違和感
アリスとハースのクラスは、奇妙な緊張感に包まれていた。
クラスメイトたちは、2つ並んだ机に座るアリスとハースの二人をチラチラと気にしていた。
「ねえ、ハース」
アリスの発した声に、クラスの空気が安堵感に包まれた。
これでいつもと同じになるだろうと思ったからだ。
「何かな? アリス」
だが、クラスはざわめいた。
ハースの声が、ひどく冷たかったからだ。
しかも、ハースは手にした本から目を離さなかった
いつものハースならば、アリスから話しかけられただけで、テンションが高くなるはずなのに、だ。
しかも、教室に入ってから今の今まで、ハースはアリスに話しかけていなかった。いや、目すら合わせようとしなかった。
いつもなら、アリスを観察し、時おり話しかけ、そして一人ニヤニヤしているハースが、アリスさえ見ていなかったのだ。
二人が喧嘩したのかと、クラスに緊張が走った。何しろ、ハースの様子がいつもと違いすぎて、次に何が起こるのかわからなかったせいだ。
そして、アリスが話しかければ、いつもと同じになるだろうと思っていた予想を裏切り、ハースは冷たい声を出した。
どうやら、ハースは本気で怒っているらしいと、クラスメイトたちは理解した。
そして、アリスはといえば、戸惑った様子でハースを見ていた。
「いえ……何でもないわ」
アリスは首を横にふって、ハースをじっと見ている。
クラスメイトたちは、息をのむ。
一体どうして二人が喧嘩をしたのかはわからなかったが、少なくともその状況を喜んでいるクラスメイトは誰もいなかった。
いつもはハースの恐ろしいほどのアリスへの執着が、おかしいと感じていたが、いつもの時の方が、よっぽど良かった。
早く二人に仲直りがしてほしい、と誰もが思っていた。
「だから、何?」
じっと見られていることに気づいたハースが、ようやく顔をあげてアリスを見た。
その表情は、いつもと比べるとひどく冷たく見えた。
「どうして、今日はいつもと違うの」
アリスの問いかけに、ハースは首をかしげた。
「いつもと? 変わらないと思うけど」
淡々と告げるハースに、クラスメイトたちは「全然違う!」と、心の中で突っ込みをいれた。
「……私、何かした?」
問いかけるアリスの言葉に、クラスメイトたちはハースが一方的に怒っているのだと理解した。
本当に一体何があったのか、クラスメイトたちは気になって仕方なかった。
「何も」
だが、淡々と告げるハースは、理由を言う気持ちはないようだった。
クラスメイトたちは固唾を呑んだ。
「……もう、いいわ」
ガタン、とアリスが席を立つ。そしてそのまま教室から出ていった。
クラスメイトたちはアリスを見送った後、ハースを見る。
本を持ったままのハースは、また顔を伏せていた。
一体ハースに何があったのか、クラスメイトたちは訳がわからなかった。
「私、アリスのところに行ってくるわ」
ケリーが立ち上がる。
とりあえず、アリスはケリーに任せておけばいいだろう、とクラスメイトたちは思った。
が、次の瞬間、ガチャン、と派手な音を立てて、ハースが立ち上がった。机が前に倒れて、椅子は後ろに倒れている。
「無理だ! 俺には無理だ! アリスを構わないでいるなんて、人生が終わるのと一緒だ!」
そう叫ぶと、ハースはものすごい勢いで教室を出ていく。間違いなくアリスを追いかけたのだろう。
でも、残されたクラスメイトたちは、どうしてハースがそんなことをしようとしたのか、さっぱりわからなかった。
「あ、もしかして」
ケリーが呟く。
「ケリー、何か心当たりがあるの?」
クラスメイトが問いかける。ケリーは、たぶん、とうなずく。
「メルルさんに難癖つけられた後、アリスがハースに『もう構わないで』みたいなこと言ったらしいのよ。それかもしれない」
なるほど、とクラスメイトたちは納得した。
ハースはぶれずにアリス至上主義だった。
だが、もっとやりようがあるとは思うわけだ。
あれでは、アリスが勘違いしてショックを受けても仕方ない。
だが、元を正せば、アリスがハースにそんなことを言ったせいに違いなかった。
迷惑。
クラスメイトたちが心の中で出した結論はそれだった。
最初は奇妙だと思っていたアリスとハースの二人の関係性だったが、いつの間にか、今ではあの関係性がないとクラスメイトたちも落ち着かなくなっていた。
とりあえず、ハースのアリス至上主義は今日も健在だった。
クラスメイトたちは、今日も平和な一日が始まった、と思った。