19 人喰いの正体
「「――ママぁああああーーーーっ!!」」
「あわわわわっ!!!!」
号泣する泣き声が聞こえる方に駆け寄っていくフェルト達。
そこで見かけたのは、
「ア、アンジュさん!?」
そう驚いたディーノの目の前には、大泣きする子供がふたりとオロオロと慌てふためいているアンジュの姿があった。
フェルトはまたかと手に顔を当てるが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「あ、貴方は……ディーノ君ですか!? それにフェルト君もぉ……!!」
フェルトは顔から手を離すと、呆れた表情に変わり、
「またですか? アンジュさん」
「またって何だよ、フェルト?」
「あん? 似たようなことが最近あったんだよ。ね? アンジュさん」
「は、はいぃ……そうなんですぅ!! すみませんが、また助けてもらえませんかぁ!?」
「……了解です」
クレア達と一緒に遭遇したとき同様、迷子ふたりの家族を見つけ出し、送り出したのだった――。
「――た、助かりました……」
「そりゃどーも」
「しかし相変わらずだな、フェルト」
「あん?」
「探し物はお前の得意分野だもんな」
「……まぁな」
探し物が得意なのは全部『強欲の義眼』のおかげなんだがな。
フェルトはチラッとダミエル達を見ると、『強欲の義眼』の力の片鱗を見たような、レックスは驚愕、ダミエルは更なる警戒心を宿した表情をしている。
「改めて久しぶり、アンジュさん」
「お久しぶりですね、ディーノ君。聞いていますよ。冒険者として活躍されてるとか」
「いや、フェルトほどじゃないけどな」
「俺だって別にあんな奇天烈な事件が起きなきゃ、あんな目立つ行動なんてしねえよ」
翌日、貴族の女子寮が全員いなくなってるなんてことは、奇天烈という表現で間違ってないだろう。
するとアンジュはぺこりとお辞儀する。
「その説は申し訳ありませんでした。本来であれば私達、王宮騎士や衛兵達など、大人である我々がしっかりと解決、いえ、未然に防ぐことが求められていたというのに、私はあの時、別任務を行なっていたため――」
「ああっ! いい! いい! そういうの! 陛下からも散々言われたから……」
「しかし……!」
「適材適所! 状況的に俺達が対処する方が良かったってだけ。ちゃんと礼もしてもらってるからいいの!」
「わ、わかりました。その当人がそう言うなら……」
アンジュはそうは言うものの、まだ少し納得いかない様子。
全部に手が届く奴なんているはずもないのだからと、フェルトはやれやれとため息を吐いた。
「しかもそれを言うなら、その体質、何とかしてくださいよ。そっちの方が迷惑では?」
迷子を呼び込み、泣き出されてしまうとか、迷惑極まりない体質、ここまでくれば能力だろうとも思う。
「同じ騎士達にも迷惑かけてるので、そうしたいのは山々ですが、こればっかりはぁ〜!」
本人も相当困っているのか、塞ぎ込みながら泣き出したかと思えば、
「あっ! そうだ。折角ならお礼をさせてください。そろそろ休憩に入ろうと思っていたので、お茶でもご馳走しますよ」
「その休憩を取ろうとした時に迷子の子供、しかもふたりも抱えてたわけね」
「うっ! は、はい……」
だがフェルトとしてはそのお誘いは丁度良いと、口元が緩む。
「じゃあ折角だし、ご馳走になるか? ディーノ」
「そうだな。せっかく再会したし、話したいこともあるしな」
「話したいことね……」
フェルトはそう言いながら、不敵な笑みを浮かべ、アンジュを見ると、アンジュはギクリと反応する。
「ダ、ダメですよ! ひ、人喰いについてのお話は無しです! あくまでお礼はお茶……あとは軽食くらいなら……」
「ええええ〜〜っ!! 俺は助けたのは二回目で、一回目のお礼はされてないけどなぁ〜」
「お、お礼の催促なんてしないでください!」
それに関しては同意のだが、人喰いの情報が欲しいフェルトとしては、なりふり構ってはいられない。
「えっ!? アンジュさん、人喰いの情報を持ってるんですか!?」
「ええっ!? あ、いや、そのぉ……モ、モッテイマセンヨ」
遠巻きに見ているダミエル達もその嘘の下手くそっぷりに、呆れ果てている。
「前にあった時、俺には絶対言うなって言われてたんだ、多分、結構有力な情報を持ってるはずだ」
「どうしてそうなるんだよ?」
「ディアンさんのことだ、お前達、冒険者同様、先日の事件の本当の立役者が誰か知ってるはずだよな?」
「まあディアンさんは特殊騎士部隊だって話だしな。多分、知ってるだろ」
「だったらわかるよな? 俺は騎士達より先に見抜き、問題を解決。つまり、それだけの解決能力があると判断できる」
「は、はあ……」
「そんな奴に人喰いの情報なんて渡してみろよ。解決しようと考えて、行動を起こすと思わないか?」
「まあお前はそういう奴だからな」
ディーノはフェルトの性格を理解した上で、あっさりと答えた。
「ディアンさんもそう考えたとすれば、俺が解決を起こすための行動、つまりそれだけ有力な情報を得てるって話になる」
「な、なるほど……?」
ディーノはまだよくわかっていないのか、首を傾げながらも同意すると、ダミエルが横槍を入れる。
「つまりはディアン隊長達が持つ情報が、リーウェン様の行動意欲を駆り立てる情報であるということが、名指しで注意されている点から見破れるということです」
「な、なるほど」
今度は理解したようだ。
「しかし、我々も気になりますな。人喰いのウワサは未だにこのオルドケイア大陸を脅かしている。我々聖堂騎士としても放ってはおけない問題ですからな」
「ま、聖女の巡礼を行なうんだから当然だな。途中で襲われるわけにもいかないし」
「そ、それはそうかもしれませんが、極秘事項なので、いくら聖堂騎士であってもお話はできません。……というか、何で聖堂騎士がここに!? 聖女様の護衛は!?」
当然の質問にダミエルは自己紹介を兼ねて説明。
「失礼。初めまして、でよろしいですかな? 聖堂騎士副団長のダミエルと申します」
「これはこれはご丁寧にどうも。アンジュと申します」
ふたりは軽く握手。
「我々がここにいるのは先の件でリーウェン様がブラックギルドに狙われる可能性を示唆したためです」
「!」
「聖女様の護衛は団長アスベルを筆頭に部下の数名がしっかり護衛しておりますので、ご心配には及びません」
「そ、そうでしたか。なるほど……」
聖堂騎士がフェルトに護衛がつくことは、あっさりと納得した。
まあ普通に考えれば、違和感は無い話だからな。
「それで? 話が逸れたけど、お礼というなら、お茶とか食事より人喰いの話をして欲しいな」
「い、今言いましたよね!? 極秘事項なんですぅ!」
「でも話しちゃったから、今、警備任務なんてついてるんですよね?」
「うっ!?」
そう。
この人は既に被害者の誰かに極秘事項とは言え、話している。
つまり、この人の良心を突けば、情報開示の可能性が開ける。
それにフェルトは別の目的のためにも、話し合いには持ち込みたいと考えてもいる。
そのフェルトの思惑に、知らずとも乗っかるディーノが攻め立てる。
「なあ頼むよ、アンジュさん! 俺、人喰いのこと知りてえよ! 冒険者の情報網でも多少の情報はあるみたいなんだけど、俺はまだランクが低いから話してくれねえ。それに……」
塞ぎ込んだディーノのその言葉の続きはなんとなく察しがついた。
ディーノは人喰いの被害者にあたる。
そんな人物に不用意に情報は渡せないのだろう。
勿論、ディアンも同様の理由からフェルトを名指しした可能性もあるが、指摘した理由の方が大きいだろう。
「別に全部じゃなくてもいいんだ。その一片だけでもいい」
フェルトが譲歩すると交渉するも、アンジュは大きく首を横に振る。
「ダメなものはダメです! もう二度と話さないと誓いましたから!」
フェルトは、こうなったら仕方ないと本格的に良心に訴えかけることにする。
「そっかぁ……ダメか。そうだよなぁ……俺達、被害者だけど、極秘じゃなぁ……」
フェルトはそう言って、ずーんと落ち込んでみせると、
「ゔっ!?」
アンジュの良心にダメージが入ったようで、胸を押さえながら苦しそうな表情をした。
するとフェルトはチラッとディーノにも目配せする。
(お前も情報を聞き出したいなら、そのあたりのことを攻めろ)
そう言っているように見えたディーノも、フェルト同様、落ち込んでみせた。
「そうだよなぁ……。俺の親父、腕失くしたけど、極秘じゃ仕方ないよなぁ……」
「――ぐはぁ!?」
更にアンジュに精神的ダメージを与えている。
正直、あまり亡くなった方を盾にし、情報を聞き出すような真似はしたくないと思うフェルトだが、仇である人喰いに進展をもたらすためならば、手段を選んでいる場合ではない。
「そっかぁ……ダメなのか……」
「残念だなぁ……」
重苦しい空気を放ち続けていると、
「ううぅ〜〜っ!! わ、わかりました……。お話します」
アンジュが根負けした。
するとふたりはケロッと表情を変えた。
「よし!」
「やったぁ!」
「ん?」
不審に思ったアンジュだったが、時既に遅し。
「ささっ、言質も取りましたし、気が変わらない内に話しましょう」
「そうしましょーう」
「えっ!? ちょっ! ちょっと!? おふたりとも!?」
ふたりはアンジュの背中を押して、スタコラサッサと近くの喫茶店まで向かい、ダミエル達はやれやれと呆れた様子で追いかけていく――。
***
聖女祭の準備期間中とはいえ、多くの観光客が訪れる喫茶店は人が賑わっている。
フェルト達はそんな喫茶店の奥の席を確保している。
人喰いの話なんて、さすがに聞こえるようなところではできない。
だからか、そのことについてディーノは尋ねてくる。
「なあ? こんなところでいいのか? ほらもっと、人気の無いところとか……」
「バーカ。人気の無いところじゃあ、息を殺された場合、誰が聞いてるか、わかんねーだろ?」
「あっ! 確かに……」
フェルトは――まあそれでも『強欲の義眼』を持つ俺なら丸わかりだが、と思う。
「だから適度な雑音がある場所の方がいいんだよ。木を隠すなら森の中ってな。冒険者のお前にわかりやすく説明するなら、酒場とかで情報交換する感じか?」
「それはなんとなくわかるが、木を隠す……? どういう意味だ?」
ディーノ、レックスが首を傾げる中、ダミエルが答えようとするが、
「物を隠すなら同種のものに紛れさせた方がわかりづらいということです。今回の場合は人に聞かれたくない話をする場合、他の人の声で紛れさせようということです」
「「な、なるほど……」」
「「……」」
アンジュがわかりやすく答えると、首を傾げていたふたりもポカンとした様子で納得するも、意味をわかっているはずのフェルトとダミエルもポカンとしていた。
「どうされました?」
「い、いや。アンジュさんってポンコツなのに、意味知ってたんだって……」
「――あの! 馬鹿にしてますね!? 私、ちゃんと勉強はできます!」
「ああ……勉強『は』できると……」
「――フェルト君! 今、『は』を強調しましたね? 『は』を!」
勉強ができると頭の柔軟性が高く、回転が速いのは別問題だからと、フェルトはわざと『は』を強調した。
「と、とにかく。秘密のお話をするなら、この場所は適しているということです」
適度に他の人達の声が入り混じりながら、奥の席を確保できたこの状況ならば、密談するには丁度良かった。
「さて、ではお話をしたいところなんですが……」
アンジュはダミエル達を少し厳し目の視線を向ける。
「あなた方はお控え願えますか?」
聖堂騎士のふたりには、この場を離れて欲しいと指摘した。
「!」
「……それは何故でしょう?」
「先ず、これから話すお話は極秘事項。いくら聖堂騎士であっても、お話はできません」
「彼らにはするのにですか?」
「彼らは被害者です。それに……これからするお話は被害者だからこそ話す意味のあるお話です。対処する側の我々には、あまり関係のない話です」
直接関係がないとなると、おそらくは正体の件だということだと想定できた。
それにヘイヴンも情報を割と早い段階で用意し、交渉してきたことを踏まえれば、そのあたりであっているはずだろう。
「被害者である彼らの心中を考えられるはずです」
「……」
ダミエルは目を離したくないのか、フェルトをチラリと見る。
ダミエルからすれば、あんな演技くさいやり方で掴もうとする情報ならば、その心中は彼らの中である程度、人喰いのことについて決着はついていると考える。
だが、それを理解できず、純粋にフェルトのことを心配するアンジュの視線は真剣そのもの。
これを説得するのは、骨が折れそうだと考えたダミエルは、
「……わかりました」
「――!? ダ、ダミエルさん!?」
意外な返答に思わずレックスは、三人に聞こえないよう、ダミエルと共に背を向け、意図を尋ねる。
「ど、どういうつもりッスか!? フェルト・リーウェンを監視しないとマズイッスよ!?」
「そんなことわかっている。だが、俺達はあくまで護衛としてフェルト・リーウェンの側にいる。つまりはフェルト・リーウェンの心中も察しなければならない。この状況なら、護衛として身を引くことが自然な流れだ」
「し、しかし……」
「このふたりに変に気取られたらどうする。それこそ、俺達のことがバレる可能性が浮上するぞ」
「!」
「もう一度言う。俺達はあくまで護衛という立場だ。行き過ぎた行動は命取りだ」
ふたりのコソコソ話の内容がある程度、読めるフェルトは、
「どうかした? おふたりさん?」
そう尋ねると、ふたりはフェルト達の方へ振り返る。
「いえ。この場から離れるならば、少し条件をと思いまして、相談しておりました」
「条件?」
「はい。わたくし達は今、フェルト・リーウェンの護衛の身。心中は察しますが、護衛の任は続行させて頂きたい。会話が聞こえぬよう、外には出ますが、見えるところで待機させてもらいますよ」
「!」
ダミエルは自然にフェルトを監視すると伝える。
「私がいますから心配はいらないと思いますが、わかりました。それがあなた方のお仕事なら邪魔するつもりもありません。内は私、外はそちらでお願いします」
「ええ。了解致しました。いくぞ、レックス」
「は、はいッス」
そう言うとふたりはこの店を出ていこうと出入り口に向かう。
フェルトはそんな背中を見ながら――どうせ外の見張りなんてするつもりはないだろうな、と思いながら、ディーノにこう語る。
「ディーノ、トイレはいいのか? 話、長くなるかもよ」
「それもそうだな。ちょっと行ってくる。フェルトは?」
「俺は大丈夫だ。アンジュさんと待ってるよ」
「おう」
そう言うとディーノも席を立ち、フェルトとアンジュが向い合わせになって二人きりとなった。
するとフェルトはおもむろにメモを取り出した。
「メモですか? そこまでしなくても……!!」
***
「――お待たせ……ってどうした?」
「へうえっ!? い、いやぁ……その、な、何でもありませんよぉ!?」
トイレから帰ってきたディーノが見たアンジュは、何やら挙動がおかしいと首を傾げる中、フェルトは呆れた様子で手で顔を覆った。
「……アンタ、ホント隠し事とか苦手なんだな?」
「う、ううっ! すみません……!」
「隠し事って、俺がトイレに行ってる間、何か話してたのか? つか、俺が帰ってくるまでに話を済ませたなんて――」
「違えーよ。ちょっと別のお願いがあってな……」
チラッとフェルトは、外から監視しているダミエル達を見た。
「とにかくアンジュさん。もう少し落ち着いてもらえますか?」
「は、はい……」
「?」
ディーノはまったく状況が読めないと、完全に蚊帳の外状態だと気付いたので、
「まあいいや。人喰いの話を先に進めてないなら何でもいい。さ、話してくれよ、アンジュさん」
そう頼まれたアンジュは、落ち着かない自分を押し殺し、咳払いをすると、深刻な表情で語る。
「先ず、話をする前に言っておきます。これは貴方達の復讐を促すためではありません。貴方達にこれ以上、人喰いに関わらせないために語るのです。なのでどうか、この話を最後に人喰いとは関わらないよう、お願いします」
「そ、そんなわけにはいかねーよ! 俺の親父は……」
「まあまあ、ディーノ。その判断は話を聞いてからにしようぜ」
「お、おう」
そうは言うが、アレを『暴食の仮面』と知っているフェルトとしては、関わらないということは考えていない。
だが、あんな少女が身に付いてしまったということ自体は、ケジメをつけるフェルトとしては、知っておきたいところ。
わかって頂けたならと、アンジュは本題に入る。
「単刀直入に言いますと――人喰いの正体がわかりました」
「!?」
フェルトはやはりと少し怖い表情で目を細める。
「彼女の名は、メリー・ハイナント。元領主のひとり娘さんです」
「元?」
「はい。ハイナント家は没落しておりますから……」
「没落……」
フェルトは『暴食の仮面』の【リミッター解除】の能力から、没落した理由が見えてきたが、話してくれるというので、とりあえずは黙って聞くことにした。
そしてアンジュはメリーが『暴食の仮面』をつけた経緯を苦しそうに語り始める。
「ハイナント家はここより北東にある領地を管理する貴族家でした。その元領主であったギリュー・ハイナントさんはとても仕事のできる方であり、領地は発展を続け、領民からの信頼もあったそうです。ですが……」
「ですが……?」
「奥様を早くに亡くされており、その悲しみを振り払うように、仕事に没頭されていたそうです。そして、そんな仕事ばかりの父と母のいない一人娘であるメリーさんは、それはもう寂しくされていたそうです」
当時働いていた使用人やメイドに聴取したと語る。
「当時は使用人の方々が遊び相手になっていたそうですが、やはりメリーさんとしては、少しでも父親であるギリューさんに構ってほしかったのでしょうね……」
嫌な予感が過るな。
そして、そのフェルトの予感は的中する。
「ギリューさんは骨董品を集めるのが趣味だったそうで、メリーさんはそこへ忍び込み、その……」
心苦しいと言い澱むアンジュの背中を押すように、フェルトがその続きであろうことを語る。
「父親に構ってもらうために悪戯を仕掛けようと考え、例の仮面を見つけてしまった……」
「……! は、はい……」
最悪だ……。
そう思うフェルトの横で聞いているディーノも察したのか、辛そうな表情へと変わっていた。
「メリーさんはその仮面をつけ、父親や使用人達を驚かすことに成功し、一時は和やかだったそうですが……」
「それが一変した」
「はい。その仮面が外れなくなったそうです」
フェルトはアレが『大罪の神器』であることを知っているため、装備した時点で事の顛末が読めてしまった。
だが、その答えがあっているのかを確かめるように、アンジュの話を聞く。
「大人の男性が強く引っ張っても、魔法で剥がそうとしても外れることはなく、呪いの類ではないかと、呪術師にも解呪の依頼をされたそうですが、まったくのお手上げだったそうです。そして、更なる悲劇が訪れます」
「ひ、悲劇……?」
聞いていられないとでも言いたげな震えた声を上げるディーノにフェルトは、
「辛いならもう聞かなくてもいいぞ」
そう尋ねたが、ディーノはフルフルと強く首を横に振った。
「いや、聞くよ。聞きたいって言ったんだ、最後まで聞かないとな」
「わかった。アンジュさん、続けてくれ」
アンジュはこくりと頷き、続きを語る。
「――メリーさんがお腹が空いたと言い出したのです」
「……!」
「……」
フェルトもディーノも心当たりがあった。
というより、彼女の付けられた異名、人喰いがそれを物語っており、フェルトは勿論、ディーノもある程度の事の顛末が見えたようだ。
「最初のうちは良かったようですが、日に日に食べる量は増えども、お腹が満たされることはなかったようで、口癖のようにお腹が空いたと繰り返しては、ほとんど一日中、食事を摂っていたそうです」
「なるほど。……没落した理由はやはりそこか」
「……はい。いくら領主といえど資金には限界があります。ですが、腹を空かせ続けるメリーさんがそこの事情などわかってくれるはずもなく、食事を求め続けました」
アンジュはギュッと太ももの上で握り拳を作る。
「ギリューさんはそんな苦しむ娘を放っておけるはずもなく、家の財産なども全て娘の食事代に回し、領民にも税を引き上げ、徴収したお金も全てそこに回したそうです。その結果……」
「領民達の信頼を失い、金も底を尽きたギリュー・ハイナントは没落した」
「はい。更に最悪なことに……、フェルト君達は知ってると思いますが、彼女は石や土などもあの真空派のようなもので食すことが可能性です……」
「ま、まさか……!?」
「はい。あまりの飢餓状態に陥っていたメリーさんは、辺りの物を構わず、食し始めました」
石、岩、土、草、空気、魔力、ありとあらゆるものがメリーの食事になっていったのだろう。
そして、そんな異常な光景を目の前にしたギリューの心境は容易に想像できるも、考えたくはなかった。
「おそらくですが、ギリューさんはもう絶望の底だったのでしょうね。屋敷内にあった地下の簡易牢にメリーさんを鉄製の手枷と足枷をつけて、何とかして取ってきた僅かな食事を与えていたそうです。腹が減ったとしか言わなくなり、理性が無くなっていく娘を見ることが、どれだけ辛かったでしょうか……」
もうこの時点では使用人やメイドは解雇されているようだ。
「そしてある時、何とか手に入れた食事を持って戻ってきた際、我慢ができなくなったのでしょうか、メリーさんの姿はなく、四つの引き抜かれた跡、鉄鎖の枷がついていたところが無くなっていたそうです」
「なるほど。だから人喰いは両手足に鉄鎖なんてつけてたんだな」
話を終えたのか、フルフルと震えながらアンジュは自身の心境を語る。
「あまりに……! あまりに可哀想です! 彼女は……メリーさんはただ、お父様と家族の時間を過ごしたかっただけだというのに……! こんな未来、あんまりです!」
「……同感です」
フェルトはイミエルからの頼まれごととはいえ、自身の意思で身につけた。
そして『傲慢の左足』を持つラフィも、フェルトの推察通りなら、『大罪の神器』とは知らないだろうが、それでも自分の意思で付けた可能性は高い。
だが、メリーは違う。
父親に構ってもらうためだけなのなら、別に『暴食の仮面』でなくとも良かったはずだった。
それがたまたまメリーが手に取ってしまった物が『暴食の仮面』だったというだけで、これだけの悲劇となってしまったことに、アンジュ同様、フェルトも苛立ちを覚える。
「この話は当時の使用人さんと、そして……元領主であるギリューさんからお話をお伺いしました。そのギリューさんはもう、自暴自棄のような状態となっており、娘を殺して欲しいとまで、口にするほどです……」
「そ、そんな……」
自分の娘を殺してほしいと他人に頼んでいる時点で、もうかなり精神的に参ってしまっているだろう。
「ですが私達は諦めません! 必ずや彼女を救ってみせます!」
「……」
フェルトはどう考えても無理だろうと思いながら、せめて『大罪の神器』の回収を目的としている自分が介錯すべきだろうと決意した。
「ですからおふたりはどうか、復讐などお考えにならないでください。メリーさんは……」
「わかってるよ! 俺もさすがにそんな話を聞かされれば、冷静にもなるさ。親父や死んでいったみんなには悪いが、そんないきさつがあればな……」
「そうだな。罪を問うにしても、その憔悴しきった元領主様だろう」
「フェ、フェルト君……」
「……冗談だよ。少なくとも今聞いた精神状態の元領主様に責めたてる気も湧かねえよ」
正直、それでも許されることではないのだが、いずれにせよメリーには死でしか逃れられない現実がある。
それを考えれば、復讐という刃で命を奪われるより、救いという刃で命を奪われる方がまだマシだとフェルトは思う。
そしてその責任もいずれは、ギリューに取ってもらおう。
わざとではないにしても、娘であるメリーを貶め、その結果で死んでいった者達が浮かばれない。
「まあ人喰いの行方は未だ不明なんでしょ? だった、ら……あ、はは……」
フェルトは急に苦笑いをし始め、ディーノも恐怖に引き攣った表情に変わった。
それを疑問に思ったアンジュは、キョトンと首を傾げる。
「……? どうかされまし――」
――ゴォンッ!!
アンジュの頭にゲンコツが与えられた。
「――いったぁいっ!! い、一体どこのどなたですか!? 私にゲンコツだなん……て……」
そう言って振り向いた先にいたのは、
「どこのどなたかはわかるよな? アンジュ」
「そうですね」
「あ、あはは……た、隊長。そ、それにノーウィンさんも……」
般若のような表情で仁王立ちするディアンとノーウィンの姿、そしてその後ろには擁護できませんと気の毒そうにしているユナとアーガス、そしてこうなるだろうと思っているのか、スンと澄ました表情のダミエルと苦笑いを浮かべるレックスの姿があった。
「貴様ぁ……一度ならず二度までも……」
「ひいっ!? ま、待ってください隊長! い、いや、これには訳が……ね?」
助けを求めるアンジュが振り向くと、
「よし。帰るか、ディーノ」
「えっ!? フェルト!?」
「――フェルトくーんっ!!」
余計なお説教を避けようとフェルトは早々に立ち去ろうとするが、
「おや? 折角の再会なんです。積もる話もあるでしょう……。もう少し話をしていきませんか? リーウェン君」
「痛い痛い痛い。ノーウィンさん痛い」
逃してなるものかと、ノーウィンにガシッと肩を強く掴まれる。
「どうせ貴方がアンジュの単純な性格を利用して聞き出したのでしょう?」
バレてる。
「ひ、人聞き悪いなぁ。そんな悪知恵、働くわけないじゃないですか」
すると仕返しとばかりにダミエルがその意見にツッコミ。
「いえ。明らかにアンジュ殿の良心をつくような言い回しをしていましたよ」
「ちょっ!? アンタ! 裏切り者!」
ダミエルはふいっと目を逸らした。
「くそぉ……」
するとディアンが呆れたため息を吐く。
「まあ聞いてしまったものは仕方ない。話してしまったのは、正体だけだな?」
「は、はい!」
「てことは他にも何かわかったことが――」
「フェルト君」
ディアンにギロリと睨まれた。
「は、はーい」
再び呆れたため息を吐くとディアンは、フェルト達を諭すように語る。
「彼女の正体がわかったなら、キミ達が手を下していい存在でないことはわかったはずだ。こんな悲しい現実と報われない復讐に意味などない」
「は、はい……」
「だがそれでもキミ達被害者が納得のいくように、少しでも配慮するつもりだ」
「それはギリューって元領主に責任を取ってもらうってことか?」
「今の段階ではまだどうとも。だが、人喰いを世に放った事実がある以上、無実というわけにもいかない。罰は与えられるだろう……」
するとディアンはフェルトのメモを取り上げる。
「あっ!? ちょっと!」
「だからキミ達の出る幕はない。話せる進展があれば報告することを約束してやる。だから今回の情報は胸の中だけに閉まっておくんだな」
そう言ってフェルトが人喰いのことをメモしていた部分を切り取り、メモを返した。
「別にいいじゃねえか。ケチ」
「一応、極秘事項なんだ……ん?」
そう言うディアンに、何故かダミエルはそのメモを渡すよう、手を出す。
「何だ、その手は。このメモに書かれていることは極秘――」
「わかっておりますとも、ディアン殿。ですが我々はフェルト・リーウェン様の護衛。取り上げたメモの確認をさせてもらいたい」
「はあ?」
筋が通らないと、思わずそう反論するが、頑なな意思を見せるダミエルに、
「……これで気が済むならどうぞ」
「失礼」
ディアンは特に何も無いので、理由を深掘りすることなく、メモを渡した。
ダミエルが預かったフェルトのメモには、確かに人喰いの情報しか書かれていなかった。
確認を終えたダミエルはメモを返却。
「ありがとうございました」
「まったく。一体何なんだ?」
ダミエルはおそらく、フェルトから何か伝言のような物を受け取ったのではないかと思ったのだろう。
その確認だろう。
その証拠にテーブルの上にあるフェルトのメモ帳にも視線がいっている。
そこにはディアンが千切った後のメモ帳が残っており、白紙のページが表になっている。
それ以外は特に変わった様子はない。
勿論、さすがにダミエルも護衛する側のフェルトの荷をこの状況でわざわざ手に取って確認するわけにもいかず、視線だけの確認となった。
「さて再会も早々にこれで失礼するよ、フェルト君、ディーノ君」
「えっ? もう少し話をするんじゃなかったの?」
「そんなもの、あなた達を足止めするための方便に決まってるでしょ」
そう言ってノーウィンはガシッと今度はアンジュの肩を強く掴む。
「そんなことより、この娘にこっ酷く説教しなくてはいけないから」
「ひいっ!?」
するともう片側にディアンも強く肩を掴む。
「そうだなぁ。今度という今度はしっかりと言い聞かせないとな。監督不行き届きというわけにもいかんしな」
「ひいぃっ!?」
そしてふたりはアンジュの片手ずつを引っ張り、無造作にアンジュを連れて行く。
「というわけだ。これで失礼する。さ、アンジュ、たっぷり説教してやるからなぁ」
「覚悟しておきなさい」
「――い、嫌だぁああああっ!! だ、誰か助けてぇーっ!!」
アンジュは抵抗も虚しく、ズザザと地面を引きずりながら連れて行かれ、その場を後にした。
そしてユナがスッとお金を出す。
「こちら代金です。お釣りはそのまま受け取って下さい」
「あっ、こりゃどうも」
一応、アンジュのご馳走様という話だったが、当人が連れて行かれてしまったので、その上司であるユナが払ってくれるようだ。
「では、我々もこれで……」
「あ、はい。また時間ができましたら、今度はゆっくりお話しましょう」
「はい」
そう言ってディアン隊の面々は店を後にし、取り残されたフェルト達も長居する理由もないため、
「じゃあ、俺達も解散するか」
「だ、だな。そろそろ俺のとこも買い出しを終えた頃だろ。待ち合わせ場所にでも向かうわ」
「……俺もついていこうか?」
にやっと悪巧みを企てている表情でそうフェルトが言うが、
「やめろ! 馬鹿!」
あっさり拒否された。
「どうせお前の夏季休暇期間に村に戻るんだろ? その時にでも紹介するから、今は黙っとけ!」
「はいはい。お前の嫁さん候補の紹介はお預けされてやるよ」
「――だから、違えってっ!」
イジメ過ぎたのか、少し不貞腐れた様子を見せるが、フェルトが拳を突き出すと、
「じゃあその時に。またな」
フッと笑うと、その拳にディーノはこずく。
「おう! またな」
ふたりは再会の約束をし、解散となった。
「よし! 俺らも戻るか」
「ええ」




