09 双子の聖女
――フェルト達はクレアをユーザ達と合流させた後、商業区にある賑やかな喫茶店で話をすることにした。
というのも、下手な雑音がある方が会話を聞かれないからだ。
「それで、フレンド。僕に話とは何だい?」
注文した飲み物が運ばれてくると、早々に話をしようと繰り出す。
これで下手に人が近付いてくることもないだろう。
「単刀直入に言う。――双子の聖女に何があった?」
「……」
尋ねられたヘイヴンは無言で、カップを手に取り、口に運んだ。
フェルトがこんなことを聞くのは、ヘイヴンが情報通であり、いくら閉鎖感が強い今の聖都の情報でも知っていることが多いと踏んだからだ。
するとヘイヴンは、喋りたくなさそうな渋った表情をする。
「どうしてそんなこと聞くんだい?」
「必要なことだからだ」
フェルトはラフィを【識別】した結果から、色んな違和感に納得いく推察が立っていた。
それを立証するためには、もうひとりの聖女、ネフィが奴隷になった経緯を聞いておくと、話の筋が通るだろうと踏んだのだ。
「……僕はできる限り、その話はしたくないな。蝶々ちゃんの過ちを語るのは気が進まない」
そういうだろうと思ったフェルトは、語りたくなるように、自身の推察からくるネフィに対する結論を語る。
「その過ち、冤罪だとしたらどうだ?」
「!」
さすがに驚いた反応をされた。
ヘイヴンは割と動揺せずに事や話を受け入れたりするものだが、さすがにいきなり冤罪だと言われると驚いたようだ。
「……概要も知らないのに言い切れるのかい?」
「ああ」
フェルトにはその自信があった。
ラフィを【識別】した際に、とあることを想像できれば、全てに辻褄があったからだ。
事件の概要を知らずとも、ネフィが嵌められたことがわかる。
「なるほど。その眼で全てはお見通しってことかい?」
「バーカ。全部は見通せねえーよ」
正確には何も見えなかったんだけどな。
フェルトはそう考えながら語るのを待っていると、ヘイヴンはやれやれとため息を吐いた。
「フレンドには敵わないな。その話が本当なら、僕は語らなきゃならない。しかも君には実績もあるしね」
「そりゃどーも」
「……わかったよ。双子の聖女、ネフィ様とラフィ様に何があったか僕が知る限りのことを話そう。だがその前に、どこまで知っているのか改めて確認したい」
ネフィが奴隷になった経緯のことだろう。
「いや、ほとんど知らん。お前や先輩達から聞いた通り、奴隷になったってことしか知らん」
「わかった。じゃあ事件の概要からだね。……事が起きたのは今から大体三年ほど前だ……」
フェルトは丁度、人喰いの事件が起きた頃だと少し顔を顰めた。
「とある夜、ラフィ様が何者かに襲われる事件が起きた。お休みになられている寝室を狙われ、殺されそうになったという。実際、その時左足を無くされていることから、強い殺意があっての犯行と判断されている」
「左足、ねぇ……。ネフィって聖女がその事件をきっかけに奴隷になったってんなら、容疑者として上げられたってことだよな?」
「その通りだ。ラフィ様は左足を斧で切り落とされており、ネフィ様はその凶器とされる血塗れの斧を持っていたそうだ」
フェルトは、ネフィを犯人にさせるために持たせただけで、あからさま過ぎると、ちょっと呆れ気味に聞き始める。
「そこにネフィ様の悲鳴で駆けつけたカルバドス氏が第一発見者のようだ」
「おいおいおい……。それって明らかにアスベルが犯人じゃないか?」
そう思ったのは、推理モノでよくある第一発見者が、あたかもみたいなテンプレ展開にしか聞こえなかった。
ネフィ、ラフィ共にフェルトと同じ歳であり、三年前といえばまだ十二歳。
いくらこの世界が幼かろうとも、魔法や武器を使い、魔物や盗賊などを倒すのが常識の世界であろうとも、十二の娘、ましてや聖女と呼ばれるネフィに妹を襲う殺人の意識が芽生えるというのは、あまりに考えられないことだった。
「そうだね。当時の裁判でもネフィ派閥の人達が指摘していたよ。ネフィ様はそんなことをする方ではない。誰かに仕向けられたのだとね」
「だろうな」
「実際、聖女様が襲われたという事件だけに、その担当をしていたのもカルバドス氏だ。証拠を消すなどもできるだろう」
「ああ。アスベルを洗い出せば、ネフィが犯人にされることなんてないだろ?」
「だが、襲われたラフィ様はネフィ様に襲われたと証言しているんだ」
「……! ほう。それは本人が直接言ってたのか?」
「ああ。裁判でハッキリと口にしている」
それを聞いたフェルトは、【識別】で読み取ったことと照合すると、嫌な真実にたどり着いていた。
「とはいえ聖女様の事件だ、第三者も踏まえ、しっかりと調査をし、裁判を執り行っていこうということになっていたのだが……」
「……?」
「急にネフィ派閥の者達が、ネフィ様が犯人だと証言を始めたんだ」
「……なるほど」
この発言でフェルトは、【識別】の正体に確信を持った。
「確かにネフィ様とラフィ様がお休みになられている場所は、使用人や聖堂騎士、司祭などの方々が出入りはできるものの、当時はユフィ様を亡くされており、大事な後継者であらせられるおふたりは、厳重な警備の下で暮らしていた。容易に建物への侵入などは難しく、状況を見ても犯人は、当時その建物にいたネフィ様や警備に当たっていたカルバドス氏を含めた一部の聖堂騎士か使用人くらいで、ネフィ様が犯人だと疑われる要因はある」
「でも頭ごなしってのはおかしいな」
「ああ。だが、ネフィ派閥の者達はまるでネフィ様を犯人呼ばわりするように、陛下が謁見している裁判で証拠を次々と出していったのさ」
十二の娘相手にやる行為じゃない。
あまりに悪辣過ぎる。
「動機はさながら、聖女しかわからない聖力の差がどうのって確認できないことを言われたんじゃないのか?」
「……その通りだ。さすがだね、フレンドの言っている通りさ。ネフィ様は自分より優れた聖力を持つラフィ様を妬み、犯行に及んだと言われたそうだ」
聖力は【鑑定】では判断ができない。
つまり動機として確認ができない聖力を動機にするのは薄い気はするが、怨恨は当たっている気はする。
誰が誰に対する怨恨かは別として。
「ネフィは勿論、否定したんだよな?」
「ああ。だが、誰も彼女の言葉に耳を貸すことはなかったそうだ。父上をはじめ、陛下もあまりに見ていられない光景だったそうだ」
「だろうな」
想像しただけでも地獄絵図みたいな状態だったとわかる話だった。
「そしてこの国では聖女に対する犯行など、言語道断であり、命を脅かすなんてことは以ての外だ。たとえ聖女とはいえど、厳しく罰されることとなり、死罪を言い渡された」
「……冗談だろ?」
いくら聖女がこの国に対する貢献度が高いとはいえ、十二歳の娘にかける判決ではない。
やり過ぎにも程がある。
「だがそこでラフィ様がある提案をされたのだ……」
「それが奴隷……」
「そうだ。自分は幸い生きており、死罪はあまりに酷いと。ならばその罪の代償に奪おうとした聖女に一生尽くすことはどうだろうと提案されたのだ」
フェルトはギリっと歯軋りを立てた。
思った通り、いや、思った以上に性根の腐った聖女だな! あの豚女!
「奴隷にしてしまえば、命を狙えないし、罪の償いとしては良いのではないかと判断され、ネフィ様は生涯、ラフィ様の奴隷となったのさ」
「それ、見方を変えれば死罪よりも酷いな」
「だろうね。一応、ラフィ様の奴隷とはいえ、女性が奴隷になる、しかも永久奴隷だ。扱いは普通の女奴隷とは違う」
「うわぁっ。最悪……!」
どんな扱いを受けてきたのかの想像は、そんなに難しいものではなかった。
「だがその結果に疑問を持った陛下は、事件の再調査を聖堂騎士ではなく、独自の使者を送り込んだり、秘密裏に使者を送ったりしたそうだが……」
「全部、問題無しで返ってきた……」
「ああ。聖都の情報の遮断は、その事件から更に増していくことになり、怪しさは増すばかりだが、調査は進むことなく、現在に至ると言ったところさ」
話を聞き終えると、結論を口にする。
「お前の話を聞いてハッキリしたよ。やっぱり聖女ネフィはアスベルに嵌められ、犯人にされた。しかも聖女ラフィ、いやあのクソ女も共犯だ」
「なっ!? ま、待ってくれ。フレンドの神眼で見たカルバドス氏の『殺人未遂の偽装』についてはわかる。そう見えたのは、カルバドス氏がネフィ様を犯人に仕立て上げ、偽装したからだろう。だがラフィ様も共犯というのは……?」
「妬んだいたのが逆だったらどうだ?」
「つまりラフィ様がネフィ様を妬んでいた……?」
「ああ。だとすれば辻褄は合うだろう?」
「た、確かに犯行する動機としては成立するかもしれないが、ここまでやる理由は? そもそもカルバドス氏の動機もわからない」
「さっき妬んでいたのは逆だって言ったろ? つまりはネフィの方が聖力が強いことになる。とすれば奴隷にする理由は、俺の故郷、ヴァース村へ行くのが面倒とかいうような奴だ。聖女としての仕事をネフィに全て押し付け、自分はその手柄だけを自分の物にしたいと考えないか?」
「――!! な、なるほど。それならば、永久奴隷とし、自分の側付きにする理由にもなるか。しかし、ならばカルバドス氏の動機は……」
「さあな。大方ラフィ派閥だったんじゃねえの? 派閥は分かれてたんだろ? 聖堂騎士でも分かれてたって不思議じゃない」
「な、なるほど」
こう言ったフェルトだったが、本当の動機は別にあるということは、ラフィを【識別】してわかっている。
「それで? ラフィの左足はどうなってる?」
「ラフィ様の左足かい? 確か、聖都で用意された義足をつけられているという話だよ」
「そっか……」
やはりとフェルトは、目を細める。
「でも言われてみればフレンドの言う通りだ。確かに事件が起こる前までの評判は圧倒的にネフィ様の方が良かった。むしろラフィ様は素行が悪く、聖女らしからぬとウワサが立っていた」
「そりゃあ、面食い我儘聖女様だからね。挙句姉妹であるネフィすら陥れようと考える性根が腐った女だ。きっと豚みたいに臭いんだろうぜ」
いや、むしろ豚に失礼かと思うほどである。
「……い、言い過ぎじゃないかい、フレンド」
「言い過ぎなもんか。真っ当に生きてたはずのネフィを永久奴隷にし、男の回し者にした挙句、聖女の仕事まで全部押し付けるつもりなんだろ? とてもじゃないが、真っ当な神経が通ってるとは思えないね」
「しかし、ラフィ様がこんな犯行を――」
「考えられるわけねえだろ。あの馬鹿みたいなパレード見て、ハッキリしたよ。見た目はユフィ様そっくりだったが、あの浮かれてた表情と態度を見ればわかる。あの女はただのガキだ」
「じゃあやはり裏で仕組んだのは……」
「アスベルだろうな」
殺人未遂の偽装なんて【識別】で判断できている以上、犯行を企てたのはアスベルに間違いないだろう。
「おそらくはネフィを妬んだいたラフィを唆し……」
一応、アスベルはラフィ派閥として話をしていたと思い出したフェルトは、言い方を変える。
「じゃなかった。ラフィ派閥であるアスベルが助言するかたちでとった犯行だろうぜ」
「うーん……」
ヘイヴンはフェルトの意見に疑問を持った。
「フレンド。仮にラフィ様がネフィ様を妬んでおり、奴隷にするためとはいえ、左足を代償にする意見に了承するかな? ラフィ様の性格を考えると、怯えてやらないと思うのだが……」
確かに十二の娘が、いくら見返すためとはいえ、左足を切り落としてまでやるとは考えにくい。
ましてや面食い我儘娘にそこまでの犠牲を払うとも考えにくい。
我が身大事な印象が強いだろう。
「それだけ追い詰められてたんじゃないか? 強い劣等感に襲われてたとか。そこを上手くアスベルに誘導されたんじゃないか?」
「そこまでの強い劣等感があったのかな?」
「あったと思うぜ。周りから期待される聖女とされない聖女。しかもこの国を背負って立つ存在だというのに、格差を付けられればそうならないか?」
「た、確かに……」
「それに聖女としての教育や振る舞い、立場などを考えると、普通の十二歳児でもなかっただろうしな」
「……そうかもね。フレンドも人喰いの件があったし、そういう子供もいるだろう」
「俺のことはいいよ」
自分のことも棚に上げられたフェルトは、こほんと咳き込む。
「と、とにかくアスベルとラフィが共謀してネフィを陥れたのは間違いないだろう」
「だがフレンド。僕らはフレンドの神眼で、カルバドス氏がそのような犯行に及んだとある程度の確信を持てるが、第三者からすれば何の根拠もない空論に過ぎない。しかも聖女様を貶していることから、不敬罪にあたる可能性も示唆される」
「だよな」
ラフィは聖女という立場がある以上、下手に調べることもできない。
国王であるオルディバルですら、手をこまねいているほどだ、いくら神眼持ちともてはやされているフェルトであっても、ネフィと同じ扱いを受ける可能性は高い。
「だが表立って動かなきゃいいだけの話だ」
「それはそうだが、もうひとつ問題がある」
「……ふたりが共犯し、ネフィを陥れた証拠、だろ?」
「ああ」
「多分、無いだろ」
「……だろうね」
「事件の管轄はその共犯の首謀と思われるアスベルがやってるんだ。さっきお前も話した通り、証拠の隠滅もネフィがやったように証拠を細工することもできただろうしな」
「そんな中、どうやってネフィ様をお救いするのだ。……アスベル・カルバドス。可憐で健気な蝶々ちゃんを陥れるなど……!」
いつも冷静なヘイヴンにしては珍しく、怒りを露わにする。
「そんなもん、やった本人達に証言してもらうのが一番だろ」
「そ、そんなことができるのか!?」
「できるできないじゃなくて、それしか方法がないだろ? 問題はどうやって吐かせるか、だ」
事件は三年前に起き、証拠を全て隠滅されている可能性が極めて高いことから、その犯人に自白してもらう他ない。
おそらく『強欲の義眼』を使えば、そのやった記録などを建物から見つけることはできるだろうが、証拠として提出できるものではない。
わかっていても、それを証明するのが如何に大変か、改めてフェルトは思い知らされる。
するとヘイヴンはスクっと立ち上がる。
「……今ここですぐに出る結論ではないね。とりあえず僕はフレンド、君の言うことを信じ、できる限りの情報を集めよう。どうせ、これからしばらくはラフィ様ともカルバドス氏とも接触する機会は増える。気付かれない程度に探りを入れてみるよ」
ヘイヴンは王都の貴族であるため、今から聖女祭まで会う機会は確かに多いだろう。
だが、
「いや待て、ヘヴン。逆に接触するな」
「……待ってくれ、フレンド。それではどうやって情報を? 蝶々ちゃん達からもあまり聖都の話は聞かなくなっていてね……」
フェルトは自分の推察が正しければ、ヘイヴンは明らかに危険な立ち位置になると考える。
「動くにしても少し待ってくれ。少なくともアイツらの目に止まるようなことはしないでほしい。確認したいことがある」
「確認?」
「ああ」
そう言うと、フェルトは席を立つ。
「協力して欲しい時はこっちから連絡するから、それまで極力接触は控えてくれ。不自然じゃないようにな」
「わかった。ならせめてここのお代くらい払っておこう」
「おっ? そういうことなら、もう少し何か頼んどくんだったな」
「おいおい……。それで? フレンドはこれからどこへ? さっき確認がどうとか言っていたが……」
「ん? ああ、この事件の重要な鍵を握る人物、いや存在に会いに行くんだよ」
ヘイヴンはフェルトの変わった言い回しに首を傾げた。
「人物から言い直して存在? 一体……」
「神様って言ったら信じるか?」
「……まあ、フレンドが身につけているのは神眼であり、手に入れた経緯を考えれば、多少なりとも信じられるかもしれないが……」
何とか肯定しようとするが、さすがに動揺を隠せないヘイヴンに、フェルトは軽く笑った。
「はは。悪い悪い。冗談だよ、冗談」
そう言うと今度こそ席を離れる。
「じゃあその時は頼むな」
「わかった。待ってるよ、フレンド」
だがフェルトは誰にも聞こえないくらいにボソッと呟く。
「ま、冗談じゃないけどな」




