悪役令嬢は婚約者に熨斗(リボン)を付けて差し上げたいかもしれない1
「お前は悪役令嬢なんだ!」
そう指を向けられたあの日のことを、アリス・デッセ侯爵令嬢は一生忘れないだろう。
あれは、今から10年前。アリスとハース・マーヴィン侯爵令息が婚約を決める前に顔合わせをした日のことだった。
まだアリスもハースも6才の時のことだ。
麗らかな昼下がり。
マーヴィン侯爵家の庭園で、二人は初めて会った。
婚約を決める前の顔合わせとは言っても、形ばかりで、既に両親同士により話はついており、二人の婚約は既定路線だった。それでも、初めて顔を合わせることになるハースに、アリスは緊張していた。
アリスは明るい翡翠色の瞳、そして光を集め煌めくブロンドが、華やかな顔つきを更に際立たせていた。所謂美少女だった。
対してハースは、シルバーのストレートの髪が、理知的な表情のハースを更に賢そうに見せていたし、理知的な表情を醸し出す整った顔立ちは、将来を期待させるイケメンだった。
両家の両親は、親バカを差し引いても、将来は美男美女のカップルになるに違いないと、恥ずかしそうにお互いを見つめ合う二人を、微笑ましく見ていた。
「二人で遊んでいらっしゃい」
にこやかに両家の両親が二人を送り出す。
そして、両親の視界から二人が外れた時だった。
ハースが、アリスを指さしたのだ。
不躾だとは思ったが、アリスは首をかしげてみせた。
「なあに?」
「お前は悪役令嬢なんだ!」
「あく、やく、令嬢?」
アリスには、“あく、やく、令嬢”がどんな令嬢なのか、わからなかった。
ふん、とハースが胸を張った。
「そんなことも知らないのか!」
アリスはコクンと頷いた。
「教えてくれる?」
「悪役令嬢はな、人に意地悪なことばっかりするやつだ!」
勢いよく告げたハースに、アリスはびっくりして涙を浮かべた。
「な、何で泣くんだ!」
ハースが狼狽える。まさかアリスが泣くとは思っていなかったらしい。
「わ、私……意地悪なんて……しないもん!」
少なくとも、今までアリスは誰かに意地悪をしてきたつもりはなかった。だから、その語尾はおのずと強くなった。
「い、今はしないかもしれないけど、いずれ、意地悪ばっかりするようになるんだ!」
狼狽えたまま、ハースが叫ぶ。
「しないもん!」
「するんだ!」
「しないもん!」
わーん、とアリスが泣き始める。
「な、泣くな! ほ、ほら、い、意地悪だって言われたくないだろ?!」
ハースの問いかけに、アリスが泣いたままコクコクと頷く。
「お前が意地悪だって言われないように、俺がいつだって助けてやるから! な? わかったか? だから、泣き止め!」
「私、意地悪なんてしないもん!」
アリスは更に大声で泣いた。ハースがアリスが意地悪をする前提で話をしているのが嫌だった。
そして、アリスの泣き声に気付いた両家の両親が二人の元にやってきて、ハースはこっぴどく叱られることになった。
それが、アリスとハースの出会いだった。
はっきり言って、アリスはハースのことを好きになれないだろうと思った。