11 人喰い3
恐れていた事態が目の前に広がっていた。
ボルドは「すまない」と謝り続け、右半身を失い、もう虫の息のマルコ神父が虚な目で青空を見上げている。
「ひゅー、ひゅー……」
「せんせえ……!」
フェルトはマルコ神父の前で膝を愕然と落とした。
その光景に駆けつけた騎士達も悔しそうに歯を食いしばる。
「ディアン隊長。その……生存者は……」
「そちらの一名だけか?」
「……」
ディアンという騎士が険しい表情でアンジュという騎士に報告を求める。
「一名だけなんだな?」
「は、はい……」
するとマルコ神父の口が開く。
「……ま、間に……合った、のです……ね……」
そう言ってマルコ神父は安心そうな表情でディアン隊長達を見た。
「馬鹿、抜かせよ。間に合って……ないだろうがあっ!!」
マルコ神父は、フェルト達が無事な状態で騎士達が来てくれたことに安心しているという意味で言ったのは、わかっている。
わかっていても、自分が死にかけているのに、他人を心配するマルコ神父にそう叫ばずにはいられなかった。
フェルトがボロボロと涙を零していると、ディアン隊長がその隣に座って、マルコ神父に一礼した。
「貴方のような勇敢な方にそう言ってもらえるのは、誇らしいことだ。その言葉に見合う働きを果たすと誓いましょう」
マルコ神父のその言葉は、この村を救ってくれる方が来たという言葉。
その期待に応えるべく、ディアン隊長は指示を出す。
「ユナ、アーガスは俺と共にノーウィンさんと合流。必ず人喰いを仕留める!」
「「はい!」」
「アンジュ」
「はい!」
「お前はこの村を守れ。これ以上、ここの村人に怪我人ひとり出すな」
「お言葉ですが、私は向かわなくても……?」
「勘違いをするな。お前を足手まといに思っているわけではない。俺達、騎士の仕事は人々を守ることだ。民を脅かす者の排除も大切だが、人命を守ることが一番最優先とされる。……お前なら守りきれるだろ? 頼むぞ」
「は、はい!」
そう言うと、ディアン隊長を含めた部下二名がこの場を後にし、戦闘音が響く教会へと走り去った。
「先生……先生……」
「親父っ! 何が……何があったんだよぉ!!」
「神父さんがよぉ、俺を……こんな馬鹿な俺を……庇ってくれたんだ」
フェルトはマルコ神父の真意に気付いた。
この人のことだ、ディーノに父親を失わせるようなことをしてはならないと、ボルドの危機の身代わりになって、右半身喪失んだと。
すると村長も悲しそうな表情でマルコ神父を見下ろす。
「あんたって人は……本当に……」
町の中心部の広場に横たわるマルコ神父には喪失した右半身が見えないよう、布が敷かれているが、流れ出る血を村人達は窓から見ている。
フェルトはそんな中からシエラ達が見ていないか、不安になり目をやると、シエラは驚愕した表情で両手で口を押さえており、一緒にいたフレゼリカもシエラに身を委ねるように俯き、震えて抱きついていた。
フレゼリカママは、これ以上は見てはいけないと二人を奥に引っ込めた。
「ひゅー……」
何かを口にしようとしているのか、少し大きく息を吸った。
「ボルド……さん」
ふるふると涙を堪えながらボルドさんはマルコ神父を覗き込む。
「貴方が……ご無事で、良かっ……た。右腕を……失われてしまい、申し訳……ない」
「何言ってやがる! 神父! 約束しただろぉ……。生きて帰るって……言った、だろうがぁ……」
ボルドさんはボロボロと悔し涙を流しながら、マルコ神父にそう語った。
そんな言葉が出てくるということは、フェルト達が言った約束を最後まで守ろうとしてくれたのだろう。
「それは……申し訳、ありま、せん……。村長ぉ……」
「……何だ」
村長も涙ぐみながら、声をしっかり聞き取れるよう、マルコ神父に寄るように屈んだ。
「わたくしを……この村に置いて、下さり……感謝しております。どうか……これからも、良い……村づくりを……」
「あんたがそんな心配をしなくていい。……こちらこそ、村に尽力してくれたこと、感謝しているよ」
ニコリと微笑むと、次は初対面のアンジュさんに話しかける。
「騎士様……」
「わ、私でありますか?」
まさか自分にまで言葉を頂けるとは思っていなかったようで、ハッとしていたが、そんなアンジュもこの痛ましい光景に涙している。
「お願い致し、ます。……この村の……人達を……あの少女の手に、堕ちぬ……よう、お守り下さい。そして……この子達の……未来をどうか、どうか……お守り下さい」
マルコ神父はいつ息を引き取ってもおかしくない状態でありながら、必死に言葉を搾り出す。
その懸命な姿に、アンジュは胸に握り拳を置いた。
「神父殿! 貴方の死力を尽くしたそのお言葉、この胸にしかと刻み、その願い、必ず果たすと……約束いたします!」
アンジュは涙を流しながら、そう誓ってくれた。
「ディーノ少年……」
「先生ぇ……」
「お父様の、右腕……守れず、申し訳……ありませんでした」
「そんなことはいい! 少しは自分の心配しろよ!」
それは誰もが思っていることだった。
自分が死にかけているのに、マルコ神父は他人の心配ばかり。
すると掠れた笑い声を上げたマルコ神父は、ゆっくりと左手を上げ、ディーノの頭を撫でた。
「もう、わたくしは……持ちません。よいのですよ」
「先生ぇ!」
するとボルドがディーノの後ろからガッと支えるように掴んだ。
「神父の最後の言葉だ。男なら、ちゃんと受け止めてやれ」
「親父……!」
ディーノはもう涙で顔がボロボロだった。
だがそれは人のことなど言えなかった。
フェルトも涙でボロボロだった。
「……ディーノ少年」
「はい……」
「貴方は……冒険者に、なりたいの……でしたね?」
「ああ。……ああ、そうだよ! こんなことにならないように、魔物とか悪い奴らを倒せる、凄え冒険者になりたいって……思ってるよ……」
「そうですか。……それは、素晴らしい、夢……ですね。貴方のような……優しく、強い少年なら、きっと……叶えられるでしょう……」
「強くなんか、ねえよ! 俺は……俺はぁ……」
人喰いを目の前にして、怯えすくんだことを酷く後悔するように、マルコ神父から視線を逸らしたが、父ボルドの言葉を思い出したのか、悲しみを堪えながらもマルコ神父に視線を戻す。
「……強い、ですよ。あんな少女を前に……しても、ちゃんとあの人達を……避難させられました」
マルコ神父の視線の先には、治療を終えていた腕を無くした村人達が涙ながらに立っていた。
「だから……頑張って、下さいね。応援、してますよ」
「ああ……ああっ!!」
ディーノは最後くらいと涙を浮かべながらも胸を張った。
そして――、
「フェルト少年……」
「先生……」
フェルトもマルコ神父の最後の言葉をちゃんと聞こうと身構える。
「――ゴ、ゴホッ!! ガホッ!!」
「せ、先生っ!?」
だがもう限界が近いのか、大量の吐血をした。
よく見ると、少し淡く光っていた身体の光が無くなっていた。
どうやらマルコ神父は自分に治癒魔法をかけていたようで、何とか踏みとどまっていたようだが、限界だったようだ。
「先生……先生っ!!」
「ひゅー……フェルト……少年」
「もういい! もういいよ、先生! もう……いいんだ……」
マルコ神父からすれば、最後の力を振り絞ってでも言葉を残したいのだろうが、正直、見ていられなかった。
そう言わずにはいられないほどに。
だがマルコ神父はそれでも振り絞る。
「……貴方の未来を……少しでも……良く、する……ために、アレを……何とかできず、申し訳、ない」
「……!」
やはりマルコ神父は、『大罪の神器』に関わるフェルトの未来を憂いて、少しでも負担を軽減するよう、立ち向かったようだった。
フェルトは、とんでもないことをしてしまったのだと絶望した。
「ですが……どうか、自分の……未来を……見失わ……ないで。……貴方は、賢い子……ですから、そのあたりが……少し不安です」
「先生……」
自分がこんなことになったのにも関わらず、怒ることも責めることもなく、謝ったり、心配してくれるマルコ神父に、フェルトは頭が上がらない。
これまでの年月、特に『大罪の神器』のことを打ち明けてからの五年間、マルコ神父には散々世話になった。
大変なこともあったし、実際、『強欲の義眼』を使い熟すのにも大変な時間がかかった。
だけどそれにずっと付き合ってくれて、ずっと支えてくれて、ずっと守ってくれた。
今の両親以上に、フェルトにとってかけがえのない存在となっているマルコ神父。
伝えたいことがたくさんあるのに、マルコ神父のこの様子を見るに、その時間をくれないようだ。
「先生っ! 俺、先生に会えて良かった。先生に……色んなことを教えてもらえて良かった」
「俺もだよ! 先生ぇ!!」
ボロボロと泣き崩れるフェルト達をマルコ神父は、いつもの優しい微笑みで見てくれた。
そっと手をフェルトの頬に添えて。
「はい。わたくしも……貴方達の……先生で、良かっ…………た……」
添えた手は、するりと地面に落ちた。
「先生? 先生っ? 先生っ!!!!」
「あ、ああ……」
何度も呼びかけるが、優しく微笑んだその表情が、ゆっくりと沈んでいき、
「ダメだ……先生ぇ……。死んじゃダメだ!! 先生っ!!」
「先生っ!! ――ああああああっ!!!!」
―― 息を引き取った。
フェルト達がどれだけ叫び呼びかけても返事はなく、ただただ無情に泣き叫ぶ声が辺りに響くだけだった。
ディーノは父と悲しみを分かち合うように、強く抱きしめ合い泣いた。
フェルトは必死にマルコ神父を揺さぶるが、それをケリングに止められた。
「フェルト。もう休ませてあげなさい」
「父さん……! う、うう――ああああああああっ!!!!」
こんなに人のために泣いたことが、前世でもあっただろうか。
記憶の中を探っても、おそらくはこれが初めてだと思う。
マルコ神父の死は無力さの証明になった。
マルコ神父の死は甘さの象徴となった。
マルコ神父の死は弱さの結果となった。
「父さん……俺が、俺が……先生を……!」
もし、『大罪の神器』のことを話すことなく、『強欲の義眼』を神眼と誤解したままであれば、マルコ神父が無事だった未来があったのではないだろうか。
もし、『大罪の神器』が無ければ、そもそもあの仮面の少女が襲ってくることもなかったのではないだろうか。
そんなたらればばかりが頭を過るが、そんなことに意味なんてない。
結果は目の前に広がっている。
今、穏やかに眠るひとりの神父の姿がそれだ。
「俺がっ……殺したんだぁ……」
だがそんな言葉を父が信じるはずもなく、ギュッと抱きしめる。
「そんなことはないさ。二人だけじゃない、みんなを守れたことに、マルコ神父は誇らしく逝かれたはずさ。……本当に素晴らしい人だったね」
ケリングは人喰いに対し、マルコ神父がフェルト達を守り続けた結果、死んでしまったことをフェルトのせいだと語っているように聞こえたらしい。
本当はそんな意味で言ったのではなかったのだが、
「父さん……父さん!」
フェルトは自身を卑怯だと思った。
今だけはケリングに縋るように泣きたいと、必死にしがみつき、泣いた。
ケリングはボルドのように一緒に泣くことはなく、フェルトの気持ちを受け止めるように宥めてくれた――。
――ひとしきり泣き終えると、既にマルコ神父には布が被せられていた。
すると向こうの茂みから焦った様子で、数人の村人が現れた。
「はあ、はあ……。騎士様とすれ違ったが……」
「貴方達! 無事でしたか……」
「え、ええ……って、ボルド!? 何でお前がここに?」
どうやら教会での生き残りらしく、ボルドがいることに驚いているようだ。
ボルドはアンジュに運ばれてきたから早かったと説明する。
何でもぴょんぴょん跳んで走ったそうだ。
「ほえー……お嬢さんがねぇ」
「大したことではありません。それより、他に生存者は?」
「俺達とボルド、あとはマルコ神父がいるはずだが……」
マルコ神父の状態を知らない、来たばかりの村人達は沈むフェルト達の表情に首を傾げる。
すると村長が語る。
「マルコ神父なら亡くなったよ。ボルドさんを庇ってとのことだそうだ」
村長はそっと布を上げて、穏やかに眠るマルコ神父の顔を見せると、今事情を知った村人達は黙り込んでしまった。
「では生存者はここにいる全員で大丈夫でしょうか?」
アンジュがそう確認をすると、村長が「ああ」と答えようとした時、
「あっ!?」
「ど、どうかされましたか?」
「いや、教会にはシスターが二人ほど務めていたはず。そのシスターを確認しておりません」
「!?」
辺りを見渡すが、確かにマルコ神父の補助をしていたシスター二人の姿が見当たらない。
ボルドやケリングも見かけていないと首を振る。
「ではまさか……!」
アンジュは先程より激しい戦闘音が響く教会の方へ向いた。
誰もがあそこに居るのだと確信を持った。
「わかりました。すぐに救出へ――」
「ま、待ってください、騎士様」
「はい?」
「今そちらにはお仲間が向かわれたのでしょう? その方々が気付いてくれるのでは? それに貴女様は、この村を守るよう言われたのでは?」
優秀な騎士であれば魔力感知にて、教会内にいるであろうシスター達の気配を辿ることは難しくないだろう。
そう村長に言われたアンジュは、眉間にシワを寄せて悩んでいると、
「騎士さん、助けに行ってくれねえか?」
ディーノが救出に向かってほしいと頼む。
「貴方……」
「もう嫌なんだ、こんな悲しいこと。俺達はわかる。あの化け物、突然襲ってきたから、中にいるシスターはきっと怯えて動けなくなってると思うんだ」
マルコ神父の元に駆けつけた村人が報告に来た際にも、教会内にはいたし、避難を促そうとした矢先に、仮面の少女は襲ってきた。
逃げ出す暇はなかったはずだ。
「なっ? フェルト」
「ああ。俺達のことは心配しなくてもいい。先生が、マルコ神父が可愛がってあげてたシスター達だ、頼む! 助けてやってくれ」
話に聞くと、ふたりのシスターは行き場がなかったところをマルコ神父に拾われたらしい。
そこからシスターになっている。
アンジュにすれば命令違反にもなるだろうが、フェルト達としては救ってあげてほしいと思った。
するとマルコ神父の名前のせいもあるのと、元々向かおうとしていたアンジュは割とあっさり、
「わかりました。助けに行きましょう」
「!」
「ただし、条件があります。私は貴方達を守るよう言われています。なので村長さんの指示に従い、安全な家の中で避難していて下さい。それを確認したら、助けにいきます」
これがアンジュなりの譲歩だったのだろう。
魔物は村の結界で入ってくることはないし、フェルト達さえ家の中に入っていれば、安全も確認できたことになるだろう。
あとは人喰いである彼女を向かわせなければいいだけ。
そして助けに行ってくれるのは、やはりマルコ神父のためなのだろう。
この人は、あの言葉を真摯に受け止めてくれた。
その証明だろう。
「わかった。姉ちゃんが安心して助けにいけるように家にいる」
「そうですね。貴方のお父さんはそんな状態でもあります。貴方が守ってあげて下さいね」
片腕を失ったボルドが戦うのは勿論、無理だろうが、ディーノがアレと対峙するのも無理な話。
だが子供を説得するという意味では、この状況は効果的だろう。
「うん!」
「貴方も……」
アンジュはフェルトの方にも言いかけようとしたが、
「わかってる。俺に何もできないことくらい……」
「フェルト……」
フェルトは前世の記憶がある影響もあって、物分かりはいい。
だから素直に家に入ろうとした時、
「何もできなかったなんてことはありません」
「!」
「貴方が私達に的確に情報を提供してくれたから、こうして迅速に対応できているのです。落ち度があるとすれば、もう少し早く来ていれば良かった我々にあります。どうか、自分を悲観しないで下さい」
「……フェルト。お前はいつだって、大人顔負けにこの村を守ってきたじゃないか」
落ち込み、悲観的になっているフェルトだが、ケリングはそんなことはないと褒め始める。
「聖女様が来られなくなって、騎士様や冒険者が魔物に対処する中、村の守りなどを提案してくれたのはお前だろ? まあたまにディーノ君と村を抜け出して、特訓だと森の中に入っていくのは頂けなかったが……」
その点に関しては申し訳ないと思っている。
だがこれからの『大罪の神器』との戦いを考えると、魔物如きに遅れをとるわけにはいかなかった。
それでも届かなかったわけだが。
「お前は本当に私達にはもったいない息子だよ。だから、大丈夫だ。お前は立派にやり遂げたよ」
ケリングは自身の役目をしっかり果たしたと諭すと、フェルトの手を引いて家へと向かった。
すると村の外に出ている人間はいなくなった。
そのことを確認したアンジュは、その場から瞬時にいなくなった。
「父さん……俺、弱いな」
そんな無力感に苛まれているフェルトは、窓から外を見ながらそう呟いた。
「弱くてもいいじゃないか。それはひとりじゃないってことでもあるだろ? 助け合えばいいのさ」
あまり腕の立たないケリングならではの強い説得力を感じた。
ケリングは力があまり無く、弱々しいが、屈強な冒険者達をまとめ上げるという役目を果たしている。
ケリングの言いたいことは、弱くても強くても人それぞれに役目があって、必ず人のためになるのだと語りたかったのだろう。
そしてオリーヴもフェルトを慰めるよう、後ろから抱きしめる。
「貴方はよく頑張ったわ。だから……そんな顔しないで」
フェルトはどんな顔をしていたのだろうかと、ふと思った時、オリーヴは少し困ったように微笑んで、今度は正面から抱きしめてくれた。
優しく包み込むように。
「お、俺……俺ぇ……」
悔しさと涙が再び溢れてきた。
きっとフェルトの今の顔は、人生で一番、カッコ悪い顔をしていたことだろう。




