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第2話【化け物AとB】



 ――【2028年2月28日 AM7:00】


 ――【東京都 新宿区】


 閑静な住宅街。


 『音咲(おとさき)スミカ』17歳。

 サラサラの黒髪が肩まで伸び、多少のオシャレと化粧に興味のある、ごく普通の女子高生が私。


 今日というこの日を、私はどれほど待ち望んでいたことか。


「ねぇ、それやめてよ」


 日本トップクラスの最強バンド『ノバディフラワー』の新曲『ディシーヴ』公開初日。


 彼らの大ファンである私は、サブスクリプションに登録しているため、日付変更直後からガンガン聴いて音を脳に刷り込ませていた。


「~~♪」


 それなのに!!


 スマホから流れ出るこの偉大なるニューシングルに被せて別の歌詞で歌ってくる。


 歌っていると言うよりは、口ずさんでいるというか。


「ちょっとパパ、いい加減にしないとパンチするよ?」


 心酔している最中に横やりはいらないの。


「マッシュアップ知らんのか。いいぞぉマッシュアップは」


「知ってるよ。楽曲を合成(ミックス)するやつでしょ」


 そんなことはどうでも良いから、ただただ邪魔しないで欲しい。


 朝食のパンを半分だけかじり、洗面所で肩まで掛かる髪に櫛を通す。


「おーい、スミカ。時間大丈夫か?」


「大丈夫じゃない、行ってきまーす」


 割と遅刻ぎりぎりないつもの朝。


 制服のリボンを整え、玄関の扉を開けて小走りで学校へ向かう。


 頭の中ではまだディシーヴが流れている。

 昨日の晩、ベッドで横になりながらエンドレスリピートで再生し続けちゃったからだろう。


 何十回目かのサビまで差し掛かった頃、信号待ちをしていた親友を発見。

 まぁ、金髪ツインテールは目立つからね、私の目は自然とロックオンするよ。


「マホ、おはよっ!」


「あっ、スミちゃおは」


「よし、走るぞ」


 信号が青に変わる瞬間を狙って二人で学校まで駆ける。

 これはいつもの光景。



 ――今日は快晴。気温は低くても校舎に駆けこむ生徒達は皆元気だ。


「間に合ったね」


 ――と、嬉しそうにマホが笑う。


 ホームルームが始まる5分前に教室へ入ると、珍しく担任の似内(にたない)先生ーー愛称『ニッタ』が既に構えていた。


 いつもは私たちより遅く、むしろチャイムが鳴ってから遅れて来ることも茶飯事なのに。


 教室の中はざわついたまま。

 特に不穏な感じもなく、皆雑談に花を咲かせている。


「ねぇスミちゃ、ノバフラの新曲もうチェックした?」


 マホ自慢の、超明るい金色のツインテールをいじりながら、後ろから身を乗り出す。


 前の席にいた私は、肩まで掛かった黒髪をスッと払い、悪魔的な笑みを浮かべながら振り返り、答える。


「ふっふっふ。最高に良い曲だったし多分100回は聴いた。なんなら聴きながら寝たから寝不足感ある」


「さすっ」


 語尾を略すのがマホの面白い癖。

 中途半端がマイブームか。


「やっぱノバフラはちょっと暗い雰囲気のサウンドが好きだ」


「わかるー! なんかこう世界観にどっぷり浸れるよね」


 ちなみにノバフラとは、今流行りの覆面バンドであるノバディフラワーの愛すべき略称だ。


 ボーカル・ギター・ベース・ドラムの基本構成メンバーで織り成す楽曲は、世に出ればどれもこれもヒットチャートのトップを飾っていた。


 唯一の謎は、4人全員が()()()()()をしているので素顔がわからないこと。


 私が過去何度も脚を運んだライブでも、一度も覆面を外したことがない。


 好きなグループの話で盛り上がっているところに、始業を知らせるチャイムが水を差す。


「みんなおはよう。出席を取る前に、少し聴きたいことがあるから、鞄を置いたら席に座れー」


 隣の席の男子が怪訝な顔で「ニッタ、なんの話?」と割り込んだ。


「あー……あまり良い話じゃない。とにかく全員揃ってる? ほら座って座って」


 愛称で呼ばれているニッタは、普段から明るくカワイイ系の音楽教師で、茶髪がとても似合っている。生徒からの人気も厚い。


 多少の口の悪さも愛嬌ってくらい可愛くて、スタイルも良い。何を食べたらそうなるんだろう。


 そんなニッタが困惑した表情だ。非常に気になる。


「よし、全員揃ったか? それでは話をするぞ」


 教壇に両手を置いて、クラス全体を見渡して。


「実は昨晩から今朝にかけて、C組の湖沼(こぬま)が行方不明になったそうだ。ご家族と警察からの要望で、情報を提供して欲しいと――」


 一瞬、教室が騒めく。


「はいはい静かに。急な話だし、びっくりしたよな。ご家族の話だと、夜ひとりで外出するようなことは今まで一度も無かったそうだ。何か知っている人がいたら、後で職員室まで来てくれ」


 あまり面識のない湖沼(こぬま)君、まあ家出か何かだろうけど少し心配かな。



 ――何事もなく一時限目が終了した。


「湖沼君、どうしちゃったんだろ。事件とかに巻き込まれてなきゃ良いけれど」


 さっそくマホが心配していた。

 イケメンチェックには抜かりがなく、そして優しいのだ。


「さあ。よくわからないけど、家の中にいて夜から朝にかけていなくなったんでしょ? 家出だとしてもスマホ持ってるならすぐに見つかるでしょ」


「さすっ」


 ――年間の行方不明者はおよそ10万人を超える。


 近年は10代の失踪が目立っているような話がネットニュースにも載っていた。


 それで思い出したことがある。


「マホ、そう言えばさ、昨日の熊が出たってニュース観た?」


「うん、新宿区内だったよね。もしかしてこの辺だったり?」


 っはぁー勘弁して欲しい。

 両腕をグッと伸ばして背伸びをする。


「獣にだけは絶対に遭遇したくない。動物園なら分かるけど、野生はダメ。可愛くない」


「同意ぃー」


 休み時間を呑気にスマホぽちりながら駄弁り、有意義に過ごした。



 ――夕暮れ。授業が終わり、放課後タイム。


「ん? 音咲(おとさき)ひとりか?」


 帰ろうと下駄箱で上履きを抜いでいたところ、ニッタに声を掛けられる。


「あ、ニッタ。うん、ひとりだけど……どうしたの?」


 赤いジャージ姿もキュートなニッタは、少し困ったような表情で、腰の辺りまで伸びた茶色の長髪を撫でる。


「いや、ほら熊出たってニュース、帰りのホームルームでしただろ? あれこの辺りで目撃情報が出てから続報がないんだよ。仲の良い友達同士とかで固まって帰るようにあたし言ったじゃん」


「あはは、さーせん。でもまぁまだ暗くないし急いで帰るよ。ニッタ、また明日ね」


 気を付けろよーと心配の声をくれるニッタは良い先生だ。

 言われた通り、今日は真っ直ぐ帰ろう。


 あぁ、早く帰ってディシーヴのミュージックビデオが観たい!

 私の元気の水源を溢れさせたい!


 校門を出て外壁に沿って歩き、最初の角を曲がったところで――



 ビキッーー



「おぉー……いやこれなに?」


 突如として現実は、非常にも悍ましい世界を覗かせてくる。


 こちらをジッと見ているのは、熊なんかではない。


 3メートル? はくだらない長身の化け物がそこに立っていた。

 空は紫色に染まり、雲がぐるぐると渦巻いている。


「ヴヴォ……グルルォ……」


 100パーセント、目と目が合った。


 あっ、これはあかんやつだ。


 絶対に会話通じない系の獣だ。鳥のような頭だけど胴体は牛のようにムキムキで――


 私は目線を外さないように、熊対策の動きを始める。

 一歩ずつゆっくりと後退した――けど。


「なんで二足歩行なのぉ!?」


「ヴォアアアア!!」


 一瞬で間を詰められ、鋭い爪が視界の端に視えた――



 ガキィィィンッ!!



 瞬間、私の身体を抱きかかえるように横から飛んだのは――


「に、ニッタ!」


「おいおいおい、死ぬわコイツ。逃げるぞ!!」


 涙目な私を無視する化け物は、思いっきり振りかぶった斬撃が地面にヒットしたまま硬直していた。


 今がチャンス!?


「ニッタ! アレ何なの!?」


「知るかぁ!! 走れぇ!!」


 学校へ戻るように全力疾走すると、妙な違和感があった。


「はぁっ、はぁっ……なんか変……学校じゃない」


「な、なんだァ?」


 そびえ立つ校舎だったものは、廃れた城のように崩れ落ちていた。


 ーー違う、学校じゃない何か別の建物が崩壊しているんだ。


「ヴオォォォ!!」


「ニッタぁぁぁッ、後ろッ、来てる来てる!!」


 やばいよどうしよう!

 私今日何か悪いことした!?


 あっ、パパに謝らなきゃ。

 あのマッシュアップ、本当はちょっとカッコよかったって――


 再び猛突進を繰り出す禍々しい化け物。腕を伸ばし、爪先は私を捉えている。


 人生の終わり。

 こんなにあっけないものなんだぁ。



 ビキッーー



「――っと、お邪魔しやーす」



 ドガッ!!!!



 化け物の突進を片脚で受け止めた者がいた。


 空間の裂け目がはっきりと肉眼で確認できる。

 刹那に現れたお邪魔さんは、どうみても――


 同時に叫ぶ、私とニッタ。


「「んなっ、なんか化け物がもう一匹ぃぃぃ!!」」


 これは、そう。猫かな。

 被り物とかじゃない、人間サイズの猫の頭にヒトの身体。


 白黒のライダースジャケットをラフに羽織り、カーゴパンツを履いている化け物。

 状況も相まって、とても人間には視えない。


「ええっと、先生と生徒かな? 俺は化け物じゃねーんすけど――」


 脚を払いのけ、左右の腕を全力で開き、そして挟んだ化け物A。

 化け物Bは痛がる様子も見せずにプレスされる。


「……あの、ちょっといいっすかぁ? 俺まだレディたちと会話したいんだけど。この腕が邪魔」



 ズバババッッーー!!!!



 身動き取れない状態からどうやったのか、化け物Aの両腕が落とされ、血が噴き出す。


「こいつは下位の妖魔(デーモン)だな。野生だろたぶん」


 化け物Bが何か言ってるけど、その身体はうっすら発光しているように視えた。


 そして次の瞬間――



 ギャイイイイイン!!!!



 凄まじい轟音が鳴り響く。

 その直後、化け物Aは声を発することなく、全身が細切れとなった。



 ドサッ!!



「必殺『スライドシュレッダー』。もちろん必殺技だからコイツは必ず死ぬぜ」


 いやカッコいいんだけど、この化け猫さん非常に怖い。


 ガタガタと震える私は、気付いたらニッタに抱きついて泣いていた。






⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価・ブックマーク・いいね・感想・レビューなど、よろしくお願いするっす。

猫の化け物Bでっす。ゆる〜くいきましょ。

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