05 強欲の義眼4
「ただいまー」
フェルトはいつもの集まりから帰り、オリーヴからも「おかえり」と返答を頂いた。
「ねえ、母さん。ダマス神父から貰ったクッキーは?」
「ああ、あれ? ダメよ。今食べたらお夕飯、入らないから」
別に食べたいから尋ねたわけではない。
寧ろ本当に食べて大丈夫なのかを確認したいと考えての発言だった。
『強欲の義眼』の【識別】なら確認が可能だと思ったのと、いつまでも『強欲の義眼』を使うことを渋っているわけにもいかないと思ったからだ。
さっき将来について語った時、おそらく近い将来、他の『大罪の神器』を持つ奴が現れる。
その時にいくら話伝いには知っていても、実戦的に使用できないという、間抜けな事態は避けなければならない。
すると奥の方からケリングがリビングに入ってきた。
「まあいいじゃないか、オリーヴ。ひとつくらいなら。美味しかったんだし……」
「えっ!? 食べたの!?」
ケリングはどうやら今日の仕事は早めに終わっていたようで、フェルトがみんなと遊んでいる間にそのクッキーを食べたようだ。
「ね、ねえ? 大丈夫だったの?」
やはりあのダマス神父が、簡単に心を入れ替えたとは考えにくかった。
勿論、あのマルコ神父がしっかりと説得できたという可能性も考えたいが、それは楽観的だろう。
「あ、ああ……?」
首を傾げるケリングの様子から見ると、特に変わった様子はない。
「まあ、そうね。私達だけ先につまみ食いしちゃったのもアレだし……」
どうやらオリーヴも食べたようだ。
そのオリーヴは戸棚から、受け取っていた菓子箱を取り出す。
「じゃあ一個だけよ?」
そう言って菓子箱を開き、ひとつ選ぶよう促された。
「う、うん……」
本当は食べたいわけではないが、流れとしては受け取らないわけにはいかなくなった。
適当にひとつ受け取ると、オリーヴは戸棚に菓子箱を戻した。
「とても美味しかったぞ。さすがは聖都で振る舞われてる菓子だな」
「そうね」
両親はダマス神父の心を入れ替えたような、あの豹変とも捉えられる態度とわざわざ聖都から送るよう、手間のかかった謝礼の品に、完全に信用したようだ。
実際、食べても何もない様子を窺うに、判断材料としても十分だろう。
しかし、教会で起きたあの奇跡の神物を目の当たりにして、目の前にそれがあるのを、あの横暴な性格のダマス神父が簡単に諦めるとは、やはり考えにくかった。
それでもあの穏やかな態度は演技でも、あそこまでできるのかも不思議だった。
だからそれらをハッキリさせられる方法をフェルトは持っている。
それこそ、『強欲の義眼』の【識別】である。
【識別】を使用すれば、このクッキーが正常な物なのか確認できる。
だが、視覚に映るものの情報が全て脳内に入り込み、処理が追いつかなければ酷い頭痛があるとされており、最悪、死に至る。
一度死んだ身。
正直、二度目は避けたい。
一枚のクッキーが生死を分けるなんて馬鹿馬鹿しいと思うが、事実である以上、息を呑むほどの覚悟がいる。
その張り詰めた表情に、両親がオロオロと話しかけてくる。
「ど、どうしたの? 先に食べちゃったの、そんなに怒った?」
「そ、そうなのか? ご、ごめんな、フェルト」
フェルトは子供じゃないんだ、そんなことでごねたりしない。
今は確かに子供だが。
「いや、そんなことないからさ……」
【識別】を使った時の副作用を考え、両親の目に届くところで使用することとした。
頭を抱えて苦しむ子供なんて見たくないだろうが、下手に自室で倒れ込んで、見つかるのが遅くなるなんて話は避けたい。
いつも食事を摂っている自分の席に座ると、ジッとクッキーを見つめた。
そして、意を決し――、
――【識別】
「!?」
――純白紙。オルドケイア大陸、ヴァース山脈付近に生息しているヒノキ科針葉樹、植物性天然繊維を使用。創造魔法にて作成。全ての純白紙にダマス・ゲスカロイ指紋あり。バタークッキー。材料、バター、砂糖、卵小さめ、小麦粉、バニラエッセンスを使用。聖都オルガシオンの菓子職人が量産加工。追記、遅延性催眠薬混入。ダマス・ゲスカロイが混入。テーブル。材料、オルドケイア大陸、ヴァース山脈……――。
目に映るクッキーの包み紙から背景に映るテーブルにまで細かな情報が入ってくる。
――マ、マジかよ!?
「うっ!」
あまりの情報量に頭が痛い。
思わず目を瞑ると――、
「!?」
――フェルト・リーウェン。性別、男。年齢七歳。身長約百二十三センチ。体重約二十四キロ。元現代世界人。前世の記憶あり。十七歳にて交通事故にて死亡。家族構成……――。
――な、何で俺の情報まで……!
目に映る情報は全てということに気付いた。
目蓋を閉じたことで、自身を視認したと【識別】が判断したのだ。
そうでなくとも、クッキーを握っていた手から、フェルトの情報が入ってくるようだ。
「――ああっ!! ああああっ!?」
頭が焼き切れるように熱い。
座っていた椅子から落ち、地面に倒れ、身体を唸らせ、頭を抱えながら苦しむ。
そんな明らかに異常な様子に両親は必死に呼びかけてくる。
「――フェルト!! どうしたの、フェルト!!」
「しっかりするんだ!! どこが痛い!!」
二人が視界に映ると、
「あっ、――ああああっ!!!!」
――ケリング・リーウェン。性別、男。年齢、四十歳。身長約百八十センチ。体重約六十五キロ。家族構成……――。
――オリーヴ・リーウェン。性別、女。年齢、三十七歳。身長約百五十八センチ。体重約四十ニキロ。旧姓、オリーヴ・ニーヴェル。家族構成……――。
天井を見上げれば家の材料や建築技術、家具を見てもそれらの情報。
更には空気まで情報に入る始末。
俺は薄れゆく意識の中、必死で能力を止める。
――解除! 【識別】解除っ!!
だが時既に遅く、脈を打つような激しい頭痛と鉄パイプを焼き切るかのような酷い熱に侵され、そのまま意識を失った――。
***
「ん。んん……」
フェルトはゆっくりと意識が回復していく。
見慣れた天井だった。
そして、自分に何があったのかを思い出す。
そっか。【識別】を使って、気を失ったんだったな。
正直あそこまで酷いものだとは思っていなかった。
イミエルからの説明でも、ある程度は大丈夫だと言っていたのを信用し過ぎていた。
「あのクソ女神……今度会ったら、文句言ってやる」
そう文句を呟きながら、起き上がろうとした。すると、
「ん?」
何やら身体が上手く動かなかった。
あれだけの頭痛と発熱を起こしたのだ、身体にも影響が出たのかと思い、頭を枕に沈め、視線を横に向けた。
「ふう。……ん?」
すると床にはオリーヴが倒れていた。
「か、母さん!?」
起き上がろうとするが、やはり動けない。
というより、手足が何かで縛られているかのうように動けない。
「はあっ!?」
そう思って確認すると、本当に手足を縄でキツく縛られていた。
こんなことをケリングやオリーヴがするわけがない。
何か心当たりがないか考えていると、オリーヴが倒れている床のベッドを挟んだ反対側で、ごそごそと動いている影があった。
「だ、誰だ!」
そう呼びかけると、見覚えのある神父服とハゲた頭、恰幅の良い横っ腹が見えた。
「おや、起きたのか? この――クソガキぃ!!」
「ダマス神父……!」
この時、あのクッキーを【識別】した時の情報が頭に浮かんだ。
確かにあの時、『遅延性睡眠薬混入』という情報があり、それを入れたのが、ダマス神父だってことがフルネームと共に情報があった。
「野郎っ……! やっぱりまだ狙ってやがったか」
「口の利き方がなってないぞ、小僧!」
するとダマス神父はフェルトに馬乗りになってきた。
勘弁してくれ!
前世ですら無かった夜這いなのに、初めてがハゲたおじさんとか洒落でもキツ過ぎるわ!
おそらくだが、オリーヴがよけられていたのは、突然倒れたフェルトのことを心配して添い寝していたところを遅延性睡眠薬が効き、そのまま寝込んでしまったのだろう。
そして、ダマス神父が両親が起きないことをわかって侵入。オリーヴは『強欲の義眼』をフェルトから取り出すのに邪魔だから、床に転がしたのだろう。
「はははっ! 上手くいった、上手くいった。怪しまれないようにするのは大変だったぞ。お前はそれでもワシのことを疑っていたが、倒れたと聞いてチャンスと思ったね」
聞いたということはあの倒れた後、両親が教会に尋ね、マルコ神父に助けを求めたに違いない。
その時、ダマス神父は聞き耳を立ててたわけだ。
「だからわざと他の住民にもクッキーを配ったわけだ。おそらくは普通のクッキーだな?」
「……チッ。物分かりのいいクソガキだなぁ。ああ、そうだよ。てめぇらのとこだけに催眠薬を入れたんだよ。夜、ぐっすり眠れるようになぁ!! 親切だろぉ?」
全ての家庭に睡眠薬入りのクッキーを入れれば、犯人は配った奴だと明白になってしまうが、標的だけに絞れば、たまたまその時、早めに眠ってしまったと言い訳が立つ。
遅延性にしたのも、夜を狙い目とし、怪しまれないためだろう。
「正直、金はかかったが、そんなもんお前の神眼さえ奪ってしまえばどうとでもなる。一時はこんなド田舎に飛ばされた挙句、あんな馬鹿な若造の下につけられて絶望していたところだったが、やっとワシに運が向いてきた。ひっひひひ……」
ダマス神父が聖都を追い出された理由は知らないが、『強欲の義眼』を奪って、やり直したいと望んでいることはわかる。
「ざけんな! 離せ!」
フェルトは身体を揺さぶり、少しでも脱出を試みるが、ダマス神父の中年デブ体型を七歳児が押し除けられるはずもなかった。
「安心しろ。ワシだってガキを夜這いする趣味はない。その目ん玉取り出したらすぐにでも出て行ってやるよ」
「それをやめろっつってんだろうが!」
どれだけ叫ぼうとも、倒れているオリーヴが起きる様子はなく、家の中にいるであろうケリングもオリーヴ同様、睡眠薬が効いて、駆けつけられないのだろう。
あとはシエラの家を含めたご近所さんが助けに来てくれるかだが、その様子もない。
夜はかなり静かになり、音も響くはずだが、意外と聞こえないのだろう。
「クソガキ、感謝してるぜ。こんな田舎にまさか神物が落ちてくるたぁな!」
そう言いながら、手袋をはめたまま、『強欲の義眼』を奪おうとするが、
「んっ? くそっ! どうなってやがる……!」
『強欲の義眼』はフェルトの目にぴったりとくっついているせいか、外れる気配がない。
それもそのはず。『大罪の神器』は死ななければ外れない。
するとダマス神父は素手で奪おうと手袋を外した。
爪を立てて、『強欲の義眼』の隙間を狙うかのようにカリカリとほじる。
「や、やめ……」
目玉に手をかけられているのが怖く、先端恐怖症だったら、今頃発狂してるほどである。
正直、【識別】を使うのが怖かった。
再び、あの激しい頭痛と発熱を味わうのかと思うと。
しかし、少しでも解決に繋げられるよう、情報を入手しようと考え、
――【識別】
一瞬使ってから、すぐに解除した。
これなら、負担も少しは少なくなるだろうと考えた。
すると、他の人と同様に名前、性別、年齢、身長体重などの基本情報に加えて、ダマス神父からは前科も見えてきた。
――違法奴隷所持及び売買。恐喝、詐欺、未成年わいせつ行為。
フェルトは頭を痛めながらも、ダマス神父にひとこと言ってやろうと呟く。
「ぐっ……このゲス野郎……」
聖都を追い出された理由はわかったが、この状況を打破する情報はなかった。
すると次第にダマス神父の指の入り具合が良くなっていく。
「もうすぐだ。ひっひひひ……」
自分で目を擦ることはたまにあったが、他人の指が目の前にあり、目を突っ込まれ続ける恐怖映像は割と精神的にくるものがあった。
正直、『大罪の神器』による死を与えてしまうことなんて、忘れるほど驚いている。
「ホ、ホントにやめ――」
すると、
「――ピギャア!?」
急にピタリと動きが止まったと同時に奇声を上げた。
手は『強欲の義眼』に触れたままである。
「ダマス神父……?」
「――オギャア!? ギヒ、ギヒヒ!? アパぁ? ピ、ピぁアアあアああ!? おほおほおほ……」
ダマス神父の目の焦点が完全におかしかった。
まるでカメレオンの目のように、両目とも別の方向に向いており、何かを頭の中に流されているのか、身体がぐねぐねと動いている。
どうやら『強欲の義眼』の死の洗礼を受けているようだ。
「あ、アアあ!? いいぎぃーっ!?」
脳の限界がきたのか、『強欲の義眼』から手を離す。
だが、一向に元のダマス神父に戻ることはなかった。
「あ、あぱ……? た、たひゅけ……?」
直立して立ったダマス神父を見て、フェルトは恐怖した。
奪うつもりで『大罪の神器』に触れるとどうなるのかを。
ダマス神父は、気をつけをして直立し、頭からは煙が出ており、両目はおかしなところを向いたまま血涙し、舌を出して吐血しながら、小便を漏らしたのか、ズボンの股間部分が濡れているのを確認した。
「――アピぃいぃいいいいっ!!!!」
最後は近所にでも響きそうな悲鳴を上げて、そのまま母に向かって倒れ込んだ。
すると、パァンという風船でも破裂したかのような音が響くと、くちゃあという内臓と血が流れ出るような音がベッド下から聞こえた。
縛られているため、確認したくてもできないが、おそらくベッドの下は断末魔状態だろう。
すると、さすがに倒れ込まれ、ぶつかった勢いのせいか、目を覚ましたオリーヴ。
「か、母さん!? 今は……」
「えっ……?」
オリーヴはその大量の返り血を見て、一気に意識が覚醒していく。
「はあ!? えっ? えっ? 何々!? は? えっ?」
酷く動揺するオリーヴにトドメを刺すように、ぐちゃぐちゃになっているであろうダマス神父が目に入ったようで、
「か、母さん!! 母さん!!」
そのまま、ふらぁっと立ちくらみを起こしたように、もう一度気を失ってしまった。
するとその悲鳴を聞いたのか、玄関を強く叩く音が響く。
「リーウェンさん! 今、変な声が聞こえましたが、大丈夫ですか?」
ドンドンドンと激しく玄関の扉を叩く。
「リーウェンさん? リーウェンさん?」
中々返事がないと痺れを切らしたのか、玄関の扉を突き破る音が聞こえた。
「リーウェンさん? 寝ておられるのですか?」
どうやら睡眠薬の効いたケリングはリビングで寝てしまったらしい。
正直、この状況を心構え無しに見に来てもらうのは、大人でもキツイと思ったが、縄で縛られているフェルトは動きようがないので、
「――村長? その声、シエラのおじさんだよね? 上! 上に来て!」
叫んで助けを求めた。
「フェルト君か? わかった。今行く」
フェルトは村長が来るまでここだと叫び続け、村長はフェルトの部屋にたどり着く。
「フェルト君、どうし――たあ!?」
村長が驚くのも無理はなかった。
部屋に入れば、床一面が赤黒く染まっており、気をつけをして倒れたダマス神父の頭部は破裂し、脳髄が飛び出ていた。
「ひっ!? ひいぃ……!」
「おじさん! 怯える気持ちはわかるけど、助けて!」
ダマス神父の死体に怯む村長だったが、フェルトがベッドに縄で縛り付けられているのを確認すると、
「わ、わかった」
ダマス神父の死体を跨ぎながら、フェルトを解放してくれた。
「な、何があったんだい?」
「そ、それは……」
改めてダマス神父の死体を見ると、気分が悪くなる。
死ぬとは聞いていたが、こんな死に方をするとは聞いていなかった。
あの詐欺女神、今度会ったら、顔面殴ってやる。
この後、フェルト達はなんとかケリングを起こし、オリーヴを別室に移動させると、マルコ神父を呼び出し、事の説明をした――。
「――本当に申し訳ありませんでした!」
「……」
さすがにいえいえと相槌を言えなかったケリングの表情は険しい。
大事な息子の、義眼とはいえ目玉をくり抜くため、クッキーに薬物を混入し、家に侵入。息子の両手足を縄で縛り、愛する妻はダマス神父の血まみれとなり、気を失った。
「ダマス神父はわたくしの言葉を聞き、しっかりと反省していたと思っていました。しかし、このような所業に走るとは……」
「まんまと騙されましたよ。お陰で妻も息子もこんなに怖く、酷い目に遭ってしまった……!」
そう語った父の表情は悔しさも滲んでいるように見えた。
何せ自分はまんまと寝込んでしまったのだから。
「特にフェルトは、息子がどれだけ怖い目に遭ったか、わかりますか!?」
マルコ神父は床に座り、土下座して謝罪する。
「本当に申し訳ありませんでした!」
正直、居た堪れなくなってきたフェルトは、ケリングの袖を引っ張る。
「も、もういいよ、父さん。悪いのはあのダマス神父だし……」
「フェルト。お前にはわからないかもしれないが、大人というのは、責任というものを取らなければならない。マルコ神父はダマス神父の上司にあたっているはずだ。ちゃんと指導がされていなかったことは反省されるべきなんだ」
ケリングの言いたいことは良くわかるが、フェルト自身はマルコ神父のことは信頼してる。
だからこそ、責められる光景はあまり見たくなかった。
だがマルコ神父は俯いて語る。
「フェルト少年。お父様の言う通りです。わたくしの監督不行き届きだったということ、責められて当然のことなのです」
「そ、それはそうかもしれないけど、俺が倒れた時、駆けつけてくれたんでしょ?」
「!」
正直、フェルトにその記憶は無いが、ダマス神父の話からすると、【識別】を使った後の気絶時にマルコ神父が介抱してくれたはずだ。
「ダマス神父は俺のこの神眼で、またやり直そうとか言ってたけど、マルコ神父はいつも親身になってくれてたじゃない。父さん、違う?」
「そ、それは……」
実際、ケリングは迷うことなく、近所の村長宅ではなく、マルコ神父の元へ向かった。
神眼のこともあったとはいえ、村長でも良かったはずだ。
何せ、教会までは距離がある。それでも頼ったというのは、信用していたからだろう。
「マルコ神父に非がないとは言えないけど、ここまで用意周到に準備してたことを考えると、悪いのは死んだダマス神父だよ」
被害者であるフェルトの説得を受けたケリングは、フェルトの頭を優しく撫でた。
「……本当にお前は物分かりがよく、優しい息子だ。わかった。父さんはこれ以上、責めることはしないよ」
「ありがとう」
「だが、お母さんはどうだろうな……」
オリーヴは確かにあの変死体を直接見て、倒れている。
変に心の傷になってないことを祈るばかりだ。
最悪、【記憶の強奪】を使うことも視野に入れた方が良さそうだ。
一応、イミエルの話だと、こちらは【識別】より副作用がないとのこと。
あれだけの頭痛だったから、信用は薄いが、オリーヴの人生のことを考えれば、やむなしだった。
少しはピリついた空気が和らいだと判断した村長は、ダマス神父の死亡原因を確認する。
「そ、それで……ダマス神父の死亡原因はやはり……」
「はい……。おそらくは神の裁きを受けたのでしょう」
フェルトから聞いた話から、大人達はそう判断せざるを得なかった。
だが、本当の理由を知っているのはフェルトだけである。
直接聞いてはいたが、やはり実際を目の当たりにするでは説得力が違う。
【識別】の件、触れれば死亡する件、直に触らなければ死亡しない件。
今回の事件で、ある程度実証された。
これを良かったと受け止めるには、やや複雑な思いはあるが、課題が見えたことに関しては有益だったと考える。
わかっていたことだが、【識別】に関しては、解決策を見出さなければ使いものにならない。
ダマス神父の時に、咄嗟に一瞬だけならと考えたが、結局、視界に映っていたダマス神父や身につけていた衣服などの情報が入ってきていた。
だが一度取得した情報は、入手しなかったようで、天井を見上げた際の家の情報が入ってくることはなかった。
「マルコ神父、息子の神眼を取り外すことは可能ですか?」
「……わかりませんが、外さない方が良いでしょう。どのような神罰が下るか、検討がつきません。……今わたくしが言えることは、その神眼は息子さんに託された物であり、彼以外の所持を認めていないと言うことでしょうか」
「で、では彼の神眼に誤って触れた場合、ダマス神父のようなことになりかねないと……?」
村長にとってはかなり重要な質問。
何せ、娘シエラはフェルトと仲が良い。
間違って触れて、シエラが死んだでは話にならない。
「現時点ではそう判断できなくもないですが、わたくしも一度、触れておりますし、ダマス神父も触れております。その際は大丈夫でしたので、確実にそうとまでは……」
確かに二人とも触れてはいたが、それはあくまで手袋を装備していたからである。
イミエルの話だと、奪う意思がなければそこまではないと説明しているが、信用してよいものか。
だがダマス神父も最初は素手で触っていたが、すぐに死の洗礼を浴びたわけではなかったことを考えれば、猶予はあったように思う。
「村長さん。さっきも説明したと思うけど、ダマス神父はしばらくこの義眼に触れてたよ。深く取り出そうと指をねじ込まれそうになった時に、奇声を上げて倒れたから……」
「し、しかし……」
「村長さん、心配なのはわかります。ですが、それを目の前で見たフェルト少年の言葉を信じてあげましょう」
「は、はい」
「とはいえ、安易に触れてよいことでもありませんので、彼の義眼に触れることは一切禁止としましょう。とはいえ、この件を口外するのは軽率ですね……」
「と言いますと?」
「ダマス神父がこんな亡くなり方を、息子さんの神眼が原因だとわかると、村人達はどう思われますか?」
「あ……!」
先ず間違いなく忌み子として扱われ、爪弾きものにされる未来が目に見える。
だが一応、祝福の日を目撃している人達は、そこまでの嫌悪感を持つことはないかもしれないが、それでも良くはないだろう。
「ですので、ここでの出来事は我々だけの秘密としましょう。息子さんの目に触れるなんてことも、悪戯でもしようとは考えないでしょうし……」
常識的に考えれば、他人の目玉を突こうとは思わないだろうな。
「それとフェルト少年。君が倒れた原因も不明だ。今までもそうだったが、これまで以上に誰かと行動するよう、心がけるんだ。いいね?」
「は、はい」
するとケリングはペコリと頭を下げた。
「先程は言い過ぎた。申し訳ありません」
「い、いえ! 何を仰いますか? 息子さんのことを想えば、当然の叱責ですとも」
「そうかもしれませんが、今尚、息子のことをお考えになられた貴方を見ていて、あのように責めたことを恥いております」
ケリング表面的なことしか考えていなかったと、改めて反省した。
フェルトが非難の目を受けることなど、考えてはいなかったから、軽率だと言ったマルコ神父の言葉を問うたのだから。
「身勝手なお願いだと承知しておりますが、改めて……息子のことをお願いします。私ではこの神眼について、どうしても力になってあげられない。どうか……」
ケリングは心ばかりのお願いだと、深く頭を下げた。
「どうか頭をお上げ下さい。わたくしもどこまでお力になれるかわかりませんが、全力を尽くすことをお約束しましょう」
「……! よ、よろしくお願いします!」
仲直りしたようで何よりだが、やはり当人は置いてけぼりである。
するともうひとりの置いてけぼりの村長が、
「では……ダマス神父はどうなさりますか?」
変死体となったダマス神父のことを尋ねた。
自業自得で死んだとはいえ、人の死体を何とかするのはひと仕事である。
しかも、『強欲の義眼』で死んだことを隠すとなれば、ある程度の言い訳は必要だろう。
「……ダマス神父には申し訳ないが、魔物に食い殺されたということにしておきましょう」
聖女の巡礼が行われて、地脈の魔力が整われているとはいえ、魔物が出ないではない。
マルコ神父は、誤って外へ出たダマス神父は魔物に食い殺されたということにしようと提案。
ここにいる一同は、その案に乗り、ダマス神父の死体を教会へと運び、処理することとなった。
そしてさすがにオリーヴには隠し通すことなどできるはずもなく、怯えた様子で起きたオリーヴにケリングとマルコ神父から説明を受け、心に留めることとなった――。
――翌朝。
「ダマス神父が亡くなられたそうだ」
「何でも魔物に食い殺されたとか……」
「俺達も気をつけないとな」
ダマス神父の死は村中に伝えられ、その原因も見事に架空の魔物のせいにできた。
ただ、魔物のせいにしたこともあって、村の男衆が見回りをするということとなった。
そして今回の事件をきっかけに、フェルトは色々としなければならないことがあると考え、マルコ神父に真実を話すことに決めた。
「――先生、大事な話があるんだ」




