悪役令嬢は婚約者に熨斗(リボン)を付けて差し上げたいかもしれない2
「アリス様、ちょっとよろしいかしら?」
学園の食堂で食事をしていたアリスとハースの前に、ぞろぞろとやって来たのは、夏から学園に編入してきたメルル・アーディン侯爵令嬢とその取り巻きだった。
メルルが春ではなく夏という中途半端な時期に学園に編入してきたのは、アーディン侯爵家の庶子であることが大っぴらになった時期の関係だ。
アーディン侯爵家は、唯一の子供であった令息が亡くなってしまい、その後を継ぐ血筋を求めていた。そして、今まで市井で密やかに育てられていたメルルが、侯爵家の正式な後継ぎとして引き取られることになったのだ。
この国では女性でも爵位を継げる。つまり、メルルは今や次男以降の男性たちの注目の的だった。
だから、メルルに取り巻きができるのも、おかしくはないのだ。
だが、アリスはメルルの一番近くに立つサーディー・レイラン侯爵令息が、つい最近婚約破棄をしたのを思って、小さくため息をついた。サーディーの婚約者だったのは、アリスの友人であるケリー・アスコット伯爵令嬢だったからだ。
二人は利害関係も影響はしている婚約ではあった。だが、ケリーが幼いころからサーディーに恋心を抱いていたのを知っているアリスは、婚約破棄をされると知って本当に悲しかった。
しかもそれが、ありもしない罪で汚名までかぶせられそうになっていると知って、アリスはケリーの汚名を雪ぐべく奮闘した。おかげで、恋に狂ったサーディーの一方的な婚約破棄、と世間ではみなされている。
メルルの後ろにいる取り巻きは、大体恋に狂ったせいで婚約破棄をしている人で形成されている。
だからアリスは、メルルのことを友人と呼べる相手だとは思っていなかった。
そのため、メルルに話しかけられたことが、意外だった。
「何かしら?」
アリスは極めて友好的に見える笑顔を見せた。そういう風にするように、昔から口酸っぱく言われているからだ。
「ハース様を、もう解放してあげてはいかがかしら?」
なるほど、とアリスは納得した。
それこそ、小さいころから言い聞かせられ続けていた内容そのものだったからだ。
アリスは頷いた。
「私は、かま」
「わないわけがないだろうね」
アリスの言いかけた言葉を奪い去ったのは、アリスの向かいに座るハースだった。
アリスは心の中でため息をついた。
少なくとも、アリスが言いたかった言葉とは全く逆の言葉が、ハースによって告げられたからだ。
「ハース様?!」
メルルが目を見開いてハースを見る。そして、ため息をつきながら首を横にふった。
「ハース様は、アリス様のせいで言いたいことも言えなくなってしまわれているのですね」
同情的な視線が、ハースに注がれる。その目は、慈愛に満ちているように見える。
「何を言っているのかわからないが、私はアリスから解放されたいとは思っていない」
ハースが愛おしそうにアリスを見る。
アリスはそっと目を逸らした。
「ハース様! きっと洗脳されてしまわれているんですわ! 私もアリス様に意地悪をされて、何も言えなくなってしまっていたもの! でも、今日は勇気を出して言おうと決めたのよ!」
メルルの声が高くなる。そして、取り巻き達がおのおのにアリスに対する抗議の声を上げ始める。
「わかりましたわ」
アリスはあっさりと告げた。
「私は絶対に、洗脳されてなどいない」
だが、ハースがまたもやアリスの言葉を引き取ってしまった。
アリスはヤレヤレと首を横にふった。
「ほら、見ました、皆さま? ハース様はこう言うように洗脳されているんですの!」
メルルが食堂に響くような声で告げる。
メルルの取り巻き達が同調する。
他の学園生たちは、かたずをのんで見守っている。
「ハース様、その洗脳を今こそ解いて差し上げますわ!」
アリスは、話に聞いていた通りの話の流れに、呆気に取られながらメルルを見上げる。
「ハース様、良いですか? アリス様はあまりにも意地悪で、ハース様の尊厳を奪っていますわ」
メルルは説き伏せるようにゆっくりと告げる。
「……どこがだ?」
「いつも犬のように一緒にいるように、しつけられてしまっているのではなくて?」
「……私がアリスと一緒に居たいだけだが」
犬のように、という表現が気に入らなかったのか、ハースの頬がピクリと動いた。アリスは唇を噛んだ。
「嘘ですわ! いつでもどこでも、小間使いのようにハース様を従えているだけよ!」
アリスはメルルの言い分に呆れて首を横にふった。
「小間使い……か?」
ハースが憮然と言い放つ。
「そうですわ。世間の目には、そのように見えていますわ」
「では、解放して差し上げますわ」
あっさりとアリスが告げた。
その瞬間、シン、と食堂が静まり返った。