第17話【はみだし者】
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
外の様子が気になる。狭間では法則たちの状況は把握できない。一刻も早く戻らないと。
「おい、ガリブル」
青白く血色を失っている彼女の状態は非常に悪い。戦闘中に散布された周囲の毒気は僕が相殺したものの、未だ意識が戻らない。
幾分か平静になると、僕の赤いオーラは通常の黒のオーラへと移行した。逆立っていた髪も、釣り上がった眼も、ようやくいつもの姿に落ち着いた。
「まいったな」
ガリブルの能力は『思い込みの力』。意識さえ戻れば自らの能力で回復出来るのではないかと僕は考える。
そして、あることを閃く。
「――そうか、小烏丸だ。あの刀にはガリブルのオーラも宿っている」
しまったな、思いっきり爆発させてしまったがまだ形を保っているか?
そうこうしている内に、ガリブルの容態は悪化していく。急がないと。
今の僕は眼を凝らすことでオーラを直視することが可能だ。小烏丸は……あった!
「来い、小烏丸」
細く遠くへと黒いオーラを伸ばす。刀身を掴むと、一気に引き寄せる。
チャキッと音を出して手に収めると、僕のオーラを解いて、刀身に宿るガリブルの蜜柑色をしたオーラを知覚した。
「起きろ、ガリブル」
傷付かないように、そっと刀を胸の上に置いた。
ピクッと僅かに彼女の指が動く。
「上手くいけばいいが……」
ズズズ……!!
僕のオーラで上から押し込むように、刀に纏われている彼女のオーラを身体へと移す。
「……ケホッ、うっ、ハァッハァッ」
咳き込み、若干意識が戻った。感情のコントロールは今なら大丈夫、僕は彼女を死なせはしない。
「ハァッ、ハァッ」
「息を整えて。ゆっくり深呼吸するんだ」
僕は膝をつき、彼女の上体を支えながら様子を見ていた。不思議だ、なぜこうも簡単に心が変わってしまったのか。
――僕は悪だ。他人の命、生殺与奪は僕が決める。その信念だけは変えたくない。
「ガリブル、キミの能力で自身を回復できないか?」
「ハッ……ハッ……わ、わたし、は……」
か細い呼吸。深刻なダメージだったことは容易に分かる。だが、乗り越えろ、ガリブル。死ぬな。
「『わたしは、死なない』……」
体力の限界、ガリブルはオーラを使い果たしていた。刀から得た自身のオーラで意識は僅かに戻ったものの、回復には至らなかった。
戻るしかない。
「ガリブル、狭間から出るぞ」
ガリブルの脇下と膝裏を支えるように両腕でそっと持ち上げ、桝田と柳橋の遺体を黒のオーラで包むように回収する。
僕は迷わない。最前は尽くせなくても、やれるだけやってやる。
――【2028年 2月29日 PM10:14】
――【料亭 神家飯盒 入口前】
ブゥンッ!
「人の……気配が無い?」
料亭の前にいたボディーガードも不在。やはりこちらでも何か異変があったに違いない。
闘いの中で失った無線、連絡手段が無いが、誰かいないか?
ブゥンッ!
幻想転移!
確かこの男は――
「むっ、無事であったか病殿。よくぞミッションを達成された」
「アンタは『信仰』か?」
大柄で屈強そうな筋肉質の男。刈り上げた短髪、ダボついたダークブルーのイージースラックスを履き、ロングスリーブのアロハシャツをラフに着こなしている。
「おぉ、某を存じていたか。いかにも信仰である」
「……見た目に反してクセが強いな」
褒めていないのに、嬉しそうに照れる大男。
「倒れているのは柳橋と桝田か。ガリブル殿は……ガリブル殿ぉ!?」
「生きてはいるが、無事じゃない。何とかならないか?」
横たわるガリブルを心配そうに見守る信仰。
「病殿、一旦バックアップチームと合流しよう。BOT殿ならきっと治癒できるでしょうぞ」
「わかった」
「詳細は追って説明する故、先ずは某についてきてくだされ」
言われるがままに、ガリブルとターゲットを連れて、信仰と共に移動した。
ブゥンッ!
――【雑居ビルの屋上】
神家飯盒の近くのビル、その屋上にはバックアップメンバーだけでなく、全員が揃っていた。
赤いライトで薄く照らされたこの場所は、闇に生きるはみだし者の僕らにはお似合いだった。
瀕死のガリブルを見て直ぐに、法則の指示でBOTによる治療が行われる。
機械仕掛けの人形と思っていたが、身体の質感や雰囲気がまるで人間そのもののように感じた。
「治るのか?」
「えぇ、大丈夫デス」
被っていた帽子を更に深く被り、片膝をついてガリブルに手をかざしている。
薄ら緑色の光を放つ手から、生命エネルギーのようなものを僕は強く感じていた。
10秒も経たないうちに、フゥッと息を吐いて立ち上がるBOT。ダッフルコートの皺が玄人らしさを漂わす。
「治療は終わりましたか?」
「ハイ、法則。妖魔から受けた闇のオーラは全て取り除きまシタ。傷も回復済みデス。動けるようになるまで時間は掛かりマスが……ところで法則、ここにいる病は本物デスか?」
その言葉を聞いて、ゆっくりと僕に近づく法則。顎に指を当て、舐め回すようにジロジロと眺めている。
「病、おつかれさまでした。オーラの質が変わりましたね? 今回のターゲットはやはり……妖魔でしたか」
「やはり、ってことは知っていたんですか?」
右肘を曲げ、掌を上に向けてノーを示唆する。
「いいえ、料亭の入口にいたあのボディーガードら4名も妖魔だったんですよ。彼らは下位でしたが、嫌な予感がしました」
この発言に、特に不信感はない。
「ターゲットの遺体を持ち帰ることができたのは幸運でした。その様子だと、大変な目にあったことが伺えますが……病、何が起こったのですか?」
――僕は闘いの経緯を説明した。桝田や柳橋に取り憑き、既に現世に溶け込む存在がいること。奴らには神を目指す目的があること。
周りで話を聞いていたメンバーも一様に唸る。
「よく生き残れたわね……上位の更に上を一人でやったんでしょ?」
「いや、ガリブルの協力も大きかった。僕一人でこなした訳じゃない」
僕は、僕自身の身体の変化を気にしつつ、赤く変容した姿についてははぐらかした。
話しかけてきたサイコだけじゃない、他のメンバーにもなるべく秘密にしておきたい。
だが、リーダーには聴いておきたいことが一つだけある。視線を法則に向ける。
「僕の……いや、僕たちの身体に入れた妖魔の血は、何の妖魔ですか?」
一瞬キョトンとした顔を見せた法則だったが、直ぐに微笑んだ。
「もちろん――上位妖魔の血です。メンバー全員、漏れなくね」
……僕の形態変化は、他のメンバーにも起こり得るものだと考えて良さそうだ。
「何にせよ、我々の目的は病とガリブルをはじめ、皆さんのおかげで達成出来ました。一旦アジトへ戻り、ガリブルが目覚めるまで、皆さん待機していてください」
踵を返し、法則はスーツの襟を正す。
「手筈通り、私はこれから桝田と柳橋を国会議事堂前に捨ててきます」
この時、僕は見逃さなかった。
法則の悪意に満ちた笑みを――
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「サイコ、それはまた別の媒体ですよ」




