01 今後の方針
ヴァース村を出て数日。
フェルト達は王都に戻る商人の荷馬車に乗り、揺られながら旅を続けている。
この商人は所謂旅商人というやつで、ヴァース村にも来ることが多く、顔見知りだ。
そこでフェルト達の実力を知るこの商人がボディガードをやってくれるなら、足になってあげようという話になっている。
現に聖女の巡礼がヴァース村でここ数年行われていない影響もあり、魔物が活発化しているため、ボディガードは有難いとのこと。
フェルト達も特訓になると、正に一石二鳥の話。
そんな旅の途中、王都に近付くほどに、今後の方針をあーしようか、こーしようかと浮かんでくる。
王都に向かう目的は基本的には三つある。
――ひとつめは情報。
『大罪の神器』は女神イミエルも言っていたが、ほとんど情報がない。
だが、ほとんどというだけで無いわけではない。
王都ほどの都会に行けば、ありとあらゆる情報を入手することが可能だろう。
『大罪の神器』の直接的な情報は勿論、人喰いのような『大罪の神器』に関連していそうな情報が転がり込むこともあるだろう。
その人喰いに関してだが、ここ三年ほどほとんど情報が無いらしい。
たまに村に巡回に来てくれる騎士や魔物の素材目当てに来る冒険者から情報があるかと尋ねても、首を横に振られることがほとんど。
たまに情報が入っても、魔物が奇妙な殺され方をされているという情報くらい。
このことから、ディアン達にやられて以来、人里に現れることは滅法減ったと考えてもいいかもしれない。
とはいえ、目的のひとつであり、危険性が高いことには変わらないので、できれば新鮮な情報が欲しいのが現状。
そしてもうひとつ、人喰いといえばあの仮面。
教会が崩壊されたため、イミエルと『暴食の仮面』について相談できないかと思ったが、跡地にてそれらしい簡易的な祭壇の前でお祈りしたら会話ができた――。
***
「――あれは間違いなく『大罪の神器』のひとつ、『暴食の仮面』ですね」
「……やっぱりか」
あの事件後にマルコ神父の手紙にて立ち直った俺は、早速イミエルに話を聞きに行った。
何せ『暴食の仮面』が暴れていたのは、幸いというのは変な話だが、教会前、つまりはイミエルの視界に入るところだったと考えていい。
つまり干渉しづらいとされていたが、ここまで近ければさすがに何も情報が得られないということもないだろうと考えたのだ。
「能力についても、おおよその検討はついているのでしょう?」
「そうだが、是非女神様のご意見を賜りたく……」
少し冷酷な口調でわざとらしく畏まった言い方をすると、イミエルは呆れてため息を吐いた。
「……貴方には申し訳ないと思っていますよ。あの恩師さんの死は、間接的には私のせいでもありますからね」
「わかってるなら、とっとと話せ」
「……ある程度は覚悟の内だったでしょう?」
「そうだったとしても、酷過ぎるだろ! 先生やおじさん達があんな死に方を……! それにあの暴食の少女だって。アレを望んだわけでもないだろう!?」
冷静に考えれば、あんな人を食い散らかすような存在になりたいだなんて、誰も考えたりなんてしない。
これを作ったクソ錬金術師をぶん殴ってやりたいと思ったくらいだ。
「まあ、そうでしょうね。あの少女が『暴食の仮面』をつけた経緯については不明ですが、そのような不幸があるのも、人生というものではありませんか?」
「……」
フェルトも前世では、不幸の元に命を奪われた身だから一概に否定もできなかった。
潰して殺した運転手だって、殺したくてやったわけではない。
ただのブラックアイスバーンだったというだけだ。
勿論、全然悪くないわけではないが、わざとではないだろう。
そしてこの暴食の少女も、身につけたことはきっと『大罪の神器』とわかっての行動ではないはず。
今度はフェルトから呆れたため息が出た。
「……空気を悪くして悪かったよ。話してくれ」
イミエルはクスッと笑うと、『暴食の仮面』についての情報を開示する。
「正直、祭壇には置かれていなかったので、正確には得られませんでしたが、呪具だった時とやはりほぼ変わりませんでしたね」
「そうなのかよ。それで?」
「ひとつめの能力は【暴食】です。名の通りと言えばいいですかね? 何でも食い散らかしては分解、エネルギーへ変換、再生治療やもうひとつの能力維持に使われる能力ですね」
「あの真空波のことだな?」
「はい」
フェルトは少ししか見てなかったが、かなり強力な攻撃能力だったと思う。
ディアン達からも、教会が崩壊した原因を聞く時に、ある程度の能力の度合いも聞いていた。
魔法すらも呑み込むとされており、ボルドにも聞いたが、マルコ神父の魔法障壁も無かったかのように貫通したとのこと。
そのあたりの情報を知る俺は、自分に関係していることに関して考えたことを、イミエルが持つ情報と照らし合わせる。
「アレは以前言ってた間接的に効く能力なんだよな?」
「そうですね。【暴食】は場の空間に干渉して発動する能力なので、『大罪の神器』特有の能力を受けないという能力は意味がありません」
確かにアレは敵に対して向けられてはいるものの、干渉しているのは空間だ、対象者ではない。
「ちなみに呪具だった時と変わったことがあったのか?」
「そうですね。エネルギーの吸収速度と攻撃範囲と射程の長さですかね? どれも強化されているような印象を受けました」
攻撃範囲に関しては、教会の破壊状況からも察しがついている。
射程の長さも戦った痕跡から確認している。
「ふたつめの能力は【リミッター解除】ですかね? 人間の極限能力を発揮するために脳を飛躍的に活性化させる能力ですかね」
「何故、疑問系?」
「さっきも言いましたが、祭壇に捧げられておらず、直接干渉してませんから、呪具の時と先の戦闘時に比例したことでしか語れません」
【暴食】の方ならば、見た目だけでも十分把握できる能力だが、【リミッター解除】に関しては当人が直接受けている能力である以上、推測でしか物事の判断がつかないのだろう。
「ですがあれだけの理性を失うということは、その判断でもあながち間違ってはいないでしょうね」
「というと?」
「動くとお腹が空きませんか?」
「まあ、空くけど……」
「【リミッター解除】は人間の限界値を超えさせる能力なので、そのためのエネルギーの消費は莫大です。そのため、強い飢餓状態になり、生命の危機をわざと与えることで、『暴食の仮面』の持ち主を極限状態にし、強い身体能力を与え続けることが可能です」
「そしてその回復役を【暴食】が買って出てるってわけか……」
「そうなりますね」
要するには『暴食の仮面』は装備者に悪循環のループを与える魔道具と考えられる。
【リミッター解除】を行い、それによるエネルギーの消費、身体の傷やその膨大な身体能力に耐えられなくなった筋肉や骨などの治癒に【暴食】の能力で補われる。
しかも腹が空けば、獲物を求めるし、限界を超えてしまえば、彼女のように理性を失う。
つまり狂戦士状態になるという悪循環が生まれる。
それが『暴食の仮面』の強さであり、狂気だろう。
「呪具の時もそんな感じだったのか?」
「まあそうですが、強化のされ方が違う気がします。いくらなんでもあの少女が大の大人達を蹴散らせるほどの強さを発揮するというのは、違和感がありましたね」
「つまり、『暴食の仮面』自体が彼女に別の力を与えている可能があるってことか?」
「そうですね……ハッキリとイエスとは言えませんが……」
だが話に聞いていた獣人のような柔軟な動き、鉄鎖の鞭を操ったり、状況に合わせて戦い方を変える知性。
いくら極限状態で、生きるための本能が働いていたとしても、その少女が身体をそのように動かす訓練も行なっていないだろうし、違和感は確かにある。
「まあそこまでわかれば十分か。だが、ここまでの情報を整理すると、やっぱり『暴食の仮面』は対大罪の神器専用といっても過言じゃないほど強力だな」
「そうですね。神器持ちである暴食の少女は、貴方のような干渉型の能力は効きませんし、間接型の能力であっても、本能的に察知することが可能でしょう。それに【リミッター解除】で強化されている能力は圧倒的に貴方達より強力な身体能力。並の実力では殺されてしまうのが関の山でしょう」
ディアン達は並ではなかっただろうし、小隊を組んでいることから、連携も抜群だったのだろう。
「唯一の救い……って言い方は変だが、理性が無いことと、能力自体が完全に戦闘ものってところか」
『強欲の義眼』のように戦闘だけでなく、普段から使用されているならば、対処の仕方も変わってくるだろうが、『暴食の仮面』は戦闘一択しかない。
能力がわかっていればある意味、一番対処がしやすい神器ではある。
「ですが小柄な少女に身についてしまったというのが、精神的にも肉体的にも負担がかかりますね」
「精神的はわかるが、肉体的にもってのは?」
「あれだけ小柄にも関わらず、獣みたいな俊敏性があるんですよ。大人達が翻弄され、殺された背景はそこにもありますよ」
相手にする敵が小さければ小さいほど、確かに対処は難しくなる。
しかも見た目に反して、力はあまりに強力だ。
なまじ無視できる内容ではない。
「あー、あと『暴食の仮面』ですが、装備者は基本選ばないのも厄介な点です」
「……あの仮面、持ち主を選ばないのか?」
「まあその能力を考えれば、むしろ装備者なんて気にする必要がないのでは?」
【リミッター解除】の件を考えれば、確かに誰が装備されていようが、発揮される能力にほぼ変わりはないだろう。
「だったら尚更最悪だ……」
「ですね。『大罪の神器』は死ぬまで外すことができません。彼女の人生はそこまででしょうね」
一番言いたくなかったことをさらりと口にするこの詐欺女神に、
「……お前、ホントに女神か?」
「女神ですって! 現実から目を背けてどうなります?」
イミエルの言うことも尤もだ。
付けてしまったものはどうしようもなく、『大罪の神器』が他に外す方法がないならどうしてもそうなる。
「せめて少しでも早く終わらせてあげるのが、彼女のためではありませんか?」
「だな……」
***
イミエルとの会話でも出たが、『暴食の仮面』で暴走し続けているのはあまりに酷だ。
少しでも早く楽にしてあげることが、せめてもの救いになるだろう。
だからそのためにも情報だ。
王都に行けば、騎士、貴族、冒険者、何だったら町の人間だって、人喰いみたいな情報を持っている可能性がある。
『大罪の神器』は、強すぎるが故に妙なウワサは立ちやすいだろうし、頭の悪い奴が悪用すれば悪目立ちもするだろう。
そういう情報をいち早く入手するためにも王都は、絶好の場所である。
――ふたつめは仲間だ。
これは前々から思っていたことだが、『大罪の神器』を回収するにあたって、ひとりで回収するのはほぼ不可能だ。
『暴食の仮面』を相手取ったから余計にわかるが、とてもじゃないがガキひとりで何とかなる問題ではない。
とはいえ仲間、協力者選びはかなり慎重に選んでいきたい。
マルコ神父のことの反省を踏まえて、たとえどれだけ信用できる人間であったとしても、その人の人生を大きく変えてしまう結末がある。
だから安易に語ってはいけない。
『強欲の義眼』でその信頼性も測れるし、正直、仲間集め自体はそこまで問題ではないのだろうが、やはりそこが引っかかってしまう。
だから最悪、『大罪の神器』と語らずに協力を仰ぐかたちになるのかもしれない。
『大罪の神器』を回収することを目的だと語らないのが、その人達のためになるだろう。
だから今、同乗しているディーノにもフレゼリカにも、村のみんな、両親にも語っていない。
だから仲間や協力者というのは、どちらかと言えば騎士や貴族など、この国を守ることを前提としている人間を利用するかたちとなると考えている。
正直、その方がフェルトとしても楽だと考える。
『大罪の神器』については、自分だけがわかっていればいい。
相談役には絶対にバレることのない、あの詐欺女神様がいるのだから。
そういう意味では、『大罪の神器』に関しての一番の仲間はイミエルかもしれない。
――そして三つ目は、自身の成長とそれに繋がる経験を積むため。
正直、ヴァース村でも自身の実力を上げることは可能だろう。
元冒険者の集まりの村ということもあり、そのあたりの実戦的能力はあらかた学んだ。
しかし、やはり同年代の人間と競い合うことで学べること、実力のつき方など、年上の人と絡む以外の経験もしっかり積むべきだろう。
そのための王都である。
自身の知らないことや自分を刺激する経験は、いつだって自身の成長に繋がる。
前世の記憶を持つフェルトはテレビや動画などで、こんな経験があったから成長できたなんて話は腐るほど聞いてきたが、それを実践しようとは考えなかった。
だが生まれ変わった今なら、そんな経験を積む良い機会だと振り切ることができる。
これは前世の記憶を持つフェルトの最大のメリットだろう。
だからこれから通う学校の見方も前世とは大きく変わってくる。
前世では義務教育ということもあり、行くのが当たり前となってしまって、学校に通う意図なんて友達と会う場所くらいに考えていたのが実情。
だが、生まれ変わった今は、友達などの人間関係はもちろん大切だが、勉強をする意図も前世とは変わってくる。
『大罪の神器』を何とかしなければならないと将来を見据えれば、知識を身につけなければと考えられた。
とはいえマルコ神父の真摯な態度も影響されているし、現代世界でも将来を考えて、ちゃんと勉強している人もいるだろう。
とにかくそれらを全て叶えるとなってくると、王都の学校に通うのが一番効率がいい。
これから通う学校は王立であるため、貴族も通う。
そして王族は平民にもしっかり学力を身につけてもらおうと積極的に取り組んでいる背景がある。
そのおかげで情報、仲間集め、経験、全てを賄うことが可能になる。
王立ということもあり、多少なりとも勉学ができなければ入れないというデメリットはあったが、お受験に問題なかった。
ディーノと同じく、冒険者という選択肢もあったが、貴族とも人脈を取りやすい方がいいと考えて、こちらを選択した。
冒険者は学校卒業後でもなる人はいるらしい。
実際、村にもそんな人はいた。
とはいえ、貴族がこちらを良しとするかは別問題だから、関わっても大丈夫そうなのをこちらが選定するかたちにはなるだろう。
だが幸い、フェルトには『強欲の義眼』がある。
そこの精査は問題ない。
だがこれらを抜きにしても、王都にこれから住むのはワクワクする。
何せこちらの首都だ。
一度受験で訪れたが、中々素晴らしい町並みだったことを思い出す。
壮観たる王城に、それを囲む形で広がる町には、昔やったファンタジーゲームの世界観そのものだった。
それくらいの浮ついた気持ちくらいは勘弁してほしい。
『大罪の神器』の件が無ければ、よくある転生モノみたいにスローライフでも楽しむところなんだろうが、そうは問屋が下さないため断念だろう。
「おーい、フェルト」
「ん?」
そんなことを考えていたら、馬車が止まっていた。
「ん? じゃねえよ。フレゼリカとはここまでだろ?」
そこは分かれ道となっている街道。
確認のためか、商人とフレゼリカが話し合っている。
「寝てたのか?」
「いや、考え事」
フェルト達は荷馬車の中からひょっこりと肩肘つきながら、フレゼリカを見る。
「フレゼリカは魔法都市だっけ? 別大陸の」
「らしいな。向かう先の町から汽車に乗って向かうんだとよ」
「聞いた時は驚いたよ。船じゃなくて汽車なんだな」
何でも海を横断するように作られた線路橋があるらしく、それ目的でその汽車に乗る人達もいるらしい。
俗に言う観光スポットだ。
海の上を蒸気機関車が走るのは中々絶景だそうだ。
「ま、俺もいつかは行くつもりだけどな」
「フレゼリカのケツでも追っかけるのか?」
「ばっ!? んなわけねえだろぉ! フレゼリカの行く都市は世界最大の迷宮があるって有名な都市なんだ。冒険者憧れの聖地のひとつだ」
「へー……」
興味無さげに返答すると、ディーノがむくれた。
「お前ってさ、その辺ホント興味ねえよな」
「まあな」
どうもその冒険ってのがちょっとガキくさそうで、乗り気にならん。
積み上げた精神年齢だけなら、俺は二十後半だからね。
現実をある程度、理解できる年齢に達している。
「将来設計があるから、学校に通うんだよな?」
「ん? あー……」
まさか『大罪の神器』の対策がメインとは語れないが、
「まあ父さんみたいな仕事をしている人を見るとさ、やっぱある程度は知識やら経験やらは必要で、家族が出来たら、あんまり心配もかけてやれねえかなぁーって。そういうあったかい家族みたいな理想はまあ、あるかな?」
前世での突然の死やマルコ神父の死のこともある。
こうして考えるとフェルトは死に憑かれているように感じたが、あまりそんな考えを持つのはやめようと思った。
とにかく前世では果たせなかった幸せな家庭を築くという漠然とした理想はある。
そう思えたのは、やはり両親の影響。
フェルトは幸せな家庭に生まれることができたし、自身のことを今でも心配してくれている。
親孝行のひとつとして、安心させてやれるという将来は立派な目的と言えるだろう。
するとディーノがジト目で、
「平凡だな」
「わ、悪りぃかよ!?」
正直、『大罪の神器』の話が大き過ぎて、自分の人生くらいは平凡であってほしいという願いも、もしかしたら無意識に持っていたのかもしれない。
「いや、別にいいけどさ。お前はその神眼でおばさん達にも心配かけてたろうし、ちょっと落ち着くのもありなんじゃねえか」
「……だろ?」
するとフレゼリカがこちらに駆けてくる。
「じゃあ私はここまでだね」
「その町まで向かわなくていいのか?」
「別にいいわ。徒歩でもすぐだもの。貴方達に回り道させる方が勿体ないわ」
「お前も長期休みとか入ったら、一度帰ってくるんだろ?」
「そのつもり。シエラのこと、心配だしね」
「だな」
そんなここまでの旅路でもできたような会話をある程度して、フレゼリカと別れる。
「じゃあな。せいぜいしっかり勉強してこい!」
「アンタに言われたくないわよ! 冒険者になっていきなり依頼失敗して泣きべそかくんじゃないわよ!」
「んだとコラぁ!!」
「……お前ら、最後まで喧嘩別れしてんじゃねえよ」
フェルトはそんな風に呆れながら、フレゼリカの背中を見送り、フェルト達が乗る馬車は王都へと向かった。




