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大罪の神器  作者: Teko
王都編 双子の聖女
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39 聖女杯 事件解決編2

 

「……は?」


 確かに考えつくはずもない解答に、フェルトはポカンとさせられ、


「頭のネジでも飛んだか?」


 思わずそうツッコまざるを得なかった。


 だがアスベルは不敵な笑みを浮かべながらも、その答えが最適解だと語る。


「フフフ、頭なんかイカれちゃいないさ。お前の言う通り、もっと簡単で良かったんだ。仮にお前が【絶対服従】が効かないとして――」


「仮じゃなくて効かねえよ」


 あっさり否定したフェルトに、アスベルは機嫌を少々悪くするが、咳き込んで平静を装う。


「ま、まあ効かないのだとして、俺達が何とかすべきは君だけなんだよ、フェルト・リーウェン」


「!」


「【絶対服従】の効かないお前さえ何とかできればこちらのものなんだよ」


 フェルトは、ふむと冷静になれたアスベルに感心する。


 確かに。

 俺さえ何とかできればという考えは悪くない。


「だから仲間になれ、か。あくまで敵対はしないと?」


「殺せるならとっくに殺してるさ。俺は侮らない」


「だからここまでやられてるわけだしな」


「くっ……」


 ちゃんと実力差があることを考えての提案なだけに、割と冷静であるのだなと感心するばかりだが、


「だが仲間に引き込むつもりなら、説得するつもりなんだよな、俺を。この状況を見て、俺がお前達の仲間になるメリットなんて無いぞ?」


 交渉するにしては杜撰(ずさん)過ぎると呆れる。

 だがそれに反してアスベルは自信満々のようだ。


「メリット? ちゃんとあるさ。俺には【絶対服従】がある」


「ほう」


「いいかい? 人ってのはね、常に何かを求めて生きる生き物だ。望みを持たない人間なんていやしない! 君も例外ではないはずだ!」


 確かに望みはある。

 だが【絶対服従】で叶えられる望みではない。


「そして人の欲望は永遠だ! ひとつ手に入れれば、またひとつ手に入れたいと望むのが人というもの。だからフェルト・リーウェン……」


 アスベルは再び手を差し伸べる。


「君の望みを叶えよう。その代わり、我々の仲間になって欲しい」


「なるほどな……」


 フェルトは少し考える。

 するとその態度に周りは騒つく。


【絶対服従】にかけられても助けてくれるということを信じたばかりだというのに、アスベルの提案に揺れるような態度には不安を覚えたのだろう。


 そしてフェルトはその不安を煽る発言をする。


「確かに。俺はここにいる連中を助けるメリットはないな。お前達の仲間になって【絶対服従】を使った方が効率が良さそうだ」


「「「「「!?」」」」」


 その手の平返しには、提案したアスベルですら驚く。


「そ、そう! そうだとも! お前がコイツらを助ける義理なんて無い! その通りさ!」


「おい! ふざけ――」


 勿論、この言動にもフェルトの手の平返しにも反感を持つ観客達はブーイングを鳴らそうとするが、


「黙れ!!」


「!」


 アスベルが一蹴する。


「これは俺とフェルト・リーウェンとの取引だ。部外者はすっこんでな!」


 ここにいる観客達にも影響が及ぶため、決して部外者ではないのだが、アスベルの必死の剣幕に黙ってしまう。


「アスベル、お生憎な話なんだが、俺は【絶対服従】で簡単に叶えられる望みを持っていない」


「なに?」


 アスベルの顔色が変わるが、フェルトは気に病まなくてもいいと、ニコッと笑顔を向ける。


「だけど、とある約束と俺の望みを叶える証明さえしてくれれば、お前達の仲間になってやってもいい」


「ほ、ホントか!?」


 会場の空気も騒つく。

 今まで味方だったはずのフェルトが目の前で手の平を返したのだから当然だろう。


「ああ。そうすればお前達は簡単にこの場を切り抜けられるだろう」


「フッ……フフフ。では早速だが、その内容を教えてくれないか?」


【絶対服従】の力があれば造作もないと思っているのか、余裕の笑みを零しながら尋ねるアスベルに、フェルトはニッコリと笑顔を向けて要求する。


「じゃあ先ずは約束なんだが……俺の望みを叶えるために命を賭けてもらう」


「い、命だと?」


 命を賭けろという要求に動揺を隠せないアスベルだが、あくまでこれは約束という話。

 ここでフェルトの要求を下手に追求するよりは、とりあえず受けておく方が賢明と判断できる。

 命の要求など、あってないようなものだと。


「……わかった。君の望みを叶えるため、命を賭けることを約束しよう」


「そうか。ありがとう」


 やはりただの口約束だとアスベルは安堵する。


「それじゃあ、次は証明の件だが……」


「ああ。どう証明すればいい?」


「別に。簡単なことさ」


 フェルトは笑顔を絶やすことなく、こう言い放った。


「――今すぐラフィの首と義足をこの場に持ってこい。これがお前達が俺にできる証明だ」


「……」


 騒ついていた会場もそのひと言に、音が無くなったかのようにシンと静まり返る。

 そして、その要求をされたアスベルは何を言ってるんだと面食らう。


「……は?」


「ん? どうした? あの無能聖女の首と左足を切り落とし、ここに持って来いって言ってるだけだ。難しくないだろ?」


 淡々とそう話すフェルトに、混乱を隠せないアスベルと、


「い、いやぁ……」


 突然命を狙われたラフィは、思わず腰を抜かす。


「な、何を馬鹿な……!? それが貴様の望みに繋がると?」


「ああ。そうだよ」


 アスベルはそんなわけがないと交渉する。


「そ、そうか! 貴様の望みはネフィの救出だろ? だからラフィの命が必要――」


「ネフィには悪いが、俺は別にネフィの救出を目的にした覚えはないぞ」


「「「「「!?」」」」」


 それにはアスベルだけでなく、会場中が驚く。

 ここまでの手回しをしておいて、目的がネフィの救出でないことに驚愕した。


「ネフィを助けるのはついでだ。俺の目的の過程の中に、たまたまネフィを助ける工程を入れられるから入れただけだ。俺の今回の本来の目的は……ラフィの死だ」


「なっ……!?」


 その考えもしなかった動機に、ネフィも動揺を隠せず、震えながらライクにしがみつきながらもフェルトの話を聞く。


「リーウェン、様……!?」


「正確には死さえ確立されればいい。今回の事が明るみになれば、ネフィは十二という幼い年齢の時ですらかけられた死刑宣告。ネフィを陥れたラフィが死刑宣告されるだろうから、こういう計画を立てたわけだからな」


「だ、だからその過程でネフィを救うのはついでだと?」


「ああ」


 そんなことは詭弁だとアスベルは目的を問うも、


「ならば貴様の目的は何だ!?」


「それを今、お前に語る義理は無い。まだ俺達は仲間じゃないからな」


「くっ……」


「ラフィの首と義足を持ってきてくれれば、教えてやるよ。命を賭けてくれるってことだからな。仲間になれば教えてやるよ。そのための証明の話だろ?」


「そ、それは……」


「なら俺のことを信用し、ラフィを殺せ。仲間にするつもりなら、俺のことは信用してもらおう」


「く、くそぉ……」


 アスベルはガリガリと頭をかく。


 とんでもない要求をしやがる!

 ラフィの命だと? あんな女の命で仲間になるのなら、正直安いもんだが……。


 アスベルはチラッとラフィを見る。


「ちょっ!? ちょっとアスベル!! 考えるまでもなく、反対でしょうが!! わ、私の命を何だと思ってるのよ!!」


 だがアスベルとしては都合良く言うことを聞く【絶対服従】の力を持つ人形はいなくなるが、フェルトもしくは他の頭の回る人間に渡るなら、それも悪くないのではと色んな可能性を考えるが、


「そうだぞ!! アスベル!! 踊らされるな!!」


「――! ダミエル?」


「その取引はどう考えたってフェルト・リーウェンが有利になる取引だ。仮にラフィを殺し、首と義足を差し出したとして、フェルト・リーウェンが裏切らないという保証が無い。トンズラされたらそこまでなんだぞ!!」


「!?」


 そう言われてフェルトの方に振り返るアスベル。


「!」


 そこにはペロッと舌を出したフェルトの姿があった。


「何だよ〜。ちょーっと深刻そうに話してやれば乗るかと思ったんだけどな」


「き、貴様……」


「ハハッ! でもこれでわかったよ。アンタ、本当に追い込まれてるんだな。そんなに俺が邪魔かい?」


「まさか……!! 俺の今の心境を知るためだけに……!?」


「当たり前だろ? じゃなきゃ、そんなブラックジョーク語るかよ。頭使えよな? あーたーま!」


 すると周りの観客達も安堵したのか、騒つきを取り戻す。


「みんな! 驚かせて悪かったな。でも敵を騙すには味方からってな!」


 観客達は「なんだ、冗談か」「あんな風に喋るもんだから、本当なのかと思った」などと安堵する声が聞こえる中、人質に取られているエメローラだけは違うと考える。


 本当にあれは嘘だったのでしょうか。


 以前、クレアが白ローブと接触した時、今までに見たことがないほど深刻な表情をされていたと話していました。

 それはフェルトさんにも明確な目的があり、その目的にその白ローブの人が関連しているのでしょう。


 そして今回の件。


 フェルトさんは神眼を持ち、左足の義足を求め、ファバルス王国での褒賞に錬金術による遺跡の情報を優先的に寄越すよう、促した。


 まったく別件だとは考えにくい。

 フェルトさんの目的は、本当にラフィの死ではないのでしょうか。

 そして、その先に本当の目的がある。


 エメローラがそう深刻に考え込む中、フェルトとアスベルの取引は続く。


「それでどうする? ラフィの首を落とすか?」


「するわけがないだろ!! 【絶対服従】を手放すことは、我々の敗北を意味する」


「どちらにしたって敗北してるのにか? ま、ラフィが死ぬか死なないかで、お前達の末路は一緒だがな」


「ふ、ふざけるな! 本当の要求を話せ!」


「だーかーらー。俺の要求はラフィの死のみ。それ以外は無ーし」


 冗談とは言いつつも、あくまで要求はラフィの命だけだと語る。

 だがそれでは困るアスベルが痺れを切らす。


「もっとあるだろ!! もっと!!」


「!」


「地位! 名誉! 権力ぅ! それに金とか財宝とか……俺達なら女とかあるだろぉ? もっと我欲にまみれたものが、お前にだってあるだろ!?」


 必死にそう訴えかけてくるアスベルにフェルトは、


「はぁああああ〜……」


 大きな呆れたため息を吐いた。


「アンタさぁ、もしかしてそんなくだらない理由のためにクーデターを起こすつもりだったのか?」


「!」


 図星を突かれたアスベルは反論することなく驚いていると、フェルトは馬鹿にする。


「くっだらねえー。阿保らし」


「な、何がくだらないだ! お前だって欲しいだろ? 本来ならば手に入るほどの無いほどの財を! 【絶対服従】の力があればそれは叶う」


 フェルトは要らない要らないと、シッシッっと手振りを取る。


「なるほどな。伊達にラフィのためのご機嫌取りだけの聖堂騎士集団なだけあるぜ。まともな野心があるのはダミエルさんくらいか?」


「なっ!?」


 そう指摘されたダミエルは驚く。


「そう驚くこともないだろ、ダミエルさんよぉ。俺はこの神眼()で見た時、ライクとゴルドとは別に、アンタだけが別の情報が流れてきてた。アスベル達(コイツら)のようなくっだらないもんじゃないもんがな」


 フェルトは教会で【識別】を使った時のことを語った。

 確かにダミエル、ライク、ゴルドだけが情報違いだった。

 そして、そんな中、ダミエルだけがアスベルに加担していると考えると、答えはひとつだった。


「つまりこの国を思ってって言い方もちょっとおかしいが、そう思ってクーデターを企ててたのはあくまでダミエルさんだけで、てめえらはそんなくだらない欲望のためだけにこの国を取ろうとしてんのか。どーりで簡単なわけだ」


「な、何だと!? そんな欲望だって、立派な人間の望みだろうが!! 人間はそんなくだらないもののために、どれだけの人間を傷つけてきた!?」


「まあ……それもわからんではないがな。はあ……」


 実際問題、アスベルの言うことも尤もだ。

 自分達のくだらない誇りのためや領土の奪い合いなど、戦の理由を遡ってみると、意外とくだらない理由だったりするケースは多い。


 とはいえ、今回の事はそれでもくだらない部分の方が目立つと、フェルトは心底呆れたのか、


「あー、わかったわかった。だったらそれが如何にくだらないのか、説明してやる」


「!」


 フェルトは自身にそんなものは必要ないのだとわざわざ説明することにした。


「先ずは地位や権力だっけ? 結論としては必要無い。俺はそもそもこの国をどうこうしたいとかいう考えはないし、貴族になって将来を確立したいとも考えない。そもそも俺は辺境の山育ちの平民だぞ? 調べたならアンタにもわかるはずだ。あんな自然の中を伸び伸びと生きた俺に、権力争いだのなんだのとくだらない抗争をしている貴族様にも、この国のために働き、将来を定められるのも、堅苦しくて御免だね」


 最初から貴族として生まれたならばまた考えも違うのだろうが、フェルトの今の段階ではどうしたって貴族社会は面倒であった。


「それに仮に権力が欲しいのだとしても、俺には今の段階でその権利がある」


「なに?」


「忘れたわけじゃないだろ? 俺は姫殿下を含めた貴族嬢を救出している。その際の褒賞として陛下から貴族地位を与えたいとされたが……断った」


「なっ!?」


 その事実に観客達も驚く。

 陛下からの貴族地位の推薦など普通は断らないし、断れない。


「それだけ必要無いってことだ。実際、陛下はそれを受け入れてくださり、別の褒賞を受け取っている。それにこの件が解決されても同じように、陛下から打診もあるんじゃないか? どうです? 陛下」


「そうだな。私としても君のような優秀な人材を囲いたいのが本望だが……その言い方だとまた断るのだろう?」


「当然です! ドロドロの貴族社会なんてお断りでーす。よってアスベル、俺に地位や権力は要らん」


「くっ……」


「次は名誉、名声だったか? それも結論必要無し! そもそも俺がこの王都に来たのは、俺の目的を叶えるための情報収集と人材確保、そして自身の成長が望み。そこに名声なんて邪魔くさいもんは要らない。仮に欲していたとしても、これも姫殿下達を救出した際にもらってるし、それにアンタ達を追い込み、この会場の連中らがウワサを立てれば勝手に手に入る。よってこれもパス」


 ことごとく思い通りの返答が返ってこないと、アスベルは悔しがる。


「次は金か? それも必要無い。そりゃあ、全く無いは困るが、俺みたいな平民が必要以上の金額を所持するのは、ただのトラブルの元だ。あり過ぎても困るだけ。それに金も陛下からの謝礼で頂いてるし、今回の件も片付けば貰えるだろ? 俺にはそれだけで十分。普通に生活するプラスで多少の余裕があれば、俺や家族はそれで十分だろう。よってパス。そして最後が女だったか? はあ〜〜……」


 フェルトは今までで一番、呆れた重いため息を吐いた。


「それが一番くっだらない! 女ぁ? 女だぁ? 馬鹿馬鹿しい。お前、男だろ? だったら――惚れた女くらい惚れさせて手に入れるくらいの甲斐性は持ってほしいもんだな」


「!!」


 まさにど正論。

 会場もその通りだと沈黙する。


「男として生まれたからには、自分が欲する女くらい自分の手で手にしてみせろよ。それが男の格ってもんだろ? ねえ! 陛下?」


「えっ!?」


 まさか自分に振られるとは思っておらず、少し動揺を見せたが、


「そ、そうだな。男であるならば、確かにそうあるべきだと思うな」


「……本当にそう思っておりますか、お父様? お母様とは政略結婚だったのでは?」


「こ、これ! 余計なことは言うな!」


 そんな親子漫才は放置し、フェルトは都合よく同意したところだけを参照する。


「ここにいる連中らだって陛下と同じ考えさ。欲しいと思う女は自分の手で手に入れる。そんなもんだろ」


「くっ……」


「俺から言わせてみれば、お前らみたいに【絶対服従】や奴隷商から性奴隷を買い付けるてめえらには、男としての甲斐性がまるで無い」


「なっ!?」


 それにはアスベルもカチンときたようで、表情が険しくなる。


「何でそんなに怒ってんだよ? 別にそれはそれでいいぜ? だってそんな力とか立場を利用しなきゃ、女にも相手されないんだろ? 悲しいねえ〜」


「き、貴様っ!! 俺がそんな男だと……」


「アンタが自分で言ったことだろ? 【絶対服従】で手に入る我欲を求めろって。それはアンタ自身、それらを手に入れる甲斐性が無いから出た発言だろ? 権力は家がそうだったから。名声は聖女がらみ。金もお家柄。そして女は【絶対服従】や奴隷商……いや、男として情けなくて涙が出てくるよ」


「き、貴様ぁっ!!」


「だから何でそんなに怒るんだ? アンタだって思ったことがないわけでもないだろ? ネフィをそういう奴らに引き渡し、取引の材料にしてたんだろ?」


「!」


「その時、思ったはずだ。その貴族連中は体格や性格を見れば、明らかに女に相手されるほどの男じゃないってこと。お前だってその辺は格下として見て、利用してたんだろ? 俺もアンタに思うことはそれと同じだ」


「お、俺が……あんな豚みたいな貴族共と同じだと!?」


「そう言ってんだろが」


「貴様ぁっ!!」


 アスベルの険しい怒りの表情などに、勿論ここまで言い放つフェルトが動じることはなく、ケロッと、


「ということで、俺はアンタよりも格上の男故に女はパスだ。それにこの件のウワサが流れて、自分で言うのもアレだが顔立ちもいい。女が俺に群がってくるのは明白じゃないか? こんなことを口にしていても来るだろうぜ」


 フェルトは皮肉混じりにそう語り、エメローラも内心では確かにそうだろうなという確信が芽生えている。


「つーわけで、アンタのくだらない要求じゃあ、仲間になんてなれないな。むしろアンタの質がわかって、もっと仲間になる気が失せた。ま、元々なる気なんて無かったが失望したよ」


「こ、このクソガキ風情がぁ!!」


「そのクソガキにここまでやられるアンタは赤ん坊か?」


「ぐっ!!」


 実際、やられているため返答できない。


 そしてフェルトは改めて問う。


「さあ、どうするアスベルさんよぉ。選択肢は三つ。投降か、【絶対服従】を使い、俺に抑えられるか、時間が来て制圧されるか、一応、さっきの件も入れるなら四つになるが、ラフィを殺すだけで結果はどれも一緒。牢屋にぶち込まれることに変わりない」


「くっ……!」


「さあ! どうする?」


 アスベルは焦燥感に駆られた怒りの表情で、フェルトを睨む。


「くそっ! くそっ! くそがあっ!!」


 思い通りにならず、しかも状況は最悪にしかならないことにアスベルはもう冷静では居られなかった。


 そしてフェルトはニヤッと口元を緩める。


 もうひと押しだな。


「あー……女で思い出したよ」


「!」


「アンタの女の趣味」


「なに?」


 フェルトはライクとゴルドを指差す。


「聞いたぜ、あのふたりから。何でも【絶対服従】や奴隷商から買い付けた女達は胸がでけえ女ばかりだってな。しかも可愛い系じゃなくて、綺麗系……所謂お姉さんタイプばっかりらしいな」


「てめえら!! そんな余計なことまで喋ったのか!?」


 そう問い詰められたライクとゴルドだが、そんなことには身に覚えはない。

 ライクとゴルドが性癖を暴露した後に話したのは聖都のことと【絶対服従】の件だけで、性癖の暴露も自分達だけだった。


「お、俺達はそんなこと言ってな――むぐっ!?」


 ライクが余計なことを言わないようにとゴルドが口を塞ぐ。


「黙っていろ、ライク。これもリーウェンさんの狙いか何かだ」


 するとフェルトはあっさりと、


「おや? カマかけてみただけなんだけど、当たったんだ! ハハッ!」


「き、貴様っ!!」


 弄んでみただけだと自白。

 するとフェルトは、小馬鹿にするようにクスクスと笑いながらアスベルを挑発する。


「でもそうだったんだぁー。へえー」


「何か言いたいようだなぁ。この際だから聞いてやるから言ってみろ!!」


「マイケール!」


「だから! それ! やめろ!」


「まあまあ。ねえ? 俺はふたりに女の趣味を暴露させた最後あたりに面白いこと言わなかった?」


「お、面白いこと?」


 フェルトは人差し指を立てて、その場でクルクル。


「ほら、アレだよアレ」


 するとゴルドが少し気恥ずかしそうに答える。


「胸を選んだらどうこうとかの話ですか?」


「そう! それ! 折角だから団長殿にも教えてあげてほしいな」


 するとライクとゴルドは気まずそうに恐る恐る語る。


「い、言ってたんだ、リーウェンさんが。女性はその……お尻派だって答えると変態って言われ、胸派だって答えると――マ、マザコンだって……」


「!?」


「ま、女性によっておっぱい派か尻派かなんて答えは個人差や諸説によるところはあるだろうが、そう思う人もいるって話だ」


 それには会場の皆も同意なのか、苦笑いが飛ぶ。


「だがアンタの場合は明白だよなぁ?」


「な、何だと……!!」


「だってそうだろ? おっぱいがでかい女ばかりを囲い、しかも顔立ちはお姉さんときた。それって母性のある女性が好みってことだろ?」


 偏見とも捉えられるだろうが、アスベルの神経を逆撫でするには十分だった。


「お前が休日とかにその女性達に何してるのか、簡単に想像つくよ。マンマァ〜っとか言いながら、豊満なボディにでも顔を埋めてんのかよ」


 アスベルは俯き震える。


「更にはおっぱいを赤ちゃんみたいに吸ってるところも想像つきそうだ」


 だがその表情は怒りに震え、額には血管も浮き出る。


「いやいや! 団長って立場だ、赤ちゃん帰りしたいって欲望もきっとあるんだろうぜ。それに人の趣味はそれぞれだ否定もしないさ」


 敢えて肯定することで、あたかもフェルトが話したことがアスベルの性癖であるかのように周りも聞こえたのか、クスクスと小馬鹿にする笑みが溢れる。


「しかもアンタはマザコン故に女を口説く甲斐性も無い。だから【絶対服従】とか奴隷商に頼ってたんだな。なるほど」


 明らか過ぎる挑発と、黙り続けるアスベルを見たダミエルは、


「アスベル! これは挑発だぞ! わかっているな!?」


 冷静になれていないであろうアスベルを少しでも落ち着けるよう語りかけるが、


「挑発ぅ? そんなことする必要ある? 俺が? 俺の勝利が確定し、相手が俺よりもクソガキなんだぜ? そんな煽るような挑発なんてするかよ。事実を言ってるだけだぜ? じーじーつ!」


「き、貴様がそんな無意味なことをするものか!!」


 ダミエルは冷静だが、アスベルは聞こえてくるフェルトのひと声ひと声に苛立ちしか募らない。


「いやぁ……さっきは悪かったよ、アスベルさん。アンタが確かにマザコンなら、そもそも男の甲斐性なんて待ち合わせてるわけないもんなぁ? だから【絶対服従】を勧めて来たんだろ? 本当に悪かった! ごめんな? 乳離れもできない――マザコン団長さん?」


 ――ブチっ!!


「はあ……はあ……はあっ!!!!」


 明らかに冷静になれていない荒い息遣いに、ダミエルはマズイと考え、フェルトは望み通りの展開だとほくそ笑む。


「アスベル! 冷静なれ! こんな子供みたいな挑発に乗るな!」


「わかっている!! 黙れ!! この役立たずがぁ!!」


 わかっているとは口にしても、もう怒りのボルテージはとっくにゲージを超えていたようで、


「そんなことわかってるが……ここまで舐められて黙っていられるかぁああああーっ!!!!」


 堪忍袋の尾が切れたアスベルが止まることはなかった。


「ア、アスベル……」


「ですよねー」


 アスベルが血管が浮き出た視線でラフィを見る。


「ラフィーーーーッ!!!!」


「ひいっ!?」


「ここにいる()()を【絶対服従】させろ!! このクソガキの望み通り、【絶対服従】を使ってやるよ!!」


 冷静じゃないアスベルを見て、心配で堪らないラフィは身を乗り出して聞く。


「だ、大丈夫なのよね? フェルト・リーウェンの目論見通りなんじゃ――」


「黙れ!! この能無し聖女がっ!!」


「ひっ!」


「てめえは誰のおかげで、そんなとこに居られると思ってやがる。今までお前を上手く使ってやったのは誰だあっ!!」


「ア、アスベル!! アスベルだから……ど、怒鳴らないで……」


 ラフィは怯えながらも反射的にアスベルのお陰だと語ると、


「そうだろうがあっ!! だから口答えなんかせずに、俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ!!」


 本性剥き出しでラフィを道具扱いしてることを語る。


「おっ? ふたつめを選択したんだな。これで俺が制圧して終わりだな」


「ふざけるなあっ!! 【絶対服従】が効かないなんて有り得ないんだよ!!」


「それがあり得――」


「黙れっ!! 貴様には根拠があるだろうが、それを証明できてない時点で、それは根拠が無いことと同義だ!! これ以上、貴様の口車になんか乗るかっ!!」


「……はいはい」


 フェルトは絶対的余裕な態度を取るが、その意図をアスベルは汲み取れていないようだ。

 それをダミエルは考慮せよと語ろうとするが、


「アスベル!! お前、フェルト・リー――」


「黙れと言ってるだろうが!! 舐められっぱなしでいられるか!! 大丈夫だ、ダミエル。俺は今まで上手くやれてきただろうが。ここから大逆転さ!!」


「くっ……」


 アスベルは聞く耳を持たない。


 そんなダミエルが人質に取るエメローラが、フェルトがこれだけ挑発した理由がわかったのか、ラフィに聞こえないようにダミエルにのみ語る。


「残念でしたね。フェルトさんの勝ちですよ」


「なに?」


「先程、あの男は『自分以外の全員を絶対服従せよ』と命令すると言っていましたが、あれだけ煽られたアスベルが今指示した命令は『全員を絶対服従せよ』とのこと。これではアスベル自身も洗脳されるのでは?」


「!!」


 ダミエルはバッと会場を見る。

 相変わらずアスベルは激情に支配され、フェルトは余裕の表情のまま。

 そして身を乗り出し、場所を割らさせているラフィ。


「フェルトさんがどんな根拠で【絶対服従】を受けないのか不明ではありますが、本当に効かないのであり、先程の命令をされた場合、動けるのはフェルトさんとラフィのみとなります。これだけの距離とはいえ、フェルトさんのことですから、投げナイフでも用意しているのではありませんかね」


「そ、そうか……!! アスベルから冷静さを奪い、命令内容を変えさせ、かつラフィの不安を煽ることで、観覧席から確実にラフィの場所を特定するために、アレだけ煽ったのか!?」


「少なくともアスベルの冷静さを欠き、命令内容を変えるところまでは合ってると思いますよ」


 しかもこの作戦には、アスベルのようなプライドの高い人間であるほどにハマっていく。

 ここまで上手くいかず、更に舐められた態度まで取られれば、周りが見えなくなってしまう。

 そうなればダミエルは勿論、他の仲間の声も届くはずもない。


「くそっ! 俺達がアスベルに介入できなくなることも折り込み済みか!」


 そしてその命令を受けるラフィは、自己解決能力が無い。

 従って、必然的にアスベルさえコントロールできれば、フェルトには問題のない話だったりする。


「さあ!! ラフィ!! 命令しろおっ!!」


「わ、わかったわよ」


 そしてラフィが息を吸い、命令を口にしようとした時、


「――もうやめてぇええええっ!!」


「「「「「!!」」」」」


「も、もう……やめて、ラフィ」


 そう呼びかけたのは、ネフィだった。

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