第14話【二匹のグレーターデーモン】
腰に回していた手を離し、一度体勢を立て直す。
当たり前だが、狭間では無線の反応は皆無だ。応援には期待出来ない。
ガリブルはライトアウターのポケットからヘアゴムを取り出し口に咥え、その長い蜜柑色の髪を後ろに束ねる。
「わたしの能力には限度がありまして、相手が格上だと効果が期待できないんですよね」
「あぁ、それは僕も同じだ」
黒のボトムスについた埃を手で払い、両手でグイっと髪をかき上げる。
先手は打てたが、結果は明らか。奴らが格上だと認めざるを得ない。
「ですので、自分自身に効果のありそうなバフを掛けて掛けて掛けまくります」
ガリブルの能力は所謂『思い込みの力』。物質に働きかける力や手を金属のように強化できるのは確認している。
思いつく限り全てを試すくらいでないと、今の僕らでは上位妖魔には歯が立たないだろう。
ガリブルは足を軽く開き、両の拳を強く握ると、地面から頭上を巡る風……正に蜜柑色のオーラが噴き出しはじめた。
「『わたしの身体に相手の攻撃は当たらない』『わたしは相手より速く動ける』『わたしの攻撃は相手に必ず当たる』『わたしの攻撃は相手を貫く』――」
なるほど。身体に具体的なバフを掛けたな。標的に対する自分自身の強化か。
じゃあ僕は――
「――『瘴気全解放』」
ズズズズ…………!!
全身を黒いオーラで包む。腕に一点集中させても隙を与えるだけだ。
僕の瘴気に触れればそれだけで奴らの体力、気力、血の巡りすら悪化させられる。
「物は試しだな」
「病さん、わたしは柳橋――赤いほうをやります」
それだけの会話を終えると同時に跳ねる。
構えらしい構えなど一切取らない青デーモンの懐に飛び込むと、ラッシュを畳みかける。奴の全長は約5メートル、勢いに任せて宙に張り付くように攻撃を繰り出し続ける。
右ストレートから左ミドルキック、右ハイキックに左フック、四連撃を何セットも浴びせた。まるで岩盤を殴るような硬さだが遠慮などしない。腹部目掛けてひたすらに瘴気を当てる。
「(この反応はやはり……瘴気自体はものともしていない)」
同様に、赤デーモンの腹部を中心に激しい攻撃を浴びせているガリブルだが、果たして――
刹那、仁王立ちだった青デーモンの右の拳が視界に入る。僕の身体のほぼ全てを覆える奴の拳が、凄まじい衝撃波となって突き出された。
ドズンッーー!!!!
「ぐぅっ……」
咄嗟に両腕でガードしたものの、酷い痛みだ。鈍い音まで響いたが、恐らく骨は砕けていない。
アッパーの衝撃波により、遥か後方へと吹き飛ばされた。
受け身をとるも、まるで水面に向かって水平に力いっぱい石を投げるように激しくバウンドする。ギリギリ二本の脚を大きく開いて堪えたが、酷いダメージだ。
「きゃあっ!!」
赤デーモンの右の拳がガリブルを直撃した。砲丸投げのような放物線を描き、これは僕よりも更に遠くまで吹っ飛びそうだ。
痛みに耐えながら大きく跳躍し、空中で彼女を受け止める。
「たっ、ただいまです……」
「あぁ、おかえり。振り出しに戻ったな」
圧倒的な戦力差を感じた最初のターン。
着地後、息を整え、レザージャケットを脱ぎながらガリブルに問う。
「悪いが……おまえの心配をしている余裕はない。何か攻略の糸口は掴めたか?」
彼女もまた上着を脱ぎ棄て、紺色のブラウス姿になる。
「うーん……わたし自身に掛けたバフはほぼ効果なかったです。何か発想を変えないとダメですね」
「痛みは?」
……痛みは、だと?
心配するつもりなど無かったのに、つい口から出た言葉に驚き、悔やむ。
僕という人間は、他人に干渉するほどの価値はないんだ。
「……嬉しいです。少し痛いけど、まだまだ闘えますよ」
「……」
地響きのような轟音で歩み寄る二匹。青デーモンは嬉しそうな表情をしている。
「ハハハハ!! なんだ、それが全力か?」
「本来であれば優秀なのだろう。人間にしては、な……」
戦闘、対話、逃亡。
何か策が無ければ、今の僕たちでは奴らを倒せない。何か――
「そうだぁ! 柳橋さん、アレを使ってみてはどうかね?」
「うむ……試してみるか」
一方は全身がドス黒い血のような赤、そしてもう一方は青で染まっている。鋭い爪、翼や尻尾は印象的だった。
その赤デーモンは右手の掌を上に向けると、得体の知れない呪文を唱え始める。
掌からは紫色の魔法陣が出現し、鳴動しはじめた。
ズズッ……ズズズッ……
あれは――刀?
「ふっ……小さいのぉ。本当にこれで人間を斬れるのか?」
「良いですなぁ! 刀身はちと小さいが、その刃が美しい! 対人間用とはいえ、儂は好きですぞぉ」
この期に及んで武器とはな。参ったな。
「病さん、あれ多分『小烏丸』ですよ。わたしテレビで見たことあります。なんであいつが持ってるんだろう……」
「……そうか」
「あっ、興味なさそう!」
スススッと近づき、ひそひそと耳打ちしてくる。
「(そうじゃなくって、あれ奪って使えないですかね?)」
一考する。現状この場にある武器は確かにアレしかないが、奴らに効くかどうかは試してみなければわからないが……いや、強化した僕たちの肉体より弱い可能性すらある。
「(わたし、物質に対しては能力がめっちゃ効くんですよ。だから――)」
ッ! なるほど、その策は試してみる価値はある。
「名案だな。問題はどうやって奪うかだが」
「挑発してみたら……ダメですかね」
……一か八か、ダメでもともとだ。僕よりも社交的であろうガリブルに託そう。
「やってくれるか」
「は、はい!」
なぜか嬉しそうに答えた。割とピンチなのだがなぜこの表情が出来るんだ?
一歩前に出て、ガリブルはグッと力を込めて眼を瞑る。
「ッスゥー……このっ、ひきょうものぉー!!」
「「むっ!?」」
二匹はピタリと動きを止めた。
「に、人間なんて簡単に殺せるくせに、擬態したり武器持ったり……恥ずかしくないのか~っ!!」
赤デーモンは驚き、戸惑いながら口を開く。
「何を言うかと思えば……おぬし、命乞いか!?」
「流石に笑えんぞ、小娘ぇ!!」
再び近づいてくる二匹の怒りが伝わってくる。
それでもガリブルは怯まない。
「ハンデくらい寄こしなさいよ!!」
「は、ハンデだとぉ!?」
いいぞ、もう一押しだ。
「そっ、その刀! 刀でいいから貸しなさいよ!! ズルいのよあんたたち、どうせわたしなんて簡単に殺せるくせに……このっ、けちんぼ!!」
「ほほぉぉー!? ッッハハハハハハァァーー!! 柳橋さん、どうかね!? この小娘にハンデをやってみては!」
青デーモンが挑発に乗った! いけるぞ。
「……ふんっ、おぬしに言われて召喚したのだが。まぁこんな刀が無くとも捻るのは造作もない。くれてやる」
奴らにとっては極めて小さな刀であるため、その柄を指先につまむと――
「――受け取れいッ!」
――ブオオォォッ!!
回転することもなく真っ直ぐに投げつけられた刀。途轍もなく速い!
剣先がガリブル目掛けて飛んでくるのが視える――
ヂャキッ!!
「あっ、あぁぁ……」
「視えるなら、掴める」
彼女の頭部に突き刺さるその瞬間、文字通り目の前、寸前で掴むことに成功した。僕は眼が良いんだ。
そして見事だった、ガリブル。
「僕は最初、キミのことをぽんこつだと思っていたよ」
「(今わたしのことキミって……)」
「悪かった、考えを改める。キミは凄いやつだ」
騙されやすい、だって? とんでもない、信じやすいキミは間違いなく僕より優れている。
「もっと……もっとください!」
「キミとなら奴らを倒せる。その力を僕に貸してくれ」
「も、もっとです!!」
後は……そうだな。まだ気持ちは不本意だが。
「キミさえ良ければ、この闘いが終わったら夜のデートでもしよう」
「っひゃああー! きました!! 『病さんの刀は世界最強、どんな相手でも真っ二つにできる』!!!!」
ブワッッーー!!!!
刀身が神々しい輝きを魅せ、更に僕の瘴気でそれを覆う。
「闇の中に光有り――『無名乃闇・小烏丸』」
ズンッ――!!
左脚に力を込め、間合いを詰めるために跳ねた。
これは本物だ、彼女の力が込められた小烏丸なら、奴らを斬れる。
「ぬうぅっ!?」
「おぉぉ!?」
「一刀両断――」
紫色の空間、緑色の空間。その空間ごと、グレーターデーモンの身体は、翼も尻尾も共に、その胴体を完全に両断した。
無音。静けさの中での闘いは、幕を閉じようとしている。
ズズゥゥーーンッッ!!
5メートルの巨体を割った刀は、初めて使用したにも関わらず、妙にしっくりきていた。
毒々しい体液をまき散らしながら崩れた二匹のグレーターデーモン。
その生命活動は停止したように視える。
「……やったか」
「柳橋さん、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価ってわかりますかな?」
「……5段階評価じゃろうて」
「では、ぶっくまーく・いいね・感想・れぶゅーとは?」
「? それも評価の一種じゃろうか? 若造の言葉はよくわからんのぉ」
「いやぁ儂も感想しかわからん。れぶゅーは外国語だろうが」
「おぬし……れぶゅーではなく、れびぅーじゃないか?」
「れびぅー?」
「れびぅー?」
「ハハハハ!! っわからんわ!!」




