食堂にて
「アリス様、ちょっとよろしいかしら?」
学園の食堂で食事をしていたアリスとハースの前に、ぞろぞろとやって来たのは、メルルとその取り巻きだった。
アリスはデジャヴを感じる。
いつだったか、こんな光景があったのを思い出した。
メルルは侯爵家の後継ではなくなったが、学院には通い続けていた。学年が違うため、アリスが直接顔を合わせるのは、学院の食堂か、寮の共同施設のどちらかだった。取り巻き達は自分たちの立場のまずさに気付いたのかどうか、未だに取り巻きのままでいた。
「何だ?」
返事をしたのは、当然のようにハースだった。
テーブルの下で、ハースがアリスを励ますようにきゅっと手を握った。
これも、あの時と同じだった。
「私はハース様ではなく、アリス様に話しかけています」
ムッとした様子のメルルが、ハースをキッと睨む。そこは、以前話しかけてきた時と、全然違う対応だった。
「君がアリスに害をなさない証拠はないからね」
ハースがきっぱりと告げる。
「害なんて……私だって、反省したのよ。ヒロイン役に胡坐をかいていたから、私はこの世界で成功できなかった。だから……せめて、人を助ける人になろうと決めたの!」
メルルが拳をグッと握りしめる。
アリスは首を傾げ、ハースは訝しそうにメルルを見た。
「アリス様、ハース様はヤンデレよ、逃げないと!」
力強く言い切ったメルルは、本気のようだ。
アリスはぽかん、と口を開ける。
ハースはメルルを見る目を細めた。
不穏な空気が漂い始める。
「アリス様! 今は洗脳されてしまって気付いていないのかもしれないけど、ハース様はイカレているわ!」
メルルがずいっとアリスに近づく。
その間に、ハースが立ち上がる。
「メルル嬢、何を言っているんだ?」
その声は、絶対零度だ。
耳をそばだてていた学院生たちは、ぶるりと体を震わせた。
どうか平和に戻りますように、と心から念じ始めた。そして、我関せずの態度を続行した。
「アリス様! ハース様の態度は異常なんです! 普通じゃないんです! だから、まだ結婚する前に逃げた方が良いです! 本当ですから!」
メルルは続ける。どうやらハースの様子など目に入っていないようだった。
ハースたちの周辺の温度が下がる。
アリスは困った顔でハースを見ている。
「メルル嬢、アーディン侯爵に手紙を書こう」
ハースが冷たく言い放つ。
メルルも流石に父親の名前を出されて、おののく。
「一体何を書くつもりなの?!」
「頭がイカレテいるようだから、幽閉するのをお勧めすると」
淡々とハースは告げた。
「やめて! やめてよ! 一度幽閉の話があったのを、何とか切り抜けたのよ! そんな手紙が来たら、ほんとうに幽閉されちゃう!」
メルルが焦る。
「では、我々の関係に口を出すのは止めてもらえるかな? あと、君の人助けは『余計なお世話』にしかなりそうにないから、やめてくれないか。他の学院生にも迷惑だ」
たしかに、最近のメルルは余計なお世話で騒がし始めている、とアリスの耳にもちょっとだけ入ってきていた。
「わ、わかったわ。……でも、本当のことなのに!」
悔しそうにメルルが去って行く。そして、その取り巻き達も。取り巻き達の表情は、困り切っていた。
静かになった食堂に、アリスはホッとした。
「アリス、大丈夫?」
ハースの表情が、柔らかくなる。
「ええ」
「俺がヤンデレなんて、言いがかりもいいところだよ」
呆れたようにハースが首を横にふる。
「え……、そ、そうね」
アリスが曖昧に頷いた。
「今更言われなくても、知っているもの」
「え? アリス何か言った?」
アリスの小さな呟きは、ハースの耳には都合よく届かなかったらしい。
周辺にいた学院生たちは、確かに今さら言わなくても、と心の中で頷いた。




