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第1話【歪み】



「家族を殺された被害者が加害者に報復したら、それが罪になるのは、(ルール)がおかしいとは思わないのか?」


「ユタカくんの気持ちはわかるよ。痛いほどわかる。でも――私はその答えを持っているの」



 ――【2028年2月27日 AM11:34】


 無機質なチャイムの音。

 睡眠を妨げられ、僕の頭は痛みでいっぱいになる。


(宅配便でーす)


 ゆっくりとソファから上体を起こし、自分が今まで何をしていたのか思い出すように額に手を当て、片目から開く。


 ピンポーン


 (山木(ヤマキ)さーん、お荷物でーす)


 山木? あぁ、僕のことだ。

 そうだ、そう呼ばれている。


 ふらつく足取りで玄関へ向かうと、築何年かもわからないボロアパートの扉を開けるために鍵を回す。


 荷物? 僕に? 誰が? 何のために?


「あぁ、すいませんお休み中でしたね。山木さん。こちら荷物のお名前、間違いありませんね?」


「……はい」


 外は眩しく、少し暑い。

 ジーンズの破れた穴から顔を出す膝だけが涼しく感じる。


 付加疑問文を押し付けるその配達員は、炊飯器が入る程度の小さな段ボールをそっと床に置く。


「では確認します、『山木(ヤマキ)ユタカ』さん。あなたぁ……過去に人殺してますよね?」


「あー……はい?」


 誰だ、何だ?

 頭が痛い、僕はいま何を聞かれて――


「あっ違いましたか、世間的には殺人容疑で逮捕されたことがある、でしたね?」


 ただこの人を眺めるので精一杯な僕の心は、土足で踏み込んでくるこの男に対し、何の感情も抱いていない。


 僕の何を知っている?

 ただそれだけが頭を過り、痛みを増していく。


「あぁ、大丈夫です。山木さんなりの正義だったわけですから。私はあなたを支持しているんですよ」


 そう言いながら男は、持ってきた小荷物をいそいそと開封する。


「――ですので、本日持参したこの荷物は私からの贈り物です」


「あの、えっと、困ります」


 状況は全く理解できていない。それでも出てきた言葉は「困ります」だ。


「山木さん、あなただいぶ歪んでますねぇ。頭の中に自分でもわからない傷がある。ほら、もうすぐやってきますよ、早く荷物の中を確認してください」


 次々と言葉を並べる男を理解するより、しゃがみ込んで目の前にあるこの段ボールを開けた。


「……どうしてこれを?」


 僕が中身を確認して正面を向くと、男は被っていた帽子のつばをクイッと上げ、ようやく僕と目が合った。


 あぁ、僕が嫌いじゃない人の目だーー



 ズンッッッッッ!!



 ()()は唐突に、目の前に現れた。


 そうだ、ここはアパートの2階で、そんな風に上から降ってきて柵に両足を乗せてしゃがむのは不可能で――


 狼の頭……身体は人間?

 被り物なんかじゃない。


「おや、もうバレちゃいましたか」


 その化け物の手にはハンドアクスが握られている。

 配達員の男は笑みを崩すことなく、そして振り返ることもなく。


 そうだよな、斧なんて必要な場所じゃないんだから、きっとこれから悪いことが起きるんだ。


 僕はしゃがむ。男もしゃがむ。

 ベランダの柵に見事なバランスで狼人間もしゃがむ。


 恐怖が……心の奥底から滲み出てくるのを感じる。


「山木さん、段ボールを両手で支えてください、行きますよ」


 寝起きで着替えてもいない。靴下もはかず、ホワイトシャツを着ただけの僕は、行き先も聴かないまま空返事(からへんじ)をしてしまった。


「えっと、はい」



 ビキッーー



 狼人間は、その場に取り残された。



 ――【謎の場所】


「ッッ、ハァッ、ハァッ」


 今更のように息が上がる。呼吸が上手くできない。

 ここはどこなんだ。


「山木さん、大丈夫ですか?」


「ハァッ、だ、大丈夫じゃないです」


 男は帽子を取り、その辺りに放り投げると、セルカークレックスのような巻き毛の茶髪パーマが姿を現す。そしてレンズの小さな丸眼鏡が僕を覗いてくる。


 周囲には机や椅子が散乱し、山のように積み重なっていた。


 薄汚い倉庫……というよりは使われていない教室のような、そんな空間に僕はいる。

 確かなことは、床が冷たく、艶やかな黒髪の毛先まで、僕は体温を感じられるだけ。


「申し遅れたね。私は『法則(ホウソク)』と言います」


「大丈夫じゃないって……言ってるのに。わからないことばかりなんですから……」


 自称『法則(ホウソク)』は適当な机の上にスッと座ると、離れている僕に向かって手を差し出す。


「まずは、説明します。私が何者なのか、あなたは何者なのか、あの(ウルフ)は何者なのか」


「別に説明なんていらないですよ」


 へばってしまった僕は突然の出来事を受け入れることなく、拒絶した。

 このまま寝転びたいくらいだ。


「東京大学大学院法学政治学研究科・法学部、総合法政専攻2年、『万杯(バンザイ)ユウ』。独身、24歳、彼女はいません。いたけど他界しました」


「えっと、え……」


 やっぱりだ、頭がおいつかない。

 なぜ彼は理解できない僕にこんな話をはじめたのか。


「通り魔による無差別殺人事件です。最初に刺されたのが私の彼女でした。男は無期懲役刑に服していますから、既に解決済みです」


「……」


 黙って聞くしかなさそうだ。聴く気はないけれど。


「これ以上のことが望めないので、目的達成のために私はいま様々な勉強をしています。以上が私の話」


 無意識に周りをきょろきょろと見てしまう。

 こんな話をされて、彼の目なんて見ていられない。


「続いて――山木ユタカさん。神奈川県出身の18歳。13歳当時に自宅マンションのエントランスで殺人事件が発生。母親を失い、その場で犯人を殺害。中略するが、少年刑務所を経て現在先ほどのアパートで一人暮らしをしている」


 彼は腕を組み、足だけをぷらぷらさせている。


 だがしかし、僕を見ているであろう目の力が増したように感じた。


「――そして、キミは心に『(ヤマイ)』を持った」


「……それが、何なんですか」


 僕の心は動かない。

 あの時から僕の心は壊されていたんだ。


「それが、()()()()()(ゆが)み』だ」


 なるほど、何もわからない。

 僕はそっぽを向き、考えるのを止めた。


「『(ゆが)み』があるからこそ、この次元の狭間に私とキミがいられる。現実と虚構の狭間さ」


 机からサッと降りた彼は、段ボールに向かい歩みを進める。


「頭で理解しなくてもいい。キミの脳内に抱えた『(ヤマイ)』は全てを理解している」


 なんだって?

 止めたばかりの考えが再び動き出す。


 そして摩訶不思議、あり得ない、トリックとも思えるこれまでの流れを彼は更に歪ませた。


 段ボールに触れることなく、肘を曲げ、手を上に向けるだけで箱を宙に浮かせたのだ。


「これは超能力みたいなものさ。『万有引力(ばんゆういんりょく)の法則』って知ってる? 全ての物質は地球の重力に引っ張られているんだ」


 掌を返し下に向けると、段ボールから転がり落ちた数個の赤い林檎。


 あの日、母さんがスーパーで買っていた、エントランスに転がった赤い林檎。


「――そうだ、僕はあの林檎が食べたくて、買ってもらったんだ」


 記憶を呼び覚ます血の林檎が、僕の中の『(ヤマイ)』を加速させる。


「私の持つ『(ゆが)み』は『法則(ホウソク)』。脳内の法則が私に『(ゆが)み』を与えている。そろそろだとは思うけど、覚醒は無事終わったかな? キミには今何が見えている?」


 僕は今、何を見ている?

 空気中の埃、(ちり)


 ――これが、僕の覚醒。


「はい、ハッキリ見えてますよ。あと、()()()()()



 ボガァッッッーー!!!!



 凄まじい破壊音と共に、瓦礫となった壁から先の狼人間ともう一匹――


「ッあ~クソだりぃ、急に逃げやがって。若いおにィちゃんふたりだけ?」


「いや油断すんな。そっちのボクちゃんは覚醒したばかりだろうが、配送員は明らかに強者(つわもの)だ。『上位』か?」


 僕は咄嗟に身を捻じり、理解が追いついた頭で万杯(ばんざい)の横に並ぶ。


 そして彼は表情を変えないまま化け物たちに話しかける。


「あのぉ恐縮ですが、人違い……なんてことはありませんよね?」


 筋骨隆々、斧を持つ(ウルフ)は即答し、一歩前へ進む。


「てめェが人ならな! 正体を明かせや!」


 何も手に持たない、身体が人間のようで頭だけが(フォックス)の化け物は、(ウルフ)の肩に手を置いて食い止める。


「うかつに動くなっつってんの。ボクちゃんの能力まだわからないんだから。ねぇボク? 何の力が覚醒しちゃったのかな~? お姉さんに教えてくれるぅ?」


 手をひらひらと振る(フォックス)

 その細身の身体から滲み出る色気がまた、恐怖を駆り立てる。


万杯(ばんざい)さん、どうすればいいか指示くれますか?」


「そうだね、キミはまだ闘わなくて良いよ。今は間違って殺しちゃってもダメだから、私が彼らの相手をしましょう」


 膠着状態が続いている。





法則です。さて皆さん、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価・ブックマーク・いいね・感想・レビューなど、よろしくお願い致しますよ。

健康にはお気をつけて。ではまた。

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