2回目に会うアリスとハース
ここはデッセ侯爵家のアリスの部屋。
初めて家にやって来たハースに会いたくないと、幼いアリスはベッドに突っ伏したまま動こうとしなかった。
その周りを、動物園の熊よろしく、眉を下げたままうろうろと歩き回る少年がいる。
ハースだ。
ハースがアリスに「悪役令嬢だ」と言って泣かせたのは昨日。
いくら謝っても、アリスは泣いて首をふるばかりだった。
そして、目も合わせようとしないで帰って行くアリスを、泣きそうな顔をして見送ったハースは、翌日、神妙な顔で訪ねてきた。
もちろん一人ではない。手が空かないと言われてしまった両親ではなく、お目付け役のマーヴィン侯爵家の執事をつれて。何せ6才。一人で移動することは許されていない。
そして、応接間でアリスのご機嫌伺いをする予定だったのだが、アリスが嫌がっていくら待っても応接間に顔を出そうとしない。
そして時間が経過すればするほど、ハースはどんどん泣き出しそうな顔になる。
そのため、アリスの母が特別に、アリスの部屋にハースを入れてくれたのだ。
ハースが来るまでムッとした表情でベッドに腰かけていたアリスはハースが入ってくると、泣きそうな顔をしてベッドに突っ伏した。
その瞬間、本当にハースは泣き出すんじゃないだろうかと、ハースのお目付け役の執事は思った。
だがハースは目に涙を貯めて鼻をスンとならしたあと、歯を食いしばって涙を耐えていた。
そして昨日とはうってかわって、ハースは弱々しい声でアリスの名前を呼ぶが、アリスは顔を上げてくれなかった。
何度呼んでもあげてくれないアリスに、ハースは困ってうろうろとし続けている。
色々と考えているんだろうハースは、立ち止まると、ハースと一緒にいるといいことをあげていく。
だがその内容は、大人である執事にも理解できない内容だった。たぶん、アリスはもっとわからないだろう。
「僕と一緒にいれば、悪役令嬢にはならせない」から始まり、
「メルルに詳細な証拠を突きつけてやればいいんだから」ときた。
賢い子供だと常々思っていた執事だが、これはちょっと違うな、と感じていた。
とうとう万策つきたらしいハースが、ベッドの頭もとに座り込む。
「ねえ、僕のこと好き?」
執事は危うく吹き出しそうになった。
どう考えても昨日の今日で、アリスの機嫌が変わることがあったとしても、好きにはならないと思うのだ。
賢いと思っていたが、やはり6才かと、執事は微笑ましい気持ちで二人を見守る。
当然、アリスの首は無言のまま横にふられた。
ハースの眉がハの字になる。
「ねえ、僕のこと好き?」
でも、ハースはめげなかった。
またもやアリスの首が横にふられる。
ハースの目に、涙が浮かんだ。
「ねえ、僕のこと好きだって言ってよ」
めげない。執事はハースの根性に、ちょっと感動した。
でもアリスは激しく首をふるばかり。
ハースの目から、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
「僕のこと、嫌い?」
ハースの言葉に間髪を入れずアリスがコクリと頷いた。
ハースの目からボロボロと涙が溢れていく。
そしてとうとう、ハースは声をあげて泣き出した。
執事はビックリした。
執事が知る限り、知恵の回る大人よりも物事を知っていそうなハースが、こんな風に感情を露にして泣く姿を見たことがなかったからだ。
どうしようかと執事がオロオロしだすと、アリスが少しだけ顔を上げた。
あまりの泣き声に、無視することができなくなったらしい。
「ねえ、泣かないで」
アリスの表情も困っている。
だが、ハースは声を上げたまま泣き続けている。
「ねえ……泣かないで。嫌いっていうの取り消すから」
ピタリ、とハースが泣き止む。
「僕のこと、好き?」
エグエグと泣きながらも、ハースは告げる。
だがもちろん、アリスは頷きはしない。
ハースは再び泣きはじめた。
途方にくれた様子のアリスが、ため息をつく。
「意地悪もうしないって言うなら……好き……かもしれない」
アリスなりに考えた答えらしい。
ハースの泣き声がピタリと止む。
そして、グシャグシャの顔で、ニコリと笑う。
「僕のこと大好きってことだね」
執事は、吹き出さなかった自分を誉めてほしいくらいだった。
当然アリスは、困った顔でハースを見ていた。




