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大罪の神器  作者: Teko
王都編 消えた貴族嬢達
44/177

21 奴隷商飛空艇脱出

 

 ――ヘイヴンのエスコートの甲斐あって、エメローラとクレアは無事に合流できたようだ。

 そうでなければ、ヘイヴンが余裕しゃくしゃくの表情でアーディルを相手取ってはないだろう。


 そしてフェルトはというと――、


「はあ、はあ、はあ……」


「ヒッ、ヒヒヒ、ハハハ……」


 やはり体力差や経験の差を埋めることは難しく、こっちは体力の限界を迎えてきている。

 クレア達が向こうの通路へ逃げてから数分経っているが、無事であると信じたい。


 そして、やはりシギィを仕留めないと、フェルト達が全滅することは避けられないのだと確信できる。


 シギィは動物的な動き、反射速度や攻撃速度も速く、人の死角の付き方も暗殺者風貌しているだけあってか、かなり的確だ。

 そのプレッシャーに当てられるフェルトとしては、体力、気力共に削がれていってる感覚はあった。


 まるで蛇に睨まれた鼠の気分だ。


 どうにかついていけるのだって、結局『強欲の義眼』とマルコ神父(先生)の教えと特訓があればこそ。

 日頃の積み重ねの大事さを改めて痛感させられた。


 打開策を打って出たいところだが、どうにも隙がない。

 これがプロの殺し屋かと、魔物より色んな意味で異世界を痛感した。


「やっぱりお前は最高だぁ……。オレとここまでやり合える奴なんていないからなぁ」


「褒められたって、嬉しくねえーよ」


 シギィは斬り刻みたい気持ちを全面に出すように、再び血走った目でこちらを物欲しそうに見る。


「だからこそ惜しい! お前という生きた芸術をこの身で味わい尽くしてみたいが、刻んでオレ好みのアートにしたいという気持ちも抑えられない! ああ……ああ……ああっ!! どうすればいいんだ!? どうすればこのオレの全ての欲求を叶えられる!?」


「知るかよ! 気味悪いんだよ、お前」


 本当に頭が飛んでる奴だ。

 こういうところも地味に精神的に追い詰めている要因になってそうだ。

 何されるかわかったもんじゃない。


 だがそんなシギィに叫ぶ奴がいた。


「シギィッ!!」


「ああっ?」


 フェルトもその方向を見ると、多少怪我を負ったヘイヴンと膝をついて、息を切らしているアーディルの姿があった。

 フェルト達とは真逆の状況である。


「このマセガキも何とかしろ!! 用心棒だろうがっ!」


 そう言われ、ヘイヴンは少し警戒するように目を細めるが、シギィはヘイヴンには微塵も興味はないようで、


「ハッ! 雑魚が。オレの芸術の邪魔すんじゃねえっつったよなぁ!?」


「アタシもさぁ! 気分で仕事してんじゃねえっつったよなぁ!?」


 アーディルの方がド正論なんだが、シギィの圧が凄い。

 仲間なのに本当に仲が悪い。

 所属しているギルドが違うから、正式な仲間ではないのだろうが。


 とはいえ、ヘイヴンと話をしたくともシギィのナイフが飛んでくることがわかっている以上、作戦会議もできやしない。


「どうせそのガキはお前を殺すつもりはねえよ。邪魔すんな」


「あぁん!? おい、シギィ!!」


 どうやらヘイヴンが女に甘いこともお見通しのようだ。

 どこまでもイカれた洞察力してやがる。


 確かにアーディルは膝を折り、かなり消耗した様子ではあるが、致命傷は負ってない。

 嬲ってわからせるってやり方が、ちょっとヘイヴンらしくはないと思ったが、囚われていた女子達に何かあったんだろう。


「悪かったなぁ、ウチの雑魚が邪魔してよぉ」


「別に。気にしなくていいから、もっと構ってやっても良かったんだぜ」


「冗談だろ? あんなつまんねえ女より、お前と刃を交え、斬り刻む方がよっぽど楽しい!」


 ……コイツ、本当にホモじゃないよな?


 改めて背筋に悪寒が走るが、そこに怯えている場合ではない。

 ヘイヴンが下手にこちらに介入しないのは、アーディルを抑え込んでいるからではない。

 下手に介入して、やられてしまわないことを想定としているに違いない。


 ヘイヴンは情報に長けているから、おそらくシギィのことも理解しているはず。

 そしてこの状況が絶妙なバランスで保っていることもわかっているはず。


 だからその拮抗したバランスを壊さないために、ヘイヴンはこちらに手を出さないのだ。


 その証拠にこちらを先程より視界に入れている機会が多い。

 ヘイヴンはおそらく、タイミングを見計らっているはずだ。

 シギィを出し抜き、状況を打破できるタイミングを。


 それをフェルトが作るべきなんだろうが、その隙を読み切れる能力があっても、体力的に身体がついて来なくなっている。


「さあ! お喋りはここまでにして、続きをしようじゃねえか!」


 向こうはナチュラルハイになってる影響もあって、疲れを見せていない。


 シギィとのやり取りや解決方法は結局変わらないわけで、


「チッ! 付き合ってや――」


 ――ボゴオオオオオオーーーーッ!!!!


「おおっ!?」

「おや!?」

「おわあっ!?」

「んっ?」


 何だか飛空艇からは聞こえてはいけない轟音が鳴り響いた。

 その激しい音の鳴った先を見ると、黒い煙がもくもくと立ち上がっている。


 それを見たその飛空艇の持ち主であるアーディルは、思わず唖然としている。


「な、何が……?」


 思わずフェルト達の戦闘も中断する中、豚マスクのひとりが急ぎ報告にきた。


「ボ、ボス!」


「おい!! 何が起きた!? 説明しろっ!」


「ハ! そ、それが……その……」


 思わぬ失態だったのか、かなり言い淀んだ喋り方をする豚マスクにアーディルはブチギレる。


「ハッキリ言え!!」


「ハ、ハイッ!! そ、それがエンジン部である魔力炉を破壊されました!」


「………………は?」


 アーディルの面食らった表情には、敵であるフェルト達ですら同情できるものであった。


「ど、どうやら王女達が魔力炉を破壊したようで、その……」


 そりゃあ随分と派手なことしやがったなぁ。


 そんなことを考えながらアーディルの顔を窺っていると、ふつふつと怒りのボルテージが上がっていくのが手に取るようにわかる。


「――何してやがったんだあ!! このノロマ共がぁああああ!!!! そんなことされたら航行ができな――」


 ――ボオンッ!!


「「「おおっ!?」」」


 連鎖的に爆発を起こしているのか、再び船が揺れた。


「くそぉっ!! あの生意気なメスガキ共があ!!」


「ハッ! してやられたな、アーディルさんよぉ」


「あん!?」


「正直、俺もここまでやるとは思ってなかったが、このままだとアンタ、船と運命を共にすることになるわけだが……どうする?」


 まさかガ◯ダムとかの宇宙戦争モノみたいなセリフを吐き捨てることになるとは思わなかった。


「き、貴様らぁ……!!」


 すると、


「――おっと!?」


 場の状況がわかっていないのか、シギィは戦闘を続行する。


「おいおいおい! 状況わかってんのか? このままだとお前も死ぬぞ!」


「ハッ! そんなこと知ったこっちゃねえな! 命が怖くて芸術を味わい尽くせるかよ!」


 シギィの頭の飛び具合はどうやら予想の遥か彼方だったようだ。

 自分の命すら天秤にかけられないとは、そこまで振り切られると尊敬すらできるレベルだ。


 仕方ないと迎え撃とうとした時、ヘイヴンがフェルトの前に立つ。


「ヘヴン?」


「大丈夫だ、フレンド。もう終わりさ」


 その邪魔立てをするヘイヴンに、不快感を覚えたシギィが襲う。


「邪魔だ! 死――」


 ドオンっと再び船が揺れると、さすがのシギィも予想しない角度に揺れたのか、一瞬ふわりと足元が足場から離れた。


 それをヘイヴンは見逃さなかった。


「――ウィンド・ブレス!」


 シギィとアーディルに向かって強い突風が吹き、アーディルは何とか近くの柱に捕まるが、シギィは浮いていたこともあり、空中に投げ飛ばされた。


「なっ!?」


「……っ!」


 シギィは飛空艇から投げ飛ばれたが、この程度とばかりに舌打ちをすると、足に力が入っているのが見えた。


 そういえばシギィは空中でも瞬動術が使える。

 あの距離なら、戻って来てしまう!


 そう思っていたのだが、


 ――パチンッ!


「――っ!?」


「なっ!?」


 シギィに何かの異変が起きたのか、目を見開き、フェルト達を睨むと、そのまま落ちていった。


「……は? な、何が起きて……」


「簡単なことさ、フレンド。風魔法で突き飛ばしただけさ」


「いや、でもアイツは空中でも……」


「そうだね。あの男は空中でもできてしまうから戻ってこれるだろうね。()()の状態ならね」


「は?」


 意味深な発言にフェルトは小首を傾げた。


 確かに何かしらの異常はあったのはわかる。

 シギィの奴、フェルトにというよりはヘイヴンに睨んでいた印象を受けていたからだ。


「彼の口と鼻、つまりは息をするところを少し真空状態にしただけさ」


「!」


「いくら達人レベルの化け物でも、息ができなければ通常の身体使いは難しい」


 つまりヘイヴンは、飛空艇の読めない爆発を利用し、バランスの崩れたシギィを船内から外へと突き飛ばし、空中での瞬動術で戻ってくるのを防ぐため、人間が呼吸を行う口と鼻を塞いだわけだ。


 しかもシギィからしても咄嗟の出来事。

 対応するにも多少時間がかかるものであり、ヘイヴンの真空魔法が解ける頃には既に、遠ざかる飛空艇を眺めているしかないってわけか。

 風魔法が使えるヘイヴンならではのやり口だったわけだ。


「中々エグいが、やるじゃねえか」


 フェルトはヘイヴンに肘当てする。


「フレンドほどじゃないさ。君が奴を消耗させなければ、できなかった隙さ」


「あん? アイツ疲れてる様子がなかったが……」


「ナチュラルハイになっていたせいか、自分でも気付いていなかったんだろうね。人間はちゃーんと体力の限界はあるものさ。今の君みたいにね」


「……やな奴」


 そんな会話を、酷い憎悪がこもった表情で睨んでくる女がいた。


「貴様らぁああああ!!!!」


「おいおいおい、アーディルちゃんよぉ。そんな怖い顔すんなよ。折角の美人さんが台無しだぜ?」


「このクソガキがあ!! まだアタシをコケにするか!!」


 ――ドオンッ!


 まだ爆発が続く飛空艇の高度は落ちていく。


「今、俺達にキレてる場合か? 本当にこの船と心中することになるぜ?」


「ぐっ! ぐうぅううっ!!」


 すると空からワイバーンに乗った豚マスク達が大量に現れた。


「ボス! これ以上はもちません! お早く避難を!」


 そう言ってひとりの豚マスクが手を伸ばす。


 それを見てアーディルは更に悔しさと憎たらしさが増したようで、爆発しそうな表情でこちらをガン睨みをしばらくした後に、


「くそおっ!!」


 その手を差し伸べた豚マスクの部下の後ろに乗る。


「このクソガキ共……その顔覚えたからな!! もし、てめえらが生き残ってたらこのツケ、払わせるからなあ!! 覚悟しやがれえ!!」


 そう吐き捨てると、「行け!」と指示するが、


「あのガキ共は放置するのですか?」


 当然の質問だろうが、部下より投げかけられる。


「行けと言ってる。あのガキ共が乗って来てたグリフォンがどこにもいないだろ? おそらく増援を呼んでいるはずだ。飛空艇無しに訓練された騎乗士(ライダー)と相手するのは御免だ! 悔しいが……」


 再びフェルト達をギリギリと歯軋りを立てながら睨んできたので、フェルトとヘイヴンはニッコリ微笑みながら手を振った。

 完全に嫌味だ。


「ここは撤収する!」


「「「「「ハ!」」」」」


 そう言ってアーディル達は、この場を去っていった。


 フェルト達は奴らが去っていくのを見送り、脱出について語り合う。


「さてさてフレンド。幹部は退けたが、僕らは大ピンチのままだ。このままだとボクらは魚の餌だね」


 下は海とはいえ、爆発を繰り返す飛空艇と共に落ちれば、無事では済まないだろう。


「大丈夫だ。脱出口はある」


「信じていいのかい?」


「当たり前だろ? 冗談でこんなこと言わねえよ」


「なら、この素晴らしい作戦を決行した麗しの姫殿下達と合流せねばね」


「……嫌味か? ヘヴン」


 フェルト達が合流に向かおうとしたが、


「どうやら無事なようですね」


 向こうから来てくれたようだ。

 エメローラをはじめ、ガルマ達もみんな一緒だ。


「何とかね。最終的には姫殿下に殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしてたところさ。な?」


「フフ、そうだね」


 フェルト達の皮肉混じりの言葉にエメローラも微笑み、


「それは申し訳ありませんでした」


 そう返答した。


「おい! そんな冗談を言っている場合ではない。我々がやったこととはいえ、もうこの船はもたん! フェルト・リーウェン、早く脱出方法を!」


「そうですわ、平民! 早く教えなさい!」


「わかってるよ。ついてきな」


 ――こうしてフェルト達は甲板を離れ、船の中へと走り出す。

 その道中で移動しながら脱出口について説明する。


「――転移魔法陣ですか?」


「ああ。考えてもみろよ。違法奴隷商の組織の幹部が部下と同じ脱出方法しか持ってないって方が不自然だろ?」


 アーディルは、フェルト達のような侵入者を逃がさないため、敢えて小型の飛空艇などは用意せず、部下達にはワイバーンを使役するよう、指示していた。


 実際、部下のほとんどがワイバーンを使役していた証拠に、先程のお空の上はワイバーンに豚マスク集団と中々カオスな光景が広がっていた。


「……た、確かに」


 フェルトの言おうとしていることがわかってか、エメローラは、なるほどの返答をするが、わからない人達もいるようなので、


「勿論、アーディル自体もワイバーン、もしくはそれの上位の魔物を使役していて、同様に空に逃げる方法はあるだろうが、幹部であるアーディルは簡単に捕まるわけにはいかない。部下達をカモフラージュに使うことを考えれば、別の脱出方法を用意していると考える方が自然だ」


「な、なるほどね」


「そう考え、この飛空艇に脱出経路を用意する方法とくれば、転移の魔法陣が奴の自室にあるって推測が立つわけだ」


「す、推測ですか? 確実な情報ではないのですか? リーウェン様……」


 このリーウェン様と呼ぶ、おそらくフェルトより年上っぽいこの女子先輩はどなたでしょうと首を傾げていると、


「ナルヴィア先輩の言う通りだね。確実じゃないのはマズイんじゃない? フェルト君」


 ナルヴィア先輩というらしい。

 救った女子生徒とメイドの名前をフェルトは知らない。


「それなら大丈夫だ。ちゃんと確認したから、確実にあるよ」


 現代世界(向こう)の殿様も、城から自分だけが脱出できる経路を用意していたなんてことは、テレビの番組とかで観たことがあった。

 だから違法奴隷商なんて聞いたら、それが脳裏に浮かんでいた。


 それで奴隷商のボスのアーディルに会った初見で【記憶の強奪】をしてみたら案の定、アーディルの自室に転移魔法陣があることが明確化した。


 しかもここの良いところは、アーディル自身から転移魔法陣の脱出を忘れさせることができること。

 そうすれば、フェルト達がそこから脱出したとは考えることはなく、ほぼ確実にフェルト達は逃げることが可能になること。


 そしてこれは飛空艇爆破(こんな状況)だから言えることだが、アーディルの飛空艇の記憶が多少無くなっても、飛空艇自体が無くなれば、アーディルが感じる違和感が無くなることだ。


 飛空艇がある状態なら、その構造などに違和感が生じることはあるだろうが、無くなってしまえば確認のしようがない挙句、忘れてしまっていても、自然に忘れたものだと誤認してくれる。

 つまりは【記憶の強奪】を使ったことがバレないということ。


 これは大きい。


 するとユーザが不思議そうに尋ねてくる。


「なあ、フェルト?」


「何だ?」


「俺はほぼお前と一緒にいたけど、確認なんていつしたんだ? アーディルの自室なんてなかっただろ?」


 ここは通ったことがないと首を傾げながら尋ねられた。


 確かにフェルトの確認方法は【記憶の強奪】だった。

 一緒に行動を共にしていたユーザからすれば、不自然なことだろう。


「いや、まあ……アレだよ」


「アレ?」


「倒した奴の中にたまたま知ってる奴がいてな。手早く聞き出したんだよ〜」


 かなり苦しい言い訳。

 ユーザと戦ってた時にそんな余裕は割となかったが、あまり考えないユーザなら、これで納得してくれと願う。


「……そっかぁ! さすがだな、フェルト!」


「お、おおっ! そ、そうだろ?」


 納得してくれたようだ。

 フェルトの脱出方法に疑念を感じられたら、支障をきたす可能性もある。

 それは避けたかった。


「まあ何にせよ、時間がありません。今はリーウェンさんの言うアーディルの部屋にある転移魔法陣を目指しましょう」


「いや、もう着いたぜ」


 そうこう走りながら喋っているうちにたどり着いていた。


「フン!」


 もう罠とか何とか調べている暇はないと、テキトーに扉を蹴り飛ばすと、ありきたりなお偉いさんの部屋みたいなところにたどり着いた。


 良いカーペットが敷いてあり、


「そのカーペットをめくってくれ」


 そう言われてガルマがバッとめくると、


「おおっ!」


 そこには青白く光る魔法陣があった。


「転移魔法陣だね。間違いなく」


 するとチェンナがその魔法陣に真っ直ぐ駆け出す。


「さあ、脱出ですわ!」


「待て」


 グエルが奴の首袖を掴んだ。


「何しやがりますの! この無礼者!」


「安全面を考慮してだ! この考え無し!」


「何ですって!」


 何かギャイギャイ揉め始めたが、グエルの言う通りだとヘイヴンがフェルトに尋ねてくる。


「彼の言う通りだ。この転移魔法陣がどこに繋がっているのかわからない。敵のアジトという可能性はないかい、フレンド?」


「!」


 それを聞いたチェンナは、露骨にサッと転移魔法陣から離れた。


「そうですわ、平民! 安全に脱出できなければお話になりませんわ。わたくしが慎重な性格で助かりましたわね」


「……コイツ」


 グエルよ。

 そんなに睨むな。


 今、真っ先に転移魔法陣に飛び込もうとした人間のセリフではないと、フェルトを含めた皆が呆れている様子から、グエルのその気持ちはわかっている。

 グエルのおかげでチェンナが無事なこともわかっている。


「まあどこに転移するからは、俺もわからん」


「ほーらぁ!」


「だが少なくともアジトではないだろう」


「と言うと?」


「アーディルはあくまで笑顔の(スマイル・)娯楽提供者(エンターテインメント)の幹部なんだろ?」


「ああ」


「だとして、この転移魔法陣を使うほどのこととなると、アーディル自体の失態の可能性が高くないか? 今みたいな襲撃に遭い、爆破されたみたいな……」


「ああ」


「それは奴にとって汚点になるだろう?」


「!」


 ヘイヴンはフェルトの言いたいことを理解したのか、確認をとる。


「なるほど……。つまりは蝶々さんにとってこの失態を蝶々さんの上司にバレては立場が悪くなるから、アジトに直接転移することは避けると予想が立てられるわけか」


「そういうこと。ましてや違法の商業ギルドなんだろ? ひとつの失敗でもかなり組織の中の立場をかなり悪化させるもんじゃないか? それも幹部なら尚更のことだ、信憑性はあると思わないか?」


 アーディルがかなり悔しそうにキレていたことも、これなら説明がつく。


 商品にするつもりだった少女達を奪い返され、飛空艇を破壊された挙句、逃げることになったとなれば、組織側からすれば、無能のレッテルを貼るには十分過ぎるだろう。


「ま、これだけ派手にやられたら、隠し通せるもんでもないだろうが、アーディルからすればその侵入者は飛空艇と共に死んだから安心しろって言い訳が立つだろうし、俺達からしてもそう報告された方が有難い」


「だろうね。ま、どちらにせよ、蝶々さんの立場は弱くなるだろうがね」


「なあ、その蝶々さんって何だ?」


 蝶々ちゃんならよく聞くが、さんは初めてなような気がする。


「?」


 するとグエルがポンとフェルトの肩を叩いた。


「そこは深く考えなくていい」


「そ、そうか」


 グエルのどうでもよさそうな表情を見るに、本当に大したことではないんだろう。


「でも平民! 結局、どこかはわからないんですわよね? だったらもっと安全な方法を提示してくれます?」


 また好き勝手言ってくれるな、この女。

 そもそもお前のせいで、爆破することになったんじゃないのか?


「アーディルも言っていたが、他の脱出方法はない。だからこれが嫌ならこの飛空艇と心中してもらうしかない」


「は?」


「ま、もしかしたら運良く助かる可能性はあるだろうが、かなり低いだろうな」


「ばっ!? 馬鹿言うんじゃないわよ、平民! こんな小汚い船とわたくしが釣り合うわけありませんわ!」


 そこはどっこいどっこいな気がする。


「何にしてもわたくし達の脱出方法はこれしかありませんし、考えてる時間もありません」


 そうこう話しているうちに高度は下がってきているし、海に落下するのも、もう時間の問題だ。


「ですね。なら僕が先に行って向こうの安全確保に務めるとしよう」


「ま、待て! それなら俺が……」


 するとガルマが自分がと名乗り出る。

 おそらくは元々自分達の配慮不足だったことから起きた事件。

 この救出劇になったことを悲観しての名乗りだろう。


 それをわかってか、


「ヴォルノーチェ殿。貴方にはやるべき役目がある。違うかい?」


 ヘイヴンはエメローラの方へ視線を送った。


「君の役割を誰かに譲るようなことはするな。いいね?」


「……わかった」


 自分が不甲斐ないと言わんばかりに顔を伏せた。


 そして説得を終えたヘイヴンが転移魔法陣に乗ろうとすると、貴族嬢達が不安そうな目で訴えかけてくる。


「フッ。大丈夫さ、蝶々ちゃん達。僕が必ずこの先の道を切り開いてみせるさ! だから、そんな不安そうな顔をしないでおくれ。君達には笑顔――」


「とっとと行け!!」


 口説き始めたので、転移魔法陣に向かって蹴り飛ばした。


「な、何しますの、平民!!」


「時間ねえんだよ。そんな歯の浮いた口説き文句を聞いてやる時間は無い」


 そして転移魔法陣はしっかりと起動しているようで、ヘイヴンはあっさりといなくなった。


「よし。じゃあどんどん避難してくれ」


 女の扱いを心得てるヘイヴンなら、送り出せば対処するだろう。

 アーディルもわざわざ危険な場所を転移先に選ばないはずだ。


 フェルトがそう言うと、救出した女子寮の人達を中心に転移魔法陣へと入り、避難していく。


「フェルト君は?」


「俺は最後。避難し損ねてる奴がいねーか、確認しねーとな」


「ここの豚マスクさん達を助けるの?」


 確かに道中、気絶させた奴やおそらくヘイヴン達が殺した豚マスク達がいた。


「いや、そこまでの余裕はないし、そもそも無理だ。人攫いなんてやってた連中らだ、それなりの覚悟はしてもらおう……」


 本来なら、アルス達が連れていった豚マスク達と同じように突き出してやりたいところだが、こっちも命がかかっている以上、天秤にかけさせてもらう。


「ほら、お前も行けって」


「うん」


 そんなクレアも転移魔法陣に放り込み、フェルト以外の全員が転移魔法陣への避難が完了した。


「さて……」


 フェルトは辺りを見渡し、もう誰もいないことを確認し、転移魔法陣へ。


「ちょっとキツかったが……ま、これからの課題だな」


 正直、もっとやりようはあったとは思った。


 そもそも向こうの騎士達の説得を試みるとか、救出するための準備だとか、フェルト自身の戦闘能力の向上だとか。


 反省点は色々あるが、シギィとやり合った時、改めて世界は広いんだなと確信を持てた。


「あんな奴でも学ばせてもらうことがあるとはな……」


 世界には『大罪の神器』を使わずとも、あれだけの強さを誇る人間がいる。

 つまりはフェルト自身にも伸びしろがあるということだ。


 そんな前向きな考えを持ちながら、フェルトも転移魔法陣の発動と共に、この海へと落ちていこうとする飛空艇より脱出した――。

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