2-2 城壁都市の中へ
そんなことを考えているとアンミュン駅に着いた。駅のホームは地下にあるようだった。空気がどこか懐かしい匂いをしていた。電車を降りて目の前にある長い階段を上り地上に出る。20時前だというのに空はまだほのかに明るかった。遠くに白色の壁のようなものが見える。あれがおそらく城壁なのだろう。僕はとりあえずホテルの方へと歩いて向かって行った。
街の中は日本にもありそうな街並みが広がっている。緑も多く、気温も快適だ。四方を山に囲まれた地形ゆえか、気候は安定しているようだ。僕はホテルに入った。4階建てのホテルだ。
チェックインを済ませ、ホテルの個室に入る。部屋の中にはユニットバスやケトルなどが用意されていた。お茶もあるようだ。僕はお湯を沸かし、グラスにお茶を注いだ。自分は先ほど受け取ったホテルの観光者向けのパンフレットを読んだ。
「アンミュンの街に見える城壁は400年前、隣の国(ライクラーの国)から侵攻されることに備えて建造されたものである。隣国の侵略はこの街にかなりの被害を与えたが、残された人々は全力で復興して今の街並みが出来上がった。そんな城壁も今となっては観光名所以上の役割を果たしていない。」
そして自分は、この街に関するWeb上の記録を検索した。すると、都市伝説として非常に興味深いことが書いてあった。
「この城壁の外には約100kmほど何もない草原が広がっています。記録に残る限り700年以上前から、気づいたらこの周りの草原のどこかに放り出されていたと証言する人たちがいるのです。多くの人々の話に共通する事は、1人でいたときに滑る・転落するなどの事故を起こしてしまい、目を覚ましたら草原上にいたという事です。彼らは往々にして謎の言葉を話しているのですが、大きく分けてその言葉は3系統あることがわかっているようです。かつては別の種類の言語が存在していたようですが、約250年前を境に今日までその言語の話者は発見されていないとのことです」
自分が置かれた境遇について思いを馳せる。自分も、事故を起こして気づいたらこの世界に来ていたと言うことは一致している。しかしながら、初めて来た場所はこの草原ではなかった。これは全く根拠のない直感だが、同じような境遇を持つという人もこの草原スタートではなく、違う場所から始まったのだろうと想像している。仮にここにいたとしても、探すことは極めて難しいだろう。
その相手がどういう人なのかはわからない。名前も顔も年齢も性別も国籍もわからないが、ただ誰かに会いたい。その一心で自分は指定された場所に向かうことにしている。この土日の間動けないのはロスだが仕方ないだろう。
土日は電車が出ていない。ここから草原を抜けてクワルテの町まで徒歩で向かっていくのは流石に無理がある。整備されていない草原を100km歩くのは流石に無理だ。車があったとしても厳しいだろう。
アンミュンの町の地上部分ではコミュニティーバスが走っている以外は一切の車が走っていないようだ。僕はエマアへの行き方をチェックしたのち、月曜日夜までにはそこにつけるような移動プランを立てた。それは以下の通りである。
土曜日・日曜日は移動できないので、この街を探索したりして時間を潰す。月曜日は6時に起きて朝ごはんを食べ、列車でここから2時間程度のクワルテ空港まで向かう。事前にクワルテ空港の飛行機(月曜日の11時発)は予約しておいた。そして、そこから飛行機で3時間ほどでバンダ国のバキ空港までたどり着く。
空港での待ち時間を加味すると、バキ空港到着時点で13時頃の計算である。そしてそこから電車で1時間ほどのエマア県アリト市のショッピングモールまでたどり着くようだ。近くに泊まる場所もあるらしい。
窓の外は暗い。城壁の内側の空には無数の星が輝いている。僕は計画を立てた後、とりあえず寝て土日に備えた。
朝起きると9時だった。とりあえずホテルの近くにあるコンビニエンスストアで朝食を買った。サラダと納豆巻きだ。納豆がこの世界にあることに驚きながらも手にとってしまった。僕はホテルの部屋まで戻って行った。アンミュンは海から遠い町ではあるものの、海苔はこの街で養殖しているらしく、大量に手に入るらしい。日本人の口にも合う食べ物だった。
とりあえずホテルにキャリーケースを置き、スマートフォンと財布とリュックサックだけを持った状態でホテルを出た。城壁は最短距離でここから1kmほど先にあるようだ。僕はそっちの方まで歩いて行った。
城壁までの道のりの歩道も整備されており歩きやすい。ショッピングモールやコンビニ・学校やカジノ・映画館など様々な施設があるようだ。公園もあり緑も多い。僕は城壁の入り口の方まで向かった。
レンガでできた城壁にはツタが絡まっておりボロボロという印象だ。戦争が終わってからもう何百年も使っていないらしい。この孤立した街の中からも全世界とコミュニケーションが取れる時代ということもあり、どこかの国が戦争を仕掛けたとしてもすぐに情報が共有されるだろう。僕がこの城壁の中に地下経由で入れているのももう使われていない証だと言えるのかもしれない。そして外を覗いてみると、そこにはどこまでも続くような草原が広がっていた。
草原の外に歩き出したい気持ちも少しあるが確実に迷うだろう。スマートフォンの力があれば戻ってこれるかもしれないが電波がない可能性も高い。永遠の草原の中で電波を失えばもう2度と生きて帰れないかもしれない。
自分は好奇心を押し殺し、城壁の外の世界に思いを馳せながらホテルに戻って行った。