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月影耽美譚~月子の物語  作者: ハルノ_haruno
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夜もすがら

 ギィィ。

 妻戸を開く音がしてアキは顔を上げた。


「耀様、こんな夜更けに何の御用です」

「アキ、起きていたか。月子は?」

「お休みでございますよ」

「はは、俺が手を付けぬよう見張っていたか?」

「お分かりならお帰りなさい」


 アキが月子の身体を拭いた時、その身体には耀に手をつけられた跡がなかった。

 来るなら今夜だろうとアキは寝ずの番をしていた。


「手は付けぬよ」

「耀様のそのような言葉を信じるわけには参りません」


 これまでどれだけ多くの女から文が届いたか、アキはよく知っていた。


「手をつけるには美しすぎるだろう」


 耀はそう言って帳台の中を覗いた。

 月子は死んだように動かず、眠りが深いことが見て取れた。


 なんとも不思議な女だ。

 男に攫われた日の夜に、こうも警戒心なく眠れるとは。

 これ程美しい見目をしていれば言い寄る男も大勢いただろうに、そういうことには疎く育ってきたのだろうか。


「月子様をどうするおつもりです」

「さぁ、どうしようか」

「笑い事ではありません」

「手放すつもりはないよ」


 手放すつもりなら、野ざらしにされた素性のわからない女などわざわざ連れて帰りはしない。

 アキはこれ以上小言を言っても無駄だと思ったのか、小さく溜息をついた。


「しばらくは私が世話をします」

「あぁ、助かる」

「その間は指一本触れてくださいますな」

「ははっ、そう怒るな。俺はこの年になっても叱られるのか」


 アキは月子をこの上なく不憫に思っていた。


 御髪みぐしを下ろしていないところを見るに、まだ出家したてだったのだろう。

 この若さで出家を決意するほどの何かがあったと想像するだけでも可哀そうなのに、意を決した出家が男の手によって成就出来なかったことが何より嘆かわしい。


「叱られたくなければ出てお行きなさい」

「だが人恋しいな。アキが慰めてくれるか?」

「散々アキの乳を吸って大きくなっておいて、まだ乳離れが出来ませんか」

「わかったわかった」


 耀は袂から桐の花と文を出すと、そっと月子の枕元に置いた。


「月子、消えてくれるなよ?」


 耳元でそう言うと、月子が微かに微笑んだ気がした。

 そんなことは気のせいなのに、そう思ってしまう自分が可笑しかった。


「もう休む。アキも休め」

「本当でしょうね」

「たまには独り寝もいいだろう?」

「どの口が仰いますか」


 耀はアキの視線をかわすように廊下へ出た。







 翌朝、鳥の鳴く声とひんやりした空気の中で目が覚めた。

 寝返りをうつと、不意に甘い香りがした。

 甘い香りの正体は薄紫色の花だった。そしてその枝に括り付けられた一通の文。




 詞書ことばがきには「貴女は露のように消えると言っていましたが――」

 と添えられ、その隣には流麗な字で和歌が書きつけられていた。




「夜もすがら念じてかひのあるべきか かくのごとくに人の見ゆらむ」

(一晩中、月に祈った甲斐がありました。ほらこのように、今頃貴女はこの文を見ているでしょう?)



 冴えた空気の中、カッと頬が熱くなるのを感じる。


 耀様はいつこの文を置いていったのだろう。

 寝所に入られたこと、寝顔を見られたこと、それ自体も恥ずかしい。


 けれど、私を想ってしたためられた文に胸が鼓動を始める。


 一晩中祈っていたなんてきっと嘘。

 男性が女性に送る和歌なんて、どれも気を持たせる内容なのだ。

 そこに心があろうとなかろうと、それがマナーだから。


 そんな風に頭ではわかっていても、生まれて初めて向けられる男性からの好意に戸惑わずにはいられなかった。

 それもあんなに美しい人に。



「月子様、お目覚めですか?」


 しっとりとしたアキの声がした。


「は、はい」

「よく眠れましたか?」


 衣擦れの音がゆったりと近付きアキの顔が現れた。


「は、はい。ありがとうございます」


 アキは私の手元の文に目を落とした。

 そして艶っぽい溜息をついて忠告した。


「月子様。耀様に恋をしてはなりませんよ」

「え……?」

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