第11話【ダークサイド】
互いの距離を一定に保つことで、互いの顔を認識できない。
あくまでも、僕以外の視点だとそうなるだろう。
「さて、今この場にいる9名の精鋭で――今夜21時、インナーミッションを実行します」
知らない雑居ビルの広い一室。
法則に連れられ、彼の隣に立つ。
メンバーの構成も素性も一切を知らない。
だが、気配で分かる。こいつらは皆、手練れだ。
「はじめに、新たなメンバーを紹介しましょう。『病』ーー」
法則が僕の肩にポンッと手を置いてきた。身体に触られるのは不快だ。
「気安く触らないでください」
咄嗟にその手を払ってしまう。
だが次の瞬間、僕の目に飛び込んできたのはーー
カチャッ!!
人差し指と中指の間に刃を捉え、難なくナイフをいなすことに成功した。まぁ、視えているからこのくらいはなんてことない。
「あら、よく死ななかったわね」
声の先は僕の正面。およそ10メートルの距離を、頭部を目掛けてコンマ1秒でナイフを飛ばしてくる女がいた。
「サイコ。挨拶は大変良いのですが、彼が未熟でなくて良かったですね。BOTが反応するところでしたよ」
その言葉の意味を、言われてようやく気付いた様子を見せる。
どうやらサイコと呼ばれた女は、命拾いしたらしい。
彼女の姿はこの場に似つかわしくない、高級な装飾が指先や耳元に纏められていた。
エレガントなスクエアネックの白セーターに合わせたテーラードジャケット。素足が見えるショートスカートにロングブーツ。
街を歩けば、男なら思わず振り向く位には目立つ女だ。
「ロボットに興味はないわ」
「ロボットちがいマス。そして仲間を殺せばルール違反ですので貴方も死にマス」
見た目は人間の成人男性そのものだ。だが表情が硬い。茶色のダッフルコートに身を包み、帽子を被っている怪しい奴……まぁ、ロボットだな。
おそらく会話の通り、AIのようなプログラムによって動いている機械なのだろう。
こんなやり取りの中、法則が僕を見ている。
指に挟んだナイフを器用に回転させ、手に持ち直す。刃先を前に向けーーせっかくだから挨拶でもしよう。
「『病』です。あまり気乗りはしませんが、必要とあらば誰でも、誰とでも殺ります」
その言葉を発し終える頃、ゾロゾロと僕の周りに手練れ達が、円を描くように集まった。
『法則』『病』『サイコパス』『信仰』『大喰い』『ゲーム』『BOT』『偽善』『ガリブル』
僕は覚醒以降、眼が良くなった。
視力もそうだが、それ以上に眼から得られる情報が飛躍的に増したのだ。
なるほど、こいつらもまた心のどこかに歪みを抱え、そして通過儀礼を済ませているのだろう。
「……」
さっきからサイコがこちらを見てくる……仕方ない、彼女にナイフを返してやろう。
くるりと反転させ、刃の部分を指で待ち、サイコに差し出す。その際、極めて小さな声で「ありがと」と聞こえると、サイコは舌なめずりをした。
だが先の洗礼はいただけない。
コイツは要注意だ。
「ーーさて、場所は国会議事堂近くの料亭『神家飯盒』。総理大臣官邸からは20時15分頃に総理を含め4名、議事堂からは20時30分頃に7名の権力者どもが出発し、料亭に集いはじめます」
法則はハンドポケットのままニコッと笑顔を貼り付ける。
「ターゲットは『桝田金吉』と『柳橋富録』の両名。今回はこの世界での暗殺となります。メインアタッカーは病とガリブル。後でどちらがどちらのターゲットを殺すか2人で相談して決めてください」
察した様子のガリブルと呼ばれた女は、少々怯えていた。年齢は20歳前後といったところかな。
フリルのついた紺のブラウスにホワイトベースのロングスカート。手にはライトアウターを抱えている。
この女も、暗殺向きな能力の使い手なのだろう。
「ーー続けてサブアタッカーに信仰・偽善・サイコ・大喰い。キミたちは要人の護衛の行動を封じてください。実際、殺すよりも難易度は高いですよ」
頷いたのは、アロハシャツを着た大柄な男、細身だが性別不詳の長髪の人物、そして先のナイフ女に、リュックを背負った小柄で華奢な眼鏡女。
4人は静かに話を聴いている。異論はないようだな。
「そしてバックアップはゲーム・BOT・法則の3名で行います。我々はメディアや防犯警報の類を一通り封じます」
ゲームとBOTが頷く。
カラフルな帽子を被った小柄な男。そしてそれに比べるとやたら高身長のロボット。対照的な2人だ。
この人数でこの静けさは、嵐の前触れか。
それぞれ任務遂行の意思はあるようだ。
「ーーこの場にいないプログラムは、現在情報収集に当たっています。情報が集まり次第、全員の端末にターゲットや現場関連のデータが送られてくる予定となっていますので、必ず確認してください」
プログラム……そいつも含め、一体何人のメンバー構成なのだろうか。俺はまだ知らない。
「法則」
声を発したのは、一見子供のように見えるが……いや、本当に子供か?
おそらくコイツが通称『ゲーム』。
低身長の少年が質問の声を上げる。
「ソシオの野郎は?」
「あぁ、いけないいけない、彼を忘れてしまい申し訳ありません。ソシオには現在別のインナーミッションを課しているところです。結果はどうであれ、身体には負担でしょうから、今回はメンバーから外しています」
「……そっか。わかった」
また新たな名だ。ソシオと言うくらいだから、歪みの原因はソシオパスで間違いないだろう。
このコードネームから推察できる危険度は、性格タイプよりも固有名詞タイプ、概念タイプの方が高い傾向にある。
「何か質問は? ……無いようですね。インナーミッションの詳細については、数時間内に連絡致します。それでは皆さん。今夜21時、現地でお会いしましょう。ーー解散」
解散宣言が発せられると、多くのメンバーはこの場から瞬時に消えた。
終始笑顔の奴も、一切表情を変えない奴も、皆同じ理念の元、行動している。
僕もその中の一人になったわけ、か。
「あの……病さん」
僕に声を掛けてきたのは、唯一この場に残った僕以外の人物だ。つまりーー
「ガリブルか」
「あ、は、はい。ガリブルです。よろしくお願いします」
ん? なんか調子が狂うくらい組織に合わないタイプの女だな。こんな奴が暗殺だなんて。
「ターゲットを決めるぞ。希望はあるか?」
挨拶を無視して本題に入る。
「あっ、えっと、その、特にありませんが……」
「ありませんが、なんだ?」
「ターゲット二人ともわたしが殺しちゃダメ……ですよね?」
ーーコイツ。大人しそうにしているかと思えば交戦的なのか。
「ここでは法則がルールだ。法則の言葉に沿って僕たちは動かなければならない。わかるな?」
もじもじする仕草が妙に癇に障る。先行きが不安だ……しっかりしてもらわなきゃ後々面倒だ。
「えっと、病さんが決めてくださると助かります。わたし優柔不断で……」
「じゃあ、僕が桝田金吉、そっちは柳橋富録を狙え。ターゲットの画像はこの後送られてくるだろうーー」
熱でもあるのか? 顔が赤いぞ。
「……聴いているのか?」
「あ、はい、聴いています。分かりました。ありがとうございます」
じゃあ僕もそろそろこの場から離れるか。こんな奴と一緒だなんて……。
そう思っていると、ガリブルは手に抱えていたライトアウターに袖を通し、至近距離まで近づいてきた。
「じゃあ、行きましょうか、病さん」
「は? いや僕は帰るぞ?」
「え? 一緒に居てくれないと困るんですけど」
だめだ、頭痛がしてきた。
コイツが何を考えているのかさっぱりだ。
「あの、わたし知ってる人と一緒じゃないとダメなんです。ダメダメなんです。もう本当にダメダメでして……」
「どうダメなのかは知らんが、予定時刻まで一緒にいる気か?」
すると眼をうるうるさせ、今にも泣きそうに懇願してくるじゃないか。何なんだ一体。
「病さん、お願いです。わたしをひとりにしないでください……」
頭一個分ほど背の低いガリブル。
なんの目的があって僕を求めているんだ?
腕に絡まれそうになったからスッと半身になり腕を引く。
「ああっ、警戒しないでくださぁい……わたし、騙されやすい女なんです。じ、実力はちゃんとありますから、言われれば何でもしますから」
「いや、何でもしますって言われても……」
困ったな。いやもう困っていても進展がない。
諦めよう。
「わかった、僕の身体に触れなければついてきてもいい」
「あっ、ありがとうございます」
ーーギュッ。
「殺す」
触れるなと言った直後にこれだ。
僕のレザージャケットに抱きつく女。
「ああぁ、すいません許してください」
「あのな……僕は病だ、ウイルスや毒を扱う能力だから、なるべく触れてほしくないんだよ」
そもそも、交友関係で言えば男も女も僕には免疫がない。
もう、そんなものとっくの昔に忘れたんだ。
すると、抱きつく力がほんの少しだけ、上がったように感じた。
「……だいじょうぶです。わたしは病気には一切なりません。誰かいてくれたらそれだけで安心しますからーー」
何これ。
「名前は? 内緒にしておいてやるから教えてくれ」
「あ、はい。わたし『斉藤マフユ』と言います」
「……簡単に答えちゃダメだろ。僕らの組織は秘密主義なんだから。コードネームで呼び合う意味がなくなる」
斉藤マフユと名乗った通称ガリブルは、頭を抱え困惑する。
「あぁー、あぁー。悲しい、わたしまた騙されたんだぁー」
「……今のは僕が悪かった。だが、もう一つだけ教えてくれ」
聴けば何でも答えそうな危うさがある。
でも聴かなきゃわからないこともある。
「……ガリブルってどういう意味だ?」
気配である程度の強さがわかるとはいえ、この言葉からは何の能力か把握できない。
この女、共に行動しても良いかどうかの基準を知る必要があるんだ。
「あ、えっと、ガリブルは……その……『騙されやすい』って意味です」
名詞ですらないのか……。
病です。別にどうでもいいんですけど、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価・ブックマーク・いいね・感想・レビューはダークサイドに堕ちる前にどうぞ。
「病、テイク2いきますよ」
あ、ダメですか? これ。




