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大罪の神器  作者: Teko
王都編 双子の聖女
110/177

49 もうひとりの暗躍者 3

 

「は?」


 思わず呆気に取られるディーノの手を、リグレットは嬉しそうに掴む。


「素晴らしい!! 君はなんて美しい感性の持ち主なんだ!!」


「は、はあ……」


「わたくしは雇い主(クライアント)に起きた悲劇のみを考慮し、終演を与えてしまいそうになったが、確かに貴方達、被害者のことを考えていなかった……! わたくしとしたことが……!」


「はあ……」


 ディーノは先程からの冷徹な態度から一変するリグレットに、首を傾げながら生返事することしかできなかった。


「しかも貴方はわたくしの実力を目の当たりにして尚、立ち向かってみせた。国の犬(キラー・ドール)達のような建前ではなく、己が意志で!! しかも本来であれば復讐心に染まっていても不思議ではないはずなのに、雇い主(クライアント)に正しき道を用意した!! これは貴方が美しくある証拠……!」


「べ、別にそんなつもりはねえよ。ただ逃げることが許せなかっただけだ」


「そうですか! そうですか! ああっ! 貴方という素晴らしい人に出会えたことに感謝せねば!」


 リグレットは、くるっとギリューの方へ向く。


「どうでしょう、雇い主(クライアント)。娘様の殺害は実行してしまいましたが、貴方を殺害する件、白紙にするのは如何でしょう?」


「「「「「!?」」」」」


 リグレットのコロコロと変わっていく表情や手の平返しに、一同はついていくのがやっとだが、それを問われたギリューは冷静になっていた。


「わたくしとしては彼の意見に賛同です。貴方の人生をより美しくするためにも、娘様の罪を背負い、懸命に生きる様は美しいでしょう……」


 だがリグレットは自分の心情を曲げることはなかった。

 あくまでディーノの言っていることが、自分の理想に近いと語る。


「たとえこの先、どれだけの人々に恨まれようとも、それが貴方の犯した過ち、罪であるならば、甘んじて受け、人として強く美しくあるべきでしょう」


「……そうですね、リグレット様。私もそう思います」


「!」


 ギリューはディーノを見上げる。


「君、名前は?」


「ディーノ・バウアだ」


「バウア君。こんなことを言えた義理ではないが、感謝するよ。私は自分のことばかりで何も見えてなどいなかった。どんなかたちで償えばよいかわからないが、私なりに頑張ってみるよ」


「……当たり前だ!」


「ああ……」


 リグレットがパンパンと手を叩く。


「いやー。話が丸く収まって良かったです! あー……雇い主(クライアント)。こちらから白紙を提案した以上、依頼料はお受け取りしません」


「そ、そうですか……」


「こう言ってはアレですが、わたくしは持っている方でして。貴方の雀の涙ほどの財産などには元々興味はありません。あくまで貴方達の殺害を受けたのは、貴方達の人生が美しくあれと思ってのこと。ま、それも彼のおかげで違った美しさが垣間見れたというもの。こちらとしては……ん?」


 リグレットは何かあったのか、ちょっと失礼と誰かと念話する素振りを取ったが、すぐにくるりとディーノ達の元に振り返る。


「失礼しました。とにかく彼のおかげで素晴らしい結果に終わったこと、感謝致します。ですが……」


「ん?」


「……雇い主(クライアント)。わたくし達の情報に関してはご内密に。それだけは守ってもらいます。もし、守れなかった場合、いくら彼が正してくれた道であったとしても……」


「……わかっている。これでも娘を止めてくれたこと自体には感謝してるんだ」


 ギリューはメリーを抱え直す。


「恩人を売るような真似はしないし、バウア君の言う通り、私は罪を償わなければならない。それまでは死ねんよ」


 リグレットとの契約に死の芸術家(デス・アーティスト)の情報の漏洩禁止はあるようだ。


 わかっていれば良いのですとリグレットはにこやかにギリューを見た後、次はディーノに振り向く。


「ディーノ・バウア……」


「な、なんだよ?」


「正直、貴方のことは侮っていました。どこにでもいる田舎のクソガキなのだとね」


「何だかまるで調べてたみたいなこと言うんだな」


 ディーノはリグレットの発言にムッとしながらもそう言い返すと、そのリグレットは微笑み返す。


「ええ。わたくし達は元々別件で貴方の親友にあたるフェルト・リーウェンのことを調べていましたから。その過程で貴方を含めたご友人についても調べていましたよ」


「なっ!? 何でフェルトのことを!?」


「それに関しては企業秘密です」


 リグレットは唇に人差し指を当てて、意味深にそう答えた。


「てめえ……! もしフェルトに手ぇ出してみやがれ! 俺が許さ……」


「今の貴方に何ができると?」


「……!」


 リグレットは少しばかり失望したと、やれやれと頭を振る。


「まあ、人間ですから感情的になるなとまでは言いませんが、雇い主(クライアント)をあのように制止できるなら、もう少し自分も制御すべきですね。それでは友人を盾にされて何もできないと告白しているようなものですよ」


「ぐっ……」


「いいですか? 貴方には素晴らしい心根があるようですが、自惚れてはいけません。その心のままに道を示すにはそれ相応の力も同時に入手しておかなければなりません。できないからこそ、今回、わたくしを説得してみせたのでしょう?」


「お、おう」


 そんなつもりはなかったとディーノは少し言い澱む。

 それもそのはず。

 本来、ギリューに説得を働きかけたつもりだったからだ。


「ここから何も成長が見られなければ貴方はただの道化。せいぜいわたくしを失望させないで下さいね」


「お前のことなんか知るか! バーカ!」


 ディーノは言われるまでもないと悪態をつくが、リグレットは微笑ましく成長を期待する眼差しで微笑んだ。


「それではわたくしはこれにて失礼致します。どうやら向こうの方はあまり状況がよろしくないようなので……」


「向こう?」


「貴方の親友様が追っていったでしょう? あの左足を」


「あ、ああ」


「向こうにはわたくしの部下がいましてね。少しばかり手痛い目に遭ったようで、さすがですね」


「「「「「!!」」」」」


 エメローラ達の予想通り、左足を奪っていったのは死の芸術家(デス・アーティスト)だと確信した。


「フェルトさんが貴方の部下を倒したと?」


「倒していたら、わたくしはこんな悠長にしていませんよ。左足は死守したようですが、手痛い反撃に遭って撤退したようです」


「そ、そうですか……」


 するとディーノは、ふふんと鼻で笑う。


「ハッ! 相手はあのフェルトだからな。そんな簡単に勝てるかよ!」


「まったくその通りです。貴方同様、フェルト・リーウェンも甘く見過ぎていたようです。以後気を付けます」


「いや、別に気を付けなくてもいいけどな」


 リグレットの実力を見たディーノとしては、油断してくれた方が構わないと少なからずの抵抗。


「フフ。それでは改めて失礼致します」


「……待ちなさい。こちらとしては貴方には是非、王宮へとご案内して差し上げたいところなのですが……」


「フフ。王宮のどこでしょうねぇ? 貴女達の構え方を見るに、どうも応接室や王の間とかではないでしょうねぇ」


 リグレットはわかっていながらもわざとらしく言い焦らす。


「ええ。是非暗ーい監獄など如何でしょう?」


「素敵なお誘いではありますが姫殿下、わたくし暗いところはとても苦手でして……」


「嘘仰い!」


「フフ。どちらにしても無能の国の犬(キラー・ドール)共ではお話になりませんよ」


「くっ……」


 エメローラは未だ力尽きているディアン隊を見て、相手にすらならないことを悟る。


「それでは皆様、またどこかでお会いしましょう。ディーノ・バウア君……」


「あぁ? てめぇみたいなイカれ殺人鬼が気安く名前を呼ぶな」


「おやおや。わたくしは確かに殺人ギルドを経営してはおりますが、無駄な殺生はしない主義ですよ」


「でも人は殺すんだろうが」


「はは。それを言われてしまえば元も子もないですが、騎士や貴方達、冒険者だって悪人と決めつけた相手や盗賊などを殺すこともあるでしょう?」


「……」


 ディーノは元冒険者の村集落の出身だから、その言い分もわかる。


「そんなことわかってるよ」


「ほう?」


「だがアンタの場合は私利私欲が入ってんだろうが。それだったらそこいらにいる盗賊と変わんねえよ」


「!」


 図星を突かれたリグレットは再び楽しそうに笑う。


「アッハハハハッ!! いやぁ……まったくその通り。それをさらっと言える貴方はやはりいい」


「あん? そんなの普通だろ? てか、それはアンタが国の犬(キラー・ドール)って蔑んでるディアンさん達も言ってたろうが」


「いや。それは違うよ。彼らはあくまで殺しの口実を上にいる人間のせいにできるからね。自分の責任として負えない奴らを軽蔑するのは当然さ」


「じゃあ、アンタは責任を負えるんだな? 私利私欲で殺してきた人達に対して……」


「何のことでしょう? わたくしは美しい生には美しい死をというのが心情でして。今までしてきたことにわたくしは誇りがあります」


 悪びれるどころか、悪いことをしていることすらわかっていない口ぶりにディーノは、


「やっぱアンタ、イカれてるよ」


「それはありがとう。自分が壊れていることくらい、理解できていますよ」


 リグレットは転移石を手に取り出し、


「それではご機嫌よう」


 バキッと砕くとその場からリグレットは消えた。


 すると謎の重圧は消え、一同の肩の荷が降りる。


「ふう……」


 リグレットはやはりかなりの使い手だったようで、そのプレッシャーは計り知れなかった。


「フェルマ! 今すぐに王宮へ戻り、救援隊を! 聖堂騎士達も連行せよ!」


「ハッ!」


 オルディバルの指示の元、バタバタと慌ただしくなる中、ディーノはふと青空を見上げる。


 ――フェルト、こっちは終わったぞ。


 そしてギリューと抱えられたメリーを見た。


 望んだ結末では無かったが、人喰いの件に一区切りついたことに安堵した。


 ***


 闘技場を後にしたリグレットは森へと降り立つ。


 合流地点はこのあたりだったと辺りを見渡すと、


「!」


 目に入ってきたのは、噛みちぎられた肩を押さえながら息を荒くするアリスの姿があった。


「アリス」


「!」


 するとアリスはバッとリグレットに頭を下げる。


「申し訳ありません、リグレット様! リグレット様の計画通りに分断させることにも成功したにも関わらず、このような失態をしてしまい、本当に申し訳――」


 リグレットはアリスの顔を無理やり上げると、


「――!」


 パァンと頬を引っ叩いた。


「リ、リグレット様……」


 だがその引っ叩いたリグレット自体に怒りの感情はない。

 むしろ穏やかな表情だった。


「どうして君を叩いたかわかるかい?」


「そ、それは私が任務を失敗して……」


 リグレットは首を横に振った。


「違うよ。君がわかっていないからさ。そんな傷を負ってまで任務を遂行しようとしたことにさ」


「そ、それは……!」


「ボクのためかい? ボクは君を失ってまで任務を全うしろと言ったかい?」


「い、いえ……」


「そうだね」


 リグレットはスッと抱きしめ、頭を撫でる。


「『大罪の呪具』を手に入れるチャンスはいくらでもあるが、君の命はひとつしかない。ボクは君を失ってまでそれは求めていないよ」


「リグレット様……」


 リグレットは微笑む。


「それに予定外とはいえ、『大罪の呪具』のひとつは手に入れたのだしね」


 そう言われるとアリスは、マジックボックスに入れた『傲慢の左足』を渡す。


「これですね」


「ああ。ボクの仮面の方は不要と判断して置いてきてしまったからね」


「人喰いの件がありますからね」


「ああ。それもあるが、折角だから探してもらおうじゃないか。この国の殺人人形共に」


 アリスは首を傾げる。


「フェルト・リーウェンが『大罪の呪具』についての情報を持っているということは確認できたのだろう?」


「はい」


「それならあの仮面を置いてきた甲斐がある。あの仮面を調べれば、嫌でも『大罪の呪具』についての情報が手に入るだろう。どうせ錬金大国の情報を持つ国と最近、友好関係を築いたようだしね」


「な、なるほど。わざとあの国の者達にフェルト・リーウェンから『大罪の呪具』の情報を吐かせ、国がらみで探させ、我々が情報を入手する……」


「……得意だろ?」


 そう尋ねるリグレットに、アリスは再び跪く。


「勿論です! お任せ下さい!」


「そういうことだ。先ずはその任務を全うするためにも、一番しなくてはいけないことは、君の体調を万全にすることだ。怪我の治療を急がないとね」


「畏まりました。お気遣い感謝致します」


「焦る必要は無いよ。ちゃんと治療するんだよ」


「わかりました」


 アリスはペコリと頭を下げると、その場を去っていった。


「……これが『大罪の呪具』か……」


 持ってみれば、なんてことはないただの義足だが、あの会場にいたリグレットはこの力を痛感している。


「ま、求める理由にも納得がいくなぁ」


 するとふたつの気配がリグレットに近付く。


「これで良かったのかな?」


「はい。さすがで御座います、ハーマイン様」


 リグレットが『傲慢の左足』を掲げてみせる先には、メイド服のエルフとドワーフの娘が並んでいる。


 エルフとドワーフといえば、険悪な関係で有名なことではあるが、リグレットは彼女らが誰からの使いなのか知っているため、そんなことなど気にならなかった。


「予定ではあの仮面か彼の義眼を入手するつもりだったけど、こちらの方が喜ぶと思ってね。あの仮面は餌にさせてもらったよ」


「構いません。その判断で正しいかと。かの『大罪の呪具』を知る少年、フェルト・リーウェンとその国を動かす材料としては十分かと……」


「だろうね。人喰いに聖女ラフィの暴走。このふたつの原因が『大罪の呪具』という関連とわかれば、フェルト・リーウェンに事情を聞かざるを得まいて。何せ、この左足を追っているのだから」


「そこまで計算のうちだったと?」


「アドリブとしては良かったろ?」


 リグレットは『傲慢の左足』を渡そうと差し出すが、そのエルフはふるふると横に首を振る。


「あのお方の元へご案内致します。それはその際にお渡し下さい」


「そうかい? わかったよ」


 リグレットは自分のマジックボックスに仕舞う。


「しかし、フェルト・リーウェンのことを侮ってしまったのは良くなかったな。君のところの幹部も手痛くやられたんだろ?」


「それはお互い様では? シギィ様はお元気ですか?」


「元気過ぎて困ってるところさ。アレ以来、アイツは俺のもんだと暴れに暴れていてね。ほとほと困っているよ」


 シギィがご乱心なのが手に取るようにわかるとエルフの娘もクスクスと笑う。


「アーディル様はシギィ様とは別方向にご乱心ですよ。次に会ったら殺すとばかり口にされているようで。仕事に集中して頂きたいものです」


 シギィはフェルトを気に入り、アーディルはフェルトが気に入らないとご乱心。

 本当に水と油みたいな関係なんだと、お互いに微笑んだ。


「それはそうと彼女は大丈夫ですか? そのフェルト・リーウェン様に手酷くやられていたようで。こちらでお怪我を治すこともできましたのに……」


雇い主(クライアント)である君らに下手な貸しは作れないさ。何せ君らは――天下の商業ギルド、笑顔の(スマイル・)娯楽提供者(エンターテイメント)だからね」


 お褒めに預かり光栄だとスカートの裾を持ち、綺麗に会釈。


「お互いにブラックギルドとなど不名誉なあだ名で呼ばれておりますが、頑張っていきましょう」


「フフ。そうだね」


 すると先程から無口のドワーフの娘がこちらへと手招く。


 案内をしてくれるようなので、リグレットは付いていく。


「さて、噂の君達のボスはどんな方なのか……」


 リグレットは依頼は受けてはいるものの、依頼主にあたる笑顔の(スマイル・)娯楽提供者(エンターテイメント)のボスについては噂の域は出ない。


 そう呟くリグレットにエルフの娘はニッコリと笑う。


「お会いになればわかります。とてもユーモアに溢れ、奇抜で頭もキレる、素敵な方ですよ」


 ドワーフの娘も嬉しそうにコクコク頷く。


 ふたりの反応を見るに、かなり信頼を得ているあたり、さすがは商業ギルドをまとめているだけはあると感心する。


 だが、


「それは会うのが楽しみだ。ただ……」


「はい?」


 リグレットにはちょっとした懸念もあった。


 とてもくだらない懸念が。


「こんなことを言うのは正直、気が引けるんだが……」


「どのようなことでも仰って下さいな。あのお方――ゴージャス・ウルトラ・ハイパー・スペシャル・デリシャス・アスタリスク様より何なりとと申しつかっております」


「……」


 その名前をさらっと口にするエルフの娘に、それだよそれと呆れた表情をしたが、口にするのは控えた。


 リグレットは思う、小学生くらいの頭の悪い少年が考えたであろうその変な名前はどうにもならなかったのかと。


「……あれ? というか、以前聞いた時と弱冠、名前が違う?」


「はい。ゴージャス・ウルトラ・ハイパー・スペシャル・デリシャス・アスタリスク様はご気分で名前を改名されますので」


「へ、へえ……」


 部下に大分迷惑なボスなんだろうなという言葉を呑み込み、ふたりに案内されるまま、リグレットはその場を後にした。

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