5-2 時空のおっさん
「Twitter(現X)やってる? IDはKatomoki20030802だけど」
どうやら彼はTwitterをやっていないようだ。他のSNSやっていないか聞いてみるが、何もやっていないと言っていた。
「戻ったらアカウント作ってフォローすると思う、戻ったあと覚えてたらだけどね」
彼はそう言った。僕は、わかった、と伝えた。
「これからどうする?」
僕は聞いてみる。後3日の間に、どうするか考えておかなければならないだろう。井上さんに気になることを聞いてみる。
「その元の世界に戻る機械ってどんな装置なんですか?」
彼女は、実際に見せますよ、と言って、その装置がある部屋まで案内して見せてくれた。機械がある部屋は大体教室1個分くらいの広さで、そこには謎のチューブが何本も繋がれたような装置が4つほど置かれていた。かなり不気味な装置だった。
「逆に、こっちの世界から私たちの世界に来ている人っていないんですか?」
ゆーまは井上さんに質問した。彼女は、ケースとしてはあるかもしれないが、あまり聞く話ではないと言っていた。この世界では神隠しという概念もあまりなく、そう言った事象が報告された例は今のところ数件しかないらしい。いずれにせよ、世界間の移動は物理現象であり、それが起きやすいかどうかは空間の安定性にも関係しているようだ。この世界の空間は比較的安定しているらしい。
正直、何を言っているかよくわからなかった。ゆーまも理解していないようだった。
「わからないのも無理はありませんね。私だってこの世界に来る前にこんな説明をされてもわからなかったと思います。逆に理解されたら驚きです」
彼女は笑いながら話す。世界はいくつもあるが、僕たちがたまたま紛れ込んでしまったのがこの世界ということらしい。そういうことか、と納得してはいけないことなのだろうが、自分は受け入れてしまっていた。
「物理的に近い世界はそこまで差がないのですが、何らかの手違いで遠い世界に紛れ込むと生きられなかったりして問題になるんですよね。それまでに時空の間で見つかって処理されるでしょうけど」
井上さんは真顔で話す。今思い返して客観的にみると何か新興宗教のようにも聞こえる。ただ井上さんは、これは宗教ではないが、そう見えるのは仕方ないだろうと言っていた。彼女自身も宗教を特段信仰しているわけではないらしい。
「世界についてはこことあなた方のいた世界の他にも、およそ10の何百の何百乗もの世界があると言われています」
井上さんはそう言った。そして奥のほうにある本棚の方へ向かう。
「いずれにせよ、元の世界には戻れるので安心してください。私がもとの世界に戻したのは1人ではありません。あなた方は……」
そう言って彼女は棚から何かノートブックのようなものを取り出す。そしてページをめくったところに書いてあるものを1行ずつ数え、話を続けた。
「あなた方は16グループ目、27人目と28人目です。1年前にも、この世界に迷い込んだ高校生の男の子をもとの世界に戻しました。タイミングが合えば戻れるので、タリスまで待っていてください。それではまた会いましょう。何か気になることがあれば電話やメールでも受け付けるので、こちらの番号にかけてください」
ゆーまは紙に書かれた電話番号を受けとった。井上さんは話す。
「私はあなたたちの味方です」
彼女はそう言ってくれた。私は建物を出て、このあとどうするかについて話し合った。ここから1kmほど離れた場所に泊まる場所はあるらしい。
「ちょっと井上さんと話したいことがあるんだけどいい? 個人的な話だから、ちょっと一旦待っていてくれる?」
僕は気になりながらも、なんだろうという気持ちを押し殺して彼を待った。いろいろ話されて衝撃だったが、今までの経験を踏まえると理解できなくもないのかもしれない。言語化すると、黒一色に塗られたキャンバスが黒い絵具で汚されても気付かないような感覚に近いのかもしれない。十数分後、彼が戻ってきた。
「何だったの?」
自分は正直気になるが、彼はなんでもない、と言っていた。あまり聞かれたくなさそうな表情をしていたので、自分はスルーすることにした。とりあえず、僕たちは近くの公園に来てみた。噴水が綺麗な水をたたえている。僕たちは噴水に面して置いてあるベンチに腰掛けて、どうしたいと思っているか話し合うことにした。
「戻るよね?」
ゆーまは僕に聞く。僕は、この世界も決して悪いものではないが、自分は元いた世界に戻りたいと考えているということを伝えた。元の世界で自分がどう扱われているのかも気になるし、まだ元いた世界でやりたいと思っていることもある。まだあの世界を捨てるほどではないと感じていた。
「逆に、そっちはどう思ってる?」
僕はゆーまに聞き返す。彼は、私も戻れるのであれば戻りたいと話していた。ただ、元の世界に戻れなくてもそれでいいとも話していた。
「私ね、高校生の頃こういう異世界ものの話読むのが好きだったんだよね。現実的な話だとは全く思ってなかったけど」
ゆーまがいう異世界ものはオカルト系の話らしい。あるきっかけで異世界に迷い込んでしまった人が異世界人の協力を得て元の世界に戻ると言った筋書きの話だ。最初に書き込んだ人以外はおそらく真似しているのだろうが、読んでいるとそれぞれの筆者が世界をどう捉えているかというのがわかって面白い。
また話し言葉や文体で書いている人の大まかな地域を予測するのが好きだ。異世界ものではないが過去読んだスレで文章中に「ほがす」という言葉を使っている人がいて、調べてみると九州の言葉で「穴を開ける」という意味らしい。話の内容自体が本当かどうか or 元ネタがあるかどうかというよりは、そう言った文章のようなものが気になってしまうものだ。
「なんとなくわかるかも」
ゆーまは僕の話に同意してくれた。
「時空のおっさんって本当にある話なの?」
僕はゆーまに聞いてみる。彼は、オカルト板でたまにみられる話だと言っていた。彼は話してくれた。
話者は多くの場合、気がついたら不気味な世界に迷い込んでいた。その世界は音がなく無人だとか、空が異様に赤いだとか、何かしらの異変がある世界だ。その世界で話者は謎の人に会う。その男性に「なんでここにいる!」と怒られて気づいたら世界が元に戻っていた話とのことだ。
様々なバリエーションがあり、「ものを食べてはいけない」「風車がスローで回っている」と言った様々な異変が存在することもあるようだ。
初めて聞く話だが結構興味深い。彼は、詳しく話してくれた。時空の狭間では物を食べてはいけないことや、変な駅に着いた時は降りたほうがいい時もあれば降りてはいけない時もあると言った話だった。
「どっちなの?」
僕は笑いながら聞く。彼は、わからない、と言っていた。




