善良さの証明
昔々、クラス全員で異世界に召喚された高校生たちがいました。
校名や所在地は伏せますが、1年3組という40人の学級で、時期は3学期でした。
この1年3組を、ある神様が憐れに思い、彼ら彼女らが異世界に行く前に、人間界とは別次元の神界に引き留めました。
「神々の掟では、神は人間の自由意志に干渉できないため、宮廷魔道士たちの召喚をなかったことにはできません。とはいえ、このままでは皆さんが異世界で犬死してしまうので、私から皆さんにギフトを与えることにします」
挨拶と状況説明もそこそこに、神様が高校生たちに言いました。
「ただし、特別待遇をするからには、他の神様たちを説得する大義名分が必要です。そこで、あなたたちの魂が、私のギフトにふさわしいことを証明してもらいます」
神様は生徒たちの反応を少し窺ってから、話を続けました。
「皆さん、お互いの長所や心温まる思い出を教えてください。善良な心を持っている人には、それに応じたギフトを授けましょう」
(うわっ、クソ采配!)
1年3組の一員、北見さんが心の中で毒づきました。
(そんなの、友達が多いクラスカースト上位の連中が有利になって、チート能力をかっさらっていくに決まってんじゃん)
「おや、どうやらご不満な方が多いようですね」
まるで心を読んだかのように――いや、きっと実際に読んだのでしょう――、神様が言いました。
「では、皆さんの匿名性は担保しますから、自由に意見を出し合ってください」
その言葉と共に、白い光に満ちた風景は消え去って、北見さんは1人、四畳半ほどの部屋でタブレットに向かって座っていました。
タブレットはオプションのキーボードやタッチペンが付属しており、画面には文章が表示されていて、クラスメイトたちが話し合いを始めていました。
『これ、なろうの異世界転生だよね? ギフトってチート能力のことでしょ?』
『俺TUEEEEしちまうのか、俺ら』
『俺らTUEEEEだね』
『てか、ここどこ』
『早く家帰りたんだけど』
『マジそれ。状況が荒唐無稽すぎて草も生えない』
『神様:挙動の確認や雑談はほどほどにして、皆さんが善人であることを証明する方法について、話し合ってくださいね』
文章は音声として読み上げてもらうことも可能で、クラスメイトの声は匿名化された機械音声、神様の声はさっき聞いた通りの声で再生されました。
口に出したことをそのまま文章として送信することも、送信する前に確認して取り消すこともできるようです。
北見さんは、(この端末、俺も欲しいなぁ)と場違いなことを考えました。
1年3組の話し合いは、匿名でありながら、誰がどのコメントを書いたか何となく分かるものでした。
(うちのクラスは女子が強いから、面倒事はまず男子に回ってくるんだよな。
最初に出てきて、神様の話を確認してるのは仲村だな。カースト上位じゃないけど、誰もリーダーやりたがらないときには割と出張ってくるんだよな、こいつ。
で、相槌を打ってるのが竹下とか福田とかのカースト上位連中だろう)
北見さんはひとまず静観していました。
『神様が提案した、自分以外の長所を挙げる方法は、友達の人数で評価が変わってしまうから不公平、ということで、不満を持つ人が多いんだと思う。
神様の話だと、ギフトは生死に直結しかねないから、決め方は公平であるべきと考えるのは当然だね』
『何事も公平が良い』
『能力がバラけたときも助け合えば良くない? ワイら別行動させられんの?』
『偽善者がおるな。ギフトに差が出るなら、他人なんか当てにならんだろ』
『平和に行こうよ。同じクラスで足引っ張り合っても意味ない』
『助け合おう、神様もきっとそれを望んでる』
『この話し合い自体が神様の試練で、「誰にどんな能力が与えられても助け合おう」と事前に決めることが最適解ってこと?』
『ありそうwww』
『待って。さっきの話が本当なら、僕らが善良なのを証明できないと他の神様を納得させられないわけだけど、こんな打算的な目論見で納得してもらえるのかな?』
『仲村、「僕」って言っちゃってる』
『一人称が「僕」なの、仲村くらいだよね。他の男子はみんな「俺」』
『でも、今は打算がどうとか言ってられなくない? 犬死するかもしれないんだよ?』
『どっちにしても、特別待遇を認めてもらうわけだから、飛び抜けた善良さが僕らにあることを示さないと、大したギフトは貰えないかも』
『どんな状況になってもみんなで助け合おうって事前に決めるのは、「飛び抜けた善良さ」なんじゃないの?』
『下心があるのはダメってことでしょ』
『打算は結局、利己的だから、自己保身には勝てないしね』
『いや、でも、決めておいたらいいじゃん』
『賛成。こういう状況で、そう取り決めておかないの怖い』
『口約束でも、無いよりマシ』
『「誰がどんな能力を貰っても、1年3組はお互いに助け合う」』
『そうしよう』
『これでひとまず安心』
『盛大なフラグで草』
『言うな、縁起悪い』
『他に取り決めておくことはないかな?』
『「良識を持った行動をしましょう」』
『よし、それで行こう』
『賛成』
『おつ』
『終わったな、風呂入ってくる』
『神様:まだ終わってませんよ』
『神様、来た』
『神様のお言葉で、終わってないことが確定』
『俺たちそれぞれが善良だって示さないといけないんだっけ?』
『みんなで助け合うと取り決めただけでは不充分ってことは、やっぱり個々人の資質に踏み込まないとダメなのか』
『てか、俺たち善人じゃね? 犯罪とかせず普通に高校生やってきたんだし』
『まあね』
『それで行くか』
『神様:犯罪経験が少ない人から優先的に強力なギフトを授けるということで、よろしいですか?』
『待ってください、そう言われると怖いです』
『自転車乗るときヘルメットしないのは犯罪?』
『犯罪。でも、未成年飲酒の方が重罪だろ』
『ヤバい、したことある』
『ちょっと舐めたことある』
『アディオス、犯罪者ども』
『犯罪の少なさより、善行の多さで勝負した方が良い気がする』
『自己申告で良いなら、俺、弟が川で溺れそうになったの助けたことある』
『すげぇ』
『善い兄貴』
『英雄確定!』
『溺れそうな人を助けるのって、本当はダメなんだけどね。自分も一緒に溺れちゃうから』
『そこは良い話でいいじゃん』
『それぞれそういうエピソードを自己申告すればいいんじゃない? 他己紹介より確実だし、神様が心を読めるなら、嘘は見破ってくれるだろうし』
ここで、ずっと黙っていた北見さんが動きました。
「待って。それは最初に神様が言った方法と大して変わってない。弟を助けた人が偉いって言っても、俺はそもそも弟がいない」
『はー、そう来たか』
『うーん……』
北見さんは続けます。
「友達が多い人はそういう場面に出合う可能性が高いし、友達が少ない人は可能性が低い。結局、友達が多い人が有利になる」
『友達作りって善行じゃないの?w』
『善行は思いとか心じゃなくて行動なんだから、当然じゃね?』
『ぼっちを責めはしないけど、自分がぼっちだからって他人の善行を否定するのはちょっと』
『まあ、何言っても文句言う奴は出てくるよな。完璧に公平な決め方なんて無いよ』
『ぼっちさんはどういう決め方がいいの?』
思いの外、クラスメイトの反応が芳しくありません。
北見さんはネットで袋叩きにされている気分で、めげそうでした。それに、対案を出せと言われても、北見さんにだって分かりません。誰かが言っていたように、完璧に公平な決め方なんて無いと、彼も思いました。
そこで、自棄になりながら書き込みました。
「中途半端な決め方をするくらいなら、いっそクジ引きが良い」
『クジ引き?』
『この人が一番の善人ですって、クジで決めるの?』
『ありかも』
『ワイもそう思う。意外とアリじゃね?』
『無しだろ』
『ねぇよ』
『おい、ありって言った奴、名乗り出ろ。いいかげんちょっとやりづらい』
『仲村です。クジ引きというのは存外悪くない案だと思う。というか、納得しやすさで言えばたぶんこれが一番良い。
「誰がどんな能力を貰っても、1年3組はお互いに助け合う」という取り決めが守られるなら、あとはクジ引きでも問題ない』
『いやいや、順番を振るのが大事って話じゃなくて、「このクラスにはこんな善い人間がいる」って示すのが大事って話じゃなかった?』
『たしかにそうだけど、――あ、仲村です――、僕らがお互いを信頼してるってこと以上のことを論点にするのは不公平、っていうのがさっきの話だと思う。
極論、弟を助けるのは善行だけど、状況が同じならたぶん誰でも同じことをするから、善行の経験自体がクジ引きみたいなものと言える。
だから、ここでもう1回クジ引きをやるっていうのも、考え方としては間違ってない』
『他の神様に対しては、「ここでクジ引きを選べる1年3組は、特別待遇に値する」ってことで押し通すの?』
『それでいいと思う。お互いへの信頼を示すって意味じゃ、打算だけじゃ出来ないことだし。それが僕らなりの善良さの証明ってことで』
何だか、北見さんが思った以上に、北見さんの意見通りになってしまいました。
匿名での話し合いが終わり、みんな、先ほどの白い光に満ちた空間に戻ってきました。
神様は、さすが神様です、すでに箱を用意してくれていました。
「この箱の中には、1から40までの数字を書いた紙が入っています。適度にかき混ぜてありますし、クジ引きは別の神様の担当なので、中がどうなっているかは私にも分かりません」
神様の言葉に、クラスのみんなが「ありがとうございます」とお礼を言いました。
しかし、北見さんは神様が言ったことが引っかかりました。
――クジ引きは別の神様の担当。
(何も後ろめたいことはない。クジ引きという決め方にみんな納得したんだから。これで良かったんだ)
そう思いながらも、自分の番を待つ北見さんは、緊張して仕方がないのでした。
<善良さの証明、完>




