03 エドワード王子殿下の治療 2
――約一時間後、フェルト達は密室となっているロマンド達の部屋の前に立つ。
するとフェルトは先程聞いた臭いの遮断魔法を自身にかけると、「陛下達は離れて待機を」と語り、素早く扉を開けて入室し、直ぐに扉を閉めた。
「あの陛下。フェルト・リーウェンは一体なにを……」
「う、うむ……」
不安を感じながらも数十分後、扉が開き、
「あ! もう入っても大丈夫ですよ」
フェルトがニコニコ笑顔で入室許可を出した。
そしてオルディバル達が見たロマンド達は、絶望の表情でその場に蹲っていた。
「な、何があったというのだ……」
そう語るオルディバルにロマンドはキッと睨みつけ、
「だからフェルト・リーウェンに関わるのは嫌だったんだ!! こんな奴を連れて来て……」
フェルトはスッと『色欲の右腕』を見せると、ロマンドは一瞬にして黙り、跪く。
「ご、ごめんなさい……! か、勘弁して下さい……! 何でも言うこと聞きますから……!!」
ガタガタと身を震わせながら謝罪する姿に看守長は、
「……やはり何かしらの脅しを?」
「なんのことだか? 俺は溜まってるもんを文字通り吐き出させただけだが?」
すると元聖堂騎士達はフェルトを指差し、
「ふ、ふざけるなぁ!! そんなことを求めてなんかねえよ!!」
「そうだ! そうだ! 白々しい!! 完全な脅しだろ!!」
「お前だったらやるのか!?」
なんて罵倒をガン無視のフェルト。
「……お、俺のアレが――」
「止めろレックスっ!!!! 思い出しちまうだろうがぁ!!!!」
悶絶するロマンド達を見てオルディバル達は、とにかく何かしらのトラウマを植えつけたのだと察した。
「……それで? 素直に言うことを聞く気にはなったのか?」
「な、なったよ!! なりました!! だから勘弁してくれぇ……」
観念したロマンド達は酷く落ち込み、諦めた様子でその場でへたり込んだ。
ならばとフェルトが説明を始める。
「改めて言うが、お前達にしてほしいのはエドワード王子殿下の治療だ」
「……やれっつーならやるが、あの王子様が元に戻るとは思えないね」
「俺達も半ばヤケクソみたいなもんだ。戻ればいいな程度にしか思ってない」
「なに?」
「エドワード王子殿下は植物状態で、アスベルの指示でのみ動く。しかも幻覚魔法などでのアスベルには無反応だ。本人でしか命令は効かない」
元に戻す方法がイマイチ、ピンと来ないとロマンド達は不思議そうにする。
「状態は知ってたが、アスベル本人じゃなきゃ、命令が効かないのは知らなかったな」
「でもそれが元に戻すのと、何の関係があるんスか?」
「簡単な話、ショック療法を起用する」
「ショック療法?」
「ああ。アスベル本人の命令で、王子殿下に一般的な人間の行動、もしくは王子殿下の癖や行動などを命令させることにより、記憶を呼び起こし、意識を取り戻させる方法を取ることにした」
なるほどと一部の元聖堂騎士達は納得するが、
「待て待て。そのアスベルは死んじまっただろうが。どうやって本人に命令させるつもりだ。幻覚や変身魔法じゃダメなんだろ?」
「ああ。だからお前達がアスベルになってもらう」
「な、なに?」
するとフェルトは面と向かっているロマンドにいきなりガシッと『色欲の右腕』で顔を掴む。
「お、おい!? や、やめ――」
――『変質』
「「「「「――!?」」」」」
そして触れられたロマンドはみるみると別人へと姿を変えていく。
そして――、
「う、嘘……ッスよね?」
一同は唖然とし、ロマンドだった人物を見る。
「お、おい!? 俺は――!?」
ロマンドは思わずハッと口を塞いだ。
発された声が自分の声ではなかったからだ。
ロマンドは改めて、そっと声を出す。
「あっ……あー……。お、おい……嘘だろ!? 俺の声がアスベルになってる!?」
するとフェルトは、
「違う違う。声じゃなくて、アスベル本人になったんだよ。エメローラ姫殿下、鏡とか持ってます?」
「え、ええ……」
開閉式の手鏡をロマンドに渡すと、ロマンドは自身の顔を確認する。
「な、なんじゃこりゃ!! ア、アスベルになってる!?」
これには『色欲の右腕』の能力を知っているオルディバルやエメローラも驚き、能力を知らない看守長や元聖堂騎士達、ノートンは絶句する。
その一同に説明するように、フェルトはサラッと語り始める。
「俺の神の右腕はお前達を説得するために使った能力とは別に触れた相手を変質させる能力がある」
「へ、変質?」
「ああ。触れた生物を別の性質体に変質させられる。今のお前みたいにアスベルにすることはもちろん、身体の一部を肉塊みたいにすることも可能だ」
一同は神物もとい『大罪の神器』の恐ろしさに改めて息を呑んだ。
「それで話を戻すが、これから交代性でアスベルになってもらい、王子殿下の治療に当たってもらう」
「な、なるほどな。俺の性質自体がもうアスベルだから、命令権があるってことだな?」
「でも何で交代性なんスか? そんなのひとりがずっとやってればいいんじゃ……」
確かにと一同もフェルトをちらりと見るが、フェルトはあっさりと理由を答える。
「それは簡単だ。お前がお前じゃなくなるからだ」
「は?」
「要するにはそのままアスベルで居続けると、ロマンドっていうお前本人が消えてしまう可能性があるからだ」
「なっ!?」
「お前は今、アスベルの身体なわけなんだから、そのままで居続ければ、自分はアスベルなんだと心が誤認を始め、自我がブレる可能性がある」
「ですからフェルトさんはこの方々に頼むと言ったのですね」
「その通りです、姫殿下。ま、お前がアスベルになりたいってんなら、そのままにするがな」
「ふ、ふざけるな!! アスベルは国家反逆罪の罪人だぞ!? そんなのになりたいわけあるか!!」
「お前本人の肩書きも似たようなもんだろ」
「片棒を担ぐのとその主犯じゃ、罪の重さが違うだろうが!!」
「はいはい」
フェルトはロマンドアスベルを適当にいなすと、
「陛下。とりあえずコイツらを使ってのショック療法での治療が望ましいかと。エドワード王子殿下がやられた神の左足の後遺症を正しく取り除くのは、俺が思い付く限りはこれが限界かと……」
「いや、感謝する。これでも十分な希望は見えている」
「とはいえ、お兄様が命令を聞くかはまだわからない段階ですから、試さないと」
「ですね」
フェルト達はエドワード王子殿下がいる聖都オルガシオンへと再び移動する――。
***
「これはこれは……。懐かしの王子殿下様だ」
ロマンドアスベル達は両手を拘束されながら、植物状態のエドワードと対面した。
「陛下。とにかく命令させてみましょう」
「うむ。だがその内容はどうするのだ?」
「アスベルはエドワード王子殿下を利用するつもりだったはず。ロマンド、『公の場での挨拶をしろ』って命令してみてくれ」
オルディバルに汚名を付け、エドワードを矢面に出させるつもりで人形に変えてしまったのなら、そのような命令は聞くはずであり、エドワードの自己を名乗らせることで自我が目覚める可能性に賭ける。
「……わかった。エドワード――『公の場での挨拶をしろ』」
すると今までピクリとも動かなかったエドワードは、何事も無かったかのように、すくっと立ち上がり、
「初めまして皆さん。わたくしの名はエドワード・オルドケイアと申します。この国で王子殿下という立場にある者です」
「「「「「!!」」」」」
整った所作でフェルト達の前で挨拶をした。
「おおっ……! エドワード!」
「お兄様っ!」
だが感動も束の間。
エドワードは直ぐにスンと虚な眼に戻った。
「こ、これは……エドワードが直ぐに……」
「ああー……おそらくですが陛下。アスベルの奴が自身の命令を細かく聞くようにするため、極力無駄を省いた結果かと……」
「なに!?」
「言いましたよね? エドワード王子殿下の中は『アスベルの命令に従え』という言葉がぽっかり浮かんでいると。まだ自我が呼び起こされるには、刺激が弱いかと……」
「そ、そういう話であったな。……すまない。久方ぶりに息子の声を聞いたものだから……」
「心中お察ししますよ、陛下」
「ですがこれでひとつの希望には繋がりました。フェルトさんの言う、ショック療法は成り立ちそうです」
「そうだな!」
喜ぶオルディバルとエメローラとは裏腹に、フェルトは苦悶の表情を浮かべる。
それにロマンドアスベルが問う。
「どうしたんだよ、フェルト・リーウェン。これがお望みだったんだろ?」
「まあそうなんだが……逆に考えると、これ以外の方法では元に戻せないってことが証明されたことにもなる」
「「えっ?」」
はたっとオルディバルとエメローラはフェルトを見る。
「だって他の方法は大体試したんだろ、ノートンさんよぉ」
「あ、ああ。どんな治療を施しても呼びかけてもダメだった。反応した今の姿を見て驚いたくらいだ」
「だとすれば、本当にロマンド達にかかってるわけだ。とはいえ、これキッカケで他の治療法を受け付ける可能性もあるかもしれない。ノートンさん、治療に当たった治癒魔法術師を呼んでくれ。もう一度試す」
「わかった!」
その後、改めてノートン達が試した治療法を施してみたが、望ましい結果が出ることはなかった――。
「……結論が出たな。フェルト・リーウェン」
「ああ。こりゃあショック療法しかないな」
「……そうか」
一応、フェルトの脳裏には【記憶の強奪】を使い、命令されたことの記憶自体を取り除き、意識が芽生えないかとも考えたが、【絶対服従】による人格破壊がされていることが明白である以上、かえって危険であると提案を控えた。
「……まさか、コイツらに頼らなければならないとは……」
そう言って睨むノートンだが、
「そう言うなら手を引いたっていいんだぞ、無能な付き人さん? そもそも別に俺達がアスベルにならなくたって、お前達の誰かがなればいいもんな」
「お前達の方がアスベルのことを知ってんだろ? より近い人間の方がアスベルを演じやすい」
「そんなことだと思ったよ」
「あと普通に責任取れ」
「はいはい。俺達もお前に逆らうのは怖いんでな。王子殿下を元に戻すための計画があるんだろ? さっさと話せ」
「はいはい」
そう返事をしたフェルトだったが、それはエメローラが話すと語り出す。
基本的にはフェルトが言った通り、交代性でエドワードに命令し、自我を目覚めさせるショック療法を適用することとした。
命令内容はオルディバルやエメローラ、ノートン達のようなエドワードのことをよく知る者達による情報からくる内容となる。
エドワードが普段取る行動を意図的に増やすことで、身体から心に呼びかけるという作戦だ。
交代の頻度は、アスベルになり続けることがどのような負荷になるかは不明なため、とりあえずは一週間から一か月ほどで交代しようという話だ。
勿論、アスベルの身体の適応には個人差があるだろうから、そこは様子見となる。
その間、アスベルで無い者達は、再び収監され、交代で外に出る。
勿論、監視付きである。
とはいえ、フェルトの『色欲の右腕』によって、逆らう気は無さそうなので、反抗の心配はしていない。
刑期の減刑については、その成果によるものとするようで、そこはもう少し詳しく詰めていくという話なため、今ここではエメローラやオルディバルからは明確に口にはしなかった。
「――今とりあえず決まっていることは、こんなところでしょうか」
「つまりは王子殿下の治療を請け負ってる間は、監視付きだが、シャバに出られるってわけだな」
「ええ。勿論、監視以外にも制限は設けますが……」
「まあそもそもアスベルの身体でウロウロは出来ないと思うがな」
「あっ……」
アスベルが死んだことは、聖女ラフィと共に亡くなったということもあり、国民には周知の事実。
そんな男がうろつくことは勿論、その犯罪者の姿でうろつくこともまた、国民から大きな不満を買うことになるだろうから、外に出られるとは名ばかりである。
「お、おい! それじゃあほとんど意味ねえじゃねえか!」
「何言ってんだ。王子殿下の治療が最優先であり、お前らが見捨てた結果だ。自業自得だと思って諦めるんだな」
「な、なあ! お前のその神の右腕で別人になって、少しでいいから自由行動を許してくれよぉ……」
「あのなぁ。俺は一応、学生だぞ? お前らみたいに暇人じゃねえんだ。いちいちそんなことさせられるか。それに被害者である陛下達がそれを許すか?」
「うっ……!」
さっきまで悪態をついていたのが、裏目に出たと思わず顔が引き攣るロマンドアスベル。
するとその話を聞いたオルディバルは、仕方なさそうにため息を吐き、
「……お前達の罪とはいえ、エドワードの治療に精力的になってほしいのは事実だ。やる気を崩され、治療が滞ってしまうことは困る」
「……!」
そう呟いたオルディバルに、態度を一変させたロマンドアスベル達は跪き、
「わ、わかりました! ちゃんと心を入れ替えて、王子殿下の治療にも全力を尽くします! だ、だから――お願いします!!」
ノートンは都合の良いと侮蔑の視線を向けるが、
「我々の指示に従い、ちゃんとエドワードの治療に専念できるか?」
「「「「「は、はい!」」」」」
「お前達のやってきたことへの罪を悔い改め、人生をやり直すことができるか?」
「「「「「はい!」」」」」
そう尋ね、オルディバルはエメローラに目線を移すと、エメローラはこくりと頷いた。
「……わかった。息抜きも必要であろうから、監視付きではあるが、多少の自由も許そう」
「おおっ!」
「フェルト・リーウェンに頼らずとも、我が王宮魔術師の変身魔法で見た目だけであれば誤魔化しも効くだろう」
「あっ! そっか! 別にそこはフェルト・リーウェンの神の右腕じゃなくてもいいのか」
「自由行動のとこだけな」
「その代わり、しっかりと励み、我々を裏切らぬことだ」
「あ、当たり前だ! しっかりやらせてもらうぜ。な?」
ロマンドアスベル達はお互いに見合い、こくこくと同意し合った。
「……まあ陛下達がそれでいいならいいけどよ。感謝しろよ」
「あ、ありがとうございます!」
そしてロマンドアスベル以外は再び収監され、ロマンドアスベルは更に詳しい内容を詰めるため、オルディバルと共に別室へと向かった。
残されたフェルトにエメローラが礼を言う。
「フェルトさん、改めてありがとうございます」
「いえ。むしろこんな方法しか思い付かなくて申し訳ない」
「いえ。我々では治療どころの騒ぎではありませんでしたので、感謝しかありませんよ」
「まあ元に戻るかは、本人の気力次第なので、かなりの根気がいるように思いますが……」
「そうですね。再びお兄様と再会できるのはいつになるやら……」
そう寂しげに語るエメローラに、エドワードとの思い出など聞けるはずもない。
それは下手な同情というものだ。
「ま、アスベルに変えたロマンドの様子がおかしくなったら連絡下さい。速攻で元に戻しますので」
「はい。その時はよろしくお願いします」
それでは失礼しますと退散しようとしたフェルトに、
「そういえばフェルトさん……」
「ん?」
「ロマンド達を説得したその右腕の力、そのひとつはまあ【変質】だと教えてもらいましたが、もうひとつについては聞いていませんよ。情報は共有してもらわないと……」
「ええー……」
もうひとつの能力についてはあまり話したくないフェルトは、嫌そうな返事をする。
「どうしても話せないのですか?」
「ああー……少なくとも姫殿下には話したくないなぁ。話すとロマンドらに何が起きたのかの察しも着くだろうしね」
「……」
すると、
「なら私には話せるか?」
「陛下! お話は?」
「エメローラが来ないから、様子を見に来ただけだ。だが確かにその話は聞いていなかったな」
「うっ……」
一応、『大罪の神器』を知るオルディバル達には、情報の共有をしておくことは重要なことではあるが、それでもフェルトが渋るのは、あまり王族に話せるような能力ではないからだ。
「そんなに話せない内容なのか?」
「陛下……俺の右腕は『色欲』ですよ」
『色欲』と聞いて、ある程度の連想をするオルディバルは、
「まあ確かにエメローラには口にしづらい内容ではあるか」
女に語る能力で無さそうだと苦笑いし、エメローラもなるほどと言わんばかりに無言で頷いた。
だがフェルトは、
「まあとりあえず陛下にだけは話しておきますか」
「!」
能力をわかる人間がいた方が都合も良いだろうと、フェルトはオルディバルに耳を貸すように手招きし、エメローラに聞こえないようにする。
「もうひとつの能力は――」
「ふむふむ……むっ!?」
フェルトがボソボソと語ると、オルディバルはどんどん青ざめていき、フェルトが話し終えると、オルディバルは一歩引いた。
「フェ、フェルト・リーウェン……で、では彼らにやった説得というのは……」
そう言うと今度はオルディバルがフェルトに耳打ちし、ロマンド達への説得の答えを口にする。
「――ということか?」
お互い気まずい様子で見合うと、
「……はい」
フェルトは渇いた笑みを浮かべた。
その答えを聞いたオルディバルは、非常に怯えた様子で、
「た、頼むからその力をむやみやたらと使わないでくれ。というより……それは彼らにもやってはいけないことだぞ」
「俺もそう滅多に使う気なんてありませんよ! 実際、ヘールポート大陸で能力の確認がてら、囚人達に使いましたが、かなりヤバイ能力だって自覚はあるので……」
「む、向こうで試したのか!?」
ヘールポート大陸で身につけたことは話していたので、向こうの国の人間にも情報が渡ったのではないかと危惧も含めて驚いたオルディバル。
「勿論、情報の漏洩は避けてますから大丈夫ですよ。向こうの許可も得てのことです。知ってる人間はせいぜい英雄の盃のリィルさんくらいですから、ご安心を」
「そ、それは良いが……その囚人達は――」
「大丈夫ですよ。事が起きる前にちゃんと能力の解除をしてますから。まあ……ロマンドらには説得のために一時間は止めませんでしたが……」
「……」
するとオルディバルは、
「ロ、ロマンド達がお主のことを悪魔と呼称する理由が嫌でもわかったぞ」
「はは。そりゃどうも。ですが国家壊滅に加担したんです。反省の様子も無かったですし、いい薬にはなったんじゃないです?」
「は、はは……」
今度はオルディバルが渇いた笑みを浮かべ、エメローラは表情が豊かなオルディバルに苦悶の表情を向けるだけであった。
「……話が理解できる者同士の会話は楽しそうですね」
「い、いや!? ローラ!! お前にはこんな話は聞かせられん!! フェルト・リーウェンもローラには……」
「わかってますよ。話しません」
「ええー……」
どこか不満そうなエメローラを引きずるように、オルディバルはロマンドアスベルが待つ部屋へと入っていった。