38 聖女杯 事件解決編1
「チェックメイトだと!?」
「ああ、そうだぜ。俺はな、ディアンさん達の連絡がいつ来てもお前達を追い込めるようにシュミレートしてたんだぜ? 勿論、この会場で起きる場合も想定してた」
フェルトはディアンをチラッと視線に映しながら語る。
「闘技場の真ん中で真実を語られた場合にお前が取る……いや、犯人が脱出等に行なう行為といったら、人質を取るのが普通だろ。実際お前は聖都でエドワード王子殿下を人質にも取ってる。姫殿下を人質に取っても不思議じゃない。【絶対服従】の力を味方にしているお前がこの闘技場内の全員を証拠隠滅しなければならないという状況に追い込まれれば……」
「俺が人質を取る可能性が劇的に上がる……!」
「ああ。通常、こんな状態で追い込まれれば降伏するのが普通だろうが、お前には【絶対服従】があるからな。悪あがきをするならこんなもんだろ」
「だからここにいる全員の記憶を消そうと考えることも、俺が人質に取る命令をダミエル達に用意しておくことも想定できたということか!?」
「その通り。馬鹿の考えは丸わかりってわけ」
するとアスベルは、楽しそうに高笑いを始める。
「――アッハハハハッ!! 確かにそうかもしれないが、お前は自分で言ったことを忘れたのか?」
「ん?」
「俺には【絶対服従】があり、ラフィにはお前が言った通り、拡声効果が付与された魔石を持たせてある。つまりはお前もお!! 【絶対服従】させられるってことなんだよなあ?」
「「「「「!!」」」」」
確かにアスベルの言う通りだと、会場も静かに騒つく。
フェルトも同様に【絶対服従】の影響は受けてしまうと。
「つまりだ。人質に取ってチェックメイトをかけるなんてことがあり得るはずがないってことなんだよなあ? アッハハハハッ!!」
アスベルの言う通りだと、会場が絶望に染まり静まる中、アスベルの笑い声だけが響く。
「アッハハハハ……」
すると、
「「アッハハハハ……」」
「!?」
アスベルの笑い声にフェルトの笑い声が重なり、何故笑っていると目を見開き、アスベルはフェルトをみた。
「どした? 笑えよ」
「な、何故、貴様も笑っている!?」
「は? いや、こうも思い通りに行くと面白いなーって。面白かったら笑うのが普通だろ?」
「ふざけたことを……!! いいか? 【絶対服従】は誰にだって聞くんだ! 人間や亜人種、魔物に魔力の防壁等もまったく関係なく、意思を持つ生き物であれば誰にでも通用する! だから貴様も――」
「そこだよ、そこ」
「な、なに!?」
「その【絶対服従】の効く効かないのところ。そこがミソだ」
「何だと!?」
アスベルはあり得ないと考える。
あり得るはずが無い。
聖都で三年もかけて、色んな方法で【絶対服従】をかけさせてきたが、効かなかった奴なんてひとりもいなかった。
それとも、あのふたりにやったように、【絶対服従】の抜け道がまだあるのか!?
そしてアスベルにとっても、会場で聞いていた人達にとっても、予想だにしなかった答えが返ってくる。
「――俺に【絶対服従】は効かない。ただそれだけの話だ」
「「「「「!?」」」」」
「なっ……!?」
「俺に【絶対服従】が効かなければ問題ない話だ。全員が絶対服従状態となり、棒立ちになったとしても、俺がアンタ達を制圧すれば事件は解決する」
ケロッと答えるフェルトに、アスベルは怒号を上げて反論。
「そんな与太話が信じられるか!? 【絶対服従】が効かない? ハッ! 馬鹿も休み休み言え!! そんな根拠がどこにある!?」
するとフェルトは、ハンと小馬鹿にして笑う。
「お前こそ馬鹿か? その根拠をお前に語る必要が俺にあるのか?」
「……!」
手の内を語るようなマヌケなどするはずもない。
ましてやそれは『大罪の神器』であるが故のこと。
フェルトの口から話されない限り、バレることのない絶対的な情報。
するとフェルトは、アスベルに効かないことの信憑性を持たせることにするため、とある議題を上げる。
「陛下、疑問には思いませんでしたか?」
「む、むう!? きゅ、急に何だ? 何をだ?」
アスベルの剣幕が凄かったため、そちらでする話だと油断していたオルディバルは驚きふためく。
「アスベル達が何故クーデターを未だ起こさないのか、ですよ」
「な、なに?」
聞かれたオルディバルはふと確かにと頭にポカンと浮かんだ。
「そ、そうだな。【絶対服従】の力が我々に通用していることがわかっているならば、クーデターを起こし、国を我が物とすることは……情けない話だが可能ではあるだろう」
神の力であること、自分自身が抵抗もできずに【絶対服従】を受けてしまったことを見るに、認めざるを得なかった。
「じゃあ何で起こさないと思います?」
「た、確かにどうしてだ?」
そのことには当人が心当たりがないはずもなく、アスベルは怒りと焦りのままに感情を剥き出しにする。
「フェルト・リーウェン……!! 貴様ぁ!! どこまでえっ!!」
フェルトは全てお見通しなんだよと、ふふんとドヤ顔をアスベルに向けてから語る。
「理由はふたつあります。ひとつは『人喰い』です」
「なに? 人喰いだと?」
「仮に陛下が【絶対服従】で悪事を働かされ、アスベルのシナリオ通り、ラフィが国民達に絶大な信頼を置かれた状況になり、国を乗っ取られたとします」
「う、うむ」
「その状態で人喰いが事件を起こしたらどうなります?」
「それは対応するのではないのか? 聖堂騎士や聖女ラフィが……」
「できると思いますか?」
フェルトが大きく首を傾げると、その場合にその解決を行なう張本人を見てみるオルディバル。
ネフィはこの事態に、まるで怯えた小動物のように震えている。
「な、なるほどな……」
解決能力をまったく感じないラフィを見て、オルディバルはフェルトの言いたいことに納得する。
「陛下のご想像通りです。解決能力皆無のラフィに曖昧な計画性しかないアスベルとラフィのご機嫌取りに集められた顔だけの聖堂騎士達に人喰いの対処なんてできるはずがない」
その言い分にアスベルはギリギリと歯軋りを立てる。
舐められている憤りと、しかしその通りであるという同意しなければならないという悔しさが同時に滲み出る。
「更に言えば【絶対服従】で無理やりクーデターを起こした綻びが出てくると考えられる。陛下が急に悪事を働いたことに違和感を覚える人達も少なからず出てくるでしょう。その人達も【絶対服従】すればいいだけとも考えるでしょうが、【絶対服従】した意思なき兵士に人喰いの対処ができるとは、これも考えにくい。以上のことから、アスベル達は人喰いを対処された後じゃないとクーデターを起こすことができないということになります」
「な、なるほど……。ではもうひとつは何だ?」
フェルトはフッと笑う。
「俺ですよ、陛下」
「なっ!? 君自身だと!?」
「コイツらは俺が神眼持ちだということはとっくに知っていたこと。陛下も俺の調査をされた時に気付かれたと思いますが、聖都の司祭達の間でその話題で持ちきりだった時期がありませんでしたか?」
「あ、ああ。確か……祝福の日に眩ゆい光と共に義眼がその村の少年……君の元へと降り立ったと……」
「ええ。俺の村にいたダマスって神父が聖都に戻るための材料として交渉していたという話でしたが、そのダマスって神父、馬鹿なのか、結構広まるような喋り方をしていたようで……」
今思い出しても忌々しいとフェルトの表情が曇る。
何せ、馬乗りされた経験もあるため、ダマスに対する印象は最悪だ。
「だからアンタ達、聖堂騎士も俺が神眼持ちだってことは知っていた。違うか?」
「ああ。とっくに知っていたよ。だが、当時はユフィやマルコって神父が貴様と会うことを避けさせていたからな」
「!」
思わぬところでマルコ神父の名前が出てきて驚く。
マルコ神父は思わぬところでも自分を守ってくれていたんだと、少し嬉しくなる。
「へえ……そっか」
「それでフェルト・リーウェン。君が神眼持ちであることに何か関係があるのだな?」
フェルトは、こほんと一息。
「え、ええ。簡単なことです。ラフィの持つ神の左足が同じ神物である神眼の持ち主である俺に能力が効くのかどうかがわからなかったということが理由です」
「なるほど。フェルトさんは神からの恩恵とも取られる受け取り方をしていることも相まって、より効果を受けるかどうかが不透明だったと……?」
「その通りです、姫殿下。とはいえ、誤解されても今後の俺の生活に支障が出る可能性があるので言い訳しときますが、俺は神の使徒でも何でもありません。あくまであの神眼を受け取っただけです」
だがフェルトは、元現代人で女神であるイミエルとは教会で祈りさえすれば会えるという特権まであるので、神の使徒どころの騒ぎじゃないだろうなと、内心、苦笑いである。
「そしてアスベル達にとっては俺の人間性にも問題があった。俺は救出事件の功労者のひとりであり、クーデターを企ていたアスベル達にとっては、明らかに敵対的な存在になり得る。でも神の左足に味を占めたアスベル達からすれば、神眼持ちである俺は仲間にも引き込んでおきたい人材。だからあくまで今回は様子見のつもりだったんだろ? 俺に接触するのが早かったりしたのは、俺がどんな人間なのか測るためだったんだろ?」
「だがそのせいで貴様は、俺の目論みのほとんどをその神眼で見抜いたというわけなんだろ……!」
「ああ。そして実際、ここまでやられてるわけだからな。クーデターを起こさなくて良かったな」
「黙れ!」
アスベルは振り払うように腕を横薙ぎにし、話を戻す。
「貴様の言いたいことはわかった。つまりは【絶対服従】が効くかどうかの賭けだと言いたいんだろ? わざわざ説明しなければ、こちらが怖気付くかもしれなかったというのになぁ……」
確かに【絶対服従】は効かないと言っただけで、確率の話はしていないため、そう受け取られるのは仕方ない。
「いやいや。だから効かないんだって」
「だからそんな寝言――」
「いやいや。そもそも確率が発生するなら、アンタの言う通り、わざわざそんなことを口にはしない。俺は俺のみが知る情報で確実に効かないことを知っているだけだ」
「ば、馬鹿なっ!?」
「ま、信じる信じないはどちらでもいいけどさぁ……」
フェルトはチラッと人質に取られているエメローラに視線を向ける。
「さっき言ったろ? エメローラ姫殿下を人質に取られることがお前達にチェックメイトをかけることになるって」
「それがどうした!!」
「まだわからないのか? それもさっき話しただろ?」
「なに?」
アスベルはさっきのことを思い出す。
この人質を取っている状況をフェルトがわざと見逃していることを。
「……!!」
「俺はお前が姫殿下に手を出さないこともわかってる。お前達が姫殿下に手を加えた途端、お前達は自分達で逃げ道を塞ぐことになる。そうじゃなきゃ人質の意味ないもんな。で、俺は人質を取って何をするのかはさっき説明した通り。だとすれば……俺が【絶対服従】が効かないことを前提としたことだとわからないか?」
アスベルはフェルトの言う通りだと驚愕する。
フェルトが【絶対服従】が効かないのだとすれば、エメローラを人質に取り、この会場にいる全員を絶対服従状態にするのは悪手。
いくらアスベル以外と命令するからとはいえ、正気を保っている人物がこの場合、ラフィとアスベル、そしてフェルトということになり、ブラックギルド所属のシギィとやり合える実力者であるフェルトがふたりを制圧するのは容易なことだろう。
「そ、そんなことが……あり得るわけが……」
「だから。信じる信じないは自由だ。俺は何でもいいぜ。どうせ自分で逃げられないようにしてるからな」
「!!」
アスベルはバッと人質に取られているエメローラを見て、しまったと考える。
「き、貴様ぁ……俺の選択肢を制限するために、エメローラを人質に取らせたなあ!!」
「おっ? やっと自分が鳥籠の中にいることに気付いたか?」
「くそおっ!!」
全てフェルトの手の平の上だったことに気付いたアスベルは悔しそうに叫ぶ。
「俺はエメローラを傷つけることはできない。そして逃げるためにもエメローラは手放せない。だからその状況で脱出する方法は、【絶対服従】だという選択肢に追い込んだ。そしてそれはお前は【絶対服従】が効かず、俺達は捕まる……」
「そうだ。姫殿下に手をかければ即座に捕まり、解放しても捕まる。そして【絶対服従】を使ったとしても効かない俺にやられて捕まる。ちなみに【絶対服従】で『絶対服従せよ』と命じても、しばらくの間、命令がなかった場合、正気に戻るんだろ?」
「くっ……!! そこまで見越して……!!」
「当たり前だろ? その【絶対服従】はあくまで実行できるものを行なうはずだろ? 脳が命令を受け取ってるわけだし。だから本人ができる範囲ってのはあるはずだ。つまり『絶対服従せよ』と命令しているにも関わらず、何も言われないのであれば実行不能と扱われ、解除される、だろ?」
「くっ……!!」
もはやポーカーフェイスもできないアスベルは、もう敵意の表情を向け続ける他なかった。
「だから何も問題なーし! ささっ! ここにいるアンタ以外を絶対服従させてみなよ。それでカタがつく」
アスベルは【絶対服従】がどんな生物であろうとも、オルディバルのような防御の魔法すらも貫通することは知っている。
だが神眼持ちであるフェルトの効果の有無が確かにハッキリしないのは事実。
だが、ハッタリにしては大胆過ぎる作戦。
効いてしまえばアスベル達の勝利は確定する状況。
しかし、それをフェルトが誘導したことで、効かないというその言葉が強調されることになる。
本当に効かなければ、アスベル達は終わる。
しかもエメローラを利用した誘導となると、より信憑性は強い。
アスベルは自分が信じてきた情報が瓦解していく。
フェルトのその余裕そうな表情がより強調していく。
「ほら、どうした? やってみろよ」
「くそがぁ……っ」
その小馬鹿にする煽りも、やられても問題無しだと強調されている。
すると観覧席からオルディバルが手を上げる。
「フェルト・リーウェン。よいかな?」
「何でしょう、陛下?」
オルディバルは不安そうな表情を浮かべながら軽く呼吸を整えると、フェルトに問う。
「ここにいる全員が【絶対服従】の術中にハマっても、君が必ず何とかしてくれるということ、信じても良いのか? 私は【絶対服従】を受けたことがある身だからわかる。あの時にかけられ、好きに我が身を操られていたと思うと、背筋が震えるよ」
オルディバルが恐怖するのは尤もだろうと思うフェルト。
誰しも自分の身体を他人に操られるのは怖いだろう。
だがオルディバルには別の狙いもあるように思える。
「だから誓えるか? 我々全員を助けられると……」
フェルトはオルディバルの真意に気付くと、ニカッと笑い、
「はい! 勿論!」
そう即答した。
その自信に溢れた表情を見たオルディバルは、真剣な表情で会場中に訴える。
「皆、聞いてほしい。この事件の解決には、我々が【絶対服従】にかかることが条件になる場合がある。その時が来るかもしれない。だからその時は、彼の言うことを信じてほしい」
オルディバルはたとえ【絶対服従】を受けようとも、必ずフェルトが何とかすることを信じて欲しいと頭を下げた。
それを見た会場の人達は、
「わかった! 信じる!」
「ここまで聖堂騎士を追い込んだ人だもの、信じられるわ」
「聖堂騎士の悪事を許すなっ!!」
その呼びかけに応えるように、会場中から声が響いてくる。
そしてオルディバルは応えてくれてありがとうと、手を上げて会場を静める。
オルディバルの狙いは、会場中の人達が同意することで【絶対服従】が効かないということを強調することが目的だった。
だがオルディバルにとっても賭けなことだっただろう。
フェルトが【絶対服従】が効くか効かないかは知らないわけであり、フェルトから確信的な情報があるわけでもない
踏み切るには相当の覚悟が必要だったことだろう。
フェルトはそれに応えるよう、アスベルを挑発。
「さあ……こっちは腹ぁくくったぜ? 次はそちらさんだ」
「ち、畜生があっ!!」
アスベルは頭をガリガリとかきながら考える。
どこかに抜け道はないかと、パターンを色々巡らせるが、やはり自分達が一番可能性があるのは【絶対服従】を起用する他思いつかなかった。
「お、俺は……」
切羽詰まった様子で、この道しかないと確信したアスベルに、
「待て! アスベル!」
「!」
エメローラを人質に取っているダミエルが叫ぶ。
「お前が取ろうとしている道は、フェルト・リーウェンの用意したものだろうが! ここまで踊らされているんだ、【絶対服従】を使う考えは今は捨てろ!」
フェルトが【絶対服従】しか使えなくしたこの状況であるが故に、アスベルがそれに救いを求めるよう、動くことは予想できたダミエルの反論だった。
「だったら貴様も考えろ! 俺ばかりに考えさせるんじゃない!」
「そ、それはわかっているが……」
するとフェルトは選択肢を用意する。
「アンタ達が残されている道は現在三つ……」
「なに?」
「ひとつは降伏。ふたつめは、お前が取ろうとした【絶対服従】による証拠隠滅。だがこれも俺に阻まれる」
「くっ……」
「そして三つ目、これは時間制限だ」
「なに?」
「思い出してほしい。ディアンさん達はここに来る前にどこに立ち寄ったと語った?」
「ディアン達、だと?」
アスベルはディアン達を見て、来た時のことを思い出す。
ディアン達は証拠を見せていたことを。
「!」
「ディアンさん達は証拠をお前達に見せに来てたよな? その時、違法奴隷商の何人かを尋問官に引き渡したと言っていた。つまりだ、その尋問官達は聖都の事件をディアンさん達から聞いた、もしくは尋問している奴隷商から聞いた。とすれば、この闘技場から戻ってこないディアンさん達、もしくは聖堂騎士の目論みを阻止すべく、この闘技場に押し寄せてくると思わないか? 王宮騎士や魔術師達が……」
「!?」
しまったとアスベルは、オルディバル達にも視線を向け、フェルトはほくそ笑む。
「そうだよなぁ? 陛下達もここにいるんだ、陛下や姫殿下の御身を考えると、王宮騎士達がアンタ達聖堂騎士を取り押さえようと考えるのも時間の問題。しかも猶予、どこまであるかなぁ?」
「フェルト……リーウェンっ!!!!」
焦るアスベルに更に追い討ちをかける。
「フェルト君の言う通りだ」
「ディアン……!!」
「俺達はここに来る前に奴隷商達の身柄を引き渡し、聖都の調査を進めるよう促した。その際に俺達は一時間経っても戻らないようなら、陛下と姫殿下の御身を大事とし、この闘技場を包囲、聖堂騎士を全員捕らえよと言ってある」
「き、貴様! フェルト・リーウェンの言い分に当てつけただけだろうが!!」
するとそう言ったディアンは、さあという仕草を取る。
「フェルト君のセリフを借りるなら、信じるも信じないもお前の自由だ。だが少なくともフェルト君の言い分通り、時間が経てば経つほどに不信感は増す以上、王宮騎士達が来るのは必然だろう」
「くっ……!!」
ディアンの言ったことは確かに当てつけであったが、アスベルを混乱させるには十分な内容だったりする。
「さ、アスベルさん、どうするぅ? 三つの選択肢の中、どれを選ぶ? ただ……どれを選んでも結末は同じだ。アンタが奴隷商や【絶対服従】で手に入れた好みの娘達の待つ柔らかいベッドにはもう二度と戻れない。待ってるのは、むさ苦しい男達に監視されながら、冷たくて硬いベッドに臭い飯を食わされながら、人々を陥れてきた罪を懺悔する毎日が待ってる」
フェルトは冷たい侮蔑の視線を向けて、こう投げ捨てる。
「……おめでとう」
「お、俺は……俺はぁっ!!」
こんなところで終われないとアスベルは何とかしなければと考えるが、
「ま、好きに考えなよ。タイムリミットは一時間……いや、ディアンさん達が王宮からここまでかかった時間を考慮するともう少し短いか?」
「そうなるな」
「――黙れ!!」
気が散るとアスベルは一掃するように手をブンブン振る。
「黙れ黙れ黙れ黙れぇええええ!!!!」
もうアスベルに冷静な判断ができるほどの余裕は無く、考えれば考えるほどに沼にハマっていく感覚に陥る。
それをフェルトは断言する。
「なあ? アスベルさん。アンタもダミエルさんから聞いてんだろ? 俺がアンタ達にかけた言葉」
「なに?」
「――疑心暗鬼の沼にハマれって言葉」
「!?」
「俺の語る言葉の全てが疑わしいだろ? でも、真実にも直結してることもあっただろ? どれが真実でどれが虚言か……考えれば考えるほどに堕ちていく感覚はどうだ?」
「フェルト……リーウェンっ!!」
アスベルはフェルトの言う通りだと、悔しさ混じりに怒りを露わにする。
くそっ! くそっ! くそおっ!!
この男の言う通りだっ! 何もかもがフェルト・リーウェンのシナリオ通り。
しかも周りも味方して、【絶対服従】が通じないかもしれないという信憑性も増してか、判断が難しい。
だからといってエメローラを手にかけることも、解放することもできない。
アスベルは再びフェルトを見ると、ハンと笑っている。
「く、くそがぁああっ!!」
「叫ぶのは大いに結構だが、答えはいいのか? 時間が経てば経つほどに不利になるぞ」
「お前はもう喋るなぁ!!」
「まあまあ、そう言いなさんな。こっちとしちゃ、喋れば喋るほどにお前を陥れることができるんだからな。少しはネフィの気持ちもわかったろ」
「ぐっ……くそおっ!!」
アスベルの中で、どうすればいいという言葉が念仏のように唱えられ、辺りを見渡し、綻びがないかを探し、フェルトに目が向いた。
すると、
「……フ。そうだよ……」
「?」
「はは……そうだよなぁ!! アッハハハハッ!!!!」
アスベルは高笑いする。
「そうだよ!! お前の言う通りだよなあ? もっと簡単に考えれば良かったんだよなあ?」
フェルトは、まあ確かに言ったけどと首を傾げる。
「それで? 妙案でも思いついたかい?」
「ああ。お前の思い通りにさせるか!」
するとさっきまでの怒りの表情が激変、穏やかな表情で手を差し伸べてくる。
「――俺の仲間にならないか? フェルト・リーウェン」




