11 消えた貴族嬢 囚われた女子生徒サイド2
豚マスク達は小慣れた手つきで、エルマを吊し上げていく。
クレア達はそれを見ていることしかできず、怯える者がほとんどの中、エメローラだけはギッとまるで威嚇する獣のように鋭い眼光を向けている。
「おいおいおい。一国のお姫様がする顔じゃないぜ。手駒がひとり雌堕ちするだけだろ? 気にすんなって……」
「そんな悪趣味なことを許せるほど、わたくしの器量は残念ながら深くありません! これ以上、罪を重ねるようなことは――」
「はいはいはい。素晴らしいご高説を賜り、恐悦至極にございますぅー」
馬鹿にするような口ぶりをしながらも、黙々と準備が進み、アーディルはエルマの視界を布で遮り、奪った。
「い、今すぐにやめて下さい!」
「てめぇが生意気だからだろぉ? 大人しくしてりゃあ、痛い目に遭わずに済んだのにさ」
すると先輩寮生を中心に何とかしようと、注意を逸らそうとあの話題をぶつけた。
「で、殿下の仰る通りです。今すぐにやめて、罪を認めなさい。じきに騎士達が来ます。今までは上手くいったかもしれませんが、今度はそうはいきませんよ!」
先輩寮生の言葉に他の寮生も「そうだ、そうだ」と同意する中、アーディルの反応は意外なものだった。
ポカーンとした間抜けな表情。
だがこれはこちらをまるで馬鹿にしているかのような表情だった。
そして、その表情の意味はすぐにわかることだった。
「アッハハハハッ!! そうか、そうか。バルデルセンの騎士様は優秀か! そうですか、そうですか! アッハハハハッ!!」
「な、何がそんなにおかしいのです!」
「いやいやいや。ほんっとに優秀だよ、お前さんのお国の騎士様方は。おかげで……仕事が捗る捗る!」
「……は?」
説得できると思ったが、どうもそう上手くはいかないらしい。
正直、クレアも多少期待していただけに、この反応はキツい。
「お前さんらの騎士様はそりゃあちゃんと追っかけてるさ。ちゃんと確認してるよー」
「そ、それならそんな余裕ぶってる場合では――」
「待って、先輩さん」
「え?」
「ちょっと聞いてもいいかな?」
「何だ? ガキ」
「その言い方だとまるで追いかけているのを確認しているようじゃないかな? 例えば、ダミーを追いかけているのを確認したとか……」
「「「「「!?」」」」」
クレアも正直、そんなことは考えたくなかったが、自分達が置かれている状況の把握はしておかないとマズイ。
するとその悪い予感は的中する。
「アッハハハハッ! 感がいいな、ガキぃ。そうだよ。アタシ達が用意したダミーにまんまと引っかかってくれてやがる」
「そ、そんな……!」
「つまりはアレだ。奴さんがそれを捕まえた頃には、もうお前さんらの首には奴隷の紋が刻まれた後ってわけだ! アッハハハハッ!!」
「くっ……!」
「そ、そんな馬鹿なことがあるわけがありません! わたくし達の騎士がそんな……」
「信じるも信じないも自由だぜぇ? 好きにしな」
信じたくはないが、この余裕ぶりからアーディルの言っていることは本当だろう。
かなり絶望的な状況だ。
しかもそれを痛感しているのは、
「それにしても可哀想だよなぁ? エルマだっけ? お前。その騎士団の隊長様の娘なんだろ? 今頃、血相変えて娘を攫った犯人を追いかけてみれば、それがダミーでぇ? やっと見つけたかと思えば、雌堕ちして男の肉棒に頬擦りするようなメス家畜に堕ちてるんだからなぁ! 同情するぜ」
やはりアーディルもわかっていた。
エルマの精神を抉るように、この状況を分かりやすく耳元で囁いている。
目隠しをさせたのも、それを想像しやすくするため。
「お、お父様はそんな……。そ、それに私だって、そんな下品な存在になりません!」
「残念ながらそう喚いて商品にならなかったメスガキはいねーよ。お前も時期に、少しでも可愛がってもらえるよう、男に媚びを上手に売り、捨てられないように必死にケツを振るメス家畜になるよ。股開いたり、肉棒をしゃぶったりしてなぁ!!」
自分達もこれからそうなるのかと、先輩達も怯えている。
「わ、わたくし達も……?」
「ああ、そうだよ。そこのお姫様以外、全員もれなく貴族の坊ちゃんや年が二倍も三倍も違うおっさん達の掃き溜めになるのさ! 男達の欲望の吐口にな!」
「わ、わたくしがそんな下品な存在に――」
怯えてすくんでいたチェンナも思わず噛み付いてみるが、
「安心しろ。お前みたいな雑魚は十分もかからないうちに、すぐにご機嫌取りにすり込むメスになるよ。てめぇみたいな安そうな雑魚は期待してないから……」
簡単に一蹴されてしまった。
「いやまあしかし、ほんっとうに優秀な騎士様達さぁ!! アッハハハハッ!! おかげでこちらは仕事を安心して真っ当できるってもんさぁ!!」
アーディルは皮肉にも優秀と語った。
実際、本当にダミーに引っかかっており、捕まる見込みがないのであれば、彼女達にとって確かに無能だ。
「さて、じゃあ優秀な騎士様が背中を押してくださってるんだ……。今日も労働に勤しみますかねえ!!」
アーディルは手に持つ鞭をギリギリと張って、その微かな音でエルマを刺激しているようだ。
エルマの精神状態は、今の話とこの身動きの取れない状況から、かなり不安が溜まっていることだろう。
こんな中、鞭打ちなんてされれば、エルマは簡単に屈してしまう。
「てわけだ。お前さんもお父様のご期待に応えて、男を喜ばせるためにいーい声で鳴くメス家畜になれや」
「お、お父様は、そんなこと――」
「じゃあ何で逆方向を追っかけてんのかねえ!!」
「――キャアアアアアアアアッ!!??」
アーディルの鞭が思いっきり背中を叩き、ばちぃんと大きな音がこのタコ部屋に響いた。
「あ……ああ……」
エルマの背中には痛々しい赤いあざが付いた。
アーディルというこの女の力の凄さがわかる。
百八十という女性では中々見ない身長の彼女から繰り出される鞭はひたすら痛そうだ。
「――おやめなさい!!!!」
「くっくくく……」
「ひ、姫殿下ぁ……」
エメローラが冷静を保てていない。
その怒りに狂った表情が正にそれを語っている。
「貴女……これ以上は――」
だがそれはいけない!
「ローラ! 待って! 落ち着いて!」
「離しない、クレア! わたくしは――」
「この女の狙いはそこです!」
「「!」」
怒りに身を任せ、無謀にも突っ込もうとするエメローラをクレアは、何とかしがみついて止めながらそう語ると、
「――ぎゃん!?」
「!? クレア!!」
「チッ! 気付いてんじゃねえよ。頭の回るガキだなぁ」
不快だとエメローラのすぐそばに居たにも関わらず、正確にクレアだけを鞭で攻撃した。
この精度の鞭捌きとなると、やはりかなりの実力者だろう。
「ご、ごめんなさい。わたくしを冷静でいさせない作戦だったのですね」
「それもありますが、それはあくまで……副作用だよ、ローラ」
説明しようとしたクレアを舌打ちしたアーディルは、
「メスガキ、てめぇが説明するのは癪に触るから、アタシが説明してやるよ。この騎士団長の娘さんはお前さんの護衛なんだろうぉ? 姫様よぉ?」
「え、ええ……」
「だったらコイツにしてみれば、主人の前で恥を晒すような真似はしたくないよなぁ?」
「……!」
エメローラもこのひとことで気付いたようだ。
そして感がいいのは、アーディルも同じようで随分と楽しそうに笑う。
「ははっ! 気付いたかぁ? そう! てめぇの前で無様を晒せば晒すほど、コイツはどんどん追い詰められていく。実際、上半身は剥かれ、無防備にこれから鞭で叩かれ続け、主人を奴隷商から守れなかった罪悪感と何もできない無力感が募っていくのさぁ」
アーディルは、そんな風に拷問するんだとわざとらしくエルマの耳元で囁きながらそう語った。
「ひ、卑劣な……!!」
「しかも視界を奪ったのにもそこがある」
「え?」
「エルマさんの視界を奪うことで、それらを連想させやすくし、耳から聞こえてくる情報を鮮明にする狙いがあるんだよ」
「ああ、そうだよ、メスガキ! 主人である姫様が鳴けば鳴くほど、コイツは追い込まれていく」
「だ、だからやめろと……」
「そうです。だからエルマさんのことを想うなら、ここは耐えてくれることを信じ、こちらも耐えねばならないんだ」
「……本当に頭の回るガキだな。嫌いだよ、そういう奴」
そう言って、叩かれた頬がまた痛む中、目の前にズンっと現れ、
「があっ!?」
「ちったぁ、黙ってなぁ!!」
簡単にクレアを片手で持ち上げると、投げ飛ばされた。
「があああっ!?」
「クレアっ!? くっ……! 貴女という人は……」
壁に思いっきり背中を打ったクレアは、激しく睨むエメローラが遠く見える。
「まあお前みたいな頭の良いガキがメス堕ちするのは嫌いじゃないから、そのへんを楽しみとしよう」
「貴女、同性のくせにそんなことを生業として、恥ずかしくないのですか? 心が痛まないのですか?」
その問いはこの奴隷商にはまったく効かない。
それどころか、こちらが追い込まれるだけだ。
「心が痛むぅ? ハッ! こんな甘い汁の啜り方をしたら、てめぇらなんか商品にしか見えねえよ! それになぁ、世間知らずの胸糞悪いお貴族の御令嬢をメス家畜に仕上げるのは、最高の快楽なんだぁ。アタシの嗜虐心が疼くってもんさあ!!」
「……!?」
「それになぁ、こんなに性格が歪んでなきゃあ、奴隷商なんか務まるかよ!! ちったぁ考えて質問しな! 無能な騎士のご主人様よぉ!!」
奴隷商になるなんて人間が、先ず貴族であるはずがなく、この執拗なほどの拷問の仕方は、何かしら貴族に思うところがあってのこと。
少なくとも、平民と貴族の差別くらいは、気に食わないと思っているはずだ。
その立場が逆転できる違法奴隷商というのは、彼女にとって正に天職と言えるだろう。
「さて、待たせて悪かったなぁ、エルマぁ」
クレアの指摘をわかっていてか、エメローラは悔しそうに俯きながら、黙っている。
クレアは身体が痛む中、エメローラの心境を察するため、近くへ戻り、呼びかける。
「ローラ……!」
「わかっております。わかっておりますとも……!」
エメローラは唇を血が滴るほど強く噛んで堪えている。
これ以上、何かを言えば刺激になるのは、エメローラもエルマも同じことだった。
ならばせめてエルマが耐えてくれることを信じるしかなかった。
「で、殿下!」
「……!」
「ご、ご安心下さいませ。こんな拷問に屈する私ではありません。ど、どうか、ご安心下さいませ」
「エルマ……」
「そ、それにそんな風に追い込むとわかれ――」
――ばちぃん!!
「――いやぁああああっ!!!!」
「エルマぁ!!」
「あー……はいはい。好きに虚勢でもなんでも張ってくれや。アタシのやることは何も変わらんし、それに言っても問題ないから言ったんだ。馬鹿かお前」
「そ、そんなこと……言って、クレアさんに看破――」
――ばちぃん!!
「――ふ、ふぐううううっ!?」
「別に構いはしないさ。むしろ言ったことで、お前さんはそれを強く意識することだろうぉ。今、声を出さずに耐えたのが、その証拠さ」
エルマの隙をついた的確な鞭の拷問に、周りはガクガクと震え、明らかな見せしめに成功しており、更にはエルマを追い込むことにも成功している。
「はっ、はっ、はっ……」
「エルマの様子が……おかしいです」
「そりゃそうですよ。これは拷問です。一方的に受けているエルマさんがどれだけ精神的にも肉体的にも追い込まれているか」
それをわざわざわかりやすく、アーディルが再びエルマの耳元で囁く。
「アタシはな? 鞭って武器が大好きだ。他の武器と違って殺傷能力は極めて低いが、悪辣な拷問の武器として、かなり有効だからなぁ」
するとエルマの背中の叩かれたあざをなぞる。
「ひぃん!?」
エルマはその傷を触られて痛みを感じるのか、少し身体が跳ねる。
「鞭の叩かれたところ、痛いよなぁ? 熱いよなぁ? そう鞭の良いところはここでね。中々痛みも熱も引かないのさ。しかも剣とは違い、死という連想がない代わりに、しっかりと叩かれているって刺激を身体に教え込めるのさ!!」
「……!?」
エルマも気付いたようで、小刻みに身体が震えている。
「しかも視界が遮られていると、いつ鞭が飛んでくるのか、この痛みがいつ与えられるのか、いつまでこんなことが続くのか、どんどんどんどん頭ん中をグルグルするよなぁ!!」
アーディル……!
拷問の仕方がかなり手慣れている。
しかもエルマがそんな訓練を受けていないこともわかっていて、これだけ追い詰めている。
「はっ、はっ、はっ……」
「怖いかぁ? 怖いよなぁ? ほれほれ、考えろ考えろ!」
――ばちぃん!!
「――キャアアアアアアアアッ!!」
息の仕方がおかしくなっていくエルマをニタニタ笑いながら、追い込んでいく様は正に狂っている。
「おいおい、姫様ぁ。そんな顔で睨むなよな」
「……」
「いいぜ? おやめなさいとでも、これ以上、我が騎士を侮辱するのは許しませんとでもさ!! アッハハハハッ!!」
「……!!」
エメローラは挑発とも呼べる心の代弁に、歯を食いしばって我慢することしかできないようだ。
「さあ! ほらほら頑張ろうぜ!」
アーディルはわざとらしくエルマを励ましながら、鞭で彼女の背中にどんどんあざを作っていく。
「ふぐうっ!? いぎっい!! あっああ!?」
「大丈夫さぁ。きっとお父様が助けに来てくださる。お姫様もお前が耐え凌ぐことも信じておられる。アタシだって、きっとお縄につくさぁ!! アッハハハハッ!!」
心にも無いことを……!
全てエルマを追い込むためだけの言葉。
それをエルマもわかっていても、付けられていくあざが、痛みが、熱が、彼女に絶望を与え続け、崖っぷちまで追い込んでいく。
手に取るようにわかる。
このアーディルがどれだけ優秀な奴隷商なのか。
こうやって今までも世間知らずの貴族嬢を追い込んできたのなら、耐えられるはずもない。
エルマに限っては、エメローラの護衛騎士という誇りが、今は彼女を追い込む最大の要因となっている。
「エルマさん……!」
「エルマぁ……」
クレア達はエルマが耐えてくれることを信じるしかできない。
そんな脳裏に浮かぶのは、こんな風にされて、最終的には性奴隷になる未来だった。
「い、いやぁ……」
「先輩?」
それを連想したのは、ここにいる女の子達もそうだった。
「わ、わたくし達もあんな風になりますの!? いや、嫌ですわぁ!!」
「お、落ち着いて!」
先輩寮生のその恐怖に堕ちたその悲鳴を皮切りに、連鎖していくように、タコ部屋は地獄絵図と化す。
悲鳴は飛び交い、恐怖に震え、騎士が助けにくることもない未来に絶望を与えられた。
クレアも本当は泣き叫びたい気持ちだ。
ここまでの奴隷商に捕まったことはさすがになかった。
アーディルは本物のプロだ。
脱出どころか、耐え凌ぐことすら困難だと思えるほど。
すると――ばちぃんと鞭が地面を叩く。
「「「「「!?」」」」」
「思惑通りになってくれるのは嬉しいが、もうちょっと静かにしてもらおうか? まだこの女を堕としてない」
アーディルが制止する。
完全にこの空気を支配し切っているアーディルにとっては、煩わしさもあっての発言だろう。
するとそれに感化されたのか、エルマから消えそうな声が聞こえる。
「……めて」
「あん?」
「やめて……下さい」
アーディルの望んだような男の嗜虐心をそそりそうなか弱い声を聞いて、
「アッハハハハッ!! 可愛い声で鳴くじゃねえか! ええっ!?」
もうエルマは限界だった。
もう何が起きても彼女を追い詰めることにしかならない。
「じゃあせいぜい立派なメスに堕ちて、男を喜ばせるいーい商品になってくれやあ!!」
「――エルマぁあっ!!」
もうダメか……!
誰もが絶体絶命だと思ったその時――、
バァン!!
激しく扉が開いた。
全員の視線がそちらへ向き、視界が奪われたエルマもそちらへと顔を上げた。
それはこの空気を一新するものだった。
「お、お待ち下さい。今は――がはあっ!?」
「うるせーよ。オレの邪魔するんじゃねえ」
黒いフードから覗かせる顔は、とてもクレア達を助けにきてくれた王子様というわけではないようだ。
人を品定めするような視線、だらんとした腕、一見フラついた様子の動きも、どこか隙が無いように感じる。
というより、変な寒気を感じる。
例えるなら、まるで暗殺者のようだ。
「おい、シギィ! 何ウチの手下をぶっ殺してやがる! というか、ここには来るなつっただろ!」
どうやらアーディルとは顔見知りのようだ。
クレアはこそっとエメローラと会話する。
「あれは味方ではないですよね?」
「おそらく。というより、最悪な状況な気がします」
「ローラ、知ってるの?」
「いえ、知らない男です。ですが……明らかにアーディルという彼女とは格が違う気がします」
クレアのような素人目からでも危険な気配が伝わる人物。
とにかく様子を見ることに。
「持ち場はどうした?」
「別に構いはしねえだろ? どうせ、誰も来やしないさ。それより……」
目線だけを動かし、クレア達を見てきた。
「さっきまでギャアギャア鳴いてた女はどこだ?」
「はあ?」
アーディルの呆れ顔にはさすがにクレア達も同意だった。
味方であるはずの人ひとり殺して訪ねに来た理由が、チェンナというのは、あまりに意外だった。
「またお前のおかしな性癖かい?」
「性癖じゃねえ! 趣味だ!」
「尚更悪いわ! とっとと出てけ!」
性癖とアーディルが言うあたり、どうやらあのシギィとかいう奴は、そうとう頭がおかしいようだ。
男性の性癖を女であるクレア達が正しく理解することはないのだろう。
「いいじゃねえか。あの声にオレの『芸術』がぁ……インスピレーションが働いたんだよぉ……!」
「あんな馬鹿みたいな声で、興奮してんじゃねえよ。相変わらず、腕っ節以外はクズ以下の人間だな!」
腕がいい、か。
「ば、馬鹿みたいな声とは失――」
答えなくてもいいのに、チェンナは馬鹿みたいに反応し、思わず声を上げると、
「あはぁっ! お前か? そうだ、その声だ! あっははっ!」
シギィは興奮した様子で、チェンナのすぐそばにまで跳んだ。
「お、お嬢――きゃあ!?」
「!!」
チェンナがしがみついていたメイドがシギィの裏拳であっさりと吹き飛ばされる。
チェンナに用があると言っていた手前、邪魔だったのだろう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐっ……うう……」
クレア達はすぐに駆けつけ、何とか無事のようだ。
「貴方、何も――」
エメローラがこんな横暴は許せないと抗議しようと声を発した時――エメローラの真横にナイフが飛んできた。
「きゃあ!?」
スコンと壁にナイフが刺さり、クレア達と共にメイドに駆けつけた寮生が悲鳴を上げる中、シギィはこちらを殺意のこもった視線を向ける。
「喋るな。オレの芸術の邪魔をしたら、王族だろうが殺す」
「……」
これはかなり本気の目だ。
異常者の目。
「おい、シギィ!! お姫様を殺そうとしてんじゃねえよ!」
「オレの芸術の邪魔をしようとする方が悪い。ていうか、てめぇも邪魔するな。殺すぞ」
のらりくらりとした身体使いが暗殺者を思わせる。
クレアが思うに、かなりの人間を殺してきたんじゃないだろうか。
それはさすがにあのチェンナもわかっているようで、カチカチと歯音を立てながら、震えて怯えている。
だがそんなことなど気にする様子もなく、チェンナには上機嫌に話しかける。
「なあなあなあ? さっきの馬鹿みたいな声はお前か? お前だよなぁ?」
「ば、馬鹿みたいは失礼――」
「やっぱりそうだ! その声! その声だよ! あはぁっ! いい……! いいな、お前のその声。オレのインスピレーションがこう……ビンビン働くんだ! あっはは!」
かなり興奮しているシギィはある提案をする。
「なあ? お願いがあるんだ。聞いてくれるか?」
「な、何故でしょう?」
恐る恐る尋ねるチェンナ。
いいぞ。
下手に刺激しない方がいい。
「お前の声に芸術を感じたのさ。お前の声は素晴らしい。お前の声はオレの頭にいい刺激をくれる。最高だ……」
正直、何を言っているのか、まったくわからない。
チェンナの声に美を感じるというシギィの意見には、ここにいる誰も共感し得ないことだった。
何故なら、ギャアギャア子供みたいに喚き散らしていただけの声なのだから。
だが、急に褒められたチェンナは、調子付いてしまった。
「と、当然ですわね。わたくしは貴族ですもの」
「だからな? オレの芸術の手伝いをして欲しいんだ。な? 頼むよ」
「それがお願いですの? しょ、しょうがないですわねぇ……」
どうして嬉しそうにしている!?
明らかにヤバい要求をされると何故わからないんだ!
「チェ――」
そう思い、クレアが何とか止めようとした時、エメローラの時より速くナイフが飛んできた。
「……!」
思わず息を呑んだ。
この男に一縷の隙も無い。
「邪魔すんなっつったよなあ!! 殺されてえのか? 次、一声でも上げてみろ……その目ん玉くり抜いて、ブッ殺すぞっ!!」
「……」
エルマの時より介入ができない。
シギィは、アーディルの趣味の悪い拷問の空気を打ち消すほどに、殺意を振り撒く存在だった。
「……わ、わたくしの顔に免じて許しては頂けませんの?」
さすがのチェンナも申し訳なくなったのか、そうシギィに提案すると、嬉しそうに微笑みながらチェンナに振り返った。
「ああ? まあいい。オレのお願いを聞いてくれるか?」
「も、勿論ですわ。で、ですが……こ、こちらからも要求してもよろしいですわよね?」
「あん?」
ここにいる誰もが思ったことだろう、余計なことを言うなって。
「そ、そちらのお願いを聞くのですから、こちらのお願いを聞くのも筋というものではありませんか?」
傲慢な彼女から出るセリフとは思えないね。
自分の望みは一方的に叶えろってお願いするだろうにと。
さすが自分主義者は都合が良い。
だがシギィが彼女のことなんか知るわけがなく、その要求を呑んだ。
「確かにそうだな。いいぜ。オレのお願いを聞いてくれたら、オレができる範囲の願いを叶えよう」
「約束! 約束しましたからね!」
「ああ! 約束だぁ……」
もうヤバい未来しか見えない。
「それではどんな願いを叶えれば良いのです? わたくしの可憐な声を芸術というのですから、一曲歌えば良いので?」
可憐とは誰もひとことも言ってないと思うが、そんなことより、シギィが何を要求するのか気になる。
芸術、性癖、趣味。
嫌な予感しか走らない。
「――お前の口を裂かせてくれないかぁ?」
「……は?」
嫌な予感は的中した。
シギィは腰に挿していたナイフを取り出し、刃の部分を舐め始めた。
「お前のその声がどこまで大きくなるのか気になって気になってなぁ! 口を裂いてやれば、口が大きくなり、声も通りやすくなるだろぉ?」
「な、何を言って……」
「そしてぇ! その裂かれた傷口が痛み、お前はきっと痛い痛いと喚き散らすだろう!! その痛みがぁ……その悲鳴がぁ……オレの芸術に火が付くってもんさぁ!! アッハハハハハハハハハッ!!!!」
やはりというべきか、異常主義者ということが明白となった瞬間だった。
もう既にエルマが拷問され、絶望に伏せていた空気は一掃され、更なる恐怖の対象が目の前にいる。
自分の狂った芸術センスに酔いしれ、身を捩る姿は、奴隷商などの犯罪者を見慣れたクレアですら震えるほど怖いものだった。
「や、やめ――」
「さあ! オレのお願いを叶えてくれ。大丈夫だ、何も心配しなくていい。お前はこれからオレの芸術となり、オレの頭の中から消えない最上の作品として刻まれる。だからせいぜい泣き喚いてくれ! そして、お前のその恐怖と苦痛に叫ぶその声で……オレを満たしてくれ!!」
チェンナの口元にナイフが向けられる。
「もう我慢できねえ。裂いていいよな? いいよなぁ!!」
「ひぃ……い、いやぁ……」
「もう無理だ。裂く! すぐに裂く! 今すぐに裂く! 絶対に――」
その手のナイフがもう我慢できないと振り下ろされそうになった時、
「!」
振り上げた腕に鞭が絡む。
「――いい加減にしな、シギィ!!」
するとシギィもアーディルに向かって斬りかかる。
一触即発とは正にこのこと。
互いに睨み合うかたちで留まっている。
「邪魔すんなっつったよなあ!!」
「うるせえ! 先に邪魔したのはてめぇだ! 見ろ! お陰様でアタシが作った空気がめちゃくちゃだ」
もうクレア達は絶望に打ちのめされながら、この状況が少しでも良くなることを願うしかなかった。
「うるせえよ! てめぇの無能さをオレに押し付けてんじゃねえ!」
「黙れよ! いつもいつもいつも気分で仕事しやがって……」
するとチェンナの様子がおかしくなってくる。
「あ……! ああっ!」
「「あん?」」
その異常を確認しようと全員の視線がチェンナに向いた。
すると彼女のスカートの下がどんどん湿っていく。
「い、いやぁ! と、止まって……」
チェンナは泣きながらスカートを押さえる。
どうやら恐怖のあまり、限界を超えたのか、漏らしてしまったようだ。
「おいおいおい。雑魚な挙句、本当にしょんべん臭えガキになっちまってんじゃねえか」
すると今度はシギィの様子がおかしくなった。
「違う」
「あん?」
「違うんだなぁ……。オレの求めている芸術じゃねえ」
どうやら興味が薄れてしまったようで、寂しそうな口調でそう話すと、
「帰る」
あっさりと引き下がった。
アーディルの言う通り、かなり気分屋なようだ。
「てめぇ……! ここまでぶち壊しておいて帰るのか! 本当にいい加減にしろよ! クソが!」
「うるせー。なーえーたー」
本当に気分が落ちたようで、シギィは気怠そうに帰ろうとしたが、ピタリと動きを止め、クルッとこちらを向いた。
「なあ、アーディル」
「何だ!? まだ何かあんのか!? とっとと持ち場に戻れ!」
「その王女以外、全員豚にするんだよな?」
「ああ? ああ。今までもそうだったろ? 何を今更――」
「そっか。魔眼持ちもそうするのか?」
「「!?」」
「おい!! シギィ!! 今何つった!?」
「魔眼だよ、魔眼。相変わらず目利きの効かねえ女だ」
「黙れよ! クソが!」
クレアがエメローラの袖をギュッと掴む。
「大丈夫ですよ。気をしっかり持って」
「ロ、ローラ……」
魔眼はかなり高額で取引される。
貴族嬢の奴隷を売り捌くより、よっぽど巨額の金額が手に入る。
そして魔眼をくり抜かれた者が奴隷に堕ちた場合、その見た目から、必ずと言っていいほど、ロクな扱いを受けなくなる。
「おい! 言え。どこのどいつが魔眼持ちだ!」
「知らねえなぁ。てめぇの言う通り、持ち場に戻ってやるよ」
「言えっつってんだろ!! 言ってから戻れ!!」
「なーえーたー」
シギィは誰が魔眼持ちなのかわかっているようだが、そう言って、この場を去っていった。
するとアーディルはすぐ様、こちらへ振り向く。
「どいつだ! 魔眼を持ってる奴はどいつだ!」
誰も名乗りあげるはずもなく、シンとした空気が広がる中、アーディルは何か閃いたようで、
「……!」
クレア目掛けてズンズンと進んできた。
「な、何!?」
「お前がそうだな? そうだろ!」
クレアは袖口を掴まれながら尋ねられると、横にいたエメローラが庇う。
「それは違います。わたくしが――」
「下手な嘘ついてんじゃねえよ、お姫様よぉ!」
「!」
「魔眼がどれだけのもんか、てめぇほどの身分なら知らねえわけねえだろ! その膨大な魔力、そしてその魔眼の能力。更には宝石のように美しいと聞く」
どうやら実物は見たことがないようだ。
「金にするのは勿論だが、能力によっては自分が使うのも悪かねえ。けどな、そんな代物がお前さんの目にあるってことはない」
「何故、そう思うのです?」
「王族がそんなもん持ってんなら、大体的に発表し、その魔眼を使うか、徹底的に秘匿するため、てめえは王宮から一歩も出られねえような生活のどちらかになるはずだ」
このアーディルの推理は的確だった。
魔眼はかなり希少性が高く、扱い方がかなり重宝される。
だからここに捕まっている時点で、エメローラに魔眼が無いことは明白だったのだ。
「だがコイツは違うというより、お前さんが迷いなく庇い立てしたのが決定打になった」
「「!?」」
「シギィの奴が随分と変な言い方をすると思ったんだ……」
クレアはシギィの言葉を振り返ってみると、ひとつの言ったことが脳裏に浮かんだ。
『――その目ん玉くり抜いて、ブッ殺すぞっ!!』
「!」
「そう。目ん玉をくり抜くって言ったんだ。アイツは確かにイカれちゃあいるが、職業柄上とアイツの趣味の影響もあって、人間の身体の異変を見抜くのが上手くてねぇ……。巧妙に隠したつもりだろうが、シギィの前では無意味だ」
シギィという男に、そこまでの洞察眼があるとは思わなかった。
「ああ、そうだよ」
「クレア……!」
クレアは観念するように、魔法で同じ瞳の色に見えるようにしていたのを解いた。
「お! おお……!」
クレアのもう片目、魔眼の色はトパーズのような透き通る黄色。
その眩いまでの輝きに、アーディルも興奮を隠しきれない。
「ははっ! ついてる、ついてるぞ! まさか魔眼持ちが釣れるとは!! アッハハハハッ!」
「クレア……」
――ローラ、もういいんだよ。
これ以上の絶望を、彼女達に与えてはいけない。
クレアは身代わりとなり、この場を一度閉められるなら、喜んで身代わりとなろうと考えた。
「なるほど。頭が回るのは、そのへんも関係してそうだな」
「……もういいだろ? ボクをどうするつもりだい?」
「決まってるだろ? 売り方をとりあえず検討しないとな! ザビルみたいに魔眼の捌き方なんか知らないが、あの野郎に委ねるのは癪だし、そもそも嫌だ」
ザビルというのも同業なのだろうか?
「おい! そこの女、降ろしていいぞ」
豚マスク達は吊り上げられたエルマを降ろした。
「エルマぁ! 大丈夫ですか?」
「で、殿下……」
エルマの様子は酷いものだった。
背中には痛々しいほどの鞭の跡がついており、寒さに震えるように身を抱えて震えている。
「もう見せしめはよいと?」
「ああ。もう十分過ぎるくらい、脅かしたしな。それに最上の上物であるてめぇも手に入った。ぶっちゃけ、てめぇが居ればこんな娘共がどれだけ安く叩かれようが、おつりが出る」
「ならボク以外は解放してくれないかな?」
「クレア! それは……」
自己犠牲を美徳だとは正直、クレアは思わない。
けれど騎士の助けや他の助けがアテにならず、アーディルとシギィがいる状況で助かる見込みはほぼ無い。
ならばせめて、彼女達だけでも逃がせるならと考えたが、
「悪いね。アタシ達は貴族様であるてめぇらほど懐に余裕はなくてな。少しでも稼ぎになるなら、小銭でも喜んで拾うのさ」
「……よく言うよ。こんな大きな監禁場所を用意できるくせに……」
「はっ! 必要経費さ」
そんな嫌味を吐く。
そして豚マスクがエメローラを捕まえる。
「――きゃあ!?」
「で、殿下ぁ!」
そう言って差し伸べるエルマの手は、助けようとするものではなく、縋りたいものを無理やり取られたような寂しさが含まれた手に見えた。
「よし、予定通りそのお姫様は別室に連れていけ」
「は!」
「ここに来た目的はそれか……!」
「ああ、そうだよ。こうやって見せしめを行なった上で、目の前でお姫様を奪い去るつもりだったからな。ま、シギィは予定外だったが……」
「くっ……!」
「まあついでに頭の回りがいいお前も取り上げられたのは運が良い! しかも魔眼持ちときた。しかもこの状況で使わないとなると、能力自体は今、役に立つもんでもないらしい」
魔眼の特性くらいは理解しているようだ。
クレアにかけられている手錠は魔法を封じるものだが、魔眼の魔力はそれを超えるため、能力の使用自体は可能だ。
だけどクレアの魔眼の能力を今、起用しても意味はない。
「お、お願いします! 殿下と彼女を奪わないで!」
「せ、先輩……」
「てめぇらの要求なんか聞くかよ。それよりお前達、もうわかっただろ? 助けもこなけりゃ、脱出も無理だ。それとも……」
――パシィン!!
「ひい!?」
「このメスガキみたいに痛い目にあいたいか? それともシギィの狂った趣味でぐちゃぐちゃにされたいか?」
「い、いやぁ……」
「嫌なら大人しくこれからのことでも考えて、素直に従ってな。これから男のための愛玩奴隷になるわけだからな。そのあたりの技術を学びたいってんなら、見張りに男を扉の前に置いといてやるから使いな。賢明な判断に期待するぜぇ」
そう言うと、本当に見張りに彼女達がそう要求してきたら、処女は奪わない程度に可愛がって構わんと指示を出していた。
「貴女という人は……!」
「そんな顔すんなよ、お姫様。アンタの貞操と……」
クレアの肩をボンと叩いた。
「この上物の貞操は守ってやるから安心しろ」
そう言ってクレア達は連行されていく。
「お、お願いします!! 殿下と彼女を置いていって下さい!!」
切実な願いを叫ぶ残された女の子達。
クレアはともかく、姫殿下という希望を奪われることはかなり精神的に堪えるだろう。
だから姫殿下はその役割を果たす。
「皆さん! どうか希望を捨てないで! 最後まで諦めないで下さい!」
連れ去られながらも、心配そうにこちらを見る女の子達にそう告げた。
「お姫様ってのも大変だねぇ」
「誰のせいだと……!?」
クレア達は連行される道すがら、このアジトの正体を見た。
「そ、そんな……」
何故気付かなかったのか、不明なほどの場所にクレア達はいた。
するとアーディルは楽しそうに笑う。
「な? お前さんらに希望は無い。奴隷コースまっしぐらさ。だからこうして懸命な判断ができるよう、見せしめをしたり、お姫様を奪ったんだろ?」
……フェルト君!
「な? アタシ、超優しいだろ? アッハハハハハハハハハッ!!!!」
クレアはあの言葉に縋りたいと思った――。
『また助けてやってもいいが、わざとだったら助けねーからな』
わざと捕まったわけじゃないんだ。
お願いだ、フェルト君。どうかボクらを助けてくれ。




