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大罪の神器  作者: Teko
王都編 双子の聖女
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46 VSアリス

 

 フェルトは目の前のアリスに向かって駆け出す。


 応戦するようにアリスは指を素早く動かし、魔糸がまるでフェルトの行先を阻むように切り掛かってくる。


「ハッ!」


 フェルトは【識別】を発動する。


 ――全て見切ってやるよ!!


 フェルトが瞬時に視認したのは、アリスの指。

 ドール・マスターはその性質上、指で糸を操る。

 そしてフェルトはその指の動きのパターンで、周りの糸がどんな風に動いてくるのか、【識別】で判断する。


 するとフェルトは迫り来る魔糸を次々と躱していく。


「!?」


 殺す前に情報を聞き出さなければならないアリスとしては、殺さない程度に加減している。


「くっ……!」


 だがそんな様子でもないと、アリスが指の動きを早めた瞬間――、


「ここだろ!」


 それを逆手に取ったフェルトは、瞬動術で一気にアリスの懐に飛び込むと、横なぎに斬り裂く。


「くっ!!」


 だがアリスはバックステップ。

 更に数度のバク転をし、距離をつけるが、


「逃すかよ!!」


「なっ!?」


 ドール・マスターは基本的に中距離から遠距離戦闘を得意とするスタイル。

 しかも周りに張り巡らされた糸を自分に向けるわけにもいかないため、この状況では至近距離はアリスにとっては致命的であると判断したのだ。


 フェルトは以前のシギィのように、粘着質な接近戦に持ち込む。


「この距離は苦手だろ。てめえはよ!!」


「チッ! 目障りな」


 それでもさすがに戦闘のプロ。

 近接されながらも、適度な距離を一瞬取ると同時に魔糸での横なぎなどで、自分の得意距離へと持ち込もうとする。


 だがフェルトはもう既に魔糸での攻撃を指の動きを【識別】で判断できており、


「なっ!?」


「逃さねえって言ったろ!!」


 フェルトは指の動き、肌で感じる風、魔糸が飛んでくる際の音など、五感で完全にアリスの攻撃を読み切る。


「はあっ!!」


「――くうっ!!」


 そしてアリスに一太刀入れるが、


「浅かったか……」


 アリスは軽くバックステップを取って適度な距離を取りながら、フェルトを見た。

 先程と同じパターンで、瞬動術の構えから跳んでくることが予想できた。


「同じことが通じませんよ!」


 先程より低いくらいの魔糸の払い。


 だがフェルトは読み切っている。

 ひゅんと飛んできた魔糸を紙一重ほどの短いジャンプで回避するが、


「こちらこそ、読んでいます!」


 ボッと地面から隠されていたであろう魔糸が複数、縦になって襲いかかるが、


「ハッ!」


 だがフェルトはそれも読み切っていたと、その魔糸の隙間をくぐるよう、身体を捻って躱す。


「なっ!?」


 さすがに躱されるとは思っていなかったのか、アリスは一瞬動きが止まる。


 そしてフェルトはそのまま回転しながら、空中から叩き込むように剣を振り下ろすが、


「――っ!」


 さすがに空中での距離があったため、アリスは余裕で躱しきる。


 するとフェルトが更に仕掛けてこないことに、ニコッと笑った。


「あまり無理をなさらない方がいいですよ。傷に触ります」


「黙れよ。お前こそ、大したことないな。これだけ手の込んだ準備をして、わざわざお前の得意フィールドで戦ってやってるにも関わらず、中々の体たらくだな」


「……っ」


 気に障ったのか、むっとするアリス。


「シギィよりは実力はないとは思ってたが、拍子抜けだぜ。もうちょっとハンデが必要だったか?」


 フェルトの挑発に苛立ちながらも、アリスもフェルトが怪我によって攻めるタイミングがあるのだと読む。


「こちらとしても想定外だっただけですよ。その左眼、そこまでの力を有していたこと。そして……貴方自身の実力を測り損ねていたこと。……なるほど。伊達にシギィさんと()り合えるだけありますね」


「そりゃどうも」


「人喰いの事件からのディーノ・バウアとの長年の特訓の日々、アーディルさん達との戦闘、そしてシギィさんとの経験が活きておられるようで……」


 フェルトは苛立ちを見せる。


 本当に俺のことをほとんど調べてやがるな。


「『大罪の呪具』の力も使いこなせているようで……」


 アリスは自分の指を見る。


「本来、ドール・マスターである私の指の動き、確かにパターンがあり、読み切られれば攻撃を躱すことは容易でしょう。ですが、それは何百パターンもある本人しか知らない芸当。達人レベルの方でも、早々できるものではありません。……その左眼、どうやら【鑑定】に似た能力と言いましたが、撤回した方がよさそうですね」


 フェルトは自身が見抜き、行動しているのが知られたのは、残念がるが、もうひとつのことに関しては安堵する。


 どうやら『大罪の呪具』と言う辺り、やはり神格化したことまでは知らないようだな。

 ま、『大罪の神器』になってるのを知ってるのは、俺とイミエルだけで、イミエルはこの世界に干渉がほとんどできないことから、俺がバラさない限り、漏れることはない。


 そしてこれが『強欲の義眼』ということも知らないようだ。

 大罪の何かしらだとは思われているだろうが、強欲という名がバレるだけでも能力がどんなモノなのか、判断される可能性が高いからな。

 今、【鑑定】の能力の上位互換という可能性がアリスから消えたってことは、そこの答えにも辿り着かないだろう。


「さて、どうだろうな」


 フェルトはアリスに誤解してもらうため、情報を濁す。


 だがアリスは、そんな敵からの情報など当てにするつもりはないと、クスッと笑う。


「別に答えずとも結構ですよ。自分で確かめますから……」


 するとアリスは再び指を高速で動かす。


「そのパターンは読めて――」


 だがアリスの指に繋がっている魔糸は、はらりと解ける。


「!?」


 と思ったら、直ぐに指から魔糸が発生すると、


「なっ!?」


 ひゅんと先程の指の動きとは別の方向から魔糸が飛んできた。


「さあ、根比べと参りましょうか!!」


 フェルトのセリフをわざと借り、アリスは高速で指から魔糸を切り離しては、即座に魔糸を繋げる。


 フェルトは何とか【識別】を使いながら躱すも、入ってくる情報が当てにならなくなっていた。


「なるほどな! 即興(アドリブ)かよ!」


 アリスは指のパターンが【識別】で読まれているならば、そのパターンをやめ、即興で別のパターンを組み込み、フェルトの【識別】で読み切られないように、それを繰り返していく。


「くそっ!」


 フェルトも即座にパターンを変えられているのであれば、【識別】で情報を得たとしても次の瞬間には、意味のないものになってしまうため、周りの情報の取得に専念し、飛んで来る魔糸を躱す。


 そしてアリスはひとつの答えに辿り着く。


「なるほど。未来予知の類いではありませんね。未来が読めるのであれば、先程のように攻めてこれるはず。でもそれができないということは、やはり【鑑定】の強化版という考えを戻しても大丈夫そうですね。あくまでその左眼は情報を取得するだけで、行動はやはり貴方自身に委ねられている……」


「チッ! メイドなんだったら、戦闘の鋭い分析なんかすんじゃねえ!!」


 可愛げが無いとフェルトは攻めあぐえる。


 くそっ!

 この眼が無かったら、確実に殺されてる。


 アリスは手加減など手ぬるかったと、殺傷能力の高い攻撃を繰り返す。


「どうしました? 拍子抜けした相手に踊らされてますよ!」


「ハッ! 俺の言ったことがそんなに気に食わなかったか? 根に持つ女は嫌われるぜ!」


 フェルトは余裕があるように軽口を叩くが、内心かなり焦っている。


 いくらやり手のドール・マスターであろうと、別パターンの魔糸の動きを即興で取り入れるには高度な技術と発想が必要だ。

 それをできるコイツは、ブラックギルドの肩書きに恥じない実力者だと改める必要がある。


 フェルトは腹の痛みが広がっていることにも、焦燥感が湧く。


 しかもこれだけ激しく動かされると、痛みで意識が飛びそうだ。

 それでいて、この魔糸に裂かれた日には怪我じゃすまないだろう。


「くそっ!」


 だからといって【記憶の強奪】まで使ってしまうと、コイツの裏に潜むリグレット・ハーマインというボスに確実に情報が伝わる。

 記憶の一部が欠落しただけで、判断される可能性は極めて高い。


 なら――、


「!」


 フェルトは【識別】で見切った、辺りの魔糸の情報を頼りに攻めることにした。


「フッ。手に取るようにわかりますよ。攻めたいんですよね!?」


 だがアリスはやはり【識別】で判断されないよう、指の動きを変えての魔糸攻撃。


 するとフェルトは、


即興(アドリブ)には即興(アドリブ)だろ」


 フェルトは少し目を大きく見開き、【識別】の範囲を広げた。


「なに!?」


 するとフェルトは横から来る魔糸を見向きもせずに躱す。

 飛んでくる魔糸を呼び、加速してアリスに剣撃を加える。


「食いやがれ!!」


「チッ!」


 アリスの多重に仕掛けられた魔糸からの激しい猛追と、フェルトの【識別】の範囲を広げた読み切りでの斬り込みが続く。


 ドール・マスター、糸使いの独壇場にしないためには、やはり食らいつくしかないと、フェルトは【識別】での頭痛と激痛が走る身体に無理を押してでも駆ける。


 だが反撃するアリスもやられるわけにはいかない。

 当初からも【識別】を甘く見ているわけではなかったが、本当なら殺さずに情報を聞き出したいのが本音。


 だがフェルトの猛追にそんな余裕などなかった。

 アリスはたとえ、フェルトの手足が千切られようとも構わないと、加減することなく魔糸を操り、フェルトの死角を潰していく。


 フェルト自身も追い込まれていることはわかっているが、それでも隙間を掻い潜っては、アリスを追い込んでいく。


 だが、


「ぐっ!?」


 フェルトの動きがガクッと落ちた。

 聖女杯、人喰い、そしてアリスと戦闘が続いたせいか、さすがに体力が持たなかった。


「そこ!」


 アリスは逃す手はないと、フェルトを切り刻む。


「――ぐああっ!!」


 だがアリスは五体満足のままで、切り刻む。

 やはり情報を得るためには、少しずつ痛ぶった方が吐かせやすいと判断。


「さあ! 『大罪の呪具』についての情報、吐いてもらおうかしら」


「馬鹿抜かせ。誰が喋る――」


 アリスは無防備なフェルトに魔糸で切る。


「ぐっ!」


「苦しむだけよ。私だって、本当なら楽に殺してあげたいの。お願いだから喋って」


「殺されることが前提にあって、誰が喋るか」


「……」


 それはそうかと、アリスは軽く鼻息を鳴らすと、


「じゃあ、死にたいと望むようにしてあげる」


 アリスはフェルトの身体を痛ぶり始める。


「ぐあっ!?」


「喋ってくれれば、痛めに合わなくてすむのよ!」


 肌を切る痛みというのはタチが悪く、以前のユーザのような鞭打ちのように、痛みがその傷から残り続ける。

 しかも完治しようとその傷に熱を帯びるため、そこをじわじわ嬲られると、痛みが更に広がる。


 そして苦痛は人の精神を追い込む。

 アリスはそれを分かった上で、フェルトを殺さない程度に攻撃しているのだが、


「……さっさと吐きなさい!」


「ハッ。誰が喋るかよ」


「チィッ!」


 アリスに苛立ちの表情が垣間見える。


「てめぇらみてぇな、外道と一緒にするんじゃねえ。こちとら、大罪の神器(それ)のために命賭けてんだ、少なくともてめぇらに喋ることじゃねえ」


 フェルトには揺るがない信念がある。


 発端は人喰いの事件。

 あの惨状はフェルトにとって、『大罪の神器』を集めるという目的を明確にするには十分だった。

 そしてその背中を押してくれたマルコ神父(恩師)のためにも、ブラックギルドなんかに屈するわけにはいかない。


 だがそんなことをアリスが理解できるはずもない。


「そう。なら――より深い絶望に堕とすだけよ!」


 するとアリスは腕を強く引いた。


「!」


 周りの木々が倒れながら、魔糸がこちらに一斉に来るのがわかった。


「本来なら手足が繋がってた方が、拷問としては成立しやすいんだけど、貴方はそれが通用しないようだし……」


 動けないフェルトに全方位から魔糸が迫る。


「殺しはしないけど――両手足を切除なさい!」


 だがフェルトはほくそ笑む。


「――俺の勝ちだ。バーカ」


 フェルトの不敵な笑みに一瞬ハッとなったアリス。


 すると、


「――きっ!? きゃああああーーっ!!!!」


 右肩に強い痛みを感じ、アリスは思わず叫ぶ。


 そしてフェルトに迫る魔糸もピタリと動きを止め、フェルトは安堵する。


「おー、間に合いましたね」


 フェルトが尻もちをつきながらも呑気に眺める先には、もがき苦しむアリスとその原因であるノーウィンがいた。


 ノーウィンは激怒の表情でアリスの華奢な右肩を噛み砕く勢いで噛みつき、その激痛が伝わってくるかのように、アリスが苦しみながら、離れないノーウィンを剥がそうと暴れる。


「ぐううっ!!!!」


「――っ!! 離しなさい!! このケダモノ!!」


 自分も魔糸を食らう覚悟でノーウィンに放つと、ノーウィンはグッとさっきより顎に力を込め、


「――!? ぎゃああああっ!?」


 右肩の肉を噛み千切ったのか、ノーウィンは口に含みながら、フェルトの側まで跳んで回避。


「怖っ」


 助けてもらったフェルトだが、さすがに肩肉を噛み千切るノーウィンの顎の力に引いた。


 するとノーウィンはぺっと吐き出す。


「間に合ったかじゃないわよ。間に合わなかったらどうするつもりだったのよ」


「そん時はまあ、根性で何とかしますよ」


「精神論なんて聞いてない」


「いや? 存外、人間やればできるもんですよ」


 そんなノーウィンが呆れる中、アリスは物申したいようにフェルトを強く睨む。


「おいおい、まるで俺がノーウィンさんが来ることを予想してたのかって言いたそうな目だな」


「……ええ。代弁ありがとう」


「アンタがそうなってるのは、ふたつの過信があったんだよ」


 フェルトはそう言いながら、【強欲の義眼(左眼)】を差す。


「ひとつはこれ。もうひとつはノーウィンさんの実力と判断力を誤った。左眼についてはまあ、情報を求めるほどだから、知らなくても仕方ないことだが、ノーウィンさんについては過信し過ぎたな。いくら味方を操ったとはいえ、ノーウィンさんが同情して手加減するとでも?」


「……その言い方だと、まるで私が人でなしみたいだわ」


「いやいや。優先順位をわかってらっしゃるって褒めてんの」


「くっ……」


 アリスはフェルトのことについては詳しく調べただろうが、その周りの人間に関しては、あくまで表向きの情報しかわからず、細かな性格まで把握していなかっただろう。


 その結果、アリスは右肩を大きく負傷する羽目になったわけだった。


 その証拠に、


「これは貴女のお人形さんかしら?」


 ノーウィンはアリスの前に木製の人形を投げる。


「返すわ」


「ギ、ギギギ……」


 パペット・マスターと思われる残骸がアリスの前に散らばる。


「そしてアンタ、今、全方位の攻撃をする際、アンタのところだけは避けたろ? アレで元々張り巡らされてた魔糸が集約されることで、ノーウィンさんにアンタの位置を明確にすることになった」


「!?」


 全方位から攻撃する際、確かに自分の後ろには魔糸はなく、自分の前にフェルトに迫る魔糸は、自分を避けてフェルトに向かって集約したことを振り返るアリス。


「ま、まさか……狙ってたっていうの?」


「言わなかったか? アンタは過信してるって。俺はそもそもノーウィンさんの戦ってるとこまで見えてたよ」


「なっ……!?」


 フェルトの正直見えているというのは、半分嘘だ。

 正確には【識別】の範囲を広げたことで、空間認識的にノーウィンの戦闘状況を把握していたということ。


「ノーウィンさんがそこの人形如きに負けるとはさすがに考えなかったからな。ノーウィンさんが助けに来てくれることを前提に俺は戦ったんだよ」


「随分と勝手な信頼ですこと」


「そう言うなよ、ノーウィンさん。俺はずっと戦闘続きで疲弊してるんだぜ? ま、勿論――」


 フェルトはスッと冷ややかな視線をアリスに向ける。


「やれるならやったがな」


 アリスがやったこと自体は絶対許さないとばかりに、嫌悪感を剥き出しにした。


 だがすぐにコロっと表情を変え、


「にしても凄かったですね。アイツの右肩、いい感じにヒビが入ってますよ」


「その眼、便利ね。そんなことまでわかるの?」


「何だったら、その肩肉がどれだけ噛み千切られたのか、わかりますけど?」


「あら、便利」


 淡々と便利というノーウィンに、フェルトは苦笑い。


 そこまでしておいて、しらっとしてらっしゃる。


「それで? 今更だけど、コイツが黒幕で当たりかしら?」


「……本当に今更ですね。ええ、死の芸術家(デス・アーティスト)創設者側近メイド兼暗殺専門のアリスという奴です」


「なるほど……」


 そう答えながらノーウィンは、辺りを見渡す。

 張り巡らされた魔糸は、確かに暗殺向きだろうと判断したようだった。


「初めて知る死の芸術家(デス・アーティスト)のメンバーだわ。確実に捕らえたい」


「でしょうね」


 フェルトはよろけながら、ノーウィンは確実に戦闘体制に入る。


「くっ……」


「貴女、魔糸を扱う辺りドール・マスターなんでしょ? なら、その肩傷は相当効いたんじゃないかしら?」


 アリスは今も出血が止まらない右肩を押さえる。


「フッ……ケダモノ風情にここまでされるとはね」


「いくらでも吐いてなさい。負け惜しみは聞いていて気持ちいいわ」


「うわー」


 フェルトが引いていると、ノーウィンはキッと睨む。


「フェルト君はともかく、そのケダモノである私とその傷では()り合えないでしょう。大人しく投降するというなら、これ以上の戦闘はしないわ。……そういえば左足は?」


「それも今更ですね。その女のマジックボックスの中みたいですよ」


 フェルトはそう言って、アリスが『傲慢の左足』を仕舞った小型のマジックボックスに指を差す。


「仕方ないじゃない。こっちとしては後輩連中を操られ、仕方なしに叩きのめし、情けないやら悔しいやら憎らしいやらで、ぶつける憤りの行き場に困ってたくらいよ」


 バキバキに叩きのめされているパペット・マスターを見るが、それでは足りなかったようだ。


「はは。だからあの噛みつきですか」


「そうよ。少しスッキリしたわ」


「これだからケダモノは……」


 ノーウィンはこほんと咳き込む。


「とにかく、そういうことなら貴女の身柄を確保すれば解決ね。……どうかしら? まだ()る?」


 そう提案されるアリスは、とても投降する気配などありはしない悔しそうな表情で睨む。


「……まだ抵抗するつもりなのね」


「この女、忠犬みたいなんでね」


「忠犬?」


「ええ。死の芸術家(デス・アーティスト)のボス、リグレット・ハーマインに絶対的な忠誠があるみたいだ」


「なるほど。どういう経緯があれ、忠義を尽くすタイプはまあ、折れないわね」


 ノーウィン達が完全に戦闘を避けれないと間合いを取る中、アリスの心境は焦燥感に駆られる。


 フェルト・リーウェンはともかく、あのケダモノの参戦はマズイ。

 パペット・マスター(この子)の様子と、あのケダモノの様子を見る辺り、奴の消耗は少ない。


 パペット・マスターは一方的にやられたと判断。


 捕まってやるわけにはいかない。

 私が捕まれば、情報がいくだけでなく、この左足すら手放すことになる。


 ……あのお方の期待を裏切ることになる。


 だがアリスはフェルトの左眼と『大罪の呪具』の情報も持ち帰れていないと苦悩するが、いくら考えても、もう使い物にならなくなった右肩を抱えた状態で、ドール・マスターである自分の得意な戦い方ができない。


 圧倒的に不利な状況に立たされる。

 優位な環境に持ち込んだはずなのにと悔やむばかりだ。


 すると、


『――アリス』


「!?」


 アリスの元に念話が届き、アリスは目の前のふたりに悟られぬよう答える。


『リグレット様……!』


 そしてアリスはふたりと同様に間合いを取りながら、リグレットと念話を続け、


「……! 畏まり、ました……」


 ポツリとそう呟くと、バッと空を指差す。


「「!?」」


 思わずフェルト達は上を向いてしまう。

 そしてその上空には、何やら丸い球を投げられていた。


「しまっ――」


 何かの作戦だと気付いた時には遅く、


召喚(サモン)!! ――ジャイアント・スパイダー!!」


 その上空から名の通りの巨大蜘蛛が落ちてきて、アリスをフェルトの視界から消した。


「くそっ! ミスディレクションか!?」


「何それ?」


「簡単に言うと、視線を誘導するテクニックですよ。今の場合、急に指で空を差されたもんだから、そっちに俺達の注意が向けられ、こんな馬鹿でかい蜘蛛を呼ばれたんですよ」


「なるほど。あの女、逃げる気ね」


「多分!」


 ジャイアント・スパイダーでフェルトの視界を奪ったのは、『強欲の義眼』の能力を封じるためであり、森から明らかに身体が見える巨体の蜘蛛は、フェルトやノーウィンのような近接型には処理が遅れることから、アリスは『傲慢の左足』だけでも持って逃げると想定できた。


 だからふたりはアリスがいるであろう、ジャイアント・スパイダーの裏に回り込もうとするが、


「――ギィィッ!!」


 ジャイアント・スパイダーは、その場で暴れ始め、その足でノーウィンを攻撃。


「んっ!」


 だがその巨大な足も獣人であるノーウィンからすれば、軽い一撃。

 フェルトはその巨体を受け止めるノーウィンに呆気に取られているが、


「そ、それどころじゃねえ!!」


 フェルトは再び向かおうとするが、今度はアリスが空を指差した際に飛ばした、球が落ちてくる。


 ボトっとフェルト達の元に、鈍い音を鳴らしながら転がる。


 すると、ぷしっ! と破裂音がした。


「「!?」」


 そして球からは大量の煙が発生する。


「なっ!? 煙玉だと!?」


 フェルトは古典的なと思いながらも口を塞ぎ、【識別】で安全を確認する。


 すると、


「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


 ノーウィンの悲痛な叫びが聞こえる。


「ノーウィンさん!?」


 ジャイアント・スパイダーの足を押さえていた手は、自分の鼻を押さえている。


「鼻があ゛!? 鼻が曲がるぅっ!?」


 フェルトは【識別】で見た際、成分がわかっており、思わず舌打ちする。


「あの野郎!! 獣人対策してやがる!!」


 人間であるフェルトには無害だが、ノーウィンには効果的面なようで、その場でゴロゴロと苦しそうにのたうち回る。


 この煙玉には視界を二重で奪う意味もあったと気付いた頃には、時既に遅いようで、


「ギィィ!!」


 そのうちの一体が襲ってくる。


「邪魔すんじゃねえ!! このデカブツ!!」


 フェルトは素早く剣を抜き取ると、向かってくる蜘蛛の足を切り裂く。


「ギィィッ!?」


 大量の血飛沫を上げながら、ジャイアント・スパイダーも同様にのたうち回るが、


「とっとと消えろ! このデカブツ!」


 フェルトはたんっと高く飛ぶと、腹を見せていたジャイアント・スパイダー目掛けて、剣を突き刺す。


「ギィィッ!!!!」


 ぶしゃああああっと大量の血飛沫を上げながら、ジャイアント・スパイダーは割とあっさりやられる。

 だが、その死骸はパペット・マスター同様、消えることはなく、その場に残っている。


 フェルトは邪魔だと思いながらも、ジャイアント・スパイダーと煙で消えたアリスの姿を確認するも、どこにも見当たらない。


「くそっ! あの野郎……!! 逃げ――ぐっ!?」


 フェルトは無理やり跳び上がったせいか、傷が痛む。


 そして、


「鼻が!? 鼻がぁ……っ!!」


 獣人封じの煙玉をモロに受けてしまったノーウィンは、落ち着く様子はなかった。

 それを見たフェルトは思う。


 くそっ!!

 このまま【識別】を使って追うことはできるだろうが、こんな傷と体力の俺じゃ、追いつかない。

 追いつけるであろう人は、今、絶賛苦しんでいる。


 フェルトは追いたい気持ちと、ノーウィンを助けなければならないという葛藤に襲われているが、


「……ええい!! くそっ!!」


 フェルトはノーウィンのところへ駆け出す。


「ノーウィンさん、しっかりしてくれ」


 本当なら【絶対服従】の力を持つ『傲慢の左足』は取り戻したかったし、メリーのことを思えば、なんとしても捕まえたかったが、状況が悪いため、諦めることとした。


「何を、やってるお゛? 早くお゛いなざい」


 だがノーウィンは追えと、鼻声で告げる。


「馬鹿言わないでください。このまま追ってもやられるのは俺達です。引き際ってやつですよ」


「ぐっ」


 フェルトはアリスが消えたであろう、森の道先を見る。


「今度は絶対逃さねえ」


 そう悔やみながら、フェルトはノーウィンを介抱し、王都へと戻るのだった。

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― 新着の感想 ―
これはどうなの まったく神器集まらないじゃん
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