5-1 世界の秘密
「もう気付いていると思いますが、この世界はあなた方が呼ぶところの『異世界』です」
今まで奇妙な体験をしすぎたためか、この言葉には僕は全く驚かなかった。というか、そうでしょうねという印象だった。どちらかというと、動揺しなかった自分に驚いている。それはゆーまも同様だったようだ。今思うと彼女の話を素直に信じるべきではなかったのかもしれないが、仮に彼女が危ない連中だったとしてもどうにでもなれと心の片隅で思っていたことは否定できない。井上さんは僕たちの反応を見てから続けた。
「この世界には昔から、あなた方の世界に住む多くの人が迷い込んできます。まだ確実なことはわかっていませんが、彼らは多くの場合荷物を持っており、この世界で一定の期間を過ごすために必要な物資を所持していることが多いと知られています」
謎が多い話だ。信じろと言われてすぐに信じられる話ではないが、今までの体験を踏まえると信じざるを得ないとも感じる。うまく説明はできないのだが、頭が理解する前に本能が表面的に理解している感覚だ。もしかしたら本当の心の奥深くでは納得できていないのかもしれない。僕たちの様子を伺いながらも彼女は続ける。
「2人が出会ったとき、作業着の男性あるいは女性があなたの前に現れたでしょう? 彼らはいわゆる『時空のおっさん』という存在です。聞いたことないですか?」
僕は聞いたことはない。ゆーまは聞いたことあるようだ。ゆーまは概要を話した。
「なんか気づいたら周りに誰もいなくて、そのおっさんが『なんでここにいるんだ!』とか言って元の世界に戻してくれるって筋書きの話ですよね?」
彼女は、そうです、と伝えた。全くピンとこない話だ。そして井上さんは、理解しなくても構いません、と言った上で話す。
「パラレルワールドという概念はご存知ですよね?」
流石にこれは知っている。幼少期ドラえもんで読んで類似の概念を知った記憶がある。ゆーまも知っているようだ。
「パラレルワールドはいくつかありますが、全ての世界は互いに大きく異なっており、『パンを食べる』だとか『日本が戦争で勝つ』と言った事象で別の世界として分岐することはありません。そのような変化は、仮に少し未来が変わっても、最終的に本来進むべき世界線に戻されます。この世界はあなた方の世界と隣り合っているパラレルワールドの1つです。時空の狭間とも呼ぶべき場所にいるのがその『時空のおっさん』です。そして世界とは無数の可能性の中から選ばれた点(時空点)を道に繋げたもので、その道が『1つの世界』です」
すぐに納得できる話ではない。この話の中に嘘が入っていてもおかしくはない、というか、この話全体が嘘であってもおかしくないように感じる。ただ、僕もゆーまも、どこかこの話をリアルに感じていたようだ。非日常のような経験をしていたので、非日常的な説明を受け入れられているのだろうと思う。彼女は続ける。
「時空のおっさんとは、時空間と時空間の間にいる存在です。時空のおっさんという名前ですが、必ずしも男性とは限りません。正式名称ではないですが、便宜上『おっさん』と呼んでおきます。彼らは時空間を移動する人々を検知することができます。偶然迷い込んでしまった人程度であれば彼らが戻せますが、時空の歪みにより世界間を高速で移動している人は元の世界に直接戻すことはできません。そのため、時空のおっさんは必要な物資を与え、彼らが元の世界に戻れるように手助けしているのです」
正直、理解を超えすぎていてよくわからない。井上さんは、混乱しないように配慮しているようだった。僕たちの反応を見て、彼女はさらに続ける。
「この世界に迷い込んで来た人たちが元の世界に戻る技術は開発されていますが、私は興味からこの世界にとどまることを選択し、様々な情報を集めていました。その結果分かったことは、"異世界"から来た人の多くが、たまにインドネシアなど一部例外はありますが、イラン・メキシコ・日本の3つの国のいずれかから来ているということです。これらの国に共通する事は多くのプレートが集まっているという事です。プレートの歪みがこのような時空間・世界間移動を起こしていると考えられています」
にわかに信じがたい話だが、ここまで経験したことを踏まえると信じざるを得ない。ここでゆーまは、「我々は肉体ごと来ているのか、それとも精神だけきているのか」という1つの質問を投げた。井上さんは動じることなく答える。
「この世界に来る人は、肉体ごと来ているか、それか精神のみがこちらに来ている2パターンがあります。肉体ごと来ている場合はあなた方の世界では行方不明になっていますが、精神のみが来ている場合は意識不明となっています。いずれの場合でも、同じ技術を用いて元の世界に戻ることができます」
僕たちは、信じられないながらも今までの経験を踏まえ、彼女の話を真面目に聞いていた。ゆーまはどこか思うところがあるのか天井をぼーっと眺めていた。
「原理上、あなた方の世界からこちらの世界に来た人しか元の世界に戻ることはできません。この世界で生まれた人があなた方の世界に行くことは、一部の人を除いて理論上どうやっても不可能です。あなた方の世界と同じように、この世界のほとんどの人は他の世界があることさえ知りません。私は元の世界に戻ることはできますが、あえてこの世界で生活することを選び、同じような境遇を持つ様々な人およびこの世界の人との研究の末現在の理論にたどり着きました。望むのであれば、この世界で身元不明人として私のように生きることもできますよ」
僕は元の世界に戻りたい。ゆーまに目を向ける。彼も僕と同じように、元の世界に戻りたいと思っているようだ。
「わかりました。元いた世界に戻るタイミング・通称『タリス』は年2回あります。それはこの星が『太陽』に最も近づく日である12月14日昼過ぎと、最も遠ざかる日である6月14日夕方です。今は12月11日で、あと3日です。失敗した場合、命に別状はありませんが、次のチャンスは半年後となります。その日までにどうするか、2人で考えておいてください」
僕たちは、わかりました、と返事する。
「失敗例ってあるんですか?」
自分は聞いてみる。彼女は、今のところはないが今後もないとはいえない、と話した。
「14日か」
ゆーまはふと声を出す。元の世界に戻れるのは後3日だ。
「戻ったらどうする? 会えるかな」
僕は呟く。ゆーまは、どうやって会うのか考えているようだった。SNSならどうかと僕は提案してみる。




