12 二度目の再会2
――フェルトを見送ったアスベルは、教会の木製ベンチにどかっと腰掛けると、跪いたままのネフィに呼びかける。
「おい。いつまでそうしている? さっさと儀式を済ませろ」
「は、はい」
ネフィは焦った様子で、地脈の中心部である教会のステージへと向かい、儀式を始める。
「……あれがフェルト・リーウェンか」
渋い色黒男がベンチに腰掛けるアスベルに話しかける。
「ああ、お前から見てどうだった? ダミエル」
「……そうだな。かなり頭のキレる少年のようだ。たったこれだけの状況を見て、我々のやっていることを看破したのだからな」
すると他の聖堂騎士が下見をしながら、会話に入る。
「そうなんスかね? 神眼の能力で見たことをまんま話したんじゃないんス?」
「レックス、お前は相変わらず考え無しだな。さっき俺が説明しただろ。見ただけでは判断がつかないことを材料に推理したと……」
「なるほど。神眼の能力だけじゃないってことですね。伊達に王女殿下を救っただけじゃなく、他国まで救ったわけですよ。殴られて当然ですね」
ロマンドが嫌味混じりにフェルトを褒めると、アスベルは軽く微笑む。
「悪かったよ、ロマンド。だが一応立場上、ああするしかなかったのさ」
「しかし、アスベル。あの少年の前でそんな猿芝居をする必要があるのか? おそらくだが……」
「お前の言いたいことはわかってるさ、ダミエル。あのフェルト・リーウェンがこんな露骨な謙り方に疑問を持っていることくらいな」
「は? 何故っスか?」
するとアスベルは、首をくいっと動かし、祭壇に祈りを捧げているネフィを示した。
「ネフィを叩き伏せた時、露骨に嫌そうな反応をした。だがそれを隠している様子から、こちらの出方を窺っている。それはつまり、こちらを泳がせて情報を得ようとしている証拠だ。俺達がどういう人物なのかをね」
「へえ……」
「その人間の性格を正確に理解すれば、どんな行動を取るのか、予想も立てやすいからな。私達がフェルト・リーウェンをかのウワサだけで、性格を把握するようにな」
アスベル達は一連の事件から、フェルトの性格をとても正義感が強く、頭がキレる人物としていた。
「実際、俺は二度目になるが、あの馬鹿みたいに祭り上げられて調子に乗るタイプではないな」
「どちらかと言えばお前に似ているな、アスベル」
「そうかもしれないな。冷静に事を成していくタイプか……。しかも予想が立てづらいタイプ、厄介だよ」
人物像は大方理解できても、その腹の内はまだ見えていないとアスベルは、少し苛立った様子を見せる。
「実際、何を考えているのかわからないしな」
「……なあ、ダミエル。あの神眼、どういう能力だと思う?」
「……そうだな。無難に考えるなら、視界に映ることを前提とした能力と考えるのが自然だろうな。透視、遠視、【鑑定】のような能力、或いは未来、過去を見る能力……上げればキリがないな」
「でもでも! ラフィ様みたいに左足の割には、【絶対服従】なんて能力もあるんスから、身体の一部から能力を判断するのは危険なんじゃないんス?」
アスベルとダミエルは、パチクリとレックスを見た。
「な、なんスか?」
「いや、馬鹿の割には真っ当な意見だったからな」
「あ、ああ」
「ちょっ!? 酷いッスよ!」
「だがまあレックスの言う通りだ。その義眼というだけで、視覚の能力だという思い込みは危険だな。実際、魔眼の能力でも視覚以外の能力もある」
「まあ視覚の能力もあるがな」
「何だったら、能力の無い神物って可能性もあるんじゃないです?」
ロマンド達も意見を口にするが、結論は出ない。
するとアスベルが悔しそうに、ガリガリと頭をかく。
「チッ! やはり厄介だな、フェルト・リーウェン。あの神眼の能力が何なのかわからないと出し抜きようがない」
「そうだな。だから仲間に引き込むことが今年の目的だったわけだからな」
「ああ。本来ならもうとっくに接触するつもりだったが、あの神父……とことん邪魔しやがって……」
「マルコ神父だったか? 確かに聖女ユフィと共にヴァース村へと赴いた際、接触を図ろうとしていたが、聖女ユフィ以外はダメだという話で、大分ガードも固かったな」
アスベルは、何度もフェルトに自分を印象付けるために接触を図るつもりだったらしいが、神眼を極力知られることを避けたいマルコ神父に阻まれていたと、苛立ちを混じえながら語る。
アスベルからすれば、騎士の格好をした人が話しかければ、男の子であれば憧れを抱き、フェルトを上手く誘導できると考えたのだろう。
しかも文句を垂れ流しているところ、聖女ユフィもフェルトのことについては語っていないようだ。
「そしてあの左足が見つかった時は、それを調べることで手一杯だっからな……。折角、あの神父が人喰いに殺されたって聞いたのによぉ!」
「しかしお前も上手くやったよ……」
そう言いながら、まだ儀式の途中のネフィを見る。
「まあな。正直、最初は賭けの要素も強かったが、運が俺に味方してくれていたのさ。まさかあの左足に【絶対服従】なんて能力がついてたんだからな。初めて神とやらに感謝したよ」
「フッ……聖堂騎士ならぬセリフだな」
「ハッ! 何を今更……」
アスベルはチラッと、イケメンばかりが揃った聖堂騎士達を見る。
「あの面食いのご機嫌取りに、今まで守られてきた風習を破って、コイツらを聖堂騎士にしてるんだ。聖女様自身が神様を冒涜してやがるのに、何で俺達、聖堂騎士が真っ当に仕えなければならない? 理屈が通らないね!」
ラフィを馬鹿にするような言い方で語るアスベルに、儀式の最中で聞き耳を立てていたネフィは、やるせない気持ちになっていく。
だが、擁護する気持ちも薄れているのも事実。
実際、ネフィは陥れたのがアスベルとラフィだということをわかっている。
真実を語られた時、左足の能力を思い知らされた時、ネフィは絶望し、底辺の奴隷として扱われ、心も擦り切れていた。
「アスベルさんには感謝してますよ。俺達、生活がガラッと変わりましたから」
「ああ、まったくだ。あんな酒池肉林を楽しめるなんて、この世の天国だよ!」
「はは。俺達には【絶対服従】の聖女、ラフィ様がついてるからな。あの馬鹿を祭り上げておけば、俺達は何でもやり放題さ!」
「「「「「――ははははははははっ!!」」」」」
一同の下卑た笑いが教会に響き渡るが、ダミエルは無言で目を閉じ、ふたりの聖堂騎士は怒りに身を震わせ、そしてその被害者であるネフィは、諦めたかのように無視し、儀式を続けていた。
「だからこそ、不安要素のフェルト・リーウェンは何とかしたい。そして出来れば引き込みたいが……」
「ウワサ通りの英雄気取りなら、我々のやろうとしていることには、賛同しないだろう」
「だろうな」
そんなため息を吐くアスベルに、ロマンドがヘラヘラ笑いながら尋ねる。
「いやいや、アスベルさん。そんなのあの聖女様と接触させて【絶対服従】させれば一発でしょ?」
「……そう上手くいけばいいがな」
馬鹿がいるよと呆れたため息が漏れるアスベル。
「はあっ!? 今まで上手くやってんですから、大丈夫ッスよ」
「……忘れたのかお前達。フェルト・リーウェンは神眼を持つ。しかもダマス神父のあの様子と発言から、本当に神物である可能性は高い。そして聖女ラフィが身につける神の左足もまた神物。同じ神物の所有者が能力が効くと考えるのは浅はかだ」
「つ、つまり同じ神物だから、能力が効かない可能性がある……?」
「あくまで可能性だ。効く可能性もある」
だから不安要素なのだと頭を抱えた。
「それに加えて、あの頭のキレ。その証拠に先の事件の通り、解決能力もある。敵には回したくないな」
「……ああ、ダミエル。まったくだ」
アスベルは考えていても埒があかないと立ち上がる。
「兎にも角にも今回は様子見だ。下手にフェルト・リーウェンを刺激するのはマズイが、関わりを持っておきたいのも事実……」
「いずれ引き込むためにか」
「ああ。それだけ神眼は魅力的だ……! むしろ俺は天啓だと思ったね。神眼があると言われた数年後に俺はあの左足を見つけた……。神なんて下らない、人間が精神を安定させるための妄想とばかり思っていた俺でさえ、これは神からの天啓だと思ったね! そしてあの左足は上手く利用できている。今度はあの神眼を……」
楽しそうに不敵な笑みを浮かべるアスベルに、ダミエルが忠告。
「……油断はするなよ」
「わかっているさ。だから、まだ計画を実行してないだろ?」
「……人喰いか」
「ああ。人喰いの件がまだ曖昧だというのに、国取りを行なうわけにもいかないからな。だが、人喰いとフェルト・リーウェン。あのふたつの不安要素さえ取り除けば、国取りなんて容易い……」
「……悪い癖が出てるぞ」
ダミエルは呆れたため息を吐く。
アスベルは普段は慎重に動くが、感情に乗りやすいところもある。
「ああ、すまない。これでも一応、事は順調に進んでいるからね。だからこそ慎重に、冷静に……」
平静を保とうとするアスベルに、儀式を終えたネフィが報告に来る。
「アスベル様。儀式、完了致しました」
「ああ」
冷ややかな視線を送りながら返答すると、アスベルはスッとメモを渡す。
「これは……?」
「お前が今晩泊まるお屋敷だ」
「……」
「「!?」」
ネフィを叩き伏せられた時、悔しそうにしていたふたりの聖堂騎士が驚いたように、目を見開く。
「存分に可愛がられてこいよ」
「ま、待ってぇ!!」
すると童顔の聖堂騎士が怒りを露わにする。
「王都に来てまで、ネフィ様を辱めるつもりか!!」
「馬鹿だねぇ、ライク。王都に来たからだろ?」
「な、なにぃ!?」
「王都の有権者に媚びを売っておくチャンスだ、逃す手はないだろ?」
「き、貴様ぁ……!!」
「王都の貴族も元聖女を枕にできるなんて機会はそうそうないからなぁ。それに女奴隷の使い道なんて、枕以外にあるのか?」
アスベルはライクを煽り立てるように、ネフィをとことん辱めると語る。
するとライクは感情を抑え切れず、駆け出す。
「――アスベルっ!!!!」
だが、
「やめろ!」
もうひとりの男がライクを押さえる。
「なっ!? は、離せ! ゴルド! 今日という今日は……!!」
「今日という今日は何だ? また返り討ちに遭いたいのか? それとも――」
アスベルはニタリと笑みを浮かべ、
「また洗脳されたいのか?」
「!? そ、それは……」
ゴルドは強くライクを押さえる。
それはライクに、逆らった時の二の舞になるぞという警告の意味が含まれていた。
「嫌だよなぁ? またネフィ様を陥れるなんて……」
「……!」
「ライク。俺達じゃ、何も……できないんだ……!」
ゴルドもまた悔しそうに唇を噛み、血を流す。
「そう! お前達じゃあ俺達も、そしてあの【絶対服従】の聖女ラフィも何ともできない! いい加減わかってくれないかなぁ? 自分達が無力だってことに……」
アスベルは押さえられているライクにわざと近付き、こう囁いた。
「神に勝てるわけねぇだろ!! 馬鹿がっ!! ――アッハハハハーーっ!!!!」
「……くそぉっ!! 何が神だ!! くそがぁ!!」
ライクはバタバタと暴れながら、高笑いするアスベルに罵詈雑言を吐き捨てるも、アスベルはまったく相手にしていない。
アスベルからすれば、ただの負け犬の遠吠えであった。
するとネフィが再び跪き、土下座をした。
「皆様のお役に立てますよう、存分に可愛がられてきます」
「ネ、ネフィ様……」
この場を収束させるためか、それとも諦めていてか、ネフィは従順に従う。
するとアスベル、ダミエル以外のアスベル側の聖堂騎士が一斉に馬鹿にしたように笑う。
「「「「「――アッハハハハハハっ!!」」」」」
「おいおい、元聖女様の方が物分かりがいいじゃねえか」
「お前達も見習えよ! この奴隷聖女様の派閥なんだろうが」
「この売女、実は喜んでんじゃねえの?」
もう言いたい放題であったが、ネフィは反論することなく、アスベルに土下座したままであり、その惨めさに耐えられないライクは、悔し涙を浮かべながら、暴言を吐き続ける。
「笑うな!! お前達が追い詰めたくせに!! この外道共がぁ!! 死ね!! お前達の方がよっぽど生きてる価値なんて無いくせに!!」
だが、そんなライクの暴言も、アスベル側の聖堂騎士達には、やはり負け犬の遠吠えにしか聞こえておらず、嘲笑が浴びせ続けられる。
「おい、ゴルド。その喧しい奴と一緒にネフィを連れて行け。場所はネフィに渡したメモに書いてある。いつも通り頼むよ」
「……わかった。来い!」
アスベルに指示されたゴルドは、掴んでいたライクを無理やり引っ張りながら連れ出す。
「おい! ゴルド! 言われっぱなしでいいのか!? 悔しいだろ、お前だって! なあっ!?」
するとゴルドはライクだけに聞こえるように、強くこう言った。
「黙れ!」
「!」
ゴルドがアスベル達に背を向けて、ライクだけに見える表情は鬼面のようだった。
「……黙れ」
その怒り狂いそうなゴルドの後ろをネフィがついていき、三人は教会を後にした。
「しかしアスベルさんもお人が悪い。わざわざネフィ派閥のアイツらを聖堂騎士にするなんてさ。可哀想に……。ギャハハハハッ!!」
そう小馬鹿にするように語るロマンドだが、
「バーカ。アイツらを置いているのは、ネフィを精神的に追い詰め、反乱の芽を摘むためだ」
「は? ア、アスベルさん。それ逆じゃないっスか?」
一緒に居させれば、心の安寧になるのではないかと指摘するレックスだが、アスベルの狙いをわかっているダミエルが代弁する。
「ネフィからすれば奴隷である自分のことを未だに敬ってくれるというのは、ネフィにとっては罪悪感や惨めさが際立ってくる。そしてあのふたりも何とかしたいとは思っていても、聖女ラフィの【絶対服従】を何ともできない。あの三人はそんな悪循環で精神的に苦しめ合う形が出来上がっているのさ」
「うはっ! えぐっ!」
「まあ、そういうことだ。必ずしも自分の側で優しくしてくれることが正しいわけでも、救いになるわけでもない。どうにもならない現実が目の前にあれば、複雑に感情というものは混ざり合い、互いを傷つけていくものなのさ」
「だからアスベルは、わざわざあのふたりに付き添いをさせたのだろ?」
「うわぁっ! 更にえぐっ!」
そんな中、ちょっとロマンドは心配になる。
「でもいいんです? 俺達の誰かが見張ってなくて。そのうち逃げますよ。しかも今回はここ、王都ですし……」
「逃げねーよ」
自慢げな表情でアスベルはネフィを称賛する。
「逃げられないってわかってるから、素直に受け入れてるんだろ? あの元聖女様は。何せ、自分が何とかしなくちゃならない敵は、【絶対服従】の力を持つ妹ラフィ。一声かけられれば、その言葉に従ってしまうなんて絶望的な状況でもあるんだ、逃げるも戦うもできないのさ。だったら諦めて素直に従った方がいい。……懸命な判断じゃないか」
「ならいいですけど……」
「それに逃げられる状況をわざと作ってやることも、諦める判断材料になってるだろうしな」
「な、なるほど……」
「それともうひとつ。敢えて泳がせておけば、何か釣れるかもしれない狙いもあるのだろ? アスベル」
「はは! まあな」
とにかくあの三人は脅威でも何でもないとアスベルは笑い、聖女ラフィが滞在している王都の高級宿へと戻るのだった。
***
――ネフィ、ライク、ゴルドはアスベルに指示された屋敷へと重い足取りで向かっていた。
「くそっ! アイツら……! 好き勝手言いやがって……」
だがライクだけは、夜中にも関わらず声を荒らげて文句を垂れ流す。
「ライクさん、こんな夜中にそんな大きな声を上げてはいけません。ここは居住区なのですよ」
「す、すみません、ネフィ様。し、しかしですね! ネフィ様もネフィ様です。反論しなければ……」
「反論してどうにかなりましたか?」
「そ、それは……」
先程の光景を思い出して下さいとネフィが語ると、ライクは黙るしかなかった。
「わかっています。わたくしは本当は何も悪くないのです。すべて彼らが仕組んだことだということも理解しています」
「だったら……」
「ですが、それを揉み消すほどの力があることも知っています。ラフィの持つ【絶対服従】の力……」
ネフィ達は抗いたくても抗えない力があるとわかっている。
自分達が敢えて泳がされているのは、抵抗する意思を揉み消すため。
実際、アスベルの狙い通りになっている。
「ですがそれでも抵抗すべきです! 幸い、ここは聖都じゃない、王都です! それにアイツら、俺達を舐めてか監視ひとりつかせてない。今なら……」
「逃げ出せると?」
「そうです!」
「どこへですか?」
「そ、それは……」
「逃げ出すにもアテはなく、あの【絶対服従】の力で見つけられるのが関の山です」
「わからないのか、ライク? 逃げ出されてもすぐに見つけられる算段が向こうにあるから、放って置かれているのだ。それが俺達の更なる抵抗力を奪う」
「そ、そんなぁ……」
「無理なんですよ……。わたくし達はもう……」
もう絶望に打ちひしがれてしまったネフィは、少しハッとすると、ふたりにニコッと笑った。
「達ではありませんね。おふたりはわたくしのことなど放っておいてくれれば、きっと……」
「な、何を仰っているのです! ネフィ様!」
「そうですよ! 俺達はネフィ様のお側にいます」
「……良いのです。これはきっと運命だったのです」
「運命……?」
「はい。双子として生まれてきた聖女であるわたくし達。これにはきっとこうなる運命だったのでしょう……」
ネフィは片方が影武者となり、片方が聖女として迎え入れられると悟り、語ると、ライクが怒りの限りを吐き出す。
「そんなのが運命ならクソ喰らえだ!」
「ライクさん……」
「俺達はネフィ様がどれほどお優しく、どれほど努力され、どれだけ他人を思いやれる方か知っています。それをアイツらは踏み躙って、利用して、あまつさえ……俺達にあんな……」
ライク達は裁判の時、【絶対服従】の力でネフィが犯人である証拠を突きつけている。
それを酷く後悔し、怒りに身を震わせている。
アスベル達への憤りは勿論だが、抵抗もできなかった自分達が情けないとも思った。
「だから諦めないで下さい、ネフィ様! 俺達、俺達が何とかして……」
その先の言葉で勇気づけてあげたいと思うライクだが、今の今まで何もできなかったことを振り返ると、とてもその先の言葉を無責任に語ることなどできなかった。
「ライクさん……」
すると、
「いや、何とかなる」
「「えっ?」」
ゴルドが何か考えがあると、真剣な眼差しで道先を見つめる。
「な、何か方法があるのか?」
「……正直、情けない話だが、俺達には無い」
「はあ? いや、ま、まあそうだな……」
「だがあの人なら違う」
「あの人? 誰かに頼むのか? いや、それは無理だって――」
「確かに他の人では聖女ラフィの【絶対服従】の前では無意味だ。あの国王陛下ですら効いていたのだから……」
聖女祭をしてほしいとラフィが懇願した時に、ゴルド達も同行していた。
その際、聖女祭を通すためにラフィが【絶対服従】を使っており、オルディバルを含めた護衛騎士達ですら、なす術がなかったことを直接見ている。
だからこそ、ライクは反論する。
「だろ? あの【絶対服従】の前では、誰も太刀打ちなんてできないんだよ」
「いや、ひとりだけいる」
「だから! それは誰!?」
ゴルドはキッと真剣な眼差しをライクに向けた。
「フェルト・リーウェンだ」
「「!?」」
「彼は神眼を持ち、更にはあのアスベルですらかなり警戒している。それは即ち、彼ならばこの状況を打開されてしまうと懸念してのことだ。仲間に無理やり引き込みたいと話していたのもそのためだろう」
「そ、そうか! 同じ神物の持ち主なら、【絶対服従】が効かない可能性もある!」
その通りだと、にこやかな表情でゴルドは頷いた。
「それにフェルト・リーウェンには実績もある」
「姫殿下達を救い、更には他国まで救ってみせた……」
聖堂騎士であるふたりは、本来誰が解決したかは知っていた。
「ああ、だからこの状況だって彼ならばひっくり返せるかもしれない!」
「おおっ!」
期待に胸を膨らませるふたりだが、そこに横槍が入る。
「――それはなりません」
「えっ……?」
それは予想外の人からの言葉だった。
「な、何故ですか!? ネフィ様!? このままではいけないことだってわかってますよね?」
「ええ。わかっています」
「ならば、アスベル達が警戒しているフェルト・リーウェンを頼るというのは……」
「なりませんと言ってます!」
ネフィの珍しい叱咤に、ふたりは言葉を詰まらせた。
「……この状況を何とかしたいと考えてはいます。聖都の様子も考えれば、一刻の猶予も無いことも……」
「その通りです! だから――」
「だからダメなのです!」
「「!」」
「フェルト・リーウェン様は確かに凄い功績を立てた方です。頼りにしたい気持ちもわかります。ですが、もしその彼があの【絶対服従】にかかってしまった時、取り返しがつかないことになるとは考えられませんか? 必ず【絶対服従】が効かないと言い切れますか?」
「そ、それは……」
「それにこれはわたくし達の問題でもあります。国王陛下ならまだしも、リーウェン様は一般人のはず。巻き込むわけにはいきません」
「「……」」
ふたりも確かに解決するならば、オルディバルらに伝え、動いてもらう方向が一番望ましいとは思っている。
だが、王宮からの視察団等の対処は万全のアスベルに、完全にオルディバルに頼る方向性はない。
だからこその提案ではあったのだが、ネフィの正論パンチにふたりは黙るしかなかった。
すると、向こうからトタトタと歩いてくる人影があった。
その人影は、明らかにボンボンの貴族の坊ちゃんがひとり、自信に満ち溢れた顔で現れた。
「おい! この僕様をいつまで待たせるんだ?」
「えっと……今晩、お相手してくださる――」
するとその坊ちゃんは、ネフィの胸を揉みしだく。
「――きゃあ!?」
「なっ!?」
思わず手が出そうになったライクをゴルドが全力で止めた。
いつものやり取りである。
「ぐふふ。元聖女を好きにできるとは……パパも楽しみにしているぞ」
奴隷であるということを良い事に、その坊ちゃんはニタニタと下品な笑みを浮かべながら、ネフィの胸を揉みながらそう語った。
「わ、わたくしのような卑しい奴隷を可愛がってくださる貴族様に感謝致します。今日は存分に奉仕させて下さいませ」
機嫌を損ねるわけにはいかないネフィだが、引き攣った笑顔でそう答えると、坊ちゃんは更に激しく揉み始める。
「あん!? 何だか嫌そうだなぁ……奴隷の分際で!!」
「そ、そんなことはありません。少しばかり緊張しているだけでございます」
するとその坊ちゃんは、強引に肩を回し、ネフィを連れて行く。
「じゃあその証明、お屋敷でたっぷりな」
「は、はい。喜んで」
すると執事がひとり、駆け足で近寄ってきた。
「坊っちゃま。勝手に外まで迎えに行かれては困ります。……一応、そちらの方は元聖女様で……」
「お前なんかに言われなくたってわかっている!」
そう言って大きな門をくぐり、坊ちゃんとネフィは屋敷へと向かった。
完全に無視されたゴルドとライク。
ゴルドは表情にはあまり出ていないが、ふたりともいつもの光景とはいえ、爆発寸前である。
それを見た坊ちゃんの執事は礼儀正しく、ペコリとお辞儀をする。
「……坊っちゃまが申し訳ありません。ご挨拶もなさらなかったでしょう」
「ああ、いつものことだよ。クソがっ!」
「ライク」
「構いませんよ。貴方達の今の表情を見ればわかります。彼女のことを大切に思われているのですね」
「は、はい……」
ふたりの落ち込んだ表情を読み取り、執事は察すると、
「……それとなく坊っちゃまとご主人様にはやり過ぎぬよう、伝えておきましょう」
「……! あ、ありがとうございます」
気休めではあるだろうが今までに無い対応に、ふたりは深々と頭を下げた。
「お迎えは朝来られるということでよろしいですか? 滞在されている場所をお伺いできれば、連れて参りますが……」
「いや、構わない。こちらで迎えに行く」
「……畏まりました」
紳士的な執事に深々と頭を下げて、ふたりは見送ると、ライクは再び、行き場の無い憤りを叫ぶ。
「クソがぁ!! クソがクソがクソがクソがクソがぁああああ!!」
「よせ、ライク」
「煩い!」
そしてライクは膝を折る。
「どうしてなんだ……。どうしてネフィ様があんな下衆野郎共に好き勝手されなくちゃいけないんだ」
理不尽過ぎることに苛立ち、自分の無力さにも苛立ち、ライクは悔しくて悔しくて堪らなかった。
いつも苦笑いで貴族達を相手させられるネフィの見送りをさせられるたびに、惨めで堪らなかった。
アスベル達にお前達は無力だと突きつけられているようで、哀れで堪らなかった。
そしてそれはゴルドも同じ気持ちだった。
「……いくぞ」
「……戻るのか? わかっ――」
「違う。フェルト・リーウェンの元へ向かう」
「えっ!? で、でもネフィ様に止められて……」
「そんなことはわかってる。ネフィ様の仰っていることは正論だ。本来であれば国王陛下や俺達自身が解決せねばならないことだ。だが……!!」
ゴルドは悔しそうに強く唇を噛み締める。
「俺達ではもう……もうどうにもできないのだ!!」
「ゴルド……」
「陛下は聖都に調査隊を送っていたことをアスベルはラフィを盾に示唆され、立場が弱く、頼れない。俺達は俺達であの【絶対服従】の前に屈するしかできなかった……。もう彼に縋るしかないのだ!!」
そう言うと、力強い足取りでゴルドは向かい、それをライクも追いかける。
「いいのか? 遅くなり過ぎると勘づかれるぞ」
「気にしていられるか」
「場所はわかってんのかよ?」
「確か、学園区の寮生だったと聞いている」
歩みを止めないゴルドに、ライクはニカッと笑い、共に歩く。
「そうだな! せっかく王都まで来て、姫殿下を救った英雄がいるんだ。せめて話だけでも……」
「ああ!」
ふたりは一縷の希望を求め、フェルトの元へ向かった。




