ダンジョン・テスト
昔々、アーブローディ東部にラッカークという王国がありました。
王都ラモンの魔法学校は国内外の学生が集まる名門校で、レオンはその中でも抜群に優秀な学生でした。
当時のラッカーク王国では、魔法は火、水、木、金、土の5系統に分類されていました。
そして、魔力が豊富な人間でも1系統の魔法しか使えず、魔法学校ではその精度を上げるのが普通でした。
ですが、レオンは5系統すべてに適性があり、入学前からいくつもの初級魔法を使えました。
ラモン魔法学校の学生は2年目以降、定期考査の最後に“ダンジョン・テスト”と呼ばれる実技試験を受けました。
この試験では、学生による4人以内のチームが、地下の訓練施設を踏破して、正規の出口から脱出することが求められます。
学生によっては踏破に数日かかることから、この訓練施設は“地下牢”、試験は“地下牢試験”と呼ばれていました。
ダンジョンは基本的に、真っ暗な廊下で構成されています。ただでさえ入り組んでいる上に、高低差や螺旋階段もあるので、こまめに地図を作らなければ迷子になってしまいます。
罠は床の特定箇所を踏むと作動するものが基本で、天井から大岩が落ちてきて道を閉ざしたり、土人形が襲ってきたり、床全体が抜けて下の階層に落とされたりします。
魔法学校の学生は貴族の子女が多いので、安全に配慮して各所に教員や冒険者が待機していますが、ギリギリまで手を出さないことになっています。
こんな物騒な試験があるのは、ラッカーク王国の国土の大半が鬱蒼たる森に覆われており、卒業生には森の魔獣に対処する技能が求められていたからです。
「セイラ、今いい?」
3学年後期の期末試験を1ヶ月後に控えたある日、昼休みに入ったばかりの廊下で、レオンはセイラという同学年の女の子に話しかけました。
レオンは総合魔法学科、セイラは木魔法学科です。
たまに同じ講義を受けますが、基本的には別行動をしていました。
「学年末の実技試験、一緒に組まない?」
「でも、他の人たちが……」
「他に組みたい人がいるの?」
セイラは口ごもった後、控えめに首を横に振り、「わたしで良ければ」と呟きました。
「ありがとう、セイラ。今回も君と組めて嬉しいよ」
レオンは朗らかにそう言いました。
レオン、セイラ、ジェラッド、マリーナの4人は、2学年前期の期末試験以降、“ダンジョン・テスト”でいつもチームを組んでいました。
ジェラッドは火魔法学科、マリーナは土魔法学科で、レオンほどではないにせよ、2人とも優秀な学生でした。
それに対して、木魔法学科のセイラの成績は凡庸で、彼女はずっとそれを気に病んでいました。
もちろん、4人で初めて組んで、セイラが劣等感に苛まれたとき、3人はそれぞれの仕方でセイラを慰め、励まし、鼓舞してくれました。
ジェラッドは、
「几帳面で心配性のセイラが元気なら、俺たちは大丈夫だって思えるぜ」
マリーナは、
「セイラは何事にもひたむきだから、私も頑張らなきゃって気になるのよ」
レオンは、
「セイラといると、自分でも予想外なくらい力が湧いてくる」
と言ってくれたのです。
当時はセイラもそれをありがたく受け取り、何度も反芻して、自信をつけました。
ですが、それから1年半が過ぎた今、セイラは再び自信を失っていました。
日夜まじめに勉強しているにもかかわらず、セイラの成績はずっと平均レベルでした。
他の人が使えない特殊な魔法を使えるとか、時間をかければ強力な魔法を発動できるとか、魔法薬の調合が上手いとか、特定の座学が得意といったこともありません。
加えて、他の学生たちがレオンたちとチームを組みたがっていることも、セイラには悩みの種でした。
『何であんなチンチクリンがレオンと……』
『本人は無能なのに、試験で良い点をとるために優等生に付きまとって……恥知らずが』
といった陰口が実際に言われているのか否か、セイラは知りませんが、きっと裏では言われているに違いない、と疑心暗鬼になっていました。
結局、セイラ以外の3人が乗り気でしたし、セイラにも断る理由がなかったので、4人は今回もチームを組みました。
1ヶ月後、ダンジョン・テストが予定通り実施されました。
チームリーダーのレオンがみんなに声をかけます。
「よし、行こう!」
「おおーっ!」
ダンジョン・テストの基本は、前後左右だけでなく上下にも警戒することです。
色々な方法がありますが、当時、学生の間で最も一般的だったのは、土魔法で床や壁に微弱な振動を与えて、波の具合から異変を感じ取る、いわゆる「探知魔法」でした。
中級魔法なので、土魔術師でも皆が使えるわけではありませんが、使えると便利な魔法です。
範囲は人に依りますが、情報量が多い環境だとそれだけ違和感に鈍くなるので、あまり広げすぎないのが肝要です。
とはいえ、セイラたちにはレオンが付いています。
「前々から考えてはいたけど、やってみたら意外と出来るものだね」
レオンの言葉を、ジェラッドが手をひらひら振って否定しました。
「分別のある人間が考えることじゃねぇよ。どんな教員より強力な土魔法で、ダンジョンの道を全部まっすぐにして、罠も全部潰しちまうなんて」
これはすぐ試験監督の目に留まり、学校中を巻き込む大論争になりました。
1週間後、『能力は申し分ないが、試験の目的が未達成』ということで、レオンたちは再試験を言い渡されました。
「ごめん、せっかくの長期休暇が……」
4人で職員室を出た後、レオンが謝ると、ジェラッドが明るく応じました。
「俺にはむしろ好都合だ。試験対策ってことで訓練場が使えるんだからな」
「そうね」
マリーナが同意しました。
後方でビクビクしているセイラと違い、前衛で勇ましく剣を振るうジェラッドとマリーナは、打ち合い稽古が大好きです。
魔法を駆使して本気で戦うとお互い無事では済みませんが、ケガによく効く魔法薬を学校が支給してくれるので、学校でなら他ではできないような激しい訓練ができました。
「あの……、わたし……」
セイラは緊張しながら切り出しました。
「再試験は1人で受けようと思う」
3人は揃って目を丸くしました。
「ダンジョンはレオン1人でも突破できるし、マリーナとジェラッドがいれば、夜営とか食事中の見張りも心配ないでしょ。
わたしがくっついてても、みんなの足を引っ張るだけだもん。
みんな優しいから気を遣ってくれるけど、わたしだって自分のダメさくらい分かってるし、何か、そういうの……」
「セイラ……」
レオンが何か言いかけましたが、セイラは居た堪れなくなって、逃げ出しました。
「待って、セイラ!」
すぐに追いつかれ、マリーナに後ろから抱きつかれました。
4人の中でセイラがいちばん体力がないのですから当然です。
ここで怒鳴り散らすほど我が強くないので、両手で顔を隠すくらいしかできません。
「セイラ、聴いてくれ!」
正面からセイラの両肩を掴んで、レオンが言いました。
「俺には君が必要なんだ!」
飽きるほど聞いた台詞でした。
飽きるほど聞いても、セイラには理解できない台詞でした。
もはや嫌がらせにしか思えません。
(こんな天才たちに、わたしみたいな凡人の一体何が必要だっていうの? この超天才どもは、凡人のわたしを腰巾着にして、依存させて、自分たちの凄さを再認識して悦に入っているんだ!)
そんな考えが、セイラの胸中で嵐のように吹き荒れました。
「レオン、こうなったら……」
ジェラッドの言葉に、レオンは彼を見つめて、悔しそうに顔を伏せました。
ようやくこの地獄が終わった、とセイラが思っていると、
「これを」
レオンが制服の内ポケットから1枚の紙を取り出し、セイラに渡しました。
他に選択肢がありません。
開けてみると、それは採点済みの数学のテスト用紙でした。
空欄がないのに、得点は2点。
「これは……?」
一瞬、レオンの答案かと思いましたが、そんなはずはありません。
彼ほどの大天才が追試を受けたら噂になるはずですが、セイラはそんな噂を聞いたことがありません。
「俺が、1年生の中間試験前日に解いた過去問だよ。ろくに試験勉強をしてなくて、この有様だった」
「え、でも、レオンは実技も座学も優秀だって……」
「この後一夜漬けして、どうにか赤点は回避した。
それ以来、この過去問を自戒として持ち歩いて、日頃の積み重ねを大事にしてる。
でも、恥ずかしい話、俺はすぐ自分を天才だと勘違いして、努力を怠りそうになるんだ」
レオンはセイラから目を逸らしていました。
「たしかに、魔法の才能には恵まれた。座学や武術も、授業を受ければ大体は身に着く。
でも、数学はダメだ。毎日時間をかけて頑張らないと、授業も分からなくなる。計算ミスをすると投げ出したくなる。
そんなとき、セイラ、君が頑張ってるのを見ると、俺もまだまだ頑張らなきゃって思うんだ。
ダンジョン・テストだってそうだ。正直、セイラがいて気を引き締めてくれないと、すぐ油断して、つまらない罠に引っ掛かると思う。
今まで隠しててごめん。セイラには俺のこと、真面目な人間だと思っててほしかったんだ」
「……レオンは充分まじめだよ、そんなこと思ってるくらいだし」
「とにかく、俺は、君がいないとダメなんだ!
身勝手で、わがままだとは思う。でも、お願いだ、俺の傍にいてくれ!」
セイラはレオンたちのチームに戻ることにしました。
勢いに圧されたのもそうですが、今まで背負い続けていた重い荷物を降ろしたように、劣等感や猜疑心が鎮まっていました。
それは、レオンも生まれながらに全能な超人ではなく、苦手なものや自分の至らなさに悩む少年だと知ったからでした。
それからというもの、セイラは自分でも可笑しく思うほど、レオンに親しみを覚えるようになりました。
レオンとセイラは再試験の数週間後に交際を始め、時々ケンカをしながらも、魔法学校卒業と共に結婚し、末永く幸せに暮らしたということです。
<ダンジョン・テスト、完>




