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大罪の神器  作者: Teko
王都編 消えた貴族嬢達
40/177

17 奴隷商飛空艇潜入2

 

「はは。こりゃマズイな」


「ええ。とても」


「やっぱり!?」


 青空の下、広々とした上甲板に追い込まれたフェルト達の周囲を囲む豚マスク集団。

 いまか今かとタイミングを見計らい、こちらの出方を覗き見る。


 この周りの数を見れば、陽動としては大成功かもしれないが、明らかに敵の術中にハマっていることを考えれば、そんな楽観的な見方はできない。


「どうなさいます!?」


「どうって言われてもなぁ……」


 フェルト達がこの場を切り抜けるには、もう一度通路に戻る必要がある。

 そうすれば、再び襲ってくる人数を制限することが可能だ。


 だがそれは向こうも学習していること。

 通路に繋がる入り口はしっかりとガードされている。


 だがフェルトの想像通りなら、切り抜ける方法もある。

 この追い込んだ状況を向こうのボスが作った状況であるなら、僅かな隙を作れる可能性が出てくる。


「こいつはぁ、随分と若くて勇敢な騎士様だこと」


 どうやらそのボスがお出ましのようだ。

 何やら嫌味ったらしいセリフが上から聞こえてくる。

 フェルト達が見上げた先には、コンパス甲板からこちらを見下ろす褐色の女の姿と、


「クレア!」


「ローラ! そ、それにフェルト君まで!?」


 捕らえられているクレアの姿があった。


「な、何でここに……!?」


「いや、その説明の前に……」


 クレアは向こうのボスに人質として捕らえられている。

 その様子を見て、フェルトはこうツッコまざるを得なかった。


「――そこのポジションは姫殿下だろ!!」


「――うん! 私もそう思う!」


「……お、おふたりとも。割と余裕ありますわね」


 普通に考えたら田舎貴族のクレアより、明らかに国のトップであるエメローラ姫殿下を人質に取るのが自然だ。

 クレアも自覚はあるようだし、フェルトは正しいツッコミをしたという自信がある。


 するとそれを聞いた褐色の女が不敵に笑う。


「はっ! てめぇが気にするこたぁねえよ」


「へえー。俺はてっきりそいつが姫殿下を使うよりリスクが低く、多額の金額が手に入るから手放さないかと思ったぜ? アーディルさんよぉ」


 ――【記憶の強奪】


「! ……てめぇ、アタシの名をどうして……」


 初対面のはずだがとアーディルはちらっとエメローラを見ると、はんっと軽く笑って納得した。


「だがどういうことかなぁ? あっ! そうか。おめえらはガキだもんな? 奴隷の価値ってのがわかんねえもんなぁ? くくく……。まあ、女の奴隷の相場は――」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。奴隷の相場なんざ知りたくもねえ。そいつが魔眼持ちだから手放したくないんだろ?」


「「!?」」


「……何だ。知ってたのか、ガキ」


「リーウェンさん! それは……!」


「わかってるよ。秘密なんだろ?」


 エメローラの懸念は、それを初めて知るユーザのことを心配しているのだろう。

 ユーザは良くも悪くも素直だから、ぺらっと喋りそうで怖いんだろう。


「なあ? 魔眼って何だ?」


「魔眼ってのは、簡単に説明すると膨大な魔力を秘めた宝石みたいな眼のことだ。モノによっちゃあ特殊な能力もあるらしい」


「へえ……」


 確かに綺麗な眼をしてると、ユーザは少し惚けた反応。


「リーウェンさん!」


「それであの褐色の姉ちゃんは、クレアからその目玉を引き千切って、巨額の金額を手にするつもりだったんだよ」


 それを聞いたユーザはクレアをバッと目を見開いて見ると、フェルトが言ったことを理解したのか、そのすぐそばにいるアーディルを指差す。


「はあ!? ふざけんじゃねえぞ! 人の目ん玉取って金にするだって!? この人でなし!!」


「……」


 この素直な反応にエメローラは呆気に取られる。


「なっ? コイツに話したって大丈夫だろ?」


「え、ええ」


「つーことだ、ユーザ。クレアが魔眼持ちだってバレると今回みたいな件をまた引き起こすことになるから、絶対喋るなよ」


「おう! 当たり前だ! 母ちゃんからもらった身体をそんな感じで引き裂くなんて許されることじゃねえ!!」


 だがそんな正当な意見も金目当てしかないアーディルに届くはずもなく、現実をわかっちゃいねえなぁと冷ややかな視線を向けている。


「フェルト君……やっぱり君は……」


「まあ、初対面の俺の目の反応を見て、ちょっとピンと来ただけだ」


 フェルトはクレアに直接魔眼持ちだと話してはいないから、やはりわかっていたということには驚いた反応をしている。

 正確には【識別】で知ったことなんだがな。


「ガキが。現実はてめぇらが大好きな英雄譚とは違うんだよぉ! 今回、ここに忍びこんだのだって、正義感とやらに駆られたからなんだろ?」


「だったらどうした?」


「くくく……。そんな無鉄砲に行き当たりばったりな行動をしてるから、こんな状況になってんだろうが!」


 アーディルのご指摘通り、フェルト達は確かに敵に囲まれ、クレアを人質に取られている。

 別に行き当たりばったりではなかったのだが、やはり予定通りには事は運ばない。

 本来、クレアもエメローラも救出組(むこう)が救い出す予定だったのだから。


「確かにアンタの言う通り、俺達は大ピンチだ。否定はしねーよ」


「はっ! 開き直りやがって……」


「だがな、こんなクソガキにここまでやられてるアンタも程度が知れるってもんだ。大したことないんだな」


「ぁあっ!!」


 少し挑発してやっただけで、簡単にキレそうになっている。

 沸点が低そうだ。

 ここまで来るまでに暴れ回ったかいがあったというもの。

 いくらブラックギルドと呼ばれるほど、狡猾で悪名高かろうが、名も知らないガキにアジトをしっちゃかめっちゃかにされた後にそう挑発してやれば、冷静さを欠いていくというものだ。


 更にここでアーディルのプライドを削いでいく。


「だってそうだろ? 俺達がどうしてここにいるのかわかってんのか? それはアンタがバレないように攫った方法を俺が見抜いたからだ」


「!」


「天候状況を見て、ステルスのかかった飛空艇が見つかりにくい環境を選び、情報を流していた潜入員は通信用の魔石で合図と同時に召喚魔(ダミー)を放ち、陽動。あらかじめ情報を仕入れていた標的の施設の上空に停留し、窓から侵入し、貴族嬢達を攫って、そのままトンズラ……だろ?」


 アーディルは片目をヒクヒクさせて、見抜かれたことに苛立ちを覚えているようだ。


「こんな子供騙しな手、本来なら騎士達でも超簡単に見抜けるだろうが、お前達は姫殿下を攫うという機会を逃さなかった。姫殿下を攫うことで、騎士達の焦燥感を煽り、冷静な判断より早期的な対応を促すよう仕向けて気付かれにくくした。玄関のあの痕跡はわざとだろ?」


 すると予想外の返答が返ってきた。


「……確かに玄関の痕跡はダミーだが、姫殿下を攫ったのは偶然だよぉ」


「へ?」


「……らしいですよ。わたくしにもそう説明していました」


 ふ、深読みし過ぎた!?


 ちょっとシンっとなった空気が広がるが、


「ん! んんっ!」


 咳き込んで誤魔化した。


「ま、まあとにかくほとんど当たってるんじゃないか?」


「そうだな。お前が深読みした部分に関しては、こちら側の幸運だったということだ」


「――そこは掘らんでいい!」


 挑発に加えて、犯行方法まで自慢げに話してやれば、かなり神経を逆撫でできると考えていたのに、妙な深読みのせいで、アーディルは多少冷静さを欠いた程度に収まっているように見える。


 とにかくボスであるアーディルが冷静で居られるのは困る。


「だからさ、お互いにこれ以上消耗するのも良くない。取引しないか?」


「取引だぁ?」


「ああ。そのクレアを引き渡してくれたら、俺達こっから飛び降りるよ」


「――はあ!? フェルト、何言ってんだ!? そんなことしたら死ぬぞ!?」


 そんなことは言われなくてもわかってる。

 本気でするつもりはない。


「はっ! お前馬鹿か? ここはアタシのアジトだ。追い込まれてるお前達の取引を誰が聞くか! 飛び降りるならてめぇらだけで飛び降りな」


「バッカ! こっちはそもそも盗られたもん取り返しに来たんだ。盗られたクレアを取り返さなきゃ、話にならん」


 するとアーディルは同族でも見るかのように笑う。


「なるほどな。お前は何か? この女をたらし込んで、私同様、目ん玉ひん剥くつもりなんだろ?」


「馬鹿言ってんじゃねえ! フェルトがそんなことするかよ!」


「じゃあ何でそのガキがこの女が魔眼持ちだって知ってるんだ? 魔眼持ちは希少価値が高いことやアタシ達みたいな連中がこぞって狙うもんだから、情報に関してはかなり制限してるはずだぜ。……そのガキの腹の内もわかったもんじゃないなぁ!!」


 エメローラが心配そうにフェルトを見るが、


「――っざけたこと抜かしてんじゃねえ!」


「!」


「さっきてめぇが言ってたろ? 正義感に駆られてってさ。俺はそういうバカだ」


 ユーザの言う通り、そんな気などさらさら無い。

 魔眼よりも強力な『大罪の神器(義眼)』を持ってる。

 そんなもの必要ない。


「魔眼を持ってようがなかろうが、その女を助けに行くさ。そう約束したからな」


「……!」


 フェルト自身、まさかこんなに早く約束を実行するとはさすがに思ってなかった。


「仮に魔眼目当てだったとしても、命まで賭けようとは思わないね。……命あっての物種だ、俺は命を金に変えたりしないし、命の価値を金で判断もしない。命や人生は心で応えるもんだ」


 フェルトは前世の死から学んだ。

 死んでしまえば、物、金、友人、恋人、家族……そして、自分の身体さえも、全てを置いていかねばならない。


 イミエルの元へたどり着いた時、驚くことの方が多かったが、やはり両親についての後悔は簡単に浮かんだ。

 ただただ申し訳ないと。


 そしてマルコ神父(先生)が教えてくれた、命を賭しても守るべきものがあるということ。

 それは決して権力や金のためじゃない。

 自分が想う人のために捧ぐものがあるのだと。


 勿論、あの自己犠牲が正しかったかは別問題だが、それでもフェルトは、マルコ神父(先生)の生き様が、最後の選択が悪いものではないことくらいわかる。


 マルコ神父(先生)が死んで、残されたフェルト達には暗い影を落としたが、死んだ者の想いを汲み、強くいさせてくれたことも事実だ。


 フェルトの場合は情けない話、マルコ神父(先生)の一押しがなければ、あのまま塞ぎ込んでいた気もする。


 だからアーディルがいくら綺麗事だの、英雄譚だのと馬鹿にしようがそれを曲げる気はない。


「俺はマルコ神父(先生)の意思を踏み躙ったりしない。俺は俺らしく、正しいと思う道を貫くだけだ!」


「――っ!! だよな! フェルトはそんな悪いことなんて絶対考えない! あったり前だろうがぁ!!」


 嬉しさのあまり、ユーザはフェルトの背中をバンバン叩く。


 だがやはりアーディルには一切通じない話のようで、


「はっ! ガキ臭いしょーもない話だ。いいか? 現実ってのは、お伽話や英雄譚みたいに上手くいくわけじゃねえんだよ!!」


「はっ! 馬鹿言ってんのはてめぇの方だよ。てめぇらみてえな犯罪者が抑止される社会はどこにだってある。必ずどっかで捕まるように世界は回ってんだよ! しょーもない商売してねぇで、とっとと年貢を納めちまいな!」


「そうだ! そうだ! ここに来るのに連れて来てくれた先輩達が、騎士達を連れて来る。お前はもう終わりだ!」


 ユーザの言うことは正しいが、時間がかかり過ぎる。

 だが、アーディルにはその一言だけでも十分抑止できる話だろう。


「チッ! あのグリフォン部隊か……!」


 するとここでアーディルが何かに気付く。


「はーん……」


「? どうした?」


「いや、お前の本当の狙いがわかった」


「あん?」


 いきなり何か言い出した。

 フェルトの狙いは、はなから()()()()()()()の連中だというのに。


「時間稼ぎだろ?」


「……何で急にそう思った?」


 フェルト達が陽動であることは、アーディルから見ても見え見えだった。

 だが今、急に言い出すかことではないだろう。


「お前達は陽動、別動隊の連中が救出って話なんだろうが……」


 アーディルは辺りをチラチラと見る。


「救出の合図か何かを待っているのか……或いは脱出方法を探しているのか……。お前が飛び降りるって言ったのもそこだろ?」


「……」


「お前は確かにアタシ達の人攫いの方法を見破った。それは見事だったよ。だから脱出方法も飛空艇だから、緊急用の脱出艇があると踏んだ。違うか?」


「……」


 フェルトはひたすら黙り込み、エメローラ達も緊迫感を拭えず話を聞いている。


「その連中らが用意できるまでの時間稼ぎに、そんなくだらない話をしたんだろ?」


「さあ? どうだろうな」


「……くくく。なら、いい情報をやろう。この船には脱出艇は無い!!」


「「「!?」」」

「……」


「ど、どういうことです!? 脱出艇が無いなど……」


「お姫様よぉ。ここは違法奴隷商の船だぜぇ? このガキみたいな正義感振りかざしてやってくる連中は割といるんだ。そんな連中らに逃げ道なんか作るかよ!!」


「そ、そんな……。じゃあ……!」


「ああ。連行する時言ったよな? お前らはもう確実に奴隷コースだってさぁ!!」


 とはいえ、アーディルも咄嗟の脱出方法を考えていないわけでもない。

 まあそれはフェルトが既に()()()()()()()から覚えていないだろう。


「要するにはアレだろ? 乗組員全員に下級のワイバーンを使役させるよう、教育を施してあんだろ?」


「ほー。さすがだ、ガキ」


「下級のワイバーンなら召喚契約も量産も容易だろうしな」


「正解だよ、ガキ」


「ま! それは豚のマスクを統一して付けていたところから、見抜けたがな。それにグリフォンに乗ってた時もワラワラ出てきてたからな」


 そう説明してやると、ぺちんと顔を手で覆い隠す。


「あー……やっぱ、てめぇみたいな頭の回るガキは――大っ嫌いだよぉ!!」


 アーディルはかなりブチ切れたご様子に、フェルトは内心、いい感じで仕上がってくれたぜと喜ぶ。


「だがなぁ!! 脱出艇も見込めない! 別動隊が探しているだろう、王女もこのメスガキも――」


 グッとクレアを腕で引き寄せる。


「ここにいる! しかもてめぇらはもうここで終わりだ!!」


 確かにアーディルの部下に囲まれたこの状況からの脱出は極めて困難。


 だが……、


「! おい! てめぇら、何やってやがる!? そこを離れろ!!」


 フェルトはアーディルの背後あたりに声がいくように叫んだ。


「!? な、何っ!?」


 アーディルは辺りの気配にも気を配っていたことだろう。

 フェルトの一言で、背後の不意をつかれたと振り向く。


「――今だ!! クレア、奴の腕を噛めっ!!」


 その指示を叫ぶと、クレアはすぐにグッと力がこもっているアーディルの腕に思いっきり噛み付いた。


「――ぎゃっ!?」


 するとアーディルは思わず驚き、クレアを手放す。


「――飛び降りろぉ!!」


 それはある程度予期していたのか、既に飛び降りる体勢になっていたクレア。


「信じてるよ……フェルト君!!」


「くそぉっ!!」


 手を伸ばすアーディルだったが、触れることができず、クレアはフェルトの方へ落ちてくる。


「――きゃああああーっ!!!!」


「よっと!」


 クレアをナイスキャッチ。

 お姫様抱っこでお出迎え。


「……ったく。まさかこんな早く約束を果たさなきゃいけないとは思わなかったぞ」


「ボ、ボクだって別にわざとじゃないんだ……」


「わあってるよ」


 いつまでも抱えているわけにはいかないと、フェルトはそっとクレアを下ろした。


「ありがとう! フェルト君!」


 ニコッと明るい笑顔で礼を言われた。


「お、おう」


 ちょっと気恥ずかしい。


「――このクソガキぃっ!!!!」


「「!」」


 そんな風にいちゃついていると、上から怒号が聞こえる。


「てめぇ……!! 騙しやがったなあ!!」


 どうやら後ろに誰もいないことに気付いたらしい。


「はあ? よく考えろよ。こっからお前の背後が見えるわけねえだろ? ま、俺が透視の魔法でも使えれば話は別だが……残念! 俺は魔法がからっきしでね」


「ぐっ……! くっ……!」


 するとユーザまで驚く。


「えっ!? ケルベルトさん達は居ねえの?」


「お前まで騙されてんじゃねえよ。クレアを救うための演技だよ、演技」


 確かにフェルトはアーディルの推理に対し、わざとらしく無言を貫いたり、まるで背後から仲間が助け出してくれそうな雰囲気の叫び声と表情をしてみせたから、素直なユーザが騙されるのも分かりきってたこと。

 そこも利用させてもらった。

 その方がアーディルの想像も豊かになるというもの。


「あのアーディル(お山の大将)さんは、俺が無言を貫いたことで、気付かれたくないことを肯定してるように勘違いし、さっきの叫びもそれで勘違いしてくれたってことさ」


「……つまりあの無言は危機迫る表情に信憑性を持たせるための演技……」


「そ! さすが姫殿下。あんな高台からクレアを助け出すのは至難の業だったからな。クレアの方から来てくれないと、助けられないと思ってな」


 それを上から聞いているアーディルの表情は、怒り爆発寸前。


「だがまあ別動隊がいるのは本当だし、もしかしたら引っかかってくれるかなぁ、くらいは思ってたけど……」


 フェルトは小馬鹿にするように不敵に微笑んでアーディルにこう言った。


「何だよ。妄想にふけられるほど乙女チックで可愛いところもあるだな――アーディル()()()?」


 そのアーディルの額あたりに血管が浮き出て動いた。


「――舐めた口叩いてんじゃねえぞお!!!! このクソガキがぁああああ!!!!」


 堪忍袋の尾が切れたようで、凄まじい怒号が下の階にいるフェルト達のフロアに響く。


 これだけブチ切れるのも無理はない。

 アーディルは奴隷商として、成功者として活躍してきたはずだ。

 その戦術を見破られ、侵入を許し、目の前で取っていた人質を取られ、挙句にプライドを踏み躙る挑発まで受けた。


 しかもアーディルは女を奴隷にするなんてことから、おそらく他の女に対し、過小評価をしていたはずだ。

 自分は男に媚びるような弱い女ではないと。


 そこを舐めた口で女扱いされれば、見下していた女達と同じ扱いだと思ったことだろう。

 ブチ切れているのがその証拠だ。


 奴隷になっていった女と同じなんて言われたら、そりゃキレもする。


「てめぇらあ!! そのクソガキ共をぶっ殺せえ!! その生意気な赤髪はボロ雑巾になるまでズタズタにだ!! そこのメスガキ共も手足を折っても半殺しでも構わん!! ここまで連れてこい!! 死にたいと懇願するほどの後悔と恐怖を与えてやる!!」


 とにかく捕まえてやると、こちらを煽り散らすような言動を吐き捨てて指示してくる。

 豚マスク達も、今のアーディルに逆らうわけにもいかないと、襲いかかってくる。


「リーウェンさん! やり過ぎです! 彼女を怒らせてどうするつもりです!?」


「それが狙いなんですよ!」


 フェルトは何の策略もなく、とにかく早く捕まえようとする豚マスクを蹴散らしながら、エメローラに説明。


「えっ?」


囲まれた(こんな状況)アーディル()に冷静に対処される方がよっぽど厄介でしょうが! 頭に血が昇ってくれたおかげで、アーディルは的確な指示が出せない」


 高台にいて状況が見渡せるというアドバンテージを喪失させることが、そもそものフェルトの狙いだ。


「な、なるほど。それでいて、彼女の機嫌を見ながら襲ってくるこの部下達は、本来の力を発揮できない」


「ああ!」


 時間がかかればかかるほど、アーディルも豚マスク共も焦燥感と怒りに駆られ、こちらはどんどん優位になっていく。


「だからほら!」


 フェルトとユーザがある程度、無鉄砲に襲ってくる豚マスクを蹴散らしていたら、通路への道が出来た。


「おおっ! 通路が開いた!」


「ほら、行くぞっ!」


 フェルト達は開けた通路への道を一気に走り抜ける。


「しまっ――」


「何やってんだあ!! このクソ共があ!!」


 ――へっ! いつまでも喧嘩してな。


 通路に走り込めば、戦えないふたりがいたとしても、状況の回復が見込める。


 さすがにこれだけ時間がかかっていれば、向こうの捕まった女子寮連中も助け終わり、ヘヴンのことだ、陽動の音が静かになれば、異変だと気付いてくれるはず。

 そして【識別】で見たが、アーディルはフェルトが相手にできないほどの実力者でもない。

 状況の好転はいくらでもあり得る。


 そう考えながら、フェルトは一応逃げ込む先の通路に敵がいないか【識別】をする。


「!? ――止まれ!!」


 フェルトはエメローラ達に待ったをかける。


「きゃあ!? きゅ、急に止まらないでよ、フェルト君」


「そ、そうですよ! 後ろから追っ手が……」


「わあってるよ! だがな……」


 通路の先に【識別】で見た、めちゃくちゃヤバイ情報が入ってきた。


 それはかなりの魔力量と殺人歴を持ち、『死の芸術家(デス・アーティスト)』なんて、明らかにヤバそうな肩書きを持った男の情報だった。


「アッハハ……。随分、盛り上がってるじゃねえかぁ。なあ!? おい! アッハハハハハハハハッ!!!!」


 ――その名はシギィ。

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