた時――」


()()の標的にされる」


 ベース担当のテラ♡♡♡ 好き。声も容姿も何もかも好き。

 スタイル抜群の細身でありながら、そのたわわな物体はどうやって育んだのか小一時間問い詰めたい♡


 余所行きの恰好なのか、上下フォーマルなスーツを着こなしていたテラは、ソファに浅く座って指を絡め、言葉を続けた。


「あくまで、下位妖魔(レッサーデーモン)は現実に干渉することは出来ない。それだけの知能と技術がない。でも上位の妖魔(デーモン)はそうじゃない」


 テラの言葉にノバフラメンバーが頷く。


「通称『グレーターデーモン』。テラの言う通り、事件には上位の妖魔(デーモン)が絡んでいる」


 真面目で不可思議な話は続く。


「――人の『(ゆが)み』には発動条件(トリガー)があって、そのきっかけとなる事象・物質とか条件は様々なんだけど、一度『(ゆが)み』を得た者は、何らかの影響で超能力のような力を発揮できるようになるんだ」


 ペン先でホワイトボードをコンッと突く。


「そして、『(ゆが)み』を得た者()()が、『次元の狭間』へ行くことができる」


「「えっ???」」


 同時に発した声は、なんとも間抜けだった。


「ちょっとやだニッタ、私なにも歪んでなんかいないからね?」


「わ、私に言うんじゃねえよ」


 スポーンが両手の人差し指で私とニッタをぶっ指す。


「ッだからよ、歪んでねぇと『次元の狭間』には入れねぇんだよ」


「ふたりとも察しな(笑)」


 睨むような狼の眼がスポーン。

 あざ笑うかのような狐の眼がテラ。


 それが彼らの覆面の印象だけど、そのまんまだね。


 そしてよく見るとニッタの隣で項垂(うなだ)れている……湖沼くん?


「ちなみに、もちろん僕らも一度がっつり歪んだし、その影響で4人とも『次元の狭間』に行けるようになった。そしてまだ調査中だが、上位妖魔(グレーターデーモン)下位妖魔(レッサーデーモン)を利用して歪んだ人々を連れ去っているんだと思っている」


 その言葉を聞いて、スポーンが太い両腕を首の後ろに回した。


「あぁ、話の途中で悪ぃんだが、ひとつ思い出した。昨日オレとテラが行った狭間に居た()()。上位クセぇぞ」


 テラはその潤いのある唇に指を当てる。


「救出失敗。こっちの攻撃が届かなくて、結局若いボクちゃんが連れ去られちゃった」


「……そうか。わかった、ふたりとも大変だったね」


 そう口に出したケーボーイの拳が強く握られたのを、私は見逃さなかった。






そこのアンタ。悪いんだけど、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価・ブックマーク・いいね・感想・レビュー、気が向いたらでいいからさ、お願いね。

私は似内ハルカ。誰よ最初にニッタって呼んだの……。

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