11. いつまでもあなたと
轟音とともに城が崩壊し、凄まじい量の粉塵が辺りを覆う。
昼間だというのに太陽の光が完全に遮られて、それはまるで巨大な砂嵐にでも飲み込まれたような不気味な薄暗さだった。
王都の住民たちは、ヴュルテン国王がきっと神の怒りを受けたに違いないと、扉を閉ざした家の中で震えあがっていた。
空高く舞い上がっていた粉塵は、時間が経つにつれて収まっていった。
穏やかな日差しが戻ると、そこには無残な瓦礫の山と化した城跡があった。
無人の残墟に風が吹き抜ける。
その瓦礫の山の隅の方に人影が見えた。
それは横たわるアルブレヒトの頭を膝に乗せて、瓦礫の上に腰かけているシャルロッテの姿だった。
愛おしそうにアルブレヒトの黒髪を繰り返し撫でている。
やがてアルブレヒトの瞼がぴくりと動いた。
少しして眩しそうに細めながら目を開けたアルブレヒトが、自分に微笑みかけているシャルロッテに気づいて体を起こした。
「……ここは?」
シャルロッテの背後にある巨大な瓦礫の山に気づいたアルブレヒトが、唖然とした表情で辺りを見回した。
「……一体、何があったのですか?」
目を見開いたままのアルブレヒトに、シャルロッテが静かに口を開いた。
「わたしはもう聖女じゃなくなってしまったわ」
瓦礫の山からそっと立ちあがったシャルロッテが、言葉を失くして自分を見ているアルブレヒトの手を取った。
「行きましょう。どこか遠くへ」
困惑した表情でシャルロッテを見ていたアルブレヒトは、自分の手を握っているシャルロッテの手をそっと放すと、小さく首を振った。
「いいえ。ともに行くことは出来ません」
不思議そうに首を傾げるシャルロッテの視線を避けるように、アルブレヒトが俯いた。
「……あなたをお慕いしていると言った私の言葉に、偽りはありません」
続く言葉を言いあぐねている様子のアルブレヒトが、自分の膝に置いていた手を固く握った。
「……ですが、どんなにお慕いしていても、それは妹の体で、……私はあなたには触れられない。私にはあなたを幸せにすることは出来ない」
項垂れたままアルブレヒトが声を絞り出す。
「どうか、誰か他の男と出会って幸せになって下さい」
肩を震わせるアルブレヒトを、シャルロッテは静かに見ていた。
「でも、もう遅いわ」
怪訝そうな表情で顔を上げるアルブレヒトにシャルロッテが言葉を継ぐ。
「あなたが好きなの」
「……!」
「あなたと一緒にいたいの。離れたくない」
「……私はあなたの人生を滅茶苦茶にした。私のせいであなたは……!」
動揺して激しく首を振るアルブレヒトに、シャルロッテが優しく微笑みかける。
「すべて終わったわ。わたしはもう王女でも聖女でもない。ただのシャルロッテよ。……あなたはわたしに好きなように生きろと言ったわね。これから新しい人生が始まるのだと。それは、あなたも同じでしょう?」
「そんな身勝手が私に許されるわけがない」
苦しそうに顔をしかめながら俯くアルブレヒトに、シャルロッテが諭すように言葉を続ける。
「忘れたの? あなたは一度死んだのよ」
シャルロッテのその言葉にアルブレヒトが息を呑んだ。
紫の瞳を揺らしながらシャルロッテを見上げる。
そんなアルブレヒトの瞳をシャルロッテがまっすぐに見つめ返す。
「体に触れて欲しいわけじゃない。心に触れて欲しいの。わたしの心を抱いて」
そう言うとシャルロッテはアルブレヒトの手を取り、その手のひらを自分の頬に当てた。
「愛しているわ」
大きく見開いていたアルブレヒトの目から一筋の涙が流れた。
瞬きもせずに、固まったように自分を見つめているその紫の瞳を見たシャルロッテは、手に取っているアルブレヒトの手のひらに愛おしそうにそっと口づけた。
アルブレヒトは、シャルロッテが口づけした自分の手をもう片方の手で支えて、顔を震わせながらじっと見ていた。やがて静かに目を閉じて、その手のひらを自分の唇に当てた。
そして目の前に立っているシャルロッテを眩しそうに見上げた。
「あなたの心に触れさせて下さい。……いつまでもあなたを抱いていたい」
シャルロッテがアルブレヒトの瞳を見つめ返して、嬉しそうに頷いた。
やがて二人は、どちらからともなく手を取り合い、歩き出した。
これにて完結です。
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