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アリスの疑問

 なぜ、卒業生代表の挨拶なのに、自分が前に出てきているのか。

 アリスの疑問はただそれだけだ。


 卒業生代表と呼ばれた瞬間、ハースが立ち上がった。

 そこまでは理解できた。ハースは学年一位だ。当然ハースが選ばれているのも知っている。


 だが、なぜかハースがニッコリ笑って、アリスに手を差し伸べて来たのだ。

 唖然とするアリスに、ハースは“笑顔”とだけ告げた。

 

 小さいころからハースに仕込まれているアリスは、慌てて笑顔を作り、立ち上がった。

 どうやらやらなければならないらしいと理解した。

 そうは理解したけれど、どうしてやることになったのかは、さっぱり分からなかった。


 そうしてハースにエスコートされて、アリスは全校生徒の前に立つことになった。

「あ、お姉様!」

 という声が聞こえたのは、誰だったんだろうか。


 ハースは名残惜しそうにアリスから手を離すと、アリスの腰を抱いた。

 アリスは赤面する。だが、文句も言えやしない。


 卒業生も、在校生も、アリスが前に出てきた時には一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得した顔をしていたし、ハースが腰を抱いたときでさえ、表情を変えなかった。

 一体、アリスとハースはこの学院の中でどんな立ち位置になっていたんだろうと、アリスは今更思う。

 

 学院長を見て見るが、特に困った様子は見せていないため、きっとこれは既定路線だったのかもしれない。

 グリーン先生の顔が見えたが、遠目にもその顔が虚ろに見えたのは気のせいだろうか。


 不思議な気持ちで学院生たちの顔を見ていたら、ハースが顔を覗き込んできた。

 どうやら何か役割があるらしいと、アリスはハースに集中した。

 ハースはアリスの視線が自分に向くと、満足したように笑って口を開いた。


「この学院に入学したとき、私は大きな野望を抱いていました」

 野望と聞こえたが、きっと気のせいに違いないとアリスは思い込もうとした。きっと希望と言ったのだと。だが、目があったケリーは明らかに笑っている。やっぱり野望と言ったらしい。一体ハースは何を言い出すのかと、アリスはハラハラする。


「それは……学院生活をすばらしいものにすることです」

 ハースの続けた言葉が普通で、アリスはホッとする。

「そして、私はその野望を達成し、この学院での生活をすばらしいものとすることができました」


 どうやら野望という言葉の選び方が変わっていただけで、中身は普通のあいさつらしいとアリスは納得する。

 でも、視界の端に、なぜかクラスメイトがニヤニヤしているのが見えた。マークなどおかしそうに笑っているようにも見える。なぜ笑っているのか、アリスにはわからなかった。

 

「在校生の皆さん、学院生活をこれから更にすばらしいものにするために、先輩としてアドバイスをします」

 アリスはハースが一体何を言うのだろうと、耳を傾けた。


「皆さんには、一番大切なものはありますか?」

 ハースのアリスを抱く力が少しだけ強まって、アリスはちょっと恥ずかしい気持ちになった。でも、誰にも気づかれていないだろうと、恥ずかしがる表情は表に出さないようにした。


「まず、自分の本当に大切なものが何か、それをしっかりと理解しなければなりません。そこを見誤ると、それだけで学院生活のすばらしさは半分以下、いや、1割になってしまいます」

 力のこもったハースの言葉に、アリスはなるほど、と思う。

 アリスにとっての大切なものは何だっただろうか。


 学友、勉強、学院生活?

 でも一番大切なものは?

 アリスに浮かんだのは、一人だけだった。


「その大切なものを、守れる力を身に付けていってください。それが、学院生活がすばらしいものだったと最後に言える根拠になるのです」

 果たして、アリスは大切なものを守れる力を身につけられただろうか。

 アリスはハースの横顔を見つめる。


「私はこの学院生活で、大切なものを守る力を身に付けました。だからこそ、胸を張って言えるのです。学院生活はすばらしいものだったと」

 そこで言葉を切ったハースが、アリスを見つめる。

 アリスは照れてうつむいた。


「在校生の皆さん、これからの学院生活が、もっとすばらしいものになるように、卒業生一同願っています」

 ハースが言い切ると、どこからともなく拍手がわき上がる。

 アリスも、確かにすばらしいスピーチだったと思う。


 だがしかし、一つだけ疑問が残っている。

 アリスは結局、何もしなかった。

 どうしてアリスは前に出る必要があったんだろうか。


 満足そうにアリスを見るハースからは、きっと答えがもらえないだろうと、アリスは思う。

 それでもアリスは、もしかしなくてもハースの力になれたのかもしれないと、前に出る前に少し震えていたハースの手を思い出しながら、微笑んだ。


まだ、もうちょっと続きます。

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