第19話【ニュース】
「上霧は『法則』に命を狙われているのか?」
「そうは言っていないわ」
高層にあるアジトの中は広く、机の一つも無い、だだっ広いオフィスといった雰囲気だ。
殺風景な空間を、月明かりだけが照らしてくれる。
「予感……いえ、予知の類の感覚をわたしは持っている。自分の死期が、何となくわかっちゃったの」
僕とマフユ、そして上霧。他のメンバーに会話を聞かれないように窓際に位置していた僕らは、やはり警戒を怠らない。
今、こちらを視ているのは『信仰』と『BOT』の2名。信仰は兎も角、BOTはチームリーダー『法則』の忠実な僕だ。法則に内通していると言ってよいだろう。
「マイさん、なんでわたしとユタカさんを頼ってくれたんですか? 他にもメンバーはいるのに……」
通り名で呼び合うのが鉄則の、名も無きチーム。互いの素性よりも優先すべき目的がある。
「そういえば、ユタカくんには実力を試したりもしたわね。わたしが欲しいのは、わたしを守ってくれる圧倒的強者。わたしって愛されたいタイプなのよ。もちろん、最初から目的が同じ同志だからこそ、信頼もしてるわ」
「……ナイフの件、僕は許していないからな」
本気でそう思っているのに、上霧は僕の顔を見て、ニコッと微笑む。
「『平等の裁き』はメンバーの誰もが願っているからこそ、僕も表向きは信頼している。『法則』の理念に賛同しているはずだからな」
「表向きはって……ユタカさんは疑い過ぎなんですよ」
「マフユが信じ過ぎなんだよ」
――と、言ってもその歪んだ性格は変わらない。歪みを持つ者はそういうものだと受け入れよう。
「えっと……ふたりは付き合っているの?」
行動の先読み。僕はマフユの口元を抑えて発言をさせない。
「断じて違う」
上霧、ニヤニヤするんじゃない。恋愛感情は僕には無い。感情を植え付けようとするな。
「さぁて……」
手で櫛を通すように、その長い髪をふわりと舞わせ、振り返る上霧。
「ッ! 病、ガリブル。詳しい話はまた今度ね。そろそろ『法則』が戻ってくるわ」
コードネーム。それを使用するということは、チーム活動再開の暗示だ。
上霧の能力なのか、どうも先見の明があるようだ。未来予知とは違いそうだが、僕より早く状況を察知出来ている。
コツ、コツ――
カッ、コッ、カッ――
部屋の中央に向かい、歩く。
既に中央にいたのは『信仰』と『BOT』、そして『偽善』。対面からは『大喰い』と『ゲーム』が近づいてくる。
僕らのリーダー『法則』の戻りをただ待っているメンバーは、特に何をするでもなく、静かに佇む。
――【2028年 2月29日 PM10:37】
ブゥンッ!!
『法則』が帰還した。隣にいるのは……誰だ?
「ィヨォゥ♪ 会いたかったぜブラザーズ!!!!」
あぁ、こいつか。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は良く頑張ってくれましたね」
シルバースーツの着衣に乱れはなく、スマートに任務をこなしてきたのがわかる。
「ヘイヘイヘーイ♪ 視てたぜぇ? キミたちやるじゃーん?」
逐一うるさい男だ。深い緑色の上下つなぎを着用し、右手にはタブレットパソコン、首には割と大きめの金のネックレスをジャラジャラと垂らしている。そしてやかましい何とも言えない形のサングラス。コンセプトがわからん。
「先程、プログラムと合流しまして、明日のメディア戦略について情報を共有してきました」
すうっ……と右手をゆっくり上げた男がいた。
こいつは中性的な雰囲気の人物、性別不詳、『偽善』は掴みどころがない。
前髪を作ったロングマッシュベースに、まるで寝ぐせのようなふんわりとしたパーマが掛かっている。
モデルを思わせるスタイルの良さと高身長から、原宿あたりを歩いていそうな目立つ若者と言ったところか。
「はい、偽善。どうぞ」
律儀に一歩前に出て語り出す。
「隣の方はプログラムですよね? ボク会うの初めてなんですけど、確か……姿を見せてはいけないメンバーだって言ってませんでしたっけ?」
「ヨゥ♪ 偽善ちゃんよく覚えていてくれたイェイ! おじさん嬉しくなっちゃう! ってなわけでオレっちがプログラムだっぜ! みんなよろしくベイベー♪ ひゃあうッ!!」
即座に一歩引いた偽善。僕でも引く。やかまし過ぎる。
耳元で整えられた青い髪をオールバックのようにかき上げ、その勢いのままに両手の親指と人差し指を突き出す。なんだこのテンション。
「さて、察しの通り、プログラムが表に出てきたということは、我々の活動も過渡期に入ったという意味だと捉えてください」
革靴の音が響き渡る。法則はハンドポケットを解放し、メンバーの顔を一瞥する。
「今夜のインナーミッションは成功しました。これまで世間には組織の一切を公表しないで活動してきましたが、それも今日で終わり――」
両腕を大きく掲げ、胸筋を張った。
「我々は、これより組織名『ダーク』を名乗ります。社会の裏の顔として、これまで以上に積極的に、世直しを実現していきましょう!」
メンバーは誰一人として心が乱れていない。そして深淵が如く、復讐の炎が静かに大きくなっていくのを、僕は感じ取った。
「なぜ被害者が存在するのか? それは加害者が存在するから。命は尊いもの? だが現実には簡単に奪われている。奪った者は法に守られ、保証され、延命される。改めて皆さんの前で言います――不平等な世の中に平等な裁きを!!」
僕は、人生を肯定されたい訳じゃない。
――ただ、生きてちゃいけない奴が、世の中に蔓延っているのが許せないだけだ。
――【2028年 3月1日 AM7:02】
――【東京都 新宿区 音咲家】
「うわっ……なんだこの事件。おーい、スミカ! ちょっとこっちおいで!」
まだ顔を洗っている最中だというのに、パパが何か叫んでる。
「なによー? ちょっと待って、タオルどこだっけ……」
「ニュースだよ、ニュース!」
「えっ、なになに。パパ、テレビの音量あげてー」
洗顔を終えて、化粧水、乳液、クリームの順にお肌ケアをしながら、耳だけ傾けて聴くことにした。
「――昨日未明、国会議事堂前にて、衆議院議員常任委員長『桝田金吉氏(78)』、憲法審査会会長『柳橋富録氏(75)』の死亡が確認されました。死因は現在究明中で、詳しい情報はまだ入っておりません。緊急速報です。繰り返しお伝えしています――」
(何これ……まさか妖魔の仕業!? あいつらって政治家にも手を出すの!? いや、有り得るか、有り得るな)
「おいおいおい。ちょっとパパ、仕事行ってくる! スミカ、朝ご飯テーブルにあるから食べてから学校行くんだぞ!」
「流石に政治ジャーナリストも、この件はリモートじゃ無理か……」
どたばたと着替えながら、パパは急いで出掛ける支度を進めている。
「あと冷蔵庫にサラダあるから食べてね!」
「わかった、気を付けて行ってらっしゃい!」
スマホを操作しながら、ベルトをがちゃがちゃとスーツに通す。
しかし、玄関に向かったと思うと、急に折り返して戻って来る。
「牛乳は古いやつから手ぇつけてな! 消費期限はまだだから!」
「わ、わかった! ほんと慌てないで行ってね!?」
再び玄関まで行って、靴を履く――と思ったらまた戻ってきた。
どうやらママからプレゼントされた大事な腕時計を忘れたみたい。
「アーッ! 靴下に穴空いてる!! スミカ、プリンもあるから食べていいよ! あと――」
「はよ行け!!」
なんか嫌な予感がするけど、相変わらず音咲家は、パパひとりでやかましい。
悪いニュースで始まる一日って、ほんと最悪!
偽善です。評価なんてくだらないものに興味はありません。
「えぇと、偽善? ここは評価を求めるコメントでお願いしますよ」
? じゃあ……貴方の一票がどこかの誰かを救います。
どうせ誰も評価しないから自分も、という方は試しに評価してみてください。
きっとその評価は、巡り巡って自分に還ってきますから。
「やらない善よりやる偽善ですか?」




