13 人喰い5
「アンジュ!? お前、命令はどうした!?」
助けてくれたことには感謝するディアンだが、上司として命令を無視した行動を示唆せねばならない。
「す、すみません。子供達にシスターさんのことを任されまして……」
ディアンはアンジュの良く言えば人の良さ、悪く言えば断れない性格、情に流されやすい性格は騎士として、そしてこれから自分の部隊としてやっていくには課題として映った。
「シスター達のことは――」
「あー……はい。先程、ノーウィン先輩を見掛けました。凄い顔で睨まれましたが……ははっ」
ノーウィンは最年長ということもあり、隊長であるディアンより厳しい。
命令違反に関して、激怒しての視線とアンジュは苦笑い。
「なら後でこっ酷く叱ってもらえ。そのあと始末書だ」
「ひ、ひええ〜」
すると助けてもらったユナとアーガスが、フォローする。
「大目に見てもらえるよう、私から頼みます」
「ユナ先輩〜!」
「そうですぞ、ディアン殿。今のはアンジュ殿の介入がなければ、ユナ殿がどうなっていたことか」
「アーガス先輩〜!」
するとディアンは仮面の少女を見て、それどころでもないかとため息を吐くと、
「……わかった。始末書は勘弁してやる。だがノーウィンさんの説教は怖いぞ。覚悟しておけ」
「は、はい……」
するとその仮面の少女は完全にキレたのか、殺意しか宿らない視線を向ける。
「――ガァアアアアアアアアッ!!!!!!」
「とりあえずあの人喰いをなんとかするぞ。お前が来たなら、俺と前衛で来い! ユナ! アーガス! 捕縛魔法の用意。アレを捕らえる!」
「承知しました!」
「承知!」
「了解です!」
ユナとアーガスは確実に捕縛するためか、魔力を溜め始め、ディアンとアンジュが仮面の少女との距離を詰める。
「俺に合わせろ! 先走るなよ!」
「はい!」
アンジュは抜刀術を中心とする超高速剣術を得意とする一方、その戦い方は連携を取るには難しい。
ここまで来るまでに魔物との戦闘から、ディアン達との連携の取り方を身体に覚えさせたアンジュは、ディアンとの動きに合わせて攻める。
できる限り、仮面の少女の側で剣撃を与え続けていく。
仮面の少女も二人がかりでそんな戦い方をされると困るのか、距離を取ろうとバックステップするが、
「逃しませんよ!」
アンジュがあまりに速く目の前から現れるため、上手く距離を取らせてくれない。
仮面の少女が戦ってきた元冒険者の村人や周りを散策していた冒険者達は、ある程度の連携は取れていたものの、ここまでではなかった。
後、アンジュの個人的な実力があまりにもずば抜けていた。
それにはディアンも驚く。
「元々そうだとは思っていたが、ここまでとは……!」
ディアンの部隊は特殊騎士部隊とされており、今回のような不可思議な事件などを担当することが多いため、柔軟な対応を求められるよう、そういう人材を固められる。
最年長で実戦経験も豊富、索敵なども柔軟に行える犬型獣人ノーウィン。
肉体強化魔法を主体とし、体術とパワー、そして魔法すらも器用に熟す魔導拳士アーガス。
付与、治癒などのサポートなら何でもござれでありながら、水系統の魔法の使い手ユナ。
そして、それらを束ねる統率力を持ち、本人も剣士としての頭角をみせるディアン。
そこに入ってきたのは、王都の魔法騎士総合学校を主席で卒業し、風系統の魔法を得意とし、そこから抜刀術を見出した異端児がアンジュだった。
ディアンはそのアンジュの実力が尖っていたことを目撃している。
王都で行われた騎士とのエキシビションマッチで、当時学生でありながら、圧倒的な実力を見せつけていたところである。
実力としては申し分ないが、あくまで個人技に特化し過ぎているため、統一性を求められる新人騎士としてはあまり嬉しくはない。
だが王宮としてもこれほどの才能を逃したくないと、ディアンの部隊に入れられたのだ。
実際、課題は多く残っているものの、アンジュはとても素直でありながら、順応に物事をこなしていくため、対応も早かった。
しかも、言われたことのみを行なうような新人としては当たり前と思われる行動も少ない。
ただ、そのためこんな命令違反をしたりするわけだが、柔軟な対応力があることは非常に好ましい。
「ディアン隊長! 上から攻めます!」
「わかった!」
すると仮面の少女の前からアンジュが消えて、目の前には斬り込んでくるディアンの姿があった。
「――はあっ!」
アンジュが消えて困惑する仮面の少女は、ディアンに対応するしかなく、鎖の鞭を放つ。
「もうそれは見飽きたぞ!」
動きを見切ったとばかりに、その鞭を避けていく。
そして、上からパチっという静電気が疾ったような音が聞こえた仮面の少女は上を見上げた。
そこには空中でピタリと止まっているアンジュの姿があった。
「紫電抜刀――落雷!」
するとアンジュはその名の通り、落雷でも落ちたかのような勢いで下にいる仮面の少女目掛けて、剣撃を打ち込む。
アンジュは虚空を蹴り上げ、そのままの勢いで斬りつけたのだ。
「――ガギャアアアアッ!?」
今度は縦に斬りつけられる。
そして更にディアンの剣撃が追い討ちをかける。
「そこだぁ!!」
「――ギャアアアアッ!?」
更に追撃。
さすがの仮面の少女もその場で崩れるしかなく、ヨロヨロとその場で構える。
「ユナ! アーガス! 今だ!」
「はい!」
「任されよ!」
すると仮面の少女を中心に茶色の魔法陣が展開。
「――獰猛なる者よ、地に這い、鎮まりたまえ! ――グラビティ・バインド!」
「――水よ、かの者を縛るための水牢を現出せよ! ――ウォーター・バインド!」
強い重力場が発生し、仮面の少女を襲い、更に水の帯のようなものが出現し、更に彼女を縛り上げる。
「――ガァアアアアッ!?」
仮面の少女も必死に抵抗する。
メシメシメシと地面がめり込んでいるため、相当負荷がかかっているはずだが、
「ま、まさかこれほど抵抗されるとは……!」
「んっ、んんっ!!」
「――ウウァアアアアアアアアッ!!!!」
仮面の少女はゆっくりと押し潰されそうな身体を起こしながら、水圧の縄を無理やり解こうとしている。
するとアンジュが捕縛魔法を通すために、もう少し体力を削ぎ落とそうと、剣を抜こうとした時、
「!」
何者かに柄頭を押さえられる。
「ダメよ」
「ノ、ノーウィンせんぱ――いっ!?」
余計な行動はするなというのと、ディアンの命令違反をしたことを激怒した表情で睨む。
「あ、あはは……」
「ノーウィンさん……。その顔は怖い……」
命令を出していたディアンもドン引きの鬼の形相。
「それよりも彼女のことを警戒なさい。あのふたりの捕縛魔法すら力尽くで破られる可能性があるわ」
「だったら尚更……」
「だからこそ、魔法の擬似硬直が起こるであろうふたりの身を守れる行動が最優先とされるの。戦力の減少は一番避けるべき」
これほどの強大な相手には万全を期すべきだと、仕留めるより、どれほどの力の限界を見た方が対処しやすいと考えての判断だろう。
団体行動をとる以上は、味方の安否はかなり重要視される。
すると、その読みは当たる。
「ウウ……ガァアアッ!!」
ほぼ完全に力技で両方の捕縛魔法を粉砕する。
「なっ!?」
「そんなっ!?」
するとノーウィンの読み通り、捕縛魔法を使い、擬似硬直状態のふたりにリーチの長い鎖の鞭が放たれる。
だが勿論、読んでいたため、アンジュとノーウィンはふたりを抱えて回避。
「おわっと!?」
「大丈夫?」
そしてディアンは、三度も斬りつけ、更にはふたつの捕縛魔法によって体力も削がれた仮面の少女にトドメを刺しに行く。
「本当は捕らえたかったが、やむを得ない。可哀想だが終わらせる!」
どういう理由があって、人間の幼い少女がこんな状態になったのかは定かではないが、これ以上は忍びないと躊躇なく仕留めにかかる。
仮面の少女はフラフラしながらも、生きる気力は失っていないようで、ディアンのバックに映る大きな教会を見た。
そして大きく口を開けて、少し溜める。
「な、なんだ?」
今まで取ってこなかった行動に疑問を持ちつつも、今更引き返せないと、ディアンは距離を詰めるが、
「――ディアンっ!! ダメっ!!」
嫌な予感が走ったノーウィンが、今まで発したことのない焦った声に、アンジュが反応する。
「――隊長っ!」
「――おわっ!?」
ヒュンっとディアンを抱えて仮面の少女の射程内から外れる。
「――ガァアアアアアアッ!!!!」
今までにないほどの広範囲の真空波が仮面の少女の直線上に撃ち出され、教会が半壊した。
そして、一同が驚愕する中、あのまま突っ込んでいれば、そして気付いたとしても、アンジュが横から素早く掻っ攫ってくれなければ助からなかったディアンは感謝する。
「た、助かったぞ、アンジュ」
「い、いえ。……ってぇ!?」
すると教会がディアン達目掛けて倒れてくる。
真空波は真っ直ぐに円形状で飛んでいく。
そのため、教会が壊された時、アンバランスな感じで一瞬は建ってくれていたのだが、さすがに倒れてくるようだ。
「ぜ、全員、退避っ!!」
バキバキバキと大きな教会は倒れてくる。
全員、何とか回避に成功するが、倒れてきたことによって発生した土煙で辺りが見えなくなってしまった。
「か、彼女はどこに……?」
すると、
「……ウウウウ……」
周りを警戒するような唸り声が聞こえたかと思うと、ガサガサっと茂みに入っていく音が聞こえた。
それに反応したのはノーウィン。
「匂いが遠ざかってく。向こうの方!」
「逃しま――」
「待て」
「――ぐえっ!?」
仮面の少女を追いかけようとしたアンジュの首袖を引っ張るディアン。
「何するんですか、隊長!? 首もげるかと思いましたよ!」
アンジュほどの速度で移動できる人間の首袖を掴むのは、確かに首が取れそうだと、ディアンは苦笑い。
「あー……それはすまん。だが、お前に彼女を追わせるわけにはいかない」
「何故です!? アレはとても危険ですよ?」
「そんなこと、この光景と戦った俺達が一番わかっている。だからこそ深追いは禁物だ」
「アンジュ。何故止めたかわからない?」
ノーウィンのその質問に首を傾げるアンジュだが、他のメンバー達はわかっている様子。
「先ず彼女があの広範囲の真空波を放った理由、それは回復と私達との戦闘回避が目的だった」
「回復と戦闘回避……」
「おそらくだけど、あの真空波は彼女のあの状態を維持するための回復方法だと考えてるの。だから貴女達の攻撃で酷く消耗した人喰いは回復のため、教会を半壊させたものと考えていい」
「そしてこれ以上の怪我を負わないように、ディアン隊長と我々を攻撃しようとした……」
確かにディアンがあのまま突っ込んでいたら、ディアンは消失し、残ったメンバーは教会の下敷きになっている可能性が高い。
「それに教会が倒れてこれば、少しは私達との距離や逃げる時間を稼げますからな。いや、戦闘に関してはあの少女は一枚上手ですな」
「だが思ったほど回復しなかったことと、もう部が悪いと考えたんでしょうね。撤退を考えたというところよ」
「で、でしたら弱っている今こそが……」
「アンジュ。弱っているからこそダメだ」
「へ?」
「そんな極限状態の奴を追い詰めれば何をしでかすかわからない。ましてや俺達はこの地に慣れてはいない。どちらかといえば彼女のような身体能力を持っている方が有利に立ち回れるだろう。森の中で戦り合えば、今度はこちらが無事では済まない」
ディアン達はここ、オルドケイア大陸を統べる王都から来た騎士だが、全域を理解しているわけではないし、地の利があるとは言い難い。
ほぼ獣のような理性を持つ彼女と視界が悪く、動きづらい森の中で戦うのは、あまりに危険であると判断したのだ。
この教会広場で仕留め切れなかったことが悔やまれる。
とはいえ、仮面の少女が反撃してこないとも限らないし、村に襲撃される心配もある。
「ノーウィンさん。彼女を追えるか?」
「ええ、任せて。あと、さん付け……」
「はいはい」
直す気がないだろとムッとしたノーウィンだったが、隊長命令ということもあり、仮面の少女を追う。
「ノーウィン先輩さんはいいんですか?」
「ノーウィンさんは獣人だから森の中を気配を辿られることなく、尾行が可能だ。それに俺の意図もわかってくれている」
伊達に経験豊富なノーウィンさんではないと、一同の信頼は厚い。
ノーウィンはあくまで仮面の少女が、この村をこれ以上襲撃しないかを見張るために尾行している。
「それに最悪、遭遇してしまっても森の中は獣人の十八番だ、上手く対処できるだろう」
「しかし、あの仮面の少女……あまりに異質でしたな」
「結局、わかったことはとても強いということと……」
ユナはチラリと教会広場を見渡す。
「人喰いの名は伊達ではなかったということでしょうか……」
「……そうだな」
残った一同は、死んでしまった村人達を見て、悔やんだ表情を浮かべている。
「さて、とりあえず一度、村の方へ行こうか」
「ノーウィン先輩さんを待たないんですか?」
「それは問題ない。我々のことは匂いで追ってくれる。それに俺達にはまだやらなければならないことがある」
「他の村人さん達の安否確認やこれからのことですね」
「ああ」
ディアン達は村人の安全を最優先にするため、この激しい戦闘の場を離れていく。
ディアン達のこれから考えることは多い。
仮面の少女の正体、あの力の源、対応策。
だが一番考えなければならないことは、
「間に合わず、本当に申し訳ありませんでした」
亡くなった人達のご家族への説明やその気持ちをどう汲み取っていくか、この国の民を守る騎士として課題は募るばかりである。
アンジュは戦うだけではなく、その戦いの後のことを考える機会となり、色んな意味で学ぶことの多かった初任務となった。




