第15話【追憶の林檎】
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
突然、ガリブルが慌てた様子で声を掛けてくる。
斬り終えて行き場を失った小烏丸は、僕の手の中で鳴いているようだった。
「病さん! ダメです、その言葉は禁句ですよ!?」
「?」
僕が、何か言ったか?
「『やったか』じゃないですよ! それやってないフラグですから! わたしが上書きします!」
何のことやら。言葉に敏感なお年頃か。
桝田も柳橋も、胴体から真っ二つだぞ。復活できるようにも視えないが。
「『グレーターデーモン二匹は生命活動を終えて消滅する』!!」
ーーすると、シュウシュウと音を立てて気化する二匹。紫色の妖魔の血が煙のように立ち昇る。
その姿があった場所に、『桝田金吉』と『柳橋富録』の身体が横たわっていた。
近づいて首元に手をやると、予想通り、脈の鼓動は停止している。
「……よくわからないが、ターゲットは上位妖魔に身体を乗っ取られていたってことかな」
僕の隣に来たガリブルは、ターゲットを見下ろして怪訝な顔をしている。
「……まずいですね。人間世界に――しかも日本の重要機関の中枢に潜り込んでいた妖魔がいるという事実が、非常にまずいです」
人間の言葉を話し、狭間を出入りする存在がいることは聴いていた。だが、こいつらは一体いつから……。
「このことをリーダーは知っているのでしょうか?」
「……さあな。ただ、遮断された現実世界でも何かが起きているのは間違いない」
暗殺を読まれていた? 上位妖魔なら僕らの動向を察知していても不思議ではない。『ゲーム』の支配は奴らには無効だった可能性があるからな。
「――考えても仕方がない、ここから出よう。いつまでも居たい場所じゃない」
僕の眼を見つめて頷いた彼女は、突然――妙な気配を察知したのか空を見上げる。
「はっ!?」
「ッ!?」
煙だ。蒸発した奴らの煙が、そのまま一カ所に留まっている。
即座に、強烈な悪意を感じた。嫌な汗が、僕の頬を濡らす。
小烏丸を再び構え、同時にガリブルもまた臨戦態勢に入る。
バックステップで距離をとった直後、頭痛がしてきた。いつものより、強く。
ズズズッ……ズズズズッ……
鳴動が耳をつんざく。
煙の中からゆっくりと、そうゆっくりと肉体の一部が見え始めた。
「だ、だから言ったのに! 『やったか?』じゃないんですよ、ほら!」
「違うな、僕は『やったか』と言った。そんな疑問形じゃない」
「おっ、同じですよぉぉぉ!!」
――ソレは、先のサイズの2倍は有していた。禍々しく、妖魔という名に相応しい紫の肉体。巨木を遥かに凌駕する太い脚。腕。
「「……まったく、貴様らは傲慢だ」」
発せられた音は、桝田のものとも柳橋のものとも言える。重なって聞こえた。
開かれた翼が風圧を感じさせながら背中に収まっていく。大蛇のごとくうねる尾も、僕らの目の前を這う。
「「折角、儂が遊んでやったというのに、計画の邪魔をしおって」」
計画だと? それは一体――
ズガアァァッッ!!!!
「ぐぅはぁッ!?」
「あ゛あぁッ!?」
な、なんだ、蹴りか? 巨大な車両が猛スピードで追突してきたような、そんな威力が、衝撃が……。
吐血。ぐうぅ、肋骨も何本か逝った。奴が小さく視えるくらい、遠くまで吹き飛ばされた。
「ゲホッーー」
地べたに流れ出た血。一瞬で瀕死まで持っていかれた。刀も……が、ガリブル、ガリブルは?
「ハァッ、ハァッ、……ハァッ」
ダメだ、飛ばされた位置まで把握できない。くそ、遠慮のない攻撃だった。
オオォォッ――
「「きこえるか人間んんーー!!」」
距離を感じさせない怒号。それどころじゃないダメージに悶絶しているというのに。
「「生死を確認するのも面倒だ、次の一発で確実に死後の世界に送ってやろう!! ハッハッハァ!!」」
紫色の光が奴の頭部、口元へ集まっている。狭間に漂う邪気が収束しているような、そんな不快なオーラがここにまで届いている。
ただ、僕にはそれを避けられる術は無いし、指一本動かすことすら困難だ。
ドウッーーーー!!!!!!!!
放たれた砲弾は、瞬く間に視界を白に染めた――
――【追憶 (山木ユタカの記憶)】
僕はお母さんが好きだった。お父さんも好きだった。お姉ちゃんも好きだった。
いつも家族みんな一緒だった。
朝目覚めると、キッチンでお母さんが朝食と、お姉ちゃんとお父さんのお弁当作りを頑張っている。お父さんは洗面所で髭を剃り、時間を気にして動きが早くなっていた。
四人でご飯を食べ、荷支度を終えると、僕とお姉ちゃんは学校へ。お父さんはゴミを捨ててから会社へ。お母さんの「行ってらっしゃい、気を付けてね」は決まり文句だけど、それを聴くのが好き。
当たり前の日常。僕が10歳の時、お姉ちゃんは14歳だった。
ある日――お姉ちゃんは家に帰ってこなかった。
中学校にも、近所の人にも、警察にも何度も聞き込みをした。放課後、学校を出てから誰もその後の足取りがわからなかったらしい。
お母さんはその日から笑顔が消えた。お父さんは怒りっぽくなった。僕は――
当たり前じゃなくなった日常。僕が12歳の時、今度はお父さんがいなくなった。
僕は知っていた。お母さんとお父さんは、仲良しじゃなくなったんだ。
大人だって喧嘩くらいするよね。だから僕は納得した。辛くても、悲しくても、納得した。
ーー四人で暮らした家から、マンションに引っ越した。
好きだったお姉ちゃんも、お父さんも僕の眼の前から消えちゃった。
お母さんが僕を抱きしめてくれた。毎日、毎日。強く抱きしめてくれた。
そして僕は13歳になった。
ここ何年も、誕生日を祝うことはしていない。僕がしたくなかったから。
お母さんを悲しませたくない。お母さんは僕が守る。
中学生になった僕は、早く大人になってお母さんを楽させたいと思っていた。
ーーお母さんとスーパーで買い物をするのが好きだった。一週間に一回、たまに二回、スーパーに行く。
食事の後は果物を食べる――そんな決まりだったから、フルーツの中でも一番好きな林檎をお母さんに買ってもらった。それも三つもだ。
買い物の荷物は僕が持った。重いものは僕が持つ。
お母さんは僕の前では笑顔でいてくれた。無理していないか、いつも不安だったし、心配かけたくないから不安は僕は顔に出さない。
だから、僕もいつも笑顔だった。
ーーマンションのエントランスには知らない男がいた。会ったことないからここに住んでいる人じゃないと思った。
お母さんが電子キーでドアを解錠すると、僕はその横に並んだ。
「あの……ダメですよ、勝手に入っては」
お母さんは何も間違ったことは言っていない。そこにいた男が、僕らの後ろからついてきたんだ。だからそれはルール違反だと伝えたんだと思った。
男は無言だった。まだ寒さが残る時期とはいえ、ニット帽にマスク、厚手のジャンパーを着ている男がなんだか怪しく見えた。
「……」
男は立ち止まらない。無理やりお母さんの横を通ろうとしたからか、お母さんがジャンパーの裾をつい掴んだのを僕は見ていた。
肩がぶつかったように見えた。いや、男からお母さんの肩にもたれかかったような――僕はそのやりとりを不思議そうに見ているだけ。
お母さんは倒れた。何も言わず、崩れるように手を前に出して。
お母さんのお腹からジワッと赤い何かが流れた。まるで林檎のような赤い色をした何かだ。
お母さんが倒れたまま、今度は男のズボンの裾をグッと掴んで、僕の顔に苦しそうな笑顔を向けた。
「……ユタカ、逃げなさい。笑顔よ、いつも笑顔」
男がお母さんの腕を蹴ったその時、僕を激しい頭痛が襲った。人生で初めての頭痛。
奇声を上げながら、僕は持っていた買い物袋を男目掛けて投げつけた。
お母さんはもう、動いていない。
怯んだ男の手から、赤いナイフが床に落ちる。
買い物袋からも、食べ物が散乱した。
――その後は、よく覚えていない。
気付いたら男の喉にそのナイフが刺さっていた。
僕は多分泣いていた。お母さんの手を握ったまま、笑顔を見つめて泣いていた。
僕の視界には、お母さんと転がった三つの林檎。
一瞬で大人たちが集まったような気がする。一瞬で。もう、ここからは――
(――山木ユタカさん)
誰だ。
(――そして、キミは心に『病』を持った)
そうだ。
(――通過儀礼です。これは妖魔の血液。取り込むことで、キミの身体を流れる血と混ざり、人間を超越した力を手にするのです)
なぜ。
(これ以上、不幸な人々を生まないためです。キミが強いことで、守れる命がある。そして――)
……。
(ーーそして、不幸を生む人間を間引き、世の安寧を願うのです。私は……私たちは、もう悲しい想いをしなくて良いのです。これが――)
僕の正義。
――【次元の狭間 現在】
ドウッーーーー!!!!!!!!
放たれた砲弾は、瞬く間に視界を白に染めた――が、僕は立ち上がる。
「……僕は逃げないよ……母さん」
取り込め。この世の全ての悪を。
僕の心の『病』は全てを受け入れる。
紫色の光は強大な負のエネルギー。僕の中に流れる妖魔の血が騒いでいる気がした。
両腕を広げ、正面から光を浴び――
ギュウウウウゥゥゥゥゥゥ――
「「むっ!? なんだ、何が起きている!?」」
僕は全身で奴の力を奪う。激しい頭痛、痛みすら受諾する。
僕から奪い去った全てが憎い。憎い。憎い!!
闘いの中で、僕と妖魔は同類だと気付かされた。
気が付けば僕は――
「フゥゥー……」
クールに決めていたつもりのサラっとした黒髪はもはや真っ赤に染まり、逆立つ。全身から赤のオーラが漂っているが、これが何とも心地良い。
指先から伸びた爪。発達し、引き締まる筋肉。
翼や尾は無いみたいだ。
スッと右手の人差し指を相手に向ける。
「――世直しの時間だ」
(――法則です。いま貴方の脳内に直接話し掛けています。⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価・ブックマーク・いいね・感想・レビューなど、読んで心が少しでも動いたのであれば、ぜひ表現してみてください。それはきっと私たちにも響きますから。楽しみにしていますよ)




