オマケ
ハースはカリカリとペンを走らせていた。
「今日は5時に入浴、と」
ハースはこの学園に来てから始めたアリス観察日記を書いている最中だ。
アリスが困ったように窓の外をみて、窓をあけた。
「ねえ、ハース。ここが女子寮だって知ってる?」
ハースは女子寮の1階の窓の外に立っている。言わずもがな、アリスの部屋の外だ。
そしてアリスは入浴のための用意をして部屋を出ていくところだった。
ハースは真顔で頷く。
「ああ、知っているとも」
アリスは大きなため息をついた。
「ここは、女子寮なの。男子が入ってはいけない場所だと思うんだけど?」
「大丈夫だ。寮長は許可してくれている。ついでに学園長も」
アリスは唖然とした。
アリスとハースがこの学園に来たのは昨日。
そして、ハースが堂々と女子寮の外から覗きだしたのは、今日のことだ。
信じられるわけがなかった。
「ど、どこにそんな証拠があるのかしら?」
アリスの声は、呆れている。そんな証拠がないと自信があった。
「ここに」
ハースが書き付けていた手帳の一番前のページを開いた。
そこには、学園長と寮長のサインが確かにあって、アリスの行動観察に限って女子寮敷地内への侵入を許可する、と書いてあった。
「そ、そんな用意周到に偽装するなんて、たちが悪いわ!」
アリスの声は、怒りのためかわなわなと震えている。
が、ハースは真顔で首を横にふった。
「本当のことだよアリス。アリスの部屋が他の女子たちの部屋が見えない角部屋になったのも、私が学園に来るより前に学園長と寮長に頼んでおいたからだよ?」
え、とアリスの声が漏れた。
「どういうこと?」
アリスには全く意味がわからなかった。
「大丈夫だよ、アリス。学園長も寮長も俺たちの邪魔はしないから」
にっこりとハースが笑った。
「いえ、そういうことではなくて。どうして二人があなたの頼みをすんなりと聞くの?」
アリスは真顔で突っ込んだ。ハースは普通の貴族令息であり、特にえこひいきされるような条件もない。
「ちょっと脅しただけさ」
アリスは、遠くを見た。
嘘だとは、否定ができそうな気がしなかったからだ。
ハースは時折、未来を透視するようなことを口にする。その能力を以てして二人の秘密を握ったのだと言っても、おかしくはないように思えた。
「……だとしても、ここまで入ってくるのはやりすぎだわ」
「でも、詳細に書かなければ、アリスが何もしていない証拠にならないだろう?」
アリスはため息をついた。
「私をおとしめようとする人が来るのは、あと2年後の話じゃなかったかしら?」
ハースは首を横にふる。
「アリスの行動パターンを知る必要があるから」
これまでの自分へのハースの執着具合を知っているアリスは、諦めのため息をついた。
トントン、とドアがノックされた。アリスはドキリとする。仲良くなったケリーと一緒に寮の風呂に行こうと話していたのだ。
「ハース、もう行って?」
「いや、ここで待っておく」
「ケリーに見られたら困るから!」
アリスが焦っているにもかかわらず、ハースは飄々としている。
「ハース!」
心配した声を出すアリスに、ハースが嬉しそうに笑う。
「笑っている場合じゃないのよ!」
「大丈夫さ、アリス。この事は、アリスと仲良くなった人間は皆知っているから」
え、とアリスが声を漏らしたとき、そっとドアが開いた。
「アリス、いる?」
ケリーがドアの間から顔を覗かせ、その視線が部屋のなかを動く。
そして窓の外にいたハースで止まった。
アリスはまずい、と思う。
が、ケリーは、目をぱちくりとしただけで、叫びだしはしなかった。
「本当に観察しに来るのね」
どうやら本当に、アリスが仲良くなった人には伝えてあるらしい。
「アリスの婚約者って、情熱的ね!」
ケリーの言葉に、アリスは脱力した。
そして、ハースのアリスへの執着ぶりが学園生のほとんどに知れ渡るのには、それほど時間はかからなかった。