夜の出会い
エリザベスは、家族の邸宅の庭に立ち、深い青に広がる星空を見上げていた。夏の夜の冷たい空気が肌に心地よく、遠くで風鈴が涼やかな音を立てている。彼女は、亡き両親の面影を思い出すと同時に、心の中に広がる空虚さと向き合っていた。
「お母様、お父様…」エリザベスは、そっと声を呟いた。「あなたたちがいた頃は、こんな夜もただの夜でしたが、今は何かが違う気がします。」
そのとき、ふと彼女の視界に一人の男性が現れた。彼の姿は、柔らかな月明かりの中でほのかに輝いていた。彼の黒いコートが風になびき、その姿にはどこか寂しげな雰囲気が漂っていた。
「こんばんは。」エリザベスは、驚きと好奇心を混ぜた声で声をかけた。
男性は彼女に微笑みかけたが、その笑顔にはどこか陰りが見えた。「こんばんは。こんな遅くに、ここで何をしているのですか?」
「ただ、星を見ているだけです。」エリザベスは、彼の目に触れないようにしながら答えた。「あなたも?」
「そうですね。」彼は少し考えるように空を見上げた。「星空を見ると、心が落ち着くような気がします。」
エリザベスは彼の言葉に共感し、少しだけ笑顔を浮かべた。「私もそう思います。星は、私たちに何かを語りかけているような気がします。」
彼の目にふと、何か深い痛みが宿っているのを感じ取ったエリザベスは、慎重に尋ねた。「お名前は?」
「アレックスです。」彼は短く答え、彼女に向かって少し身をかがめた。「あなたは?」
「エリザベスです。」彼女は彼に微笑みかけた。「どうしてここに?」
アレックスは小さく肩をすくめた。「ただの散歩です。家の外に出ると、心が軽くなるような気がして。」
エリザベスは彼の答えに興味を抱いた。「それなら、私たちの心は似ているのかもしれませんね。」
その言葉に、アレックスは驚いたように彼女を見た。「どうしてそう思うのですか?」
「人は皆、心のどこかに痛みや寂しさを抱えているものだと思います。それを和らげるために、星空を見たりするのではないでしょうか。」エリザベスは、軽く肩をすくめて見せた。
アレックスは彼女の言葉に少しだけ考え込み、「あなたの言う通りかもしれませんね。」と応じた。
しばらくの沈黙が流れ、二人はそれぞれの心の内を見つめるように空を見上げていた。アレックスの視線がふと下に向き、エリザベスの手元の花に気がついた。
「その花は、きれいですね。」アレックスはさりげなく言った。
エリザベスは手にしていた花を見て、小さく微笑んだ。「これは私のお気に入りの花です。小さな花ですが、夜になるととても綺麗なんです。」
「花にも、星のように人を癒す力があるのかもしれませんね。」アレックスはそう言いながら、彼女の横に少しだけ近づいた。
その時、風が吹き抜け、庭に咲く花の香りがふわりと漂ってきた。星空の下で二人は、その静かな夜を共有しながら、心の奥に潜む痛みと向き合うひとときを過ごしていた。
夜空の星たちは、何も語らないまでも、その瞬間、二人の間に新たな絆が生まれたように感じた。