後輩
「先輩」
2年生の女生徒がハースに話しかけた。
ハースは首を横にふった。
「悪いけど、話をするならアリスがいるときにしてくれないか」
ハースの顔は真剣だ。
話しかけた2年生はキョトン、となる。
「じゃあ」
あっさりとハースは去っていく。
「今の、何かしら?」
ハースに話しかけた2年生は、ハースのことをよく知らないらしい。
「今のがハース先輩よ」
「ああ! あれが噂の!」
ハースは名前を聞けばわかるくらいの有名人だ。
「じゃあ、これが噂の……」
ハースに声をかけた女生徒が、自分の手元の手帳を見つめる。
「そうね、それが噂の……」
もう一人の女子生徒も、その手帳を見つめる。
「早めに、返したいわね」
「その方がいいわね」
二人はうなずきあう。
「でも、アリス先輩も一緒に居るときに話しかけるって、難しくないかしら?」
「他の先輩に渡せばいいんじゃない?」
「そうね」
女生徒が大きくうなずいた。
「落とし物すら、アリス先輩がいないといけないって……不便ね」
二人の後輩たちは、顔を見合わせてうなずいた。
*
「ありがとう」
アリスは後輩から見覚えのある手帳を受けとる。
「よろしくお願いします」
ペコリ、と頭を下げた後輩たちをアリスは見送った。
そしてため息をつく。
どうやらハースは自分が落とし物をしたにも関わらず、声をかけた後輩に、アリスがいないところで声をかけるな、とまた言ったらしい。
アリスは教室の中を振り返る。
ハースは今、自分の荷物をひっくり返して、この手帳を探している。
後輩の話を聞いてあげればいいだけだったのに、ハースの謎のこだわりであんな風に焦るはめになっている。
自業自得だ、とアリスは思う。
「あれ? その手帳って?」
ケリーがアリスの手にある手帳を見る。
「ええ。あの手帳よ」
アリスは肩をすくめる。
「返さなくっていいの?」
「少しは反省してもらおうかと思って」
「……意味があるかしら?」
ケリーが首をかしげる。
「少なくとも、落とし物で誰かを煩わすことがなくなればいいわ」
「そうねぇ」
ケリーが苦笑する。
ハースがああやって荷物をひっくり返しているのは、初めてではない。少なく見積もっても、20回は越えている。
月に一度は、ハースはこの大事にしているという手帳を落とすのだ。
そして困った表情で拾い主が教室へ持ってくる。
幼い頃から何をやらせても卒のないハースだったが、どうしてかよく落とし物をするのだ。
アリスだって拾ってあげたことは数えきれないくらいある。
ただ、あれほどまでに大騒ぎして探す姿は、手帳以外に見たことはない。
「返してあげれば?」
ケリーの言葉に、アリスが首を横にふる。
「だっていつも手帳は必ず返ってくるからって反省しないんですもの」
ハースのアリス観察日記の手帳は、学院でこう呼ばれている。
「悪魔の手帳」
一刻も早く持ち主に返さないと、災いが起こる。
この手帳は落としてからそれほど時間がたたないうちに戻ってくるため、未だ真偽については不明だ。




