8-4 死生観
「この途中の城壁の町っぽいところに旅の途中で行ったんだよね、漢字がなかったのは相違点だけど」
2人ともコーヒーを飲み切り、中に氷だけが入ったグラス2つが机の上に置かれていた。グラスの氷が結露していてテーブルが濡れている。
「2杯目飲む?」
気づいたらもう1時だ。僕たちは、そうしよう、と言って、2杯目のコーヒーをそれぞれ買った。2人ともまたアイスコーヒーだ。
「砂糖入れずに飲んでみようかな」
彼女はそう言って何も入っていないコーヒーを口にした。口にして数秒後、彼女は意外と悪くない、と言っていた。
「私、ブラックコーヒー飲めるようになってたのかも」
彼女はそう言ってシロップを机の上に置いたままにした。そして、続きを話し始めた。
「あの体験談ってさ、どこかに書いたりした?」
彼女の言葉に対して僕は答える。
「いや、書いてない。掲示板に書こうかな?って思ったけどやめた。最初はゆーまを架空の人物だと思ってたけど、幼稚園アルバムで見つけてから迷惑かけれないなと思って、名前とか書き換えるの面倒だし」
彼女は、なるほどね、と言っていた。正直、実在しないのであれば書いても問題ないのだろうが、実在の可能性が現実的な割合である人の名前を出すことはできなかった。
「逆に、そっちは書いた?」
ゆーまも書いてないと言っていた。彼女も書いてもいいとは思ったらしいが、なんか書くのは違う気がしたと言っていた。
「あの時空の話ってどういうことなのかな、可能性を点でつなげたものが時空だとかなんとかいってた気がするけど」
彼女は心当たりがあるようで、話してくれた。掲示板で話題の時空の理論らしい。彼女も完全には理解できていないようだが、カバンの中から紙を取り出して話してくれた。
「過去も未来も存在しないって話があって、世界として存在している多次元の空間の中から無数の点をつなぎ合わせたのが我々が認識している時間の流れって話があってね」
彼女はそういって、紙の上に曲線を描いた。
「我々が今乗ってる線にない点も、他の世界線が通るうちに結ばれる可能性があるとかなんとか」
僕はわかったようなわからないような表情をする。時空に関する理論を自分のような人間が理解できるかと言われれば間違いなくNoだ。彼女も理解していないようだった。
「まあ結局、どんな理論で説明されても我々には理解できないだろうね」
彼女はそういった。それもそうだ。実際、この手の理論を理解できるのは余程の天才くらいだろう。
「結局、あの世界なんだったんだろうね。死後の世界という雰囲気でもなかったし」
確かにあの世界は死後の世界観はない。もしあれが死後の世界ならば、死んだ後も同じような世界をループするとなると怖くなる。我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへゆくのかというゴーギャンの絵を思い出す。もしかしたら、この世界も違う世界の人々からすれば「どこへゆくのか」という問いになる世界なのかもしれない。
「あの世界以外にも世界が無数にあると聞くとなんか怖くなってくる」
「仏教でも輪廻転生あるんだし、私はそこまで怖くないかな」
「仏教は輪廻転生から抜け出す方法を説いているらしいよ」
僕は特段信仰深い人間というわけではないが、宗教が何かと聞かれたら仏教か神道と答えると思う。無宗教ではないと思っているし、少なくとも無神論者ではないのは間違いない。高校の頃、あるお寺のSNSアカウントが輪廻転生から抜け出す方法を説いていたのを覚えている。ただ、煩悩をなくすだとかいっていたが、正確に覚えているわけではない。
「仏教とかができた当時の価値観としてみれば、宗教は人々が生きていくために必要なものだったんだろうね。今でも意外と必要なのかも?」
彼女は話す。日本人が信仰している文化は明文化されていないものが多いが、そういったものを宗教としてカウントすれば現代日本にも宗教はあるのだろう。向こうの世界にも宗教はあった。どこの世界でも生きていくために何かすがるものを必要としているものなのかもしれない。




