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大罪の神器  作者: Teko
王都編 消えた貴族嬢達
39/177

16 奴隷商飛空艇潜入 救出組サイド

 

「やれやれ。随分と派手なことだ……」


 ヘイヴン達は派手に陽動してくれているフェルトを横目に、空中の残ったワイバーン部隊を蹴散らし、船内への潜入に成功していた。


「そうだな。あれだとかなりの敵に囲まれるのではないか?」


「そうだね。でもフレンドのことだ、多分わかっててやっているね」


「なに?」


「こちらは無事だと知らせているのさ。逆にあの音が止むようなことがあれば、それこそ向こうに何かあったと見るべきだね」


 グエルはそこまで考えていなかったようで、ガルマは気の毒そうな表情を浮かべている。

 ヘイヴンはそんなに気にすることはないというのにと、ほくそ笑む。


「ヴォルノーチェ殿、そんな顔をしてはいけない。フレンドはわかっていて買って出たはずだ、それは彼らを信用していないことと同義になる」


「そ、そんなつもりは……!」


「それにこちらの救出が少しでも遅れれば、彼らが一番辛いめに遭うだろう。重要性はこちらの方が高いが故にだ」


「!」


 囮役というのは、別動隊で何かしらする際の犠牲要員。

 その別動隊の行動が掛かればかかるほど、囮役の身の危険が高まる。

 重要性が高いからこそ、冷静な判断と迅速な対応を求められる。


「彼らが本当に犠牲にならないためにそんな心配は、今ここで捨てていくといい」


「……わかった」


「君もね」


「……わ、わかった」


 するとミントがヘイヴンのことを少し呆れたように見てくる。


「それでもアンタは少し冷静すぎやしない? ちょっとは心配してあげなさいよ」


「僕だって別に心痛めていないわけではないですよ、蝶々さん。ただ、それだけ重要なことを僕らは任されてしまった。期待に応えるためには、彼らを信じてあげないといけません」


「……まあ、そう言われると、そうかも……?」


 しかし、ヘイヴンとしてはミントの気持ちにも応えたい。

 ヘイヴンはミントに安心してもらうべく、そっと手を握る。


「しかし、貴女のようは麗しの蝶々さんのお気持ちも汲んで尚、彼らの気持ちに応えることとしましょう。必ず、良き結果に導きますよう、尽力致します」


「わ、わかったけど……そんなことあたしに誓わなくても……」


「いえ! 僕は貴女の――」


「時間が無いんだろ、ケルベルト! 女を口説き落とそうとするのはお前の悪い癖だ!」


 ――おっと、僕としたことが。


 そう思ったヘイヴンは、スッとミントの手を離した。


「フッ……蝶々さん達に言葉を用意できないのは、男として罪深いことだからね」


「……お前は何を言ってるんだ」


「言葉を尽くし、蝶々さん達を安心して差し上げる……彼女達に必要なことさ」


「……はいはい」


 ガルマもフェルトするような呆れた表情をヘイヴンに向かってしたが、それでヘイヴンが懲りるわけもなく、開き直っている。


「ここまで送ってくれたこと、感謝します。すぐに避難を……」


「わかったわ。貴方達も気をつけて」


「ああっ! 麗しの蝶々さん達! 無事ご帰還できましたら――」


「お前はいい加減にしろっ!!」


 ガルマはヘイヴンの襟首を引っ張って激怒。

 ガルマの焦る気持ちもわからなくはないヘイヴンだが、目の前にいるエルマ達を見送ることも紳士の務めだと思う。


「そ、それで? どう探すんだ?」


「それは勿論、キーエンス君。君の出番だ」


「……えっ?」


「君は感知魔法が使えるだろう? 僕らも魔力の感知くらいはできるが、魔法使いの範囲(それ)とは違う。君は移動しながら感知魔法で攫われた蝶々ちゃん達の居場所を探してほしい」


「な、なるほど。わ、わかった」


 ガルマがまた呆れた表情をしている。


「なんだい?」


「いや。お前、まともな時とそうじゃない時の差が凄いと思っただけだ」


「そうかい? 僕はいつだってまともさ!」


 まともじゃない時ってのがわからないヘイヴンだが、褒められているのだろうと判断。

 だが、ヘイヴンの返答にガルマの表情が余計、落ちている気がした。


「ま、まあいい。俺より頼りになるのは事実だ。……お前は俺より優秀だからな」


 失敗が堪えるのはよくわかることだが、今はそれは本当に良くない。


「ヴォルノーチェ殿」


「何だ?」


「自分を卑下し、反省するのは後にしましょう。それにその発言は、信じて送り出してくれたフレンドに失礼だ」


「! す、すまない」


 ガルマの証言を信じ、ガルマの出してほしかった答えを出してくれたフェルトに、自分を卑下する発言はそれを無為に捨てるようなもの。

 とても許される発言ではない。


 すると瞬時に反省してくれたのか、両頬をパァンと自身で叩いたガルマ。


「フッ……気合は入ったかな?」


「ああ、すまない、ケルベルト。とにかく俺達はあの陽動がされているうちに、姫殿下とエルマ、攫われた貴族嬢と使用人の救出だな」


「ああ……」


 ただ問題となるのは、やはり転移石が足りるかどうかだろう。

 貴族嬢達の脱出用は勿論だが、ヘイヴン達が脱出するための転移石も残さねばならない。

 しかし、これだけ大きな飛空艇で、向かっている先はユクシリア大陸。

 港町に隣接している隣国は奴隷制度についてかなり盛んに行われていると聞き及んでいる。

 ヘイヴンの見立てが正しいならおそらく、少量(これだけ)の転移石ではおそらく足りない。


「……? どうした、ケルベルト?」


「いや……」


 飛空艇の周りに、脱出用の小型の飛空艇が用意されていない。

 侵入者に利用されないように、敢えて用意されていないのかと疑問に思う。


「今は進みましょう」


 脱出ルートは、貴族嬢達を探しながら探っていくこととした――。


 ***


「――サーチ! ……ダメだ。この辺りにはいない」


 グエルのサーチの範囲はやはりというべきか、あまり広くはないらしい。

 他の魔法使いを探す時間がなかったことも、グエルの技量を低いと見積もっているわけではない。

 でなければ、フェルトもグエルを連れていこうとは言わない。


 おそらくはこの飛空艇がステルスの発動のための術式を施した魔石があったためだろう。

 空から外観を見た際、飛空艇の外壁にいくつかの小型の魔石が埋め込まれていたことが確認できた。

 その影響から魔力の波紋のようなものが重なり、感知魔法のような魔法は阻害されてしまうのだろう。


 だがそんな原因もわからずか、グエルは酷く落ち込んでいる。


「すまない。もっと上手くやってみせるから……!」


「そんなに気負うことはないさ。それよりもあまり細かく連発されて、普段よりも早く魔力切れになる方が問題だ。君は救出の要だ、温存することも考えてくれたまえよ」


「し、しかし……」


「僕らだって、調べられないこともないさ」


 ヘイヴン達も魔力の感知はできる。

 扉一枚を挟んだ、向こうの部屋に何があるのかくらいは調べられる。


「そうだな、キーエンス。俺達はあまり魔法が得意ではないのだ、頼むぞ」


 少しプレッシャーを与え過ぎたのだろうか、少し表情が強張っているが、


「わ、わかった」


 グエルは深呼吸をして、冷静さを保ってくれた。


 そんなところへ、


「居たぞ!」


 豚マスク達が登場。


「貴様ら――」


 ヘイヴンは瞬時に近付き、


「ぐぶっ!?」


 彼らの喉元を剣で貫いた。

 ヘイヴンは陽動役(フェルト達)と違い、隠密の行動を求められる。

 下手な増援は呼ばせるわけにはいかない。


「対応が早いな、ケルベルト」


「フッ。このくらい、当然さ」


 するとグエルの様子がおかしい。

 顔が真っ青だ。


「大丈夫かい、キーエンス君? 具合でも悪くなったかい?」


 無理もない。

 ここは敵陣だ。

 緊張するなという方が無理だろう。


 だが返ってきた言葉は意外なものだった。


「こ、殺したのか……?」


「「!」」


「……慣れないかい?」


「あ、当たり前だ。人が死ぬところなんて……」


 まあこれも無理もないことかと、ふたりは思う。


「僕らがそれに対し、何事もなかった反応が怖かったかい?」


「……」


 無言ということは、それなりにヘイヴン達のことに関し、失望している節もありそうだ。

 随分とグエルは綺麗な世界で生きてきたようだ。


「僕らのような貴族は、ある程度こういうことには慣れているものさ」


 ちらっとガルマにも視線を促し、同意見かを問うと、


「そうだな。俺に関しては、姫殿下の護衛を任された時点で、人を殺す覚悟はできている」


「そ、そうか……」


 グエルのような平民から見た貴族の印象は、お金持ちの良い育ちを受け、平民を見下す生意気な存在だろう。

 だがそれは、あくまで彼らの印象であり、全員がそうではない。


 勿論、何も知らず、彼らの想像通りの貴族も大勢いるが、騎士となり、国のために人を殺すものもいれば、汚れ仕事を買って出る貴族だっている。


 人の立場とは一括りにできるものではない。


「僕らみたいなものは暗殺などもあったりするケースもある。身を守るためには必要なことだってある。君だって将来、王宮魔術師になるつもりなら、いずれ人を殺す機会も訪れるやもしれない」


「……そ、そうだな。すまない、僕の覚悟が足りなかったんだな」


 確かに貴族嬢達を攫った連中を気遣うのは甘いかもしれない。


「そんなことはないさ。むしろ人を殺すところを見て、そう感じ取れる方が普通さ。それを本当に忘れてしまうと、人では居られなくなるだろうね」


「俺達だって思うことがないわけではない。だが、躊躇えば殺されるのは俺達だ。自分の命を天秤にかけた時、こんな外道達とは比べるまでもないはずだ」


「それはそれでどうなんだい?」


「だがそんなものだろう。割り切るしかない」


 難しい問題だ。

 命を思うことは悪いことではない、むしろ良いことだろう。

 だが自分の命と比べる、その比べること自体が非情とも呼ぶ人もいるだろう。


「すまない。この話はもうやめよう。今の状況を考えれば、ふたりの行動の方が正しい。僕達はエメローラ姫殿下達を救いに来たはずだ。そのために必要というなら、やらねばならないんだろうな」


「……そうだね。彼らは敵だ。情けをかける方が向こうに失礼だと考えればいい。今はね」


「ただ……」


「ん?」


「貴族にも色々いるんだな。僕はてっきり腰抜けばかりなのかと……」


「威張り散らすだけで、何もできないと?」


「ああ! すまない! 君達のことはそう思っていない」


 だがそれに同意するように、ガルマがボソッと口にする。


「いや、お前の言う通りだ。本来、俺はそんな存在だった」


「!」


「姫殿下の護衛騎士に任命されたことに浮かれ、自分が姫殿下を守れていると驕り、今回のような事件が起きてしまった……。まったく、恥ずかしい限りだ」


「ヴォルノーチェ殿……」


「わかっている。だからこそ、フェルト・リーウェンは俺を信じ、挽回のチャンスをくれたはずだ。必ず助け出す!」


「そうですね。僕も頑張ります!」


 ふたりの気力も十分。

 これなら救出も難しくはないだろう。


 ただ懸念材料はある。

 この豚マスクのボスであるアーディルが、どこに居るのかが気になる。

 それともうひとつ、彼女には必ず護衛をつけると聞いてもいたヘイヴン。

 おそらくは同じブラックギルドの者と考えると、その者達と接触すれば、救出率は一気に下がることだろう。


「――サーチ!」


 今のところ、グエルのサーチから不穏な魔力を感じ取ってはいないようだ。

 まだ大丈夫だろうが、不安は拭いされない。


「! 居たぞ!」


「「!」」


「本当か!?」


「あ、ああ! そこの横道の端の扉の部屋だ。ただ――」


「わかった!」


 グエルの話を最後まで聞かずに、その指示された方へ走るガルマ。


「ヴォルノーチェ殿!」


「あっ! ま、待って……!」


 ヘイヴン達も後を追いかける。

 ガルマの必死な思いは、手に取るようにわかる。

 未然に防ぐことができなかった悔しさ、自分の発言が通ることのなかった虚しさ、フェルトに証明してもらうしかなかった弱さ、そして背中を押され、もう少しで救い出せるところまで到達できると焦る焦燥感。


 ガルマにとって、この事件は人生を左右することだろう。


 扉の前に立ったガルマはドアノブに手をかけた。


「――待ちたまえ! ヴォルノーチェ殿!」


「!」


 ヘイヴンはそう叫ぶと、ドアノブを回すのをやめてくれた。


「何故止める!?」


「罠への警戒心が疎かだよ」


「!」


「何故か、見張りがいない。先程襲ってきた連中か、はたまたフレンドの方に増援に行ったか知れないが、もう少し警戒すべきだ」


「! ……す、すまない。今日は謝ってばかりだ」


「別に構わないさ。君の気持ちもわからないではないからね。……キーエンス君。罠があるかどうか調べてほしい」


「わ、わかった」


 グエルがドアノブ近くで、罠探知魔法を使用していると、


「そ、その声は……ケルベルト様!?」


「!」


 どうやらヘイヴン達の会話が聞こえたようで、助けを待っていたとばかりのか弱い声が聞こえる。


「ああ。僕さ、ヘイヴン・ケルベルトさ。今、罠があるかどうか調べてから開けるから、少し待っていてくれないかい? 蝶々ちゃん達……」


 中から希望に溢れた可愛い声が聞こえてくる。

 これが罠でないことを祈りたい。


「あの……ケルベルトさん?」


「何だい? キーエンス君」


「『蝶々ちゃん』と呼ぶ時と『蝶々さん』と呼ぶ時があるようだけど、何でか訊いても?」


 不思議なことを訊くものだ。


「年下か年上で言い換えているだけさ! ちなみに一括りで呼ばなければいけない時は、等しく蝶々ちゃんさ!」


「「……」」


 そう答えたヘイヴンだったが、ふたりからどうでもよかったと言いたげな表情を向けられてしまう。

 だがヘイヴンからすれば、ここは割と大事なこと。


「……罠はないようだ」


「何故先程のような質問を?」


「ふと気になっただけだ」


「よし。じゃあ開けるぞ」


 ヘイヴン達は部屋の中の彼女達に扉から離れるよう指示すると、扉を思い切り開け、身構えて登場する。

 部屋を見渡すと、どうやら囚われた女性達だけのようだ。


「ケルベルト様ぁ〜!!」


「おっと」


 ヘイヴンに抱きついてきたのはチェンナだった。

 涙を流して助けを求め、縋るように抱きついてくるのは、男冥利に尽きるというもの。


「ごめんよ、チェンナ嬢。助けに来るのが随分と……?」


「ケルベルト様?」


「いや、何か臭う……?」


 おかしい。


 チェンナには何度かスキンシップをされていたヘイヴンだが、こんな妙な匂いはしなかったはずだと、首を傾げる。


「――!?」


「おや?」


「な、何でもありませんの!」


「そうかい?」


 何やら周りは苦笑いを浮かべているようだが、チェンナの赤面ぷりから、あまり詮索しない方が良さそうだ。


「お、お兄様ぁ!!」


「エルマ!!」


 こちらはこちらで感動のご対面。

 兄妹が身を寄せて抱き合っている。

 ヘイヴン達も連れて来たかいがあったと思う。


「ご、ごめんなさい、お兄様。私、役立たずで……」


「それは俺のセリフだ。お前にこんな辛い想いをさせてしまって、すまない」


 するとそんな美しい兄妹の再会を邪魔する輩がやってきた。


「なっ!? き、貴様ら!!」


 豚マスクの連中だ。

 ヘイヴンはすぐさま彼らを斬り捨てた。


「――ぶぐっ!?」


「無粋な真似はやめていただきたいね。……ん?」


 倒れた拍子に鍵がチリンと床に転がった。


「おい。それって……」


「ああ……」


 彼女達は全員、手枷を付けられている。

 おそらくそれを解錠するものだろう。


「ヴォルノーチェ殿。妹君の枷を外してあげるといい」


「感謝する」


 そしてここにいる全ての女性達の手枷が外された――。


「本当に感謝致します。ケルベルト様、ヴォルノーチェ様。それと……えっと……」


「えっと、グエル・キーエンスといいます」


「す、すみません! キーエンス様」


「まあ名前を知らなくても無理ありませんよ、ナルヴィア嬢。キーエンス君は平民ですから……」


 不満そうな表情をするグエルだが、平民である彼がヘイヴン達より名前が知れているわけがないのは当然のことだった。


「ふーん。ま、ケルベルト様についてきただけのおこぼれですわね」


「てめぇ……」


 キッと睨むグエルだが、ヘイヴンはそういえばグエルはチェンナの領地出身だったと思い出す。

 色々あるのだろうが、あまり女性を睨みつけるのはいただけない。


「そうだ、姫殿下は!?」


 辺りを見渡してもエメローラの姿は無い。

 それともうひとり、クレアの姿も無かった。

 エメローラはクレアとお泊まりをしていたと聞いている。

 いないはずがない。


「ごめんなさい、お兄様。姫殿下とクレアさんは別室に連れて行かれたの……」


「……詳しく訊いても?」


「は、はい」


 ヘイヴン達はエルマと寮内で一番の先輩にあたるナルヴィアから詳しい話を聞いた――。


「――なるほど。見せしめに、君達の抵抗を奪うために引き離されたわけだ……」


「……エルマ」


 ガルマからすれば、かなり堪える内容だ。

 エルマが鞭打ちに遭っていたなど、ヘイヴンも胸が張り裂けそうな気持ちだ。


 だがエルマは、


「だ、大丈夫だよ! お兄様、ケルベルト様! そんな怖い顔しなくてもいいから……」


 助けに来たガルマ達に心配かけまいと気丈に振る舞っている。

 だが、やはりガルマには耐えられない話のようで、


「ケルベルト。確か、ここのボスの名前はアーディルとかいう女だったな?」


「そうだが……?」


「許せん……! エルマにそんな酷いことをする奴を俺は――」


「落ち着いて、ヴォルノーチェ殿」


「ケルベルト! 貴様は……!?」


 ヘイヴンも可憐な蝶々ちゃん(エルマ)の羽を無作為に引き千切るような真似を、いくらやったのが蝶々さん(アーディル)であるとはいえ、許させることではない。


 唇でも噛み締めないと、ヘイヴンも冷静ではいられなかった。


「ヴォルノーチェ殿、君の気持ちもよく理解できる。しかし、忘れないでほしい。僕らの使命はここにいる蝶々ちゃん達を無事に家族の元へ返すことだ。いいね?」


「あ、ああ……」


 それに何より、ヘイヴン達に心配かけまいと振る舞うエルマの気持ちを踏み躙ることになる。

 それはいただけなかった。


 すると、そのヘイヴン達の張り詰めた空気をグエルが晴らす。


「それで? 家族の元に返すのはいいが、転移石が足りるのか?」


 正確には現実に引き戻してくれたというのが正しい。


 フェルトと言っていた悪い予感が的中した。

 やはりかなりの人数が攫われていた。

 ヘイヴン達が用意した転移石ではどう使っても足りない。


 ざっと見積もっても三、四十人はいるようだ。


「帰れますわよね!?」


「そ、そうだねぇ……」


 さすがに困ったヘイヴン。

 チェンナを含め、皆をこの転移石で返してやりたいが、返せるのはどんなに多くても、二十人ほどが限度。


「おい! あまりケルベルトさんを困らせるな」


「わたくしに指図するなんて無礼ですわよ、平民!! わたくしは貴族。この国に必要な存在なのですわ」


「何が必要だ! 領民から高額な税収を奪って、その金で好き放題している小娘風情が!」


「はあ? わたくしに貢ぐのは平民として当然の義務ですわ。感謝されこそあれ、憎まれ口を叩かれる筋合いはありませんわ」


「き、貴様ぁ……」


 グエルがチェンナを睨む理由がなんとなくわかった。

 しかし、グエルの言っていることが本当なら、然るべき対処がされるはずだが、それが行われていないということは、チェンナの父が上手く振る舞っているのだろう。


 そこも由々しき問題ではあるが、今必要なことは、


「チェンナ嬢、申し訳ない。貴女達は僕らと共に行動してもらう」


「ど、どういうことですの? ケルベルト様?」


 ヘイヴンは、面識のない他の囚われたお嬢さんの元へと向かい、そのひとりに転移石を全て渡した。


「こ、これは……?」


「これは転移石です、蝶々ちゃん。これで貴女の後ろにいる二十名ほどの蝶々ちゃん達を避難させてほしい」


「「「「「!?」」」」」


「ケ、ケルベルト様!? そ、そんな平民連中より、わたくし達の方が……」


「申し訳ない、チェンナ嬢。僕が転移石をもう少し持ってこれていれば、こんな苦渋の選択をすることはなかった。しかし、彼女達は僕らと違い、こんな状況に対する対応はできないと判断したんだ。どうか許してほしい」


「確かにな。彼女達が俺達のように教育を受けていたとは考えにくいが……」


 ガルマの視線の意味も理解はしているつもりだ。

 確かに学園区の寮生も、全員が戦闘が得意なわけではない。

 むしろ、不得意な者ばかりだろう。


「だが貴族であれば、平民のために立つのが務め。ならば優先されるは平民だろ!? なあ!? チェンナ(貴族)様ぁ?」


 そんな嫌味混じりなことを言うグエルに、チェンナ嬢は何も悪くないと思うヘイヴン。


「な、何を言って――」


「そうですね」


「!?」


「どうか皆さまはご避難下さい。わたくし達はケルベルト様と共に脱出致します」


 ナルヴィアはよく状況をわかっているようで、脱出を促した。


「ほ、本当によろしいのですか?」


「勿論」


 チェンナを除く、女子寮の皆は同じ意見のようだ。

 暖かく聖母のように見送ってくれるようだ。


「転移石の使い方はわかるね?」


「は、はい! ほ、本当にありがとうございます!」


「気にすることはない。ただ、ひとつお願いされてほしい」


「な、何でしょうか?」


 ヘイヴンは手早く手紙を書くと、それを転移石を渡した女性に渡した。


「その転移石の行先は王都。その手紙を騎士や衛兵にでも渡せば、君達を故郷に帰れるよう、手配してくれるはずだ。そして渡した者に伝えてほしい。必ず全員無事で帰ると……」


「……! わ、わかりました! 必ずお伝えします!」


 そして渡した転移石を複数のグループに分かれて使い、二十名ほどの女性達は姿を消した。


「あー……」


「チェンナ嬢。そんな残念そうにしないでおくれ。必ず、僕らが君を家族の元に返してみせるさ」


「は、はい〜。ケルベルト様ぁ〜」


 チェンナはとても素直な返事をした。

 言うことをちゃんとわかってくれるようだとヘイヴンは思う。


「そ、それで、私達はどうやって脱出を……?」


「情けない話だが、目処もついていない状況なのさ」


「「「「「ええっ!?」」」」」


 これだけの飛空艇なら、脱出用のモノが用意されていてもおかしくないはずだが、一向に見つかる気配がない。


「ど、どうするんですか……?」


「その方法については、姫殿下とクレア嬢を救出してからにしましょう。彼女達はアーディルというここのボスが連れ去っていったのですよね?」


「え、ええ」


「だとすればその移動中、あるいはアーディルの自室などで脱出ができる方法を見つけている可能性が高い……」


 確かにと一同は、安堵してくれているが、そう楽観視していい話ではない。

 下手をすれば全滅だ。


 最悪、ほぼ無理とされていた制圧まで考えた方が良さそうだ。

 救援を呼びに行ったアルス達は、どんなに早くても三時間はかかるはず。

 それまでここでやり過ごすというのは、危険かつ無理がある。


 エメローラとクレア、そして笑顔の娯楽提供者(やつら)の構成員と思われる人物が確かにふたりいないことを踏まえても、十人近くを守らなければならない。


 仮にフェルト達と合流できたとしても、救援が来るまで凌ぎ切れるかと言われると、かなり辛い印象が過る。


「とにかく姫殿下とクレアさんの救出が最優先だな」


「……お兄様」


「何だ?」


「私、何もできなかった。寮内でも、ここでも」


「……そうか。それは俺も同じことだ」


「そんなことありません! お兄様はこうして助けに来てくれたじゃないですか?」


「いや。ここに来れたのは、全てフェルト・リーウェンのおかげなのだ」


「あっ、お、お兄様を負かした……」


 その名を聞いて、先輩であるナルヴィア達やメイド達ですら、その名に覚えがあるようだ。

 平民出身者からは雷鳴の再来とまで騒がれていたからだろう。

 本人は嫌がっていたが。


「だから俺はフェルト・リーウェンが示してくれた答えに報いる義務がある。そのためには姫殿下やクレアさん、そしてここにいる皆を守り、連れて帰らなければいけない」


「はい! お兄様!」


 だがそんな意気込みを向けられている先のフェルトに、暗雲が立ち込めている予感が走る。


「どうやら本当に時間もないようだよ」


「どういうことだ、ケルベルト?」


「……少し静かになった」


「「!?」」


「おい! それって……」


 先程まで聞こえていた爆発音や構成員達の怒号の声が響いていたのだが、その気配が遠く離れていったようだ。

 単純に魔法玉の玉数を使い切ったこと、ワイバーンを制止させられてしまったことなどを踏まえると、陽動に限界が来たと考えられる。

 そして、その声が遠く聞こえなくなったことを考えれば、


「急ごう。姫殿下とクレア嬢を探し出す」


 おそらくフェルト達は追い込まれてしまった可能性が高い。


「ああ!!」


 ヘイヴン達は信じるしかない。

 彼らの無事を。

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