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大罪の神器  作者: Teko
王都編 双子の聖女
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48 もうひとりの暗躍者 2

 

「わたくしは何度同じことを口にすれば良いのですか? さすがは国の犬(キラー・ドール)。人の言葉を理解するのは難しいのですね」


 だがリグレットは親切だからと自称しながら、


「わたくしは仕事をしているだけです。受けた依頼はメリー・ハイナントの殺害とギリュー・ハイナントの殺害です」


「「「「「!?」」」」」


 オルディバル達が同情するように驚く中、ディーノだけは違う反応をしていた。


 そしてそのギリューは自分を殺すことを止められたことに文句を垂れる。


「止めないでくれ!! 私にはもう何もないんだ!!」


「自暴自棄になるのはやめるんだ」


「私に何の希望があるというのです、陛下!! 愛した妻を亡くし、愛を捧ぐことを疎かにしてしまった娘も失い、残ったのはこの後悔と自責の念だけで……貴方達は私にも地獄を見ろというのですか!?」


「そ、そんなことは言っていない。確かに辛く、苦しいことではある。だが、それでも亡くなった者達のためにも生きねばならない」


「陛下にならわかるはずだ。……先程の聖堂騎士の事件は観客席から聞いていました。エドワード王子殿下は今、命令を聞くことしかできない人形のようになってしまっていると……」


「!!」


 お互いの傷を掘り合うこととなり、オルディバルもだんまりを決め込んだ。


「陛下だって、息子であるエドワード王子殿下を失ったも同然のこと。聞いただけで実感は薄いかもしれませんが、現実に立ち入った時、今の私のように言われて、正気で要られますか!?」


「そ、それは……」


 そのことにはエメローラも思うことがあり、オルディバルと共に気が沈む。


「こんなことを言っては失礼だが、陛下にはまだ姫殿下様が居られる。だが私にはもう何もないんだ! 財産も人徳も……愛する妻と娘も!!」


 メリーを救うために投げ売った結果、ギリューは全てを失っている。


「それでも生きろというのですか!?」


「生きるべきです!!」


「「「「「!!」」」」」


 ギリューの悲痛な叫びに、先程ナイフを止めたアンジュが叫ぶ。


「ギリューさん。心中お察し致します。ですが、それでも人は生きねばなりません」


「貴女という人は……!」


 ギリューにとってはアンジュは、ただ苛立ちを増させるだけの存在となっており、その憤りをぶつけようと立ち上がるが、


「貴方が死ねば! 貴方が愛した奥様もメリーさんも本当に死んでしまいますよ!」


「!!」


 はたっとその憤りが止まる。


「確かに辛く、悲しい現実が貴方に向けられるかもしれません。ですが、人は幸せになるために生きる生き物なのです。そのためには、貴方を愛してくれた奥様とメリーさんの思い出は必要なものではありませんか?」


「……そ、それは……」


「生きてください。ふたりのためにも。この先の未来を見ることができなくなったふたりのためにも、貴方は最後にいい人生だったと思う人生を送るべきです」


 ギリューはその場で再び膝から崩れ落ち、


「……し、幸せになんて……生きられる、わけが……ない」


 失ったものを数えるように、後悔をぶつぶつと口にする。


 するとリグレットが肩を叩く。


雇い主(クライアント)。猪の言うことです。そんな抽象的で幼稚な考えに囚われないで下さい」


「黙れ! リグレット・ハーマイン! 貴方がそうやってギリューさんを誘導するから……」


「何でも人のせいにして……。まったく……」


 するとリグレットはメリーをギリューに渡す。


雇い主(クライアント)。少し向こうへ行ってもらっても構いませんか?」


「ハーマイン様……何を?」


「少し躾をして参ります」


 そう言うとリグレットは戦闘態勢に入り、くいくいと手招き、挑発する。


「いいでしょう。貴女の信念とわたくしの信念、どちらが正しいのか、確かめてみましょう」


「なに?」


「貴女の言う、その綺麗事がどれだけ愚かしく、陳腐なことか、教えて差し上げると申しています」


「何だと……!」


 その挑発に乗るようにアンジュも抜刀術の構えを取るが、


「待て、アンジュ!」


 スタッとディアン達も降りて来た。


「この男相手だ、いくらお前でも勝てる見込みは薄い」


「何を言ってるんですか、隊長! こんな男に遅れなんて取りません」


「さっき軽く跳ね除けられた奴が言うな」


「うっ……」


 そう言ってディアン達も構える。


「俺達も戦う」


「ディアン隊長、彼に勝てる見込みは?」


「さあな。名前は有名だが、実力に関しては何も。ただ、ひとつ言えるのは、あの狂人シギィを従えられるほどだ。並というわけではないだろう」


 するとリグレットはクスクスと微笑む。


「勿論、何人がかりでも構いませんよ。貴方達のような国の犬(キラー・ドール)に負ける気などありません」


「……さっきから気になっていたが、お前、そんなに騎士が嫌いか?」


 先程からアンジュのこと、そしてディアン達も国の犬(キラー・ドール)と呼び捨てていたための質問。


「ええ、大っ嫌いですね。上からの指示の元、さも自分達が正しいと剣を振り、人を殺すだけの心無き殺人人形を嫌うのは、人として普通では?」


「我々はそんな想いで剣を振るうわけではない」


「そうですか? 少なくとも我々から見ればそういうものですよ。国民達からしてもそう意識してなくとも、貴方達は所詮、国王が支配下に置いている我々を守るための犬であると無意識に思っているではありませんか。守ってもらって当たり前だと。わたくしはそういう意思無き人形は嫌いです」


「お前は色々と思考がおかしいんだな。そういうのを助け合いというのだ」


「互いに理解される思考を持っているとは思えません。だから話し合いではなく……」


 リグレットはくいくいと手を扇ぎ挑発。


「その意思を戦いの中で示せと言っています。貴方達の言うその清き心とやらが正しいのであれば、わたくしという悪を滅ぼせて当然。そう仰りたいのでしょう?」


「ええ!」


 アンジュは迷うことなく、自信を持って返答するが、


「なら示してみろ。ただ……わたくしにもこの生き方に誇りがある。貴女達のような空虚で幼稚な誇りなど、無意味と教えましょう」


 リグレットは冷たくそう言い放った。


「言っていなさい! 勝つのは私達です。そして……ギリューさんを死なせはしません!」


 そう言ってアンジュは、ヒュッと姿を消した。


「先走るな! アンジュ!」


 瞬動術で一気に間合いを詰めようとするアンジュに、


「馬鹿のひとつ覚えか。猪風情が」


 冷たく呆れたひと声の瞬間――、


「!」


 アンジュが自分の攻撃のギリギリ届く間合いでピタリと姿を見せた。


「突っ込むだけが芸とは思わないことです!」


「果たしてそれはどうかな?」


「!」


 だがリグレットはもう既にアンジュが止まるであろう場所に立っていた。


「なっ!?」


「突っ込んで来ては、先程のように返り討ちに遭うことは目に見えていますからね。それはこちらも同じ」


「ぐっ……」


 アンジュは剣を引き抜こうとするが、解説を始めたリグレットに押さえられ、剣が鞘から抜けない。


「だとすれば、フェイントのモーションとして、その居合いの間合いに届く範囲で止まり、こちらに攻撃を仕掛けてくることなど、子供でもわかること……」


「ぐうっ……!!」


「加えて貴女の得意とする剣術、抜刀術ですか? 決定的な弱点がふたつほど……。先ず、居合いを放った後は無防備になりやすいということ。もうひとつは……」


 リグレットは何とか剣を引き抜こうと抵抗しているアンジュを見下す。


「剣が抜けなければ、そもそも攻撃にすらならないということ。貴女のその短絡的な考えで使い熟せる剣術ではありませんよ」


 するとリグレットは膝蹴りを加え、


「がはっ!?」


国の犬(キラー・ドール)どころか猪程度の獣風情が、人間様に勝てるとでも?」


 その後に蹴り飛ばし、簡単にアンジュをあしらった。


「アンジュ!!」


 何度か受け身で転がるアンジュは、すぐに体勢を立て直すも、


「!」


「貴女……目障りです」


 着地点に先回りしていたリグレットに踏みつけられる。


「があっ!?」


 そのまま冷たい視線で見下ろしながら、リグレットはガスガスガスと何度も足踏みするようにアンジュを踏みつける。

 魔力を込めたふみつけのせいか、地面が抉れていき、その力を全身で受けるアンジュは、半分意識が飛んでしまったのか、白目を剥いている。


「アンジュ!!」


「!」


 ユナが攻撃と発動速度の速い魔法でアンジュの元からリグレットを離れさせると、


「ナイスだ、ユナ!」


 アーガスとディアンが攻める。


「これ以上、好きにはさせない!」


「うむ!」


「はいはい」


 後衛をユナに任せ、ふたりは前衛として駆け出した瞬間だった。


「なっ!?」


「ご苦労様です。無能なリーダーを持つと大変ですね」


 前衛のふたりに気付かれることなく、リグレットは瞬動術でユナの背後をとる。


「「なっ!?」」


 ふたりが気付いた時にはもうユナは蹴り飛ばされており、


「がうっ!?」


 闘技場の壁に強く打ち付ける。

 アンジュとは違い、魔法使いであり、華奢さが目立つユナは立ち上がることすら難しいダメージを追う。


「くそっ!」


「よくもユナ殿を!!」


 アーガスの殴ってくる手を掴み、押し合いになるも、


「やれやれ。その筋肉は見掛け倒しですか?」


 リグレットは表情変えることなく、にこやかにアーガスを押し返す。


「ぐうっ!! 何という力……!」


 アーガスのような筋肉質な腕とは対照的な細腕のリグレットだが、魔力の質や量が桁違いなのか、まったく歯が立たない。


「アーガス!!」


 そう言ってアーガスと共に戦おうと斬りかかるディアンだったが、


「おっと」


「うおっ!?」


 リグレットがアーガスの手を引き、バランスを崩した。


「ぐおっ!」


 アーガスの逞しいシックスパックに膝蹴りし、うずくまらせると、斬りかかってくるディアンの位置も把握できてしまう。


「がっ!」


 なのでディアンも共に軽く跳ね除けられるが、


「!」


「まだまだぁ!!」


 何とか意識をハッキリさせたアンジュがふたりを囮に懐まで来た。

 刃がリグレットの首元まで吸い寄せられるようにいったが、


「!」


 ビタっと刃が止まる。

 リグレットが指で白刃取りをしてみせたのだ。


 これには観戦していたオルディバル達も驚く。


 当然のことだった。

 あれだけの乱戦に隙あらばと斬りつけた斬撃、しかもただの斬撃ではなく、抜刀術の速度での斬撃。

 普通の人間ならばその瞬きの一瞬で、首が飛んでいてもおかしくない。


「やれやれ、獣は元気ですねぇ」


「ぐうっ……」


 先程のアーガス同様、ピクリとも動かない。


「相手をする人間の身にもなってほしい、ものです!」


 リグレットはシュッとアンジュの足を払い、


「なっ!?」


 そのバランス崩れたアンジュの胸ぐらを掴み、そのまま地面に叩き伏せた。


「があっ!!」


「まったく……これが最強? 返上した方がよろしいのでは?」


 再び踏みつけようとした瞬間、


「――清らかなる水流の逆鱗を受けよ!! ――ウォーター・ドラゴン!!」


 リグレットとアンジュの周りから複数の水龍が出現。


 ユナはしばらく苦しさから咳き込んでいたが、他の面々が相手をしている間に詠唱をしていたのだ。


 そしてその水龍はリグレットを襲うが、


「フッ……」


 そうほくそ笑むと、おもむろに地面に転がってしまったアンジュの剣を取ると、


「「「なっ!?」」」


 リグレットが抜刀術の構えを取る。


「えっと……紫電抜刀、でしたっけ?」


 するとアンジュ同様に雷を纏い、


「――雷閃」


 リグレットはフッと姿を消し、水龍の攻撃は元々アンジュには当たらないようにしていたのか、そのまま不発。


 そして、


「――!!!!」


「ご安心を。(みね)です」


 リーダーであるディアンに既に斬りかかっていた。

 その刃には目に見えるほどの分厚い魔力に覆われており、殺傷力が極限まで弱められていたが、


「――がああああっ!!!!」


 まるで巨大の魔物に無防備な状態で轢かれたかのような衝撃が、ディアンに襲う。


「「「隊長!!」」」


 ユナの時より酷く壁に打ち付けられ、ディアンはそのまま力無く倒れる。


「……ま、こんなもんですか」


 瀕死状態のアーガスは尋ねる。


「ば、馬鹿な……。彼女の剣術を使えるなんて……」


 するとリグレットはケロッと、


「すみませんね。わたくし、こう見えても器用なもので。見よう見まねではありましたが、やればできるものです」


 そう言って、アンジュの剣を投げ捨てる。


「まあただおかしな話でもないですよ。自分の理想を体現するために、色んな技術が使えるというだけですから……」


「美しい人生の終始を見届けるためにか?」


「ええ。殺人なんてものを商売にしますからね。格闘術は勿論、魔法、剣術、槍術、棒術などなど……わたくしはあらゆる武術を熟せますから……」


「なっ……!?」


 一同は絶句するしかなかった。

 この男の強さの根底にある歪んだ欲望が、これほどの技術を身につけることに繋がることに。


「どうです? 貴方達の稚拙な誇りなど、わたくしの信念に比べればあまりに矮小だとおわかり頂けたかな?」


「くっ……」


 ディアンは完全に気を失い、ユナも先程の打ち付けたダメージが残っており、疲労困憊。

 アンジュも悔しそうに睨むがダメージの蓄積が多く、上手く立たず、一番ダメージの無いアーガスも、反撃の隙をくれないリグレットを見ていることしかできなかった。


「所詮、自分の意思を他人に委ねる貴方達、国の犬(キラー・ドール)なんてその程度。今後からは身の程を弁えてくださいね」


「ま、待て!」


 そう呼びかけるアーガスだが、


「――何か?」


 ギロッと鋭く冷徹な視線がアーガスを差し、背筋が凍りついた。

 もう余計なことをするな、面倒だと、格下を見下す視線に、アーガスはもう反撃できずにいた。


「……」


「そうです。ちゃんと身の程を弁えて偉いですね。さすがは犬」


 そう吐き捨て、リグレットはスタスタとギリューの元へ向かう。


雇い主(クライアント)、大変お待たせ致しました。さあ、お仕事の続きをさせてもらいますよ」


「え、ええ……」


「くっ……!」


 するとオルディバル達を守っているフェルマが一礼する。


「陛下。申し訳ありませんが……」


「わかっている。止めて――」


「やめるのは貴方の方ですよ、フェルマ・ヴォルノーチェ」


「「!」」


「シギィにも弄ばれる程度の貴方が、わたくしに勝てるわけないでしょう? 大人しくしていなさい」


「くっ……」


「一応、手を出す気はありませんが、大切な御身を任されているのでしょう? 子犬さん?」


「き、貴様ぁ……」


 するとエメローラも向かおうとしたフェルマを止める。


「姫殿下……!」


「申し訳ありませんが、この惨状を見た後に貴方達を向かわせるわけにはいきません。とてもじゃありませんが、止められるビジョンが浮かびません」


 それほどリグレットの実力は圧倒的だった。


 ノーウィンが抜けていたとはいえ、ディアン達もこの国では上位の実力者。

 それをかすり傷ひとつ負わずにあしらえるのは、並大抵の実力ではない証明となった。


「これがブラックギルドでも最強と謳われる所以ですか。英雄の盃の者達が手をこまねくわけです」


「お褒めに預かり光栄ですよ、お姫様」


「……褒めていません」


 エメローラ達も何とか止められる手立てを引き出したいところだが、そんな時間はもう無く、


「それでは雇い主(クライアント)。もうこの世に未練は御座いませんね?」


「ええ。貴方には感謝しかない、ハーマイン様」


 改めてナイフを取るリグレット。


「どうか無事に亡き奥様と娘様のところへ逝けますよう、願っております」


「ありがとう……ハーマイン様」


 ギリューは祈るように目を閉じ、リグレットが刺そうとした瞬間だった。


「!」


 観客席の方から「やめて!」「殺されるから」と三人の女冒険者が騒いでいた。


「うるさい!!」


 だがその止められていた人物は、それらを振り切り、闘技場へ。


「貴方は……」


「おい、殺人鬼野郎。てめぇにそいつは殺させねえよ」


 ズンズンと怒り浸透の表情で近付いていくのはディーノだった。


「ま、待つんだ、ディーノ君……」


 そう呼びかけるアーガスだが、ディーノは聞く耳を持たず、ズンズンとリグレットに近付く。

 勿論、オルディバル達も止める。


「そ、そこの君! やめるんだ! とてもじゃないが太刀打ちできない!」


「やめてください」


 そして女冒険者のひとりも引きずってでも止めようと身を乗り出すも、残りふたりの冒険者に止められている。


 そんな周りも巻き込んだ状況の中、リグレットは考える。

 ディーノがギリューを殺すなという理由を。


 ――彼は確かフェルト・リーウェン同様、人喰いの被害に遭った少年。


「……!」


 するとリグレットは一歩引き、


「畏まりました」


「「「「「!!」」」」」


 まるで何かを譲るようにギリューの元から退いた。

 その行動にオルディバルは問いかける。


「リグレット・ハーマイン。一体どんな風の吹き回しだ?」


「どんなも何も、彼には復讐する権利がありますからね」


「なっ!?」


「確かにわたくしは雇い主(クライアント)の殺害を依頼されましたが、わたくしとしては雇い主(クライアント)が殺されれば良いのです。ならば、雇い主(クライアント)の娘により、故郷の村を襲われた彼が雇い主(クライアント)を殺すことくらい、良しとしなければね」


 そう言うとリグレットは向かってくるディーノにナイフの持ち手部分を差し出す。


「これをお使い下さい。貴方の剣を汚す必要もないでしょう」


 その思惑を知った一同も止めるために叫ぶ。


「やめるんだ!! 復讐は何も生みはしない!!」


「そうです!! どうか考え直して!!」


 アーガス達、ディアン隊は勿論、オルディバル達もディーノがフェルトの村の出身であることは知っている。

 人喰いの被害が多く出てしまった村であり、人喰いの情報を多く取得した地であり、フェルトのことを調べる際にも友人であるディーノのことは調べていた。


 子供の頃から親しんだ人達の命が奪われたことを。


 だがディーノはそんなリグレットの気遣いをスルーする。


「「「「「!?」」」」」


 これには一同も驚く中、ディーノは機嫌が悪そうに文句を垂れる。


「はあ? 何ふざけたこと言ってんだ」


 ディーノはギリューの前に立ち、嫌悪感の篭った憎らしい侮蔑の視線を向け、ガッと胸ぐらを掴む。


 そして――、


「歯ぁ、食い縛れやぁああああ!!!!」


 ギリューをまったくの手加減無しの渾身の拳が顔面をぶん殴る。


「――ぶおぉおおっ!?」


 ギリューはその勢いのまま、地面に転がる。


 その光景にリグレットすらもシンとなり、見守る。


「ぼ、撲殺とはまた残酷な……。ま、まあ貴方の人喰いによる被害を考えると、ま、まあ苦しみを与える観点からすれば――」


 リグレットは変に分析するが、


「はあっ!? だからさっきから何言ってやがる」


「えっ?」


 ディーノは呆れた様子で的外れだと指摘すると、鼻血と歯茎からも血を流すギリューの胸ぐらをもう一度掴み、起き上がらせる。


「俺は本当にコイツを殺す気なんかねえよ。勝手なことばっか言ってんじゃねえ」


「!」


「で、では……にゃんのために……」


 顔面を殴られ、少し呂律の回らないギリューが尋ねると、ディーノは眉間にシワを寄せ、険しい表情へと変わる。


「そんなの決まってんだろ!! てめえが馬鹿みてえなこと言ってっからだろうが!!」


「なっ!?」


「……正直、アンタが娘を殺してくれと依頼したって聞いた時、最悪の選択だと思ったが、それをあの娘を救うための選択だというなら、まだ許せたさ。これ以上、被害を出さず、そしてアンタの娘さんがこれ以上苦しまないようにし、アンタがそんな風にしてしまった結末の責任を取るってんなら、許せたさ」


 ディーノはメリーが『暴食の仮面』を付けた経緯を知っていての意見が述べられ、ギリューはハッと驚く。


「だがな!! アンタ、さっき何て言った? 希望が無い? だから死にたいだってぇ? 甘えたこと言ってんじゃねえ!!」


「!!」


「アンタの言う通り、アンタの娘がどれだけ苦しんだかなんて、俺は知らねえさ!! だがな……アンタの娘がどれだけの被害を作り、どれだけの人間が理不尽に命を、未来を奪われたかわかってんのか!!」


「……!」


 止めようとしていた一同も、ディーノの怒りの叫びを聞き入る。


「俺の村に住んでた元冒険者のおじさん達はなぁ、俺達に良くしてくれてたんだ。まだガキの俺達に、色んなことを教えてくれたし、遊んでもくれた。だがな! そんな陽気なおじさん達もほとんどアンタの娘に殺されたんだ!!」


「……っ」


 確かにそんなことはつゆとも知らなかったと、知る余裕が無かったと息を呑むギリュー。


「生き残ったおじさん達も片腕、片足を失くした人だっている。俺の親父だってそのひとりなんだぞ!! 俺達を助かるために来てくれた冒険者だって、そして……俺とフェルトの恩師だった、マルコ神父だって死んだんだ」


 ディーノは自分の意見をわからせるため、更に強く胸ぐらを掴む。


「アンタにわかんのか!? 理不尽に命を奪われる悲しみが!! 生き残った連中がどんな思いで生きていかなきゃならないか、考えたことがあんのかよぉ!!」


「そ、それは……」


「わざとじゃなく、アンタの娘が誤って付けたから許して欲しいなんて言い訳が通るなんて思ってねえよなぁ!! アンタが作った原因なんだろ!?」


「!!」


「聞いたぜ、アンジュさんから。アンタの趣味で集めてた骨董品の中にあの仮面が入ってて、それを娘さんが誤って付けてしまったってな。仕事にかまけ、娘の気持ちも考えず、一方的にアンタの想いを押し付けた結果が招いたことだろうが!!」


「!!」


 ギリューは掴まれる胸ぐらに、ぶらんと力が抜けて我に帰る。


 そうだ……少しでもメリーと話す機会をちゃんと作ってやれば、コレクションルームに入らないよう、徹底しておけば、防げたことだった。


「それを考えれば、アンタの娘だって被害者だろうが。アンタに少しでも構ってほしくて、忙しくしてるアンタに少しでも笑って欲しくてした行為が全部裏目に出たのは、アンタのせいだろうが!!」


「……っ」


 ギリューは自分の愚かさに、ボロボロと涙が溢れていく。


「だったらちゃんと責任取れよ!! 被害者の連中に謝ることも、娘をあんなかたちで死なせてしまったことにも、アンタは逃げるなんてことは許されねえんだよ!!」


「あ、ああ……!!」


「それなのに生きる希望が無いだぁ? 当たり前だろ!」


 ディーノは乱暴にギリューを突き飛ばし、嫌悪の視線で見下す。


「いいか? アンジュさん達や陛下様達は優しいから、アンタに幸せになってほしいとか言ってくれるがな、被害者である俺はそんな生優しいことは言わない。アンタはこれからその命尽きるまで生きて地獄を見て、永遠に懺悔してもらう。愛する奥さんも娘もおらず、娘が作った罪を贖罪する日々をな!!」


「……!」


「俺の目が黒いうちは、アンタを楽には死なせもしない。無念に死んでいった人達のためにもためにも、生き残って苦しんでいる人達のためにも、そして……アンタの娘のためにもな!!」


 ギリューは放心した状態で下を向いた。

 自分がどれだけ愚かしく、惨めで、最悪の人間なのか、自分よりも年下の少年に説教されて、ようやく気付いた。


 だが最後にディーノは、ほんの少し優しさを見せた。


「……せめて死んだ先で、奥さんと娘さんに会いに行けるくらいにマシな男になるためにもな」


「……! あっ……ああっ!! ――ああああああっ!!」


 ギリューはみっともなくその場で地面に顔を伏せ、大泣きした。


 ギリューの中には、抱えきれないほどの後悔と罪の念に苛まれるも、ディーノの言う通り、逃げることなど許されることでもなかった。

 ギリューはこれからこの深い絶望の中で、生きていき、メリーが作ってしまった罪を償っていかなければならないと、その絶望の中で知った。


「まあ、そんなわけだ、殺人鬼野郎」


 ディーノはくるっとリグレットに振り向く。


「いくらアンタがどれだけ強かろうと、俺……は?」


 実力で勝つのは難しいと考えたディーノは説得しようとしたが、その時に見たリグレットの反応は予想外のものだった。


「す、素晴らしい……!!」


 リグレットは歓喜の涙を流していた。

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