20 近況報告
「――明日からいよいよ聖女祭だな」
ふうーっと、やっとひと段落着いたと息を吐いたアスベル。
ダミエルは監視を始めてからの定期報告に訪れていた。
「ここまでの様子はどうだ?」
ダミエルはとりあえず見たままの感想から語る。
「いや、特に変わった様子はないな。至って普通の、どこにでもいるような学生だ」
「どこにでもいる学生ね……」
アスベルはそんなはずないだろと、皮肉混じりにそう語ると、ダミエルも同感だと本心を語る。
「ああ。不自然なくらい普通の学生だよ」
「不自然か。まあ、そうだろうな。俺達のクーデターや【絶対服従】のことも見破り、宣戦布告までしてくる奴が普通の学生をやってる方がおかしい。むしろ学生であることが演技とでも言いたげだな」
「俺もそう言いたいのも山々だが、ちゃんと年相応の態度であることも多い。まあ、それでも他の生徒よりは達観しているイメージは拭えないが……」
ダミエルは護衛をしているうちに、他の生徒とフェルトを比べられるほどであった。
いくら聖女祭準備期間で学校が休校とはいえ、学生の過ごし方などを見ればわかるもの。
宿題などの片付け方など、寮内の生徒を見るだけでも随分と違いがあったと思う。
フェルトは常に教える側の立場という見方があった。
「それで? そう見えるだけで、裏で動いている可能性もあるわけだが……」
「俺達の監視を抜けて、か……」
そんなことはないと、思い当たる節はないダミエルだが、やはり不安はまとわりつく。
「誰かに伝えようととしていた素振り等はあったか? 怪しい人物とか?」
「そうだなぁ……」
ダミエルは自分が監視を行なってから、怪しいと思う人物の名前を上げていく。
「先ずはやはりヘイヴン・ケルベルトか」
「ケルベルト家の子息か。確かに厄介そうだな」
ふたりは貴族であり、裏にも精通する人物であるため、ケルベルト家の諜報員という、裏の本質的部分も知っている。
「その子息であるヘイヴンもやはり優秀だと?」
「言わざるを得ないだろうな。フェルト・リーウェンと共にエメローラ姫殿下を救っている」
「だったな。それで? フェルト・リーウェンとはどんな感じだったんだ?」
名前を上げるからには、接触していたのだろうとアスベルが尋ねる。
「接触したのは今のところ一回だけだ。同じ学友とはいえ、今は聖女祭の準備期間。学校は休みだから、会う機会も極端に減っている」
「その一回の様子はどうだったんだ?」
「特に不自然なところもない。先の事件のことを雑談していたくらいだ。周りには貴族嬢もいたしな。その話を中心に盛り上がっていたくらいだ」
「周りに貴族嬢がいたなら、俺達のことは話さないか」
「ああ。実際、本当に普通だったぞ」
ダミエルは思い返す限りは、どこも怪しいところはなかったと語る。
そしてそんなダミエルを信用しているアスベルも納得したようで、次の人物について尋ねる。
「他には?」
「そうだなぁ……お前も知っているだろう、ディーノ・バウアとも接触があった」
「確か、幼馴染だったか?」
「ああ。今は冒険者をしているようだが、さすがに小さい頃からの馴染みということもあり、かなり打ち解けている印象だな」
「信頼できるからこそ、裏工作を仕掛けやすいという可能性も……?」
そう尋ねるアスベルに、ダミエルは的が外れていると首を振る。
「いや、そんな印象は受けなかった。というより、ディーノ・バウアの性格が良くも悪くも裏表がない。少なくともディーノ・バウアが意識的に介入しているということはなさそうだ」
「それはつまりディーノ・バウアの性格を利用し、情報をどこかしらに伝達するためのカモフラージュに使う可能性はあったと?」
「ああ。実際、ディーノ・バウアとの遭遇後、すぐに次に怪しい人物として、ディアン隊に所属しているアンジュと遭遇している」
「!」
「実際、お前も知ってると思うが、フェルト・リーウェンはこちらを煽るような発言を何度もしている。もしかすると自身を囮に、誰かに協力を仰ごうとしている可能性はある」
「それで、その協力を仰ごうとしている人物の候補を今、上げている段階なんだな?」
するとダミエルは、少し参ったような表情をしながら頭をかいた。
「そうなんだが……今のところ、そんな素振りは見受けられない」
「どういうことだ?」
「ヘイヴン・ケルベルトの時、同様だ。特に不自然な行動は見受けられない。彼女との時は都合上、離れなければならないタイミングはあったが、監視を怠ったということはない」
「離れなければならなかった?」
「ああ。彼女との話は、フェルト・リーウェンの仇でもある人喰いの話だった。彼らの心中を考えるなら、同席はするなと彼女に言われてしまってな」
「あの女の性格ならそうか……」
アスベルは、アンジュから言い出したことなら、普通に気遣っての言葉だったと怪しむところはないと納得した。
「ああ。下手に踏み込み過ぎると怪しまれるだろう? 俺達は名目上は護衛だからな」
「そうだな。あの女、馬鹿正直な性格の女だということは知っているが、それでもあのディアン隊の所属。勘づかれでもすれば厄介だな」
「そしてメモをフェルト・リーウェンは広げていたが、書かれていた内容は人喰いの件だけ。しかもそこの部分は途中で介入してきたディアンに奪われている」
「メモを奪ったのか?」
不安に思うアスベルに、
「大丈夫だ。ちゃんと確認した」
「確認?」
「少し不自然ではあったが、護衛だから奪ったメモを見せろと言ったら、割と素直に渡してくれた。そのことから、ディアンにも何かしらが伝わっているとは、あの様子からは考えにくい」
「なるほど……」
少しずつ自分達の敵となる人物の精査ができていると、納得していく。
「ん? ということは今まで接触してきた人物に何かを伝えるようなことはないってことか?」
「ああ、そうなるな。フェルト・リーウェンの監視は先程のことやトイレや風呂などを除く、監視は怠っていない。しかもそのあたりは気配での感知を行なっているが、妙な動きはなかった。そしてフェルト・リーウェンは魔法も使えないことから、魔法による外部への通信もできない。仮に通信用の魔石を持っていた場合は、俺かレックスが気付くはずだ」
「そうか。だが、そうなるとフェルト・リーウェンがあそこまで煽っていることに説明がつかないか……」
「まあそこだな。普通に考えるなら囮だろうが、それは外部に協力を仰ぐことが成功している場合に成り立つものだ。今、確認している限りはそんな節は無い。……ヘイヴン・ケルベルトには監視をつけているんだろう?」
「ああ。ひとりつけてある。定期報告にも問題は特に無い。お前の接触時同様、女を連れて遊び回っているようだ」
呆れた風に語るアスベルに、ダミエルはお前もだろうがと呆れた表情を返す。
「……それで? あのふたりの様子はどうだ?」
「いや、そちらも動きは無しだ。ライクもゴルドも特に変わった様子は無い。ちゃんとユフィを送り届けてもいるようだ」
「……フェルト・リーウェンの息がかかっていそうなふたりにしては、不自然だな」
「だから監視は常にしている。……まったく、連れてきた人数が少ないにも関わらず、厄介なことをしてくれる……」
アスベル達がラフィと共に王都へ訪れた人数は少なく、他の聖堂騎士は聖都の管理に当たらせている。
そのため、あまり人員を割くことができず、しかもラフィの趣味で集めたこともあり、武力以外はできないポンコツもいたりする。
中々思い通りにはいかないとアスベルが機嫌を悪くする中、ダミエルがあることに気付く。
「……もしかしてそれが狙いか?」
「……! 何のことだ?」
「フェルト・リーウェンの狙いだ」
「なに?」
「敢えて煽ったり、自分との繋がりの濃い人物との接触を行なうことで、こちらの監視対象を増やし、隙を窺っているのではないか?」
「なるほど……! 監視対象が増えれば、俺達はそこへ人員を割き、更には俺達には聖女の護衛もある。人数に制限のある俺達が切り崩されれば、オルディバルに連絡する隙が生まれる」
「更に言えば、明日は貴族嬢ふたりを連れてデートとのことだ。しかもそのふたりはチェンナ・バーチェナとクレア・アレクベート。ふたりとも田舎貴族だが、先日の事件で姫殿下との面識を強めている挙句、クレア・アレクベートに関しては元々親交が深かったと聞く」
「……なるほど。それを考えれば、お前の考えは合っている気がするな。そこでそのふたりに連絡するよう、促せば……」
「或いは可能ではある。しかし……」
「?」
ダミエルは不安を拭い去れずにいる。
「それならば、もっと王族に近しいケルベルト家の子息やディアン隊のあの女に協力を仰ぐ方がいいと思うのだがな」
「確かにな。少し無理をしてでもそっちの方が確実に情報を渡せるだろう。だが、敢えて貴族嬢共の方にした……?」
ふたりは頭を悩ませる一方で、確実な答えが出てこない。
そんな時、とある言葉が浮かんだ。
「――疑心暗鬼の沼にハマれ、か……」
「! 確か、フェルト・リーウェンが言っていた……」
「ああ。正に今、その状況なんだろうな。俺達がこうしてフェルト・リーウェンの対策の構想が定まらず、奴の思惑に嵌めることが目的、か」
向こうの思惑通りかと思うと、アスベルはガリガリと頭をかいた。
「くそっ! その思惑がわからないからなぁ……」
「ああ。それにあの神眼もな」
「確か、ラフィの物と同じと言っていたそうだな?」
「そうは言っているが確証が無い。実際、フェルト・リーウェンはラフィにすら会ってないんだぞ」
「だが神眼で確認したということも……」
考えれば考えるほどにフェルトの言う通り、沼に嵌まっていくように沈んでいくと、
「「はぁー……」」
ふたりは大きくため息を吐いた。
「アレもコレもと対象を増やすのが思う壺なら、一部は切り捨てるべきだな」
「ああ。少なくとも俺達が監視して確認した連中らは、危険視すべきケルベルト家の子息を除く他は監視対象に入れなくてもいいだろう。当面は息のかかっている可能性の高いライクとゴルド、そしてフェルト・リーウェン本人だろう」
「ああ。フェルト・リーウェンの動向さえ、気を配っていれば、少なくとも一番厄介なことにはならないはずだ」
「その上で聞きたいのだが、聖都はどうなっている?」
聖都にはロマンドが証拠隠滅を図っている。
とはいえ、大規模的に侵略してしまっているので、収集がつくのか心配な様子。
「定期報告は上がっている。報告によれば、とりあえず目にわかる証拠はあらかた隠し終えたようだが、やはり……」
「洗脳した住民か……」
「ああ。そればっかりはな。それにまだ連絡の取れない奴隷商もいるとかで、順調とは言えないようだ」
「ならばやはり、聖女の巡礼はネフィに任せ、ラフィに隠滅を図らせた方がいいな」
「ああ」
するとダミエルが不機嫌そうに肘をつく。
「そのラフィの相手もまったく……」
「一応、機嫌は直ったのだろう?」
「ああ。お前が提案してくれた対人戦のおかげでな。出場希望者のリストを渡したら大喜びだったよ」
「……! ということは、フェルト・リーウェンの人相も……」
「ああ。あの時に機嫌を悪くしたのは何だったのか、フェルト・リーウェンの顔はこうだと見せたら――好みだわぁ! だそうだ」
自分達の心労を返してくれとばかりに、アスベルはぐちぐちと嫌味を口にする。
「その男にどれだけこちらが振り回されているか、考えて欲しいもんだよ。そいつなんだぞ! おっぱいだのなんだのと話を持ち出したのは……」
「挙句、ラフィにも振り回されっぱなしだからな」
アスベルは舌打ちする。
「……だがあのガキがいないとなし得られなかったのも事実だし、これから先も必要な力だ。せいぜいご機嫌取りに勤しむさ」
「そのご機嫌取りの闘技大会も、フェルト・リーウェンが出場するなら、全員で監視もできるしな」
「ああ。それにライク達も参加させる」
「なるほどな。監視対象をまとめてというわけか。ならばケルベルト家の子息には……」
「いや、下手に誘うのは危険と判断している。向こうが参加すると言ってこない限りは、監視でとりあえずだ」
フェルトから何も言われていない可能性が高いとはいえ、フェルトの今の状況には不審がっていた素振りも見せていたことを知っているダミエル。
その判断は正しいと考える。
「だがやはり明日接触する貴族嬢達にはやはり注意だな。確かラフィも参加する夜会に王都の貴族達が参加するはず。その中の参加リストに名前は……?」
そう言われたアスベルはその書類に目を通し、名前を確認する。
「……いるな。まあ田舎貴族の娘だから、少しでも聖女の恩恵にあやかりたいのだろうな」
「バーチェナの娘はともかく、アレクベートの御息女はあまりこのようなイベントには前向きではないと聞いている」
それらを考えると、ますます明日の監視は抜かりないようにせねばと思うダミエルは、夜会の際、ラフィの護衛として参加するアスベルにも注意を促す。
「アスベル、わかっていると思うが、極力、アレクベート家の御息女とエメローラ姫殿下を接触させるなよ。させたとしても……」
「わかっている。させたとしても、何をしようとしているのか把握し、潰せるのなら潰すさ。あの【絶対服従】の聖女様もいるしな。ただ……」
アスベルがその続きを不安そうに呟く。
それはダミエルにも心当たりはある。
「ただなぁ……」
「ああ。あの馬鹿聖女、【絶対服従】の力に溺れてしまってるようで、収拾がつかなくなるのが問題点だな」
「ああ。確かに強力ではあるんだが、やはり使う持ち主に問題が山積みではなぁ……」
「そうなってくると、やはり俺達の敵は強大だ。仮にフェルト・リーウェンの言う通り、あの神眼がラフィの物と同じだとすると、その所有者に実力差があり過ぎる……」
「かたや我儘で傲慢、情緒不安定で子供の癇癪みたいなハリボテ聖女に対し……」
「かたや俺達を軽く翻弄する頭脳を持ち、実力共に優れ、強靭な信念を持つ、いまや英雄とされる学生、ねえ……」
「「……」」
こうして口にすると、アスベル達は中々厳しい戦いを強いられていると自覚する。
「そ、それはそうだが、今のところそれらしい動きもない。そ、それにフェルト・リーウェンはまだまだ経験不足なことも多いだろう」
「……ブラックギルドと対峙し、砂漠をあれだけの人数で超えさせ、挙句、他国の大臣の陰謀を暴いたのにか?」
「……」
アスベルは更に頭をかいた。
「ええい!! 本当に厄介なガキだ!」
「まったくだ。しかも我々が手にしたい神眼を持ってもいる。仲間に引き込みたいと考えるお前の考えもわからないではなかったが……」
「今更、説教するな! ダミエル! わかっているよ! 今じゃあ、酷く後悔してるよ! だがなぁ……」
アスベルは頭をかく手が止まらない。
そんな落ち着かない様子のアスベルに、ダミエルが収拾をける。
「とにかく今は先の問題をクリアしていこう。明日、フェルト・リーウェンのデート相手と密談はさせず、お前は明日の夜会を含め、エメローラ姫殿下を中心に王族達に勘づかれないよう、監視または対処」
「……ああ。そうだな」
アスベルはやっと頭をかく手が止まると、今度はぎしっと座っている椅子に深く腰掛ける。
「しかし、こちらはこんなにも悩んでいるというのに、奴は呑気にデートか」
「まあ我々がしようとしていることはクーデターだ。神経を尖らせておくことは当然だろう」
「わかってはいるがなぁ……くそっ!」
「それに向こうは煽っているだけで、こちらが自滅する可能性もあるからな。もしかしたら、自滅狙いということかもしれんしな」
「だったらもっと集中しろってか? はあ……。聖都に戻ったら、発散させてもらうからな」
その言葉にダミエルはあまり良い顔をしなかった。
「……奴隷にした女を抱いて楽しいか?」
「お前は真面目だねぇ。合意の元の方が燃えるって? ハッ! 奴隷の女は好き勝手にできるだろ? 嗜虐心がそそられるんだよぉ」
「……そうか」
ダミエルはその点においては同意できないと、内心、下衆めと侮蔑した。
「まあいい。そのお楽しみのためにも聖女祭終わりまで頑張ってくれ。こちらの監視は任せろ」
「ああ。あの聖女様をしっかりコントロールしておくさ。どうせアイツとは共犯者だからな」
「……そうだな」
ネフィを奴隷に堕とした経緯は知っているダミエルは、再びアスベルに勘づかれないように侮蔑の視線を送り、部屋を後にした。




