01 女神からのお願い1
「はあ……綺麗だなぁ」
都会でこんな星が綺麗な夜空を見る機会があるなんて思ってもみなかった。
天の川ってこんな感じかと物思いに耽る目の前には、本当に都会とは思えない星空がどこまでも広がっている。
辺りはどこまでも暗く、しかし眩ゆいほどの星々がその夜空を彩り、輝いている。
山奥の中にある開けた場所から覗く星空に見えた。
吸い込まれるような星空ってのは、こういうことを言うんだろう。
眺めれば眺めるほど、あの星達が声をかけてきている気がしてならない。
チカチカと点滅するように光るさまは、まるで語りかけているようだった。
『ほらぁ、君もこっちへおいでよ』
『君もこちら側だろ?』
『さあ、真っさらになって生まれ変わろう!』
彼は本当にそう聞こえてきた。
自然とあの星々と同じだったような気がしてきた。
いや、そうに違いないと何やら根拠のない自信まで湧いてくる。
「…………よし、行くか!」
「――行くなっ!!」
彼はガシッと何かに鷲掴みにされた。
振り解こうと暴れてみるが、掴まれたまま身動きが取れない。
「ちょっ!? 急に何しやがる!? 離せ! 俺は行かなきゃいけないんだ!」
「行っちゃダメだから止めてんでしょうが!!」
彼を鷲掴みにしているのは、キトンの上にヒマティオンという布を羽織っている、さながら古代神話に出てくる女神みたいな格好をした少女だった。
「何で行っちゃダメなんだよ? 俺はなんかこう……アイツらと一緒になれる気がするんだよ」
彼は黄昏ながらそう語ったが、
「いや! だからそれがダメだって言ってるでしょ! そりゃ、ここはそういうところだけど、貴方にはそうなってもらっちゃ困るの!」
この女神の格好をした少女は何やら意味不明なことを言いながら全力で止めている。
そんな中、視界に映る星達は、チカチカと光輝きながら応援し続けている。
「ほら、アイツら、めっちゃ呼んでる」
「呼ばれてたらマズイって言ってんでしょ!!」
すると、さっきから鷲掴みにして離さない少女は何やら指を鳴らして鏡を出し、突きつけてきた。
「ほら! 貴方の姿、おかしいでしょ?」
鏡に写っている彼の姿は光の光球。
だがしかし、彼は特に違和感を感じなかった。
「いや、普通だろ?」
「貴方は人間! 死んだからここにいるの! オッケー?」
この少女は彼が人間だったと言い、死んだとも説明した。
「は? 俺が死んだ? そんな馬鹿な。俺は最初からここにいるだろ?」
勿論、彼はそんなこと信じられるわけがなかった。
記憶は無く、目の前にいる星々と同じ姿をしていたため、星だったに違いないと自信さえある。
だが少女は――コイツ。早く何とかしなきゃダメだ。みたいな馬鹿にしたような呆れ顔をしている。
「おい。その顔、止めろ」
彼が腹を立てている中、少女は鷲掴みしていた手を離した。
「とにかく! 生前を思い出して下さい。そうすれば正気に戻るはずです」
少女は生前とか、わけのわからないことを言い始め、
「ほら、早く」
半分投げやりな感じで思い出すよう促された。
「わあったよ。 えっと……」
彼はしょうがないからと、この少女の遊びに付き合ってやることにした。
一刻も早く納得させて、あの星達と一緒にゆっくりと流される生活を送りたいということで、彼は全力で考えてみることにした。
すると、
「ん?」
何やら情景が浮かんできた。
「おっ? 何か思い出してきましたか?」
「あ、ああ」
本当に朧げだが、何か頭に浮かんでくる感覚があった。
彼はその微かな記憶に縋るように、辿りながら口にしていく。
「俺の最後くらいの記憶……? 夜道を歩いてるな」
思い出したのは真夜中の景色。雪が降るほど冷えていた覚えがあった。
「ふんふん」
「うーん……おっ? あっ! そうそう。夜食を買いに行ったんだ」
「ふんふん。それで? 夜食は何を買ったんです?」
何やら少女は思惑通りになっていると楽しげではある。
確かに彼には何か忘れていることがあるようだったと気付く。
「えっとな、確か……雪も降ってきて、寒かったから、ホットココアと肉まんをコンビニで買ったんだ」
「ふんふん。良い調子ですね」
寒さを感じてた記憶と歩道も所々凍っていて、気をつけながら歩いてた記憶、それに悴んだ手を擦り合わせていたことも思い出した。
少女の言う通り、人間だったことを思い出す。
「そして俺は買った後、ホットココアで手を温めながら帰宅しようとしたんだけど……」
「だけど?」
「横断歩道に差し掛かった時、結構遠くからトラックが来てたんだよ」
「あー……」
少女は彼よりも先に何かに察したような含みある返事をする。
「まあ、夜間点滅してたから、ちゃんと確認すれば、渡り切れると思ったから渡ったんだよ」
「それで……」
「渡り切ったんだよ」
「渡り切ったんだ」
予想していたのとは違ったようで、少女は少し驚いた様子を見せる。
彼は確かに夜間の横断歩道は危ないが、車の確認さえちゃんとすれば問題ないだろうと考え、その少女の驚きに疑問を持った。
そして、どんどん記憶が鮮明になっていく。
「そしたら何故か、そのトラックが俺に向かって近付いて来てる気がしたんだよ」
「ほうほう」
雲行きが怪しくなってきたと、身を乗り出すような感じで少女は聞き入る。
「そしたら……」
彼はスリップしながら、自分目掛けて突っ込んでくるトラックの情景が目の前に広がり、
「――うおおおおおおおおっ!?」
思い出された記憶に驚いていると、ブツンっとブラウン管テレビの電源を落とした感じで、記憶が途絶えた。
「おおおおっ!? えっ? えっ!? な、何!? 何が起きて……!?」
酷く動揺する彼を見て少女は、やれやれとほくそ笑む。
「やっと思い出されましたか?」
「思い出したわ! ていうか、今の何!?」
「記憶のフラッシュバックでしょう」
「死ぬ直前の記憶のフラッシュバックって、鬼畜かお前は!? 今、ブツンって!? ブツンって意識が消えたぞ!!」
「周りの魂に干渉を受けて、人間だった時の記憶が曖昧だった貴方が悪いんです。仕方ないでしょ」
「周りの、魂……?」
彼は改めて周りの星々をキョロキョロと見ていると、少女は「ほれ」ともう一度鏡を突き付けてくる。
そこに写っていたのは、全く記憶に無い自分の姿、光球だった。
「おおおおっ!? なんじゃこりゃあ!? ええっ!? あれ? お、俺の身体? あれぇ!?」
さっきも同じように見せてくれたはずなのにと驚愕する彼に、少女は満足げな顔をして鏡を引っ込めた。
「ようやく正気に戻ってくれたようで何より」
それが正常な反応ですよと、嬉しそうに頷いているが、彼は嬉しくも何ともなく、この異常事態に文句を唱える。
「おい! 俺はどうなったんだ?」
「記憶と理性を取り戻したならわかるでしょう? 死んだんですよ」
「マ、マジ……?」
「本気」
だがそう言われてみれば納得せざるを得なかった。
突っ込んで来たトラックの運転手が危機迫る表情をしながら、ハンドルを切ってる姿を何故か鮮明に覚えている。
彼はぶつかった先は壁があったことも思い出した。
すると彼の血の気がサァーっと引いていく。
「お、おい。もしかして、俺って……」
「まあ私も貴方の記憶を見た限り、そこで記憶が終わってますから、推測でしか言えませんが――潰れたトマトみたいにぐしゃと潰れたんじゃないです?」
「つ、潰れ……」
そんなところを想像するだけで身の毛がよだった。
「――っていうか、そんなこと笑顔でサラッと言うな!!」
「まあまあ。死んでしまったものは仕方ありませんし、良いじゃないですか」
「良いわけあるか!! 俺、死んだんだぞ!? いや、せめて死ぬにしても、もっと普通の……」
「そうですか? むしろ即死の方が楽じゃないです?」
「――即死とか言うな!」
そうツッコミながらも彼は、あの記憶通りなら確かに即死だっただろうと納得した。
だが、たとえそうだとしても随分、物騒な発言をする少女だと、多少の不快感を覚えたりもしている。
「病気で苦しんだり、貴方のように交通事故にあって、下手に意識がある方が凄惨じゃないですか?」
そうを言われてしまうと、その方が良かったのではと納得してしまう。
その意識の中で流れ出る血液、酷ければ内臓まで見えてる可能性があることを考えると中々、ぞっとしない。
「た、確かに……」
「まあどちらにしても運が無かったですね。おそらくはブラックアイスバーンによる交通事故ですね」
「路面凍結ねぇ……」
車を運転できない男子高校生である彼ですら知ってる単語だった。
父がよく冬場の運転中――この時期の運転は嫌になるなと、この単語と共にぼやいていたのを覚えてる。
「記憶がいやに飛んでいたのも、その事故が原因じゃないですか? 死んだということがわからないほど、あっさり死んだみたいですし……」
「――あっさりとか言うな!」
まるで彼がマヌケみたいだと言う発言に、素早くツッコミを入れたが、それだけの衝撃を受けて死んでしまえば、記憶が飛ぶことにも説明がつくとも考えた。
「ところで……」
「なんです?」
「お前、誰?」
彼がそう尋ねると、ようやくですかと少し拗ねてみせた少女は、こほんと軽く咳き込み、名乗る。
「初めまして、私の名前はイミエル。この輪廻の間を任された女神です」
自分を女神だと言い張った。
格好を見れば、確かに女神に見えなくもないが、どちらかと言えば女神の使いに見える少女。
「……今、お胸を見ましたか?」
「いや」
光球である彼に勿論、目玉はついていない。
しかし、しっかりとこの景色やイミエルの姿を確認できることを考えると、目玉以外にも視覚することができるようになっているようだった。
だが女神と言うならば、もっと美人のお姉さん系だと考える彼だが、どう見てもイミエルの容姿はかけ離れている。
「女神にも色々いるんですよ! 必ずしも、背がスラーの、ぼんっ、きゅっ、ぼんっであるとは限らないんですぅ!! それにおっぱいは形ですよ、か・た・ち。でかけりゃいいってもんじゃないですから!」
ふんぞりと胸を張るが、形を自慢するにしても平均もないようだ。
「俺、何も言ってませーん」
「言っておきますけど、私は貴方の心を読むことができるんですからね! 私の容姿について思うことがあることは見破ってますよ」
「女神だから人間の魂を読むなんて造作もないってわけだ」
せこ。
「――せこくありません!」
本当に読めるようだ。
「それで? 輪廻の間って?」
彼はこの星空を眺めながら尋ねると、さっきまでの問答に文句が言い足りないイミエルが、不機嫌そうに答える。
「まったく……。輪廻の間というのは、迷える生物の魂を管理、浄化する場所です」
「浄化?」
「正確には迷いを真っさらなかたちにして、新たな生命として、私達が管理している世界に生まれ変わらせるということです」
彼は、要するにここは輪廻転生を行なう場所なのだと理解した。
この女神イミエルは、それの管理を任されていることも。
「だから俺の魂もこの場所に呼び出されたわけだ」
「まあ、そうですね。半ば十七で亡くなれば、迷いも未練もあることでしょう」
十七歳で死ぬのは、さすがに早く、これからの人生のことを考えると、現代世界でやれることが全てできなくなるの正直つらい。
それに両親より先に死ぬのも、なんだか申し訳ないと彼は少し凹んだ。
「ん?」
すると彼はあることに気付く。
「おい、女神様」
「イミエルでいいですよ」
「じゃあ、イミエル。ここが輪廻の間なら、俺があの星々になっても別に問題なかったんじゃないか?」
死んだ魂が還る場所と言ってもいいはずの場所。
つまりは、彼の記憶が飛んでいたとはいえ、放っておけばよかったことじゃないかと気付く。
するとイミエルはとんでもないことを口にした。
「貴方がこの世界の魂なら、放っておいたでしょうね」
「は? どういうこと?」
「貴方は別世界の魂だと言うことです」
「――はあ!? 別世界!?」
彼はてっきり現代世界かと思っていたが、どうも違うらしい。
「貴方にとっては別に珍しい話でもないのでは? 一時のブームは過ぎたとはいえ、異世界転生モノを読んでないわけでもないでしょう?」
イミエルの言う通り、異世界転生モノのを読んでないわけではなかった。
彼は自粛期間の間の暇つぶしに、結構読み漁った覚えがある。
というより、別世界だと言ってるイミエルが何でこっちのブームの話ができるんだと疑問に湧いた。
「まあ私達からすれば珍しい話なんですよ。貴方のように異世界の魂が迷い込んでくることがあるんですよ。たまーにね」
「それで助けたと?」
「まあそうですね。実際、暇なんですよ私。私、心を読めると言いましたが、記憶も覗くことができまして。それを閲覧するか、これを星空と堪能するか、下界を覗くかくらいしか、やることがなくて……」
彼はイミエルの愚痴を聞かされた。
この覗き魔女神がブーム、ブラックアイスバーン、交通事故とかの現代の単語が出てくるのは、彼の記憶を覗いたことで学習したわけだと理解した。
するとそう考えていたのがバレたようで、
「覗き魔とは失礼な! 私、女神ですよ! め・が・み!」
「へいへい。それで? 俺はお前の暇つぶし要員として喋り相手にでもさせられるのかよ?」
イミエルはその返答に首を横に振ると、ニコッと笑って子首を傾げる。
「異世界転生に興味、ありますよね?」
「……ないな」
「そうですよね。勿論――ないの!?」
まるであるのが当たり前みたいな返答からの切り返し。
「えっ!? 無いんですか?」
「いや、寧ろ何であると思ったんだ?」
「だ、だって今までの人達は大体、喜んでたから……」
たまーに来ると言ってたことを踏まえれば、当然の反応だろうか。
他の者達の反応と違ってたら、そりゃ驚くかと思う。
「いや、よく考えてみろよ。俺みたいな現代世界の一般的な男子高校生が……魔法と剣の世界だろ?」
意見を言う前に確認を取る。
「はい。正確にはもうちょっと進んでいる世界ですよ。汽車とかも走ってますし……」
イミエルは、かなり文明的には進んでいる世界なのだと話す。
「それでも魔物とか悪い魔法使いとかいるんだろ?」
「まあ……」
「そんな世界で俺が器用に生きていけると思うか?」
「思いますよ。ほら、転生するわけですから、赤ん坊からですし、前世の記憶が残った状態なら、順応性も高いでしょう?」
やはり転生させるつもりだったようだ。
彼はテンプレ展開だと思いつつも、興味が無いと言ったら、実際は嘘である。
知らない世界に踏み出すことはワクワクするのは事実だが、無視してはならないことがある。
それは生きていけるかどうかだ。
「ちなみに訊くんだが、俺以外にも別世界の魂の連中は来たんだよな?」
「はい。貴方と同じ世界から来た人から、更に別の異世界の魂の人も何度か……」
「別の異世界!?」
「そりゃそうでしょ。貴方の世界からのみ来るなんて、都合の良いことがあります?」
彼以外の世界があったって不思議ではないという言い分には納得した。
さすがの彼も異世界転生モノのを読み過ぎたかと反省。
ちなみにその別世界の魂の方々も、魔法と剣の世界から来たと語る。
「ですからご安心を。貴方の世界のことについても大方、理解してますから」
「頼もしい限りで。それで、俺の世界から来た人数ってどのくらい?」
「十六人くらいですかね?」
「――多いか、少ないかわからん数字を出すな!」
「少ないですよ。貴方の世界の生物の死亡数から十六人だけですよ? 人間、虫、動物など毎日どれだけ死んでるか把握してます?」
「し、してねえよ!」
それだけの生物の魂から十六人と考えると確かに少ない数字だ。
この星々達も人間だけじゃないと理解できる。
「ちょっと話が逸れたが、俺と同郷の連中は異世界転生させるって聞いて、なんて答えたんだ?」
イミエルの反応からすると、今までも誘っていた傾向が見受けられる。
「――喜んで!」
「馬鹿か、そいつら」
彼は呆れて、脊髄反射的に反応してしまった。
「どうして馬鹿だと? 別に憧れに喜んでもいいのでは?」
「確かにそうだが、現代世界と剣と魔法の世界じゃ、勝手が違うだろ? 憧れだけで判断するほど俺は馬鹿じゃない」
彼はちゃんと物事は考えるべきだと、ふよふよと回りながら、前任者達を説教する。
ましてや中には、異世界転生モノを鵜呑みにして――超ゆるゆる異世界チートハーレム物語が俺を待ってるヒャホーみたいな、頭の中がお花畑でいっぱいの上に、妖精まで飛んでる阿呆がいただろう。
現代だろうが異世界だろうが、現実はそんなに甘くない。
するとイミエルは、珍しそうに尋ねる。
「慎重なんですね」
「これが普通だろ? どうせそういう連中らは冒険者にでもなって自由気ままな生活でスローライフとか、現代知識を持ってすれば何とかなるとか安易な考えだったんじゃないか?」
「まあ……そうじゃないですかね?」
やはり間違いないと確信を持った返答を貰った。
どうせこの女神様に言われて――異世界転生ですよね!? とか言ってはしゃいでたタイプのヤツらばかりなんだろうな……。
彼は影響受け過ぎだろと、呆れ果てる一方。
「冒険者になった場合、全て自己責任になるんだ。そんな甘い考えの奴らが、そこまで依頼してきた人間に対し、責任を持って仕事ができるとは思えないし、そんな安価に信用も得られないだろ」
「は、はあ……」
彼はあまりの前任者の楽観ぷりに、呆れるを通り越して怒っている。
どうせ影響を受けた連中は、異世界スローライフなんかを見て――神様から貰ったチートを遊び感覚でやったら出来ました! みたいな、小説家が話として書くに都合の良いのを魔に受けたに違いない。これを混ぜれば、出来ました! 上手くいきました! 信用されました! は、異世界スローライフの常套手段であり作り話。冒険者になっていきなり高ランクの魔物と遭遇、でもチートスキルで難なく倒しましたも作り話。現実、そんな甘くない!
すると今度はイミエルが可哀想な人でも見るかのように尋ねる。
「あの……人生楽しいですか? 夢やロマンも大切ですよ?」
「う、うるさい」
彼は心外だと、少し気恥ずかしくツッコんだ。
だが彼もあまりに前任者達が阿保過ぎて、文句ばかり出ただけだったりする。
「と、とにかく俺は異世界転生しないからな」
「うーん……でもした方がいいと思いますけどね」
「は? いや、だから……」
「言い分はわかってますが、そもそも貴方は元の世界には帰れませんから」
「……は?」
「いや、ここは貴方の言う剣と魔法の世界とやらです。貴方の世界の理とは外れた世界。つまり、この輪廻の間の輪に入ったところで、結局、私達の世界に行くだけですよ」
「なっ!? てことは……?」
「はい。貴方の選択は記憶の有無くらいで、転生は決定事項ですよ」
「そ、そうか……」
光球である彼は、へなへなと蝿虫が殺虫剤にやられたように落ちていく。
つまり俺は阿保共と同じ末路を辿らにゃならんわけか。
彼は観念したように、げんなりした気持ちになった。
「元の世界に帰りたければ、貴方のトラック事故みたいに衝撃のある死に方をし、天文学的確率を引き当てるしかないですね」
そうやってこっちの輪廻の間に飛んで来たわけだから、そうなるだろうとイミエルの説明に納得。
他にも彼が住んでいた世界以外があるとイミエルが明言してるし、そもそも死んでも異世界に飛ばされる確率が低いため、ほぼ、諦めるしかなかった。
「それで? 異世界人である俺に何の用があるってんだ?」
逃げ場が無いなら、いっそのことと、彼は開き直って受け入れることにした。
戻れるならまだしも、天文学的確率とまで言われると本当に諦めもついた。
「そ、それはまあ……その、頼み事があるんですよ」
もじもじと申し訳なさそうにしている様子から、なんだか頼みづらそうな用件のようだ。
彼はと女神からの頼みってのがまた胡散臭いと考えたため、少しブラフをかけてみることにした。
「それって異世界スローライフでよくある、地球では魔力がふんだんに余ってるから、こっちの世界にお裾分けできるように、パイプ役になって欲しいとかいうやつ? その条件でチートライフ、オッケーとか?」
「そ、そうそう! そんな感じです!」
「――そんなわけないだろ」
イミエルがギクリと反応する。
彼はそんな都合の良いことではないと察していた。
「お前、最初に言ったよな? 俺は迷い込んできた魂だって。それだったら俺の意見はまかり通らないのよ」
「そ、そんなこと……」
「それにだ。そもそもそんな簡単な条件でチート能力を得られる方が人生舐めてるだろ! タダより安いもんはねえ!」
都合の良い話にはとことんツッコむ彼。
新たな世界に生まれ変わる条件にチートってのが、人によってはプラスしかないというか、ほとんどの奴がプラスだ。
マイナスになる奴は、現代社会で成功を収めたにも関わらず、異世界に飛ばされるなんて奴くらいだろう。
そんな話を聞いたことがない。
そんな甘い汁だけの世界があっていいわけがない。
「じ、人生楽しいですか?」
再び切なそうに尋ねられるが、
「――誤魔化すな! それで、本当の頼み事は何だ? ほら、言ってみろ」
彼の性格や考え方はともかくと一蹴した。
すると彼の用心深さに折れたのか、ため息を吐くと観念したよう。
「わ、わかりました。ちゃんと話しますから。そのかわり、ちゃんと最後まで聞いて下さいね」
イミエルはそう言い回し、彼はかなり危ない案件だと悟った。
内容によっては、記憶を持たずに生まれ変わった方が気楽に生きられる可能性があるかもしれない。
だが彼も言ってみろと言った手前、こちらも引けないので、
「わかった」
そう素直に答えるとイミエルは、パチンと指を鳴らす。
黒い空間の輪廻の間では目立つ、円形の白いテーブルと椅子を用意された。
するとそこに腰掛け、白いテーブルの真ん中に来るよう、手招きされた。
どうやらかなり長話になるようだ。
「貴方にお願いしたい内容、それは……」
「それは?」
「――世界を救ってほしいのです」