カタチはどうでもいいからちゃんと伝えろ
この日は少し自分の事が嫌になる。
「行って来ます。」
「ほら!また弁当忘れてるよ??
ちゃんと持って行きなさい?」
「ぉう。」
母さんはいつも弁当を作ってくれた。
母さん「ちゃんと勉強してきなさいよ?」
「わーってるょ。」
お世辞にもその弁当は旨いとは言えなかった。
たまに。ハズレな日もあった。
母さん「お金置いてあるから。
自分の好きな物買って食べなさいよ?」
「ん、」
その時にはその凄さが分からなかった。
そんな事も知らず。
わざと置いて行こうとした時期もあった。
母さん「無駄遣いしちゃ、駄目だからね?」
「ん。行ってきます、」
母さん「行ってらっしゃい、」
「頂きます、」
俺は学校に着く前に。
母さんの作った昼用の弁当をたいらげた。
別に腹が減っている訳じゃない。
朝飯は朝飯でちゃんと食べた。
思春期特有のやつで。
何だかこっぱずかしかったのだ。
俺には父さんが居なかった。
俺が小さい頃に事故で。
記憶は無いが。
よく母さんに昔話をされる。
女手ひとつで育てるのは大変だ。
朝から仕事。夜も仕事。
母さんと会うのはあの時間だけ。
「ちゃんと寝てんのかよ、」
弁当を作る時間があるなら。
仕事の時間まで、ゆっくり寝て欲しかった。
「頂きます、」
ひとりの時間は悪くは無かった。
気を紛らわすものなら沢山あった。
寂しいとかそういうのは無かったが。
居ないはずのその存在を。
俺は時々目にして居た。
俺が高3になった頃から。
母さんはよく家に居た。
「大丈夫か?」
母さん「ぅん。今日は体調良いみたい。」
「無理して作らなくもいいよ。」
母さん「私が好きでやってるんだからいいのよ。
はい。」
「行ってきます、」
長年積み重なった疲れが出たのだろう。
母さんももう若くない。
母さん「進路はどうするの?」
「就職する。」
母さん「進学のが良いんじゃない?」
「勉強したくない。」
母さん「皆。大学に行くんでしょ?
専門学校だってあるし。
何か、やりたい事とか無いの?」
「無い。」
母さん「お金の事なら心配しなくて良いのよ?
お父さんが遺してくれたお金だってあるし。」
バン!
俺は不器用だった。
「だったらちゃんと休めよ。
もう若くないんだぞ?
弁当だって、毎日作らなくも良いよ。」
母さん「、、何でそんな事言うの??
私だってちゃんと考えて。。」
「正直迷惑なんだょ。
弁当。旨くねんだよ。」
言ってしまった。
言わなくても良い事を言った。
母さん「、、そぅ。
ごめんなさい。
私。料理。
あまり上手じゃないのよね、、」
違う。
そうじゃない。
本当に言いたい事はそうじゃなかった。
その日から弁当は無くなった。
テーブルにはいつもより少し多いお金と。
メモ書きが静かに置いてあった。
母さんと会う機会が殆ど無くなった。
どうやら新しい仕事をしているらしい。
一体。いつ寝てるのだろうか。
俺は謝る機会を伺った。
だけど、母さんとは時間が合わなかった。
高校を卒業し。
俺は家を出た。
会社の寮に入った。
社会は。大変だった。
母さん「これ、、少ないけど。」
あの日以来。全く会話が無かったが。
家を出る時にその機会は訪れた。
「大丈夫。寮だから。
それより、ちゃんと寝てるのか?」
母さん「大丈夫よ。」
大丈夫じゃなかった。
前より顔色が良くない。
それに少し痩せた気がする。
母さん「ちゃんと食べてね?」
「あぁ。
大型連休には帰って来る。」
母さん「ぅん。」
「今までいろいろ悪かった。
俺、頑張るから。」
母さん「良いのよ。
お母さんがしたかっただけだから。」
「身体に気を付けろよ?」
母さん「ぅん。」
「じゃあ。」
母さん「ぅん、、
行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
その時の母さんは何だか寂しそうだった。
俺は早く母さんを楽にさせてあげたかった。
「いつになったら出来るの?」
「すいません、」
教えて貰って無いのに上司に理不尽に当たられ。
聞いた所でそれが出来て当たり前かの様に、
やれて当たり前かの様にしてくる。
「クソ、、」
帰ろうとしていた大型連休は勤務。
俗に言うブラック企業だった。
それでも頑張った。
3年。
謎の馬鹿みたいな縛り。
3年居なくも分かる。
2.3ヶ月居れば。
その会社がどうなのか。
どういう人間関係なのか。
嫌でも分かった。
金はちゃんと貰えた。
働いた対価としては少なかったが。
ボーナスも出た。
俺は週末の休みに帰る事にした。
上司「仕事も出来ないのに休むのかい。
良い御身分だね??」
会社は良い顔をしなかった。
この会社には休日という概念が存在しないからだ。
「ただいま。」
俺は大金を握り締め家に帰った。
何か旨いものでも食いに行こう。
何か欲しいものでも買ってやろう。
久しぶりの高揚感と。ちっぽけな自信。
玄関の戸を開くと声がした。
母さん「お帰り?」
「ただ。。」
そこには誰も居なかった。
幻想だった。
ポストには大量の郵送物が入っていた。
「母さん??」
家の中は暗かった。
家の中は広くは無かったから、
居ないのは直ぐ分かった。
「仕事かな。」
まあ、そのうち帰って来るだろう。
そう思いテレビを見ていた。
ここは変わらなかった。
だが。それが良かった。
安心した。
微かに母さんの匂いがした。
どのくらい時間が経っただろうか。
少し寝ていた様だ。
「母さん?」
家の中を見たがまだ帰ってない様だった。
ドン、
「いっつ。」
足をぶつけた。
その拍子にテーブルに置いた、
大量の郵送物を落とした。
なんと無くそれが気になった。
幾つか見てみると、
その中に病院からの書類が来ていた。
中身を確認した。
「どういう事だ。」
俺は走り出した。
手紙には高額な医療費が書いてあった。
母さんに何かあったのだろうか。
どうして連絡くらいくれなかったのか。
心配と同時に怒りも沸き上がった。
はぁ、はぁ、はぁ。。
いつもこき使われていたが。
体力はそれとは違うみたいだ。
はぁ。はあ。はあ、、
何とか着いた。
入る前に息を整える。
はあ、、。
「すいません。」
受け付けの人に確認をする。
すると、どうやら母さんは入院していた様だった。
階と部屋番号を教えて貰い。
俺は、病室へと向かった。
壁に書かれたネームプレートに不安が積る。
重い扉を開く。
「母さん、?」
数人の患者さんの視線が俺に向けられた。
俺は、会釈した。
ひとつだけカーテンがしてあった。
きっとあそこだ。
シャー、、
カーテンを開けると母さんが居た。
「母さん、、?」
そこには母さんが居たが。
母さんでは、無かった。
「母さん??」
母さんは寝ていた。
が。容態は良くなさそうだった。
「お子さん、ですか??」
振り向くとそこには医者が居た。
医者「ちょっとよろしいでしょうか?」
俺は診察室に通された。
医者「お母様から何か聞かれてますか?」
「いえ、、。
久しぶりに帰って来たので。」
医者「そうでしたか、、」
「母は。
母さんは、どうなんですか?」
医者「長年の披露が溜まって。
身体が限界を超えてしまった。
と、言う所でしょうか。」
俺は医者からいろいろ話された。
母さんはちょくちょく通院していたらしい。
そしてある頃を境に、症状が悪化したみたいだ。
医者「そうですね丁度、、」
原因は俺だった。
思い当たる伏があった。
医者「大丈夫、ですか?」
俺が母さんから奪ったのだ。
「だったらちゃんと休めよ。
もう若くないんだぞ?
弁当だって、毎日作らなくも良いよ。」
母さん「、、何でそんな事言うの??
私だってちゃんと考えて。。」
「正直迷惑なんだょ。
弁当。旨くねんだよ。」
医者「気分転換に。身体を休める事。
特にこれと言って、治療法は無いんです。
、、お母様はそれが上手く出来なかった様で。
きっとお子さんが離れられて、
親御さんは寂しかったんでしょう。
それを紛らわす様に働いた結果。」
母さん「、、そぅ。
ごめんなさい。
私。料理。
あまり上手じゃないのよね、、」
あぁ。
俺が奪ったんだ。
せめてあの時。ちゃんと、、
母さん「ちゃんと食べてね?」
『俺。母さんの手料理が食べたい。』
「あぁ。
大型連休には帰って来る。」
『逃げるな!ちゃんと、謝れ。』
母さん「ぅん。」
『母さん?ごめん、、』
「今までいろいろ悪かった。
俺、頑張るから。」
『母さんの弁当。本当は嬉しかったんだ。』
母さん「良いのよ。
お母さんがしたかっただけだから。」
『でも俺、、恥ずかしくてさ、、』
医者「今は殆ど寝たきりで。」
「身体に気を付けろよ?」
『よく母さんを見ろよ!』
母さん「ぅん。」
『気付いてやれよ!』
「じゃあ。」
『見てやれよ!』
母さん「ぅん、、
行ってらっしゃい。」
『母さん!』
「行ってきます。」
『母さん!!!』
母さんを大切にしなかった罰だ。
自分がしてしまった悪い事は。
全て。大切な人に厄として降り掛かる。
ごめんなさい。
どうか、大切な。大事な。
唯一の家族を奪わないでくれ。
そう、子供みたいに強くねだった。
「母さん?」
母さん「あら。いらっしゃい。」
「これ、作ってみたんだ。」
母さん「いつもありがとうね?」
医者「出来れば定期的に会いに来て下さい。
きっと症状も良くなるでしょう。
ずっと寝たきりだと。
どうしても、身体の機能が衰えてしまいますから、」
「体調は?」
母さん「うん。
少し良くなったみたい。」
俺は糞会社を辞めた。
上司「3年も続かないんじゃ。
どこ行っても雇って貰えないなよ?」
「そうやって辞めちゃうと、
次の子達が入れなくなっちゃうんだよね?」
会社から連絡が行ったのだろう。
高校の時の元教師にもそうドヤされた。
「何か欲しいものとか。
食べたいものあったら言ってな?」
母さん「ありがとう。」
どうでも良い。
俺には。大事なものがある。
「良くなったら。
どっか。行こう、?」
母さん「うん。」
「、、母さん??」
母さん「ん??」
『ありがとう』
母さん「こちらこそ。」