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7. 変わらぬ優しさ

 それ以降もシャルロッテはアルブレヒトとともに少しずつ移動しながら、荒れた土地の癒しを続けた。


 とはいえ、誰かに教えられながら行う訳でもないその癒しの力加減はなかなか難しく、シャルロッテはいつもやり過ぎてしまい、癒しの後は毎回意識を失っていた。そして、だいたい半日から一日眠り続けるのだった。


 その間、アルブレヒトは意識の無いシャルロッテを抱えて移動したうえに、目が覚めるまで不安と戦いながら彼女を抱きかかえていた。


 面倒ばかりかけてしまって、アルブレヒトには申し訳ない。もっとしっかりしなければ。


 そんな気持ちとは裏腹に、シャルロッテは目覚めた時にいつも目の前にアルブレヒトの顔があるのが嬉しかった。


 眉間に皺を寄せて心配そうに覗き込んでいた顔が、自分が目覚めた途端に、ふわっと崩れて口の端が上がっている。そのくせ、それに気づかれないように慌てて顔を逸らして、ぶっきらぼうな言葉を吐く。

 アルブレヒトの無愛想にはもう慣れた。

 それよりも、こうして誰かが自分を待っていてくれることが嬉しかった。

 いつもそこにアルブレヒトがいてくれるという安心感が、シャルロッテの胸にじんわりと広がる。


 

 

 その日もアルブレヒトは、いつものようにシャルロッテの為に食事の準備をしていた。


 シャルロッテが癒しの後の食事はアルブレヒトと一緒に取りたいと駄々を捏ねるようになったので、近頃はアルブレヒトはその場で魚や果物などを収穫してから、そこを去るようになっていた。

 そうしなければ、目覚めたばかりの彼女に再び力を使わせることになるからだ。


 癒しを終えて意識の無いシャルロッテを抱えて、食料を手にして、そこの住民たちに気づかれないように移動する。


 大変なことのように聞こえるが、魚は活きが良すぎて勝手に川から飛び出て土の上で跳ねているし、果物は自分はここにいますとばかりに森から香りを漂わせて来るので、それらを集めるのは意外に簡単だった。


 そうして集めた魚が今日の夕食だった。

 アルブレヒトは器用にナイフで木の枝を削って魚に刺し、それを焚火から少し離れた地面に斜めに刺していた。数回それを繰り返してアルブレヒトがふと顔を上げると、シャルロッテが嬉しそうに微笑みながら自分を見ていた。


 一瞬きょとんとしたアルブレヒトだったが、シャルロッテと目が合うと気まずそうに視線を彷徨わせた。

 そして魚を地面に刺し終えると、シャルロッテから視線をそらしたまま少し離れた木の根元にどかっと座り込んだ。

 立てた片膝の上に腕を置き、無言でじっと焚火を見ている。


 シャルロッテは魚が焼き上がるまでの間、ずっとアルブレヒトを見ていた。

 かつて暮らしていた城の中とは何もかもが違う、質素な日々。

 それでも、不思議とシャルロッテの心は満たされていた。


 



 数日後、癒しを行う為にシャルロッテとアルブレヒトはその地を訪れた。


 いつものようにシャルロッテがアルブレヒトに馬から降ろしてもらうと、幼い子供が一人で土手にちょこんと座っていた。

 こんなに幼い子供が一人で何をしているのだろう、親はどこにいるのかとシャルロッテが不思議に思いながら近づくと、その足音に気づいたのか、子供が振り返って彼女を見た。


 その子供は、シャルロッテを目にした途端に、彼女が思わずたじろいでしまうほどの笑顔ときらきらと輝く瞳を向けて勢いよく口を開いた。


「待ってたんだよ! お母さんがよそに聖女様が現れたって、僕のところにもきっと来てくれるって言うから。僕ずっと待ってたんだ」


 堰を切ったように話す様子にシャルロッテが圧倒されていると、子供は手を伸ばして彼女に抱きついてきた。


「お姉ちゃんが聖女様なんでしょ?」


 嬉しそうに自分を見つめる子供にシャルロッテが何と返事をしたものか困っていると、アルブレヒトが横から手を伸ばしてきた。


「こちらへ」


 自分を見下ろしているアルブレヒトに気づいた子供が、引き離されないようにシャルロッテの首にぎゅっとしがみついた。


「聖女様、お願い! 弟がお腹を空かせて泣いているの。食べ物をください! お願い!」


 シャルロッテはその剣幕に驚きながら、自分に抱きついている幼い子供の体にそっと触れた。その子供の体は服の上からでもはっきりと分かる程、骨が浮き出ていた。

 本当ならふっくらと愛らしく肉がついているはずの腕もお腹も、少し力を入れたら壊れてしまいそうなほど細かった。


 こんなに幼い子にこんな思いをさせているなんて。

 自分は王女だったのに何もしてやれなかったという深い後悔と申し訳なさで、シャルロッテの目から涙が零れた。


「ごめんね、遅くなって。こんなにつらい思いをさせて」


 顔を上げた子供が、シャルロッテが泣いているのに気づき、不思議そうにその頬に手を伸ばして彼女が流す涙に触れた。


 すると淡い金色の光がその子の全身を包んだ。突然現れた自分を包んでいる光にぽかんと口を開いていた子供が、嬉しそうにシャルロッテの顔を見た。そして安心したのか、満足気な表情でシャルロッテの腕の中で目を閉じて眠りについた。

 

 シャルロッテの流す涙が一粒、二粒と大地に落ちる。

 そこから金色の光がひび割れた地面を伝わって広がっていく。辺り一面が金色の光に包まれて、やがて緑の大地へと変わった。


 風がシャルロッテの長い髪を揺らす。

 さっきまでの風が吹けば土埃が舞っていた光景とは違い、そこは植物の青臭い匂いや実った果物の甘い匂いに包まれていた。背後に流れる川は豊かな水をたたえて魚が飛び跳ねている。


 シャルロッテは眠っている子供を腕に抱えたまま、そこに立ってその光景を眺めていた。そんな彼女をアルブレヒトが心配そうに後ろから支える。

 アルブレヒトの腕に気づいたシャルロッテが、顔を上げて微笑んだ。


「ありがとう」


 そして寝息を立てている子供を起こさないようにそっとアルブレヒトに手渡した。そろそろ自分の体が限界に近づいているのを感じていた。


「見られてしまったけど、大丈夫かしら」

「仕方ない。お前が困っている者を放っておけないのは昔からだ」


 そのアルブレヒトの言葉にシャルロッテが首を傾げた。


「……昔? あなたはわたしのことをずっと前から知っていたの?」


 アルブレヒトがその問いに無言で返していると、やがてシャルロッテがふらっと意識を失くして足元から崩れた。アルブレヒトは眠る子供を片手に抱えたまま、反対側の腕でシャルロッテの体を支えた。


 そしてアルブレヒトがぐったりとしたシャルロッテの体をぐっと力を入れて抱きかかえた時、遠くから子供の名を呼んでいる住民の声が聞こえてきた。


 声のする方を振り返って、子供を探している様子の夫婦を確認したアルブレヒトは、片手に抱えていた子供を傍らの木の根元にそっと寝かせた。


 そしてシャルロッテを馬の背に乗せ自分もひょいっと跨ると、彼女を再び腕に抱えて馬を走らせた。


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