後輩の呼び出し
「ハース先輩はいますか?」
教室に顔を出したのは、1年生だった。ハースたちの2つ下の後輩だ。
ハースの顔がこわばる。
その表情に、周りのクラスメイトも緊張する。
一体何が起こるのか、想像できなかった。
「えーっと、マット・クーン君だったかな? なんだろうか? アリスのことなら譲れないけれど」
それはないだろう。むしろ、そんな命知らずは今学院にいないはずだ。
クラスメイトは皆心の中で総ツッコミする。
マットの顔も困っている。
「いや、そうではなくて」
ハースがホッとする。もちろんクラスメイトもホッとした。
「えーっと、どうやったら、ハース先輩みたいに、たった一人と愛し愛され続けられるのか、教えてほしいんです! 僕、まっすぐに一人だけを愛し抜くハース先輩のこと尊敬してます!」
純粋そうなマットの目が煌めく。マットは男子だが天使のようにかわいらしい顔をしていた。なのに、言ってることが少々おかしかった。
「知りたいですか?」
ハースが真面目な顔で聞き返した。
「はい!」
元気一杯にマットが返事した。
会話の中身を知らなければほほえましい光景だった。
クラスメイトたちは何だかヒヤヒヤした。
この後輩はちょっとイカれてるのかもしれないと誰もが思った。
「いいでしょう。では、こちらに」
ハースがマットを引き連れて教室の外に出ていく。
「ねえ、今の後輩、どうしたの?」
やって来たアリスの問いかけに、周りにいたクラスメイトたちは曖昧に首をかしげる。
少なくとも、ハースがちょっとイカれてる後輩に教えを請われていたとは、口に出せそうにもなかった。
アリスが顔をしかめる。
「またからかったりしてないかしら?」
たぶんそれはないと、みんなは一生懸命首を横にふった。
ただひとつ言えるのは、立派なヤンデレ精神を受け継ぐ後輩が一人誕生しそうだ、ということだけだった。
もちろん、そんなこと口にできない。
ほどなくしてハースがマットを引き連れて戻ってくる。
「じゃあ、健闘を祈る」
ハースが力強く言い切ると、マットがコクリと頷いた。
「先輩のアドバイスを心にしっかりと刻んで、頑張ってみます! ありがとうございました!」
マットが笑顔を見せてにこやかに去っていった。
クラスメイトたちは、それ頑張っちゃいけないやつだから! と心のなかだけで突っ込んだ。新たな犠牲者が誰なのか、クラスメイトたちは考えるだけでもかわいそうだった。
「ハース、何をアドバイスしたの?」
アリスの疑問に、ハースが深くうなずく。
「人生の奥深さについてだよ」
絶対違う! もちろんクラスメイトの誰も突っ込むことはできなかった。
1か月がたっても、その後輩の名前が噂になるようなことはなかった。だからあのとき周りにいたみんなは、ホッとしていた。
だが3年後。このクラスメイトたちは、ハースからのマットへのヤンデレの教えが健在であることを、伝え聞くことになる。




