舞台裏
卒業生代表としてアリスがハースと共に壇上に上がったとき、一瞬疑問を覚えはしたが、皆はむしろ納得した。当然の光景にしか思えなかった。
「あ、お姉様!」
メルルがつい声を漏らした。周りの皆がうるさいとギロリと睨んだが、メルルは気にもせずにアリスを見つめている。
ハースが名残惜しそうにアリスから手を離すと、アリスの腰を抱いた。
壇上の下の生徒たちは、皆表情を変えず、心の中で苦笑した。
学院長はすでに話を聞いていたし、止めることもできそうになかったため、諦めの境地だった。
グリーンは、何も見えないことにした。気にしたらきっと負けだ。
ハースはアリスの視線が自分に向くと、満足したように笑って口を開いた。
「この学院に入学したとき、私は大きな野望を抱いていました」
聞いているものたちの頭には、一つしか浮かばなかった。
アリスを囲う。
それ以外にないだろう。
「それは……学院生活をすばらしいものにすることです」
予想外の内容に、むしろ皆驚いて目を見開いた。
「そして、私はその野望を達成し、この学院での生活をすばらしいものとすることができました」
でも、続いた言葉に、なるほどと思う。
ものは、言いようだ。
クラスメイトは笑いをこらえきれずに、ニヤニヤしていた。マークなど笑いがこらえきれずに声が出てしまった位だった。
流石に在校生は怖くて笑えないらしい。
「在校生の皆さん、学院生活をこれから更にすばらしいものにするために、先輩としてアドバイスをします」
皆は、一体どんなアドバイスをするつもりなのか、耳を傾けた。
「皆さんには、一番大切なものはありますか?」
皆はそれぞれに頭の中に浮かべた。そして同時に、ハースの一番大切なものはアリスだろうと思った。
「まず、自分の本当に大切なものが何か、それをしっかりと理解しなければなりません。そこを見誤ると、それだけで学院生活のすばらしさは半分以下、いや、1割以下になってしまいます」
確かに、アリスのいない学院生活など、ハースにとっては監獄に違いない。
「その大切なものを、守れる力を身に着けていってください。それが、学院生活がすばらしいものだったと最後に言える根拠になるのです」
ハースの場合、守るというよりも脅しの方が強かったんじゃないかとグリーンはひとりごちた。もちろん、口には出来そうにもないが。
「私はこの学院生活で、大切なものを守る力を身に着けました。だからこそ、胸を張って言えるのです。学院生活はすばらしいものだったと」
そこで言葉を切ったハースが、アリスを見つめる。
アリスは照れてうつむいた。
ハースの学院生活は素晴らしいものになったんだろうと、皆は揃ってうなずいた。
「在校生の皆さん、これからの学院生活が、もっとすばらしいものになるように、卒業生一同願っています」
ハースが言い切ると、どこからともなく拍手がわき上がる。
ハースはハースの野望を間違いなく果たしている。これ以上説得力のある言葉はない。
学院生は納得するより他はなかった。
グリーンも拍手をする。
そして思う。
どうやら、この胃痛は今日を境に消え失せるだろうと。
グリーンの教師生命は、何とか持ちこたえたらしい。
そしてひときわ大きな音をさせ拍手をする学院長は、ようやくホッと息をついた。
完




