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大罪の神器  作者: Teko
王都編 双子の聖女
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47 もうひとりの暗躍者 1

 

 ――一方の闘技場では戦闘が続いている。


 だが、それは一歩的なもので、オルディバルやディーノ達が見守る中、雷鳴の名に恥じない戦いぶりで人喰いは圧倒されていた。


「メリーさん、もうやめましょう。こんな戦い、不毛です」


 だが、その圧倒してる側の方が苦しそうに戦う。


 元々はメリーを救い出すための戦闘。

 傷つけたいわけではない。

 それに加え、やられてもやられてもヨロヨロになりながらも立ち上がってくるのが、余計に辛いのだろう。


 だが彼女からすれば、空腹から来る苛立ちや開放、発散のため、もう暴れる以外の選択肢がないのだろう。

 理性の無い彼女にはそれしかなかった。


「が、がああ……」


「メリーさん!」


 それを見守るオルディバル達も苦しそうに見る。


「……ディアンよ。あの娘を助け出す手段は無いのか?」


「そうですね。我々が調べるかぎりでは……。ご期待に添えず、申し訳ありません」


「よい。別に責めているわけではない。ただ……見ていられなくてな」


 オルディバルもひとりの父親として、子があのようなことになってしまったらと同情心が湧く。

 実際、まだ実感は無いが、エドワードは肉人形にされてしまっているという話だ、オルディバルの心境は辛いものだった。


「あの仮面なのですが、以前の報告にもあったように、ギリュー氏もいくらか試されているようでしたが外せず、あれだけの激しい戦闘でも切り傷ひとつ付きませんからね」


「……そのようだな」


 人喰い自体は生傷も絶えず、服もほとんど着ていないほどにボロボロの割に、身につけている仮面は、あれほどのアンジュからの攻撃を受けながらも破損もしていない。


 そこでエメローラがひとつの仮説を立てる。


「ディアン、一応確認しますが、生きて捕らえるつもりなのですよね?」


「ええ。ですが……最悪――」


「みなまで言わなくていいです。ですがあの仮面、もしかしたらあの奪われた神物である左足と同じ物ではないのかと思います」


「なに?」


「よく思い出してほしいのです。メリーさんのあの真空波でラフィは殺されましたが、その際、あの左足は欠けることもなく、その場に残りました」


 オルディバル達はまだラフィ達の死体の一部が転がる箇所を見る。

 確かにそこにはラフィの足だけが残っているが、本来の片足も半分以上が無くなっている。


「確かに……」


「あの左足が神物であるならば、あの仮面の攻撃を受けないという仮説が立てられます」


「なるほど。神物同士、損失しないためや力の割合が水平であるということの証明か」


「おそらく……」


 そしてこの仮説からもうひとつの可能性も浮上すると語る。


「そしてそれは、フェルトさんの神眼にも言えることです」


「であろうな。彼の左眼は祝福の日に……」


「いえ、お父様。わたくしが言いたいのはそういうことではなく、フェルトさん自身、本当はあの神物達のことについて知っているのではないかということです」


「!!」


「フェルトさんがメリーさんと戦っている際、明らかに今までとは違う動きでした」


 それは見てもわかっていたとオルディバル達は頷く。


「それは彼の左眼の能力がメリーさんに通用しなかったからではありませんか? 今までもあの神眼に頼り切りというわけではないでしょうが、それでも明らかに動きのキレが違いました」


 そういえばとディアンがふとフェルトの幼い頃の思い出を語る。


「ディーノ君がよくフェルト君を褒めておりました。フェルト君はよく相手の動きが見えていると。確かに私も彼の幼い頃の戦いぶりを見たことがありますが、中々のものでしたよ」


「ですがメリーさんに対し、動きが鈍ったのは、単純に同じ神物であり、その能力を受けられないというなら、説明もつきます」


「ですが姫殿下。それでフェルト君が隠し事をしていたというのは……」


「……では聞きますがディアン。急に自分の力が通用しない相手が出てきて、即興で対応ができますか?」


「そ、それは……」


 ここでディアンもおかしいことに気付く。


「そうか! 急に能力が効かないと今わかっているなら、対応もできず、フェルト君はあっさりと殺されてしまう可能性があるが、わかっていたから別の対処をし、いつもと感覚が違ったから、いつもとは違う動きになったと言いたいのですね?」


「そうです」


 エメローラのそう険しく返答することに、オルディバルは首を傾げる。


「しかし、そう邪険にするものでもないだろう。彼も神託は受けていないと言っておるし……」


「果たしてそうでしょうか……」


「えっ?」


「フェルトさんは我々に重大な何かを隠している気がします」


 そう言って過るのは、やはりクレアの心配事。

 ユースクリア大陸で会った、白ローブの男での反応のこと。


「そしてその隠し事は、今やこんな自体にまでなっており、その左足も何者かによって奪われた」


「……」


「もう知らないで済ませられるものではありません。少なくともわたくし達はふたつの神物の脅威に晒されました。もし、フェルトさんが何か知っているのならば、聞き出さねばなりません」


「……そ、そうだな」


「そのための情報のひとつとして、メリーさんには申し訳ないですが、その仮面を所持している以上、彼女も情報のひとつなのです。これは我が国を守るためのこと、そしてそれは人喰いと化してしまったメリーさんを救うことにも繋がること。必ず生きて、そして安全に確保しなければなりません」


「そうとなれば、やはり課題となるのはあの真空波か。彼女は理性を持たないため、あれを乱発されれば安全に捕縛もできん」


「左様です、陛下。やはり彼女のあの能力が一番厄介で……」


 その証拠にと闘技場を見ると、アンジュはフェルトほど上手にはあの真空波を捌いてはおらず、闘技場は穴だらけだった。


「仮に口を塞いだとしても、その塞いだものごと真空波が放たれるでしょう……」


「うーむ……」


 そんな悩んでいる間にも、アンジュは人喰いに呼びかける。


「メリーさん! 私達は貴女を助けたいだけなんです! もう一度、貴女のお父様に元気な顔を見せてあげたいだけなんです!」


「がああっ!!」


 だが人喰いはアンジュの言葉を聞かない。

 というよりは、やはりもう人の言葉すらわからないほどに空腹に支配されているようだった。


 口からは(よだれ)を垂れ流し、仮面から覗く瞳は血走った眼で、空腹を満たす何かを渇望するようだった。


「メリーさん!!」


 アンジュの必死の訴えも届かぬまま、人喰いは再び【暴食】を放とうとする。


「貴女のお父様も同じく苦しんでいます。お願いです! 少しでいいんです。どうか暴走をやめて下さい!」


「ぁああ……」


 聞く耳を持たないのか、人喰いがそのモーションをやめることはない。


「アンジュ!」


「……っ」


 やはり人喰いが暴走を終えるまで戦わなければならないのかと、アンジュは悔しそうに抜刀の構えを取るが、


「――っ!?」


 人喰いの動きがビタっと止まった。


「……は?」


 人喰いは背後を確認するために、ゆっくりと振り向く。


「やれやれ、ご苦労なことです。彼女を救うつもりがあるなら、最初からこうすれば良いのでしょう?」


 人喰いの影から声が聞こえた。

 落ち着いた男性の声。


「――偽善者さん?」


 その男性は何かを抜き取る素振りをしながら、人喰いから離れた。


「が……ぁあ?」


 すると人喰いの瞳に一瞬だけ生気が蘇るが、その男性は残酷にもこう告げた。


「お休み、淑女(レディ)。良い永眠(ねむり)を」


 ――カランッ!


 地面に何かが落ちた音がした。


 オルディバル達やその場にいるアンジュは、驚愕した視線でその落ちた物を見た。


 仮面だった。


 どれだけ傷つけても外すことができなかった仮面が地面に転がったのだ。


「メリー……さん?」


 アンジュの放心した声での呼びかけにも答えることはなく、メリーはその場で倒れた。

 その瞳には生気を感じることはなく、その痩せ細った背中からは大量の出血。


 そして、その倒れたメリーを暖かい視線を送る、糸目の青年がそこにはいた。


「き、貴様ぁ……っ!!」


 誰の目で見てもわかる光景だった。

 目の前にいる糸目の青年がメリーをナイフで刺したのだ。


 そしてその青年はふと観客席に向く。


「――雇い主(クライアント)


 そう呼びかけると、観客席からひょっこりとひとりの中年男性が現れた。

 だがその男性は酷くやつれた姿だったが、その青年の呼びかけに急ぎ答える。


 そして、その人物にオルディバル達は覚えがあった。


「ギリュー……ハイナント氏?」


 闘技場広場に急ぎ現れたギリューは、青年の前に息荒く現れると、青年はどうぞとギリューを手招く。


雇い主(クライアント)。貴方のご要望通りに」


「あっ……ああっ!!」


 ギリューは痩せ細り、息をしないメリーをしっかりと抱きしめる。

 優しく、でももう離さないとばかりに。


「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁっ!!!! メリーぃぃいいいいっ!!!!」


 ギリューはメリーを抱きかかえたまま、その場で泣き崩れた。

 それを糸目の青年は満足そうに眺めている。


 だがその糸目の青年が何故気配も無く、その背後に立てたのかなどのことなど頭に無いアンジュは、沸々と湧き上がる憤りをぶつける。


「貴方! 何故、殺したの!? 私達は救おうとしたのに!」


「黙れ」


 アンジュの憤る表情に怯むことなく、冷たい口調で青年は吐き捨てる。


「今、美しい最後を看取っているところだ。無粋な茶々を入れるな、国の犬(キラー・ドール)風情が」


 その青年のあまりに冷たい視線に泣き崩れているギリュー以外の一同は凍りつく。


 だがアンジュは自分の憤りに任せて、抜刀の構えを取り、


「黙るのは貴様だ!!」


 ギッと強く睨み、駆け出した瞬間、


「――よせ!! アンジュ!! そいつはダメだ!!」


 ディアンの静止の声も届かず、雷閃で糸目の青年を討とうとするが、


「やれやれ、これだから猪は困る」


 青年は一歩前へ出ておもむろに足を出す。


 すると、


「なっ!?」


 アンジュがバランスを崩したのか、青年の前であっさりと姿を現した。


「言葉の理解ができない獣は引っ込んでもらいましょうか?」


「――ぐぶっ!?」


 バランスを崩したアンジュに腹パンすると、そのまま疼くまるアンジュを蹴り飛ばす。


「がああっ!!」


「アンジュ!!」


 アンジュは地面を複数回バウンドしながら、転がっていった。


 そのアンジュをあっさりと対応するところをオルディバル達は唖然としている。


「まさか……! あのアンジュをあっさりと……。あの者は一体?」


 するとディアンはオルディバルを守るよう、一歩前へ出る。


「陛下に姫殿下。どうか我々の側を離れませんよう。団長もわかっておりますね?」


「無論だ」


「彼は何者です?」


「奴は、死の芸術家(デス・アーティスト)創設者であり、そのリーダー……リグレット・ハーマインです」


「「!?」」


 リグレットはフッと笑う。


「さすがは情報通な特殊騎士隊の方々だ。わたくしのことはご存知で?」


「むしろお前とシギィが悪目立ちが過ぎるからな。貴様が何故ここにいる?」


 するとリグレットは呆れて返答する。


「僕のことをご存知ならわかるでしょう? 勿論、殺人の依頼に決まっているではありませんか。ここにいるメリー・ハイナントを殺害してほしいとね」


「それを依頼したのは誰だ?」


 リグレットは再び呆れて返す。


「わたくしは先程彼を……」


 隣でメリーを抱きながら泣き崩れているギリューを指す。


雇い主(クライアント)と呼びましたが?」


 すると、


「ふざけるなぁ……」


「!」


 吹き飛ばされたアンジュがヨロヨロと立ち上がりながら否定する。


「ギリューさんがそんなことを依頼するわけがないだろぉ! 出まかせ言うな!」


「おや? これはおかしなことを言う。貴女方にも依頼したと雇い主(クライアント)から聞きましたが?」


「それは……! メリーさんがこんなことになってしまい、ギリューさんが錯乱していてのこと。本心ではないはずです」


 泣きながらも話が横から聞こえてくるのか、メリーを少しだけ強く抱く。


「それは貴女の勝手な見解では?」


「何が勝手ですか! 自分の娘を殺してくれなんてことを言う親がいますか!?」


 ギリューはふるふると震えている。

 何かに耐えているように。


「貴方のような殺人者にギリューさんの気持ちなんてわかるもんですか!!」


「はて? それは本当にそうでしょうか?」


「当たり前です! 私達はギリューさんやメリーさんのためを思って――」


 アンジュがあくまでギリューのためと叫んだ時、ギリューはギリッと歯軋りを立てると、その場でバッと立ち上がり、


「――ふざけたことを抜かすなぁああああっ!!!!」


「「「「「!?」」」」」


 酷く怒った表情でアンジュを叱咤し始めた。


「さっきから黙って聞いていれば、好き勝手なことを言って……」


「ギリューさん……?」


「あんた達こそ、私の気持ちなんて何ひとつわかっちゃいない! メリーの苦しみも……私の苦しみも……」


「そ、そんなことはありません。だから助けようと――」


「誰がそんなことを頼んだ!? 私が貴女達に頼んだのは、娘を殺してくれだ!」


「だ、だからそれは……」


「錯乱していたからだと? ふざけるな!! 確かに私は正気の沙汰ではなかったかもしれない。酷く絶望の淵に立たされ、正常な判断ができなくなったと捉えられても仕方ないこともわかる。だがな……それでも今尚苦しむ娘を解放するためにはどうすればいいかくらい考えられるわ!!」


 するとギリューは側のアンジュ、そして観客席にいるオルディバル達に変わり果てた姿のメリーを差し出すように見せる。


「娘のこの姿を見ろ!! 仮面の呪いでどれだけの苦しみを与えられたか、この変わり果てた姿が語っているだろうが!! どうだ!?」


「そ、それは……」


「あんた達は話伝いにしか聞いてないから、わからんだろうがな、娘はずっと苦しみ続けてたんだ。お腹が空いた……お腹空いた……お腹空いたと念仏を唱えるように、ずっとその言葉ばかりを口にし、ずっと苦しんでいたんだぞ!! 仮面を外すこともできず、苦しみ続ける娘に手を差し伸べられない無力さがわかるか!? ずっと襲い来る空腹から戦ったことがあるのか!? その苦しみの果てに人殺しになってしまった娘の気持ちが、あんた達にわかるのか!?」


 ギリューの憤りが収まることはなく、早口に次々とアンジュ達に対する不満をぶつけ、その本人達はもう黙って聞いていることしかできなかった。


「そりゃあ、私だって……娘の命を奪う選択なんかしたくなかったさ。亡き妻の残した大事な娘だ、失いたくなんてない。だからこそ……不自由なく暮らせるようにするためと働いていた結果がこれだ。だから私は娘を救うためにも決断しなければならなかった。せめて少しでも早くこの地獄が終わるように、その命の終わりこそが娘の救済であることを信じて……。だが!」


 ギリューはギロッと睨む。


「あんた達はそんな娘の苦しみも私が想う娘の気持ちも勝手に代弁しては、綺麗事をズラズラズラズラと並べて、娘を生かして捕らえることで、私が勝手に感謝するだろうと思い込み、自己満足に浸っているだけの……ただの偽善者だろうが!!」


「……! そ、そんなつもりは……」


「そんなつもりはないだぁ? ならよく見たのか!? この娘の姿を!!!!」


 ギリューは、ずいっと力無くギリューに寄りかかるメリーを突き出す。


「見ろぉ!! この痩せこけた身体を!!」


「……」


「見ろ!! もう生気も無く、何も答えてくれない娘のこの虚無な表情を……」


「……」


 亡くなったメリーの表情は、どこか冷めた表情をしており、穏やかな表情ではなかった。


「見ろぉ……。この……この……傷だらけの身体を……」


 そう言いながら改めて泣き崩れていくギリューの肩をリグレットは軽く叩く。


「どうしてこれを見て……生かそうと考えるんだぁ……。これ以上……あんた達は娘に地獄を見続けろというのか……。それはあまりに残酷なことだと……どうしてわからないんだぁ」


 ギリューの悲痛な叫びと決断に、アンジュもオルディバル達も言葉を失った。


「だから私は頼んだんだ。このハーマイン様に……」


雇い主(クライアント)、もうよろしいですよ。コイツらに何を言ったところで無駄です」


「!」


「上の人間の命令にイエスと答えて、平気で人殺しができる国の犬(キラー・ドール)に我々、人の心を理解せよというのは酷なこと。どうか、これ以上、苦しみませぬよう……」


「ハーマイン様……。貴方だけだ。私達の苦しみを正しく理解してくださるのは……」


 リグレットは優しく微笑む。


「……勿論ですとも。わたくしは歴とした血の通った人間。人であるのなら、今の貴方や彼女の苦しみなど、深く考えずとも理解できるというもの。殺人人形共とは違いますから」


「ハーマイン様……」


 すっかりアウェイにされてしまったオルディバル達だが、ここでエメローラはリグレットの真意に迫る。


「……貴方はそうやって人の心にズケズケと入り込み、弄んできたのですか?」


「……それはどういう意味です?」


「確かにハイナント氏の言うことも尤もです。的確な対処もできず、勝手なことを口にしたことは、彼や彼女を傷つける結果となってしまった。それは……本当に申し訳ないと思っています」


 今更、そんな言葉を寄越されてもとギリューが納得するわけもない。


「ですが、貴方は本当に彼を思って行動していましたか? 貴方も所詮は自分の欲求を満たすためではありませんか?」


「……何を根拠に?」


「貴方が人喰いであるメリーさんの殺害を依頼されていたならば、何故、彼女がここにいるのです? 先程のメリーさんの後ろをあっさりと取れる貴方が、この闘技場まで追いかけてきたとは考えにくい」


「ほう?」


「フェルトさんは仰っていました。左足を取られた奴らに覚えがあると……」


「た、確かにそんなことを言っていましたが、それとどんな関係が……」


「よく考えてください、ディアン。彼がそう言い張ったのは人喰いであるメリーとの対峙後であり、メリーさんの乱入はまるで示し合わせたかのように、丁度フェルトさんの推理を話し終えた後でした」


 確かに人喰いであるメリーが現れるタイミングは、あまりに絶妙だった。


「ま、まさか……! フェルト君の心当たりって……!」


「明言を避けて追いかけていった理由があるとすれば、その正体が彼らだからでしょうね。あの怪我で死の芸術家(デス・アーティスト)を追うなんて言えば、わたくし達は必ず止めますからね」


「つまり……メリーはこの男に仕向けられたかたちを取られていた?」


「そうなります」


 その真意を確かめるため、キッと睨む。


「どうでしょう? 聞くところによると、貴方は人の死に執着するところがあるようですね。それも劇的なかたちをお望みとか? わたくしからすればそのように他人の人生をひとつの物語のようにして見て、嘲笑う貴方の方がよほど酷いと考えますが?」


 するとリグレットは、


「フッ……フフフ……」


 図星を突かれたのか、笑い始めた。


「アッハハハハ……」


 しばらく笑っていると、三度(みたび)呆れた様子で返す。


「それがどうかしました?」


「なっ!?」


「何を驚かれているのです? 人というのはそういうものでしょう?」


「貴方……!」


「確かにわたくしは自身の中にある欲望や理念で動いており、そのためならば他人の気持ちを利用するようなことはありますが、それは人として当然のこと。人は人を利用し生きていく。それを綺麗な言葉にしたのが、友情だの愛情だのではありませんか?」


「……狂っている!」


「そうですか? 至ってまともなことを言っているつもりですよ。それに……」


 スッとギリューに向かって手を出す。


「わたくしの思惑はどうあれ、雇い主(クライアント)がわたくしの行動に救われているのは事実です。わたくしは別に雇い主(クライアント)にそぐわない仕事をしているわけではありませんし、そもそも雇い主(クライアント)とも仕事という関係。ビジネスにはその雇い主(クライアント)の心を汲み取るのも仕事のうちです」


「それが貴方が愉しむためのものでもですか?」


「少なくとも貴女方よりはマシだ。貴女方は彼女に生き地獄を味わえと残酷な答えを用意している。いくらその後の彼女をサポートするなどとほざいても、苦しむのは結局本人と雇い主(クライアント)だけ。貴女方はそれに寄り添うなどとほざき、哀れみ、自分達は彼らのために精一杯のことをやれてるんだという自己満足に浸りたいだけ。それならば、たとえわたくしのポリシーに利用されたとしても、この雇い主(クライアント)と彼女が救われる、望んだ道を選ばせるわたくしの方がよほど良い」


「屁理屈を……!」


「屁理屈? 事実でしょう? わたくしをブラックギルドだなんて不名誉なカテゴリーに入れ、固定概念に駆られただけの小娘は黙っていなさい」


「……!」


 そう冷たく吐き捨てたリグレットは、自分のポリシーを語る。


「いいですか? わたくしは人として生きるからには、美しくあるべきだと考えています。物事を考え、行動に移せる理性的で知性的な生物であるが故に、そうあるべきだと……。だから、死も美しくなければならない」


「だから……死の芸術家(デス・アーティスト)


「ええ! だから彼女の人生はそれは美しく儚いものであった! 亡き母に寂しさを覚えながらも、父の邪魔にならぬよう、甘えたくても我慢していたその健気さから出た悲劇! 家はめちゃくちゃになり、彼女も理性を失ってしまったが、その父である雇い主(クライアント)は娘の存在がどれほどのものだったのかを思い出す!」


「!」


雇い主(クライアント)は嘆き苦しみながらも娘を想い、縋るように殺してくれという、非情な愛をわたくしに語った。そして最後はその父に抱かれ、眠る娘」


 リグレットは我が身を抱く。


「ああ……なんと美しく儚い人生か……」


「この狂人が……!」


「狂人? ええ、そんなこと、とっくの昔から知ってますよ。それが?」


 ケロッとした物言いで語るリグレットにもう、一同は呆気に取られる。

 この人様の不幸な人生をまるで小説でも読み、その感想を高揚しながら本人が隣にいる状況で語る様は、正に異常だった。


「でも人なんて狂っていて当然ですよ。貴女方だって、歴代の方の著書など読まれるのでは? それも人生を読み解き、楽しんでいるのは、わたくしと同じでは?」


「それとこれとは別なものです!」


「いいえ。彼らの出来事は本にならないだけで、同じことです」


 もはや一般的な考え方を持たないリグレットに苛立ちすら覚えるエメローラ達だが、


「それでも……私は感謝しているよ」


「ハイナント氏!?」


「娘をこの地獄から救ってくれたのはハーマイン様だ。それは変わらない」


「正気ですか!? 貴方は彼に弄ばれたんですよ!?」


「それは貴女達も同じだ!!」


「!」


「娘を助けるとか、変に希望を与え、より絶望に苛まれるようにしてる貴女達の方だって、私を弄んでいるだろうが!! それならハーマイン様と考え自体は変わらない!!」


 殺人者と同じだと吐き捨てられた。

 だが、被害者であるギリューからすれば、確かに同じことであり、それならばメリーを救うかたちとなったリグレットの方が良かったと考えるだろう。


「……っ!!」


 するとリグレットは、ハンと小馬鹿にして微笑み、


「もうよろしいでしょう。貴女方の考えは雇い主(クライアント)と彼女を傷つけるだけ。自己中心的な貴女方はもう引っ込んでもらえませんか?」


「貴方……!!」


 リグレットは軽くギリューにお辞儀する。


「では雇い主(クライアント)。最後の仕事に取り掛からせてもらっても?」


 ギリューは覚悟を決めたように目を少し閉じると、


「ええ。お願いします……!」


 メリーをゆっくりと地面に寝かせ、首を差し出すように膝立ちをした。


「ご安心を。わたくしはプロですから、痛みはありません」


「ありがとうございます」


「ま、まさか!?」


 リグレットはナイフを軽く取り出す。


「それでは良い夢を。どうか奥様と娘様のところまで、行けますよう、願っています」


「感謝を……」


 ――キィン。


「……」


 だがその一瞬振りかぶったナイフは弾き返された。

 リグレットはため息を吐き、


「また貴女ですか?」


 嫌悪感の募った冷たい視線が向けられる。


「この猪」


 そこには怒り浸透のアンジュの姿があった。

 抜刀術の居合いで、ピンポイントでナイフを弾いたのだ。


「貴方!! 何をするつもりだったんですか!!」


 わかっていながらも、その疑問を投げかけるしかなかった。

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