銀銃の神父は、影に落ちる
ジリジリと、照りつける太陽の光と肌を突き刺す乾いた風が、乾いた体にムチを打つ。
私、クロード・ウィルバスは、バチカンの神父だ。今私は、バチカンからの依頼でイスラエルの地へと来ていた。
「これは、神からの試練。・・・これもまた、神の思し召しか」
「何ブツブツ言ってんだ兄ちゃん?いいからさっさと有り金全部おいてけよ。そうすりゃ、命だけは見逃してやるぜ」
イスラエルについて早々、私は旅行者刈りのごろつき共の餌食になっていた。
肩にかけた機関銃と、腰に刺したコンバットナイフのようなものをちらつかせてくる。
は〜、仕方ないか。・・・私は来ていたコートの内ポケットに手を入れた。
「お、やっとその気になったか?それでいいのよ、楽しく旅をして〜もんな」
「私の信じる神は、貴様らのような異教徒にも、均等に救いの手を差し伸べる。これも、神の思し召しだ」
「あ?」
私は、コートの内ポケットから銀の拳銃を取り出し。ごろつきの一人の脳天を撃ち抜いた。
「て、てめぇ!!」
ごろつき達は、一斉に銃口を向けてくる。だが、私は腰を一瞬で落としごろつき達の銃を持つ手を全てを体を旋回させ撃ち抜いた。
ごろつき達は、その場に銃を落とし、手を抑え私を睨みつけてくる。
「こ、こんなことしてただで済むと思ってんのか!!」
「ただ?貴様ら異教徒たちを救うための弾丸だけで、かなりの出費だ」
私は、ごろつきの脳天を一人ずつ撃ち抜いていった。
計11発、ごろつき6人を救うのに11発、私も鈍ったな。今回の出費を神は、お許しになるだろうか。
いや、許すさ。これも神の思し召しだ。
「・・・エイーメン・・・」
神の国・フェンリル家
「はー、はー・・・『解鎖』状態のキープはまだ三分が限界か」
「まだまだ、未熟ものだな。俺の力を受け継いだんだ、少なくとも俺と同じくらいは強くなってもらわないと困るぞ。力のコントロールになれないとな。・・・肩の力を抜いて、呼吸を整えるんだ」
息を切らし、肩で息をする俺 九条裕也をしごき倒す男は、神殺しの刃、フェンリルだ。今は俺の義理の父親でもある。
俺は、親父からフェンリルの力を受け継いだ、その力で俺は狂った神「狂神」を狩っている。
「お〜、お〜精が出るの〜」
「お!おでん爺、来てたのか」
「おでん爺ではない!オーディン様と呼べと何度もいいておるじゃろ!・・・おでんは持ってきたがな」
そう、言って。鍋を取り出す白ひげの老人。この人は、主神オーディン様だ。
俺の、境遇を知って、フェンリルの義理の息子として認めてくれた心の広いお方だ。趣味は料理らしく、よくおでんを作って持ってきてくれる。
「こんにちは、オーディン様」
「うむ、久しぶりじゃな。裕也」
俺は、息を整え。オーディン様に頭を下げた。
オーディン様は、魔法でその場にちゃぶ台を出して鍋を置くと、「ほれほれ」と俺達を手招きしてちゃぶ台の周りに座らせた。
「昼、まだじゃろ?おでんでも食え」
「なんだよ爺、気が利くじゃねえか」
親父は、ちゃぶ台に着くとすぐに、鍋に手を付け始めた。俺は、おでんには手を付けずにオーディン様に質問した。
「オーディン様。・・・仕事、なんですか?」
「・・・うむ、察しが良いな」
「オーディン様がここに来るときはたいてい仕事の話ですからね」
「今回はどこに出たんだ?・・・卵取ってくれ裕也」
親父は、のんきに食事を続けながらオーディン様に聞く。オーディン様は険しい顔で答えた。
「今回は、イスラエルの地に行ってもらいたい」
「イスラエル?ですか。別にそんなに難しい仕事には思えないですけど」
そんな俺の、質問に親父がおでんを食べながら説明をしてくれた。
「いいか、裕也。イスラエルには俺達とは違う神々がいてあそこにはその神々達の国があるんだ。そんなところに管轄外のしかも、神殺しの力を宿したものが侵入したとなれば神々は大慌て、終始監視されるどころか、なにか変な動きでもしようものなら殺されてもおかしくない。それだけ俺たちの力は、悪い意味でも特別なんだ」
「しかし、狂神は我々の国、いや我々が生み出した物と言っても過言ではない。尻拭いは我々でしなくてはな」
まただ、親父も、オーディン様も狂神がいったいどこから発生しているのかなどは全然教えてくれない。やはりまだ、完全にこちら側の者とは認められてないのだろうか。
一瞬、しんとなった場の空気を切り裂くように親父が口を開いた。
「とにかくだ、イスラエルってだけで気をつけることが増えるってことだ、行けるんだったら俺が行くべきなんだろうが・・・爺、そこに出たって言う狂神はいったいどんなやつなんだ?」
「うむ、確認されたのは動物型が4匹だ人型は今の所確認されていない・・・、だが、前回のようなことがないとも言い切れんのが現状だ」
前回、それは俺が遭遇した数匹の動物型を操る人型の狂神の存在だ。あれは、サデーニャとの連携でなんとか、なったが、今度も誰か増援があるとは考えられない。
「俺は、人型2体の討伐に出なきゃならんし、今回は裕也に行ってもらうしかなさそうだ」
親父は、心配そうな顔で俺を見てくる。
「安心してくれよ、親父!俺だって、強くなってるんだ。親父と同じまでは行かなくても仕事はしっかりこなしてみせるさ」
「そうだな・・・、爺、イスラエルの仕事は裕也に任せるがいいか?」
「うむ、わかった。じゃが、裕也」
オーディン様が俺の顔をじっと見つめて口を開く。
「もし、自分が死にそうになったらすぐに戻ってくるのじゃ。何よりも、お前の命が最優先じゃからな」
「はい、オーディン様」
「よし、それじゃおでんを食べるとするかの」
「はい!・・・いただきます!」
俺も、大切にされてるのかな?ここが、俺の第二の故郷。帰る場所なんだ。
〜イスラエル〜
「なるほど、こういうことか」
俺がイスラエルについた瞬間、どこからか視線を感じていた。街に入るとそれは一層強くなり。あからさまになっていった。
あれで隠れているつもりなるか?フェンリルの力を受け継いだ俺の嗅覚と聴覚、その他の感覚は人のそれの数倍になっていた。そのため、気配を消されようが、物陰に隠れられようが俺には意味がない。
「しかし、気づいてもこちらからなにかできるわけでもない。・・・さっさと仕事を終わらせて帰ろう」
俺は、少し歩く速度を上げた。
なにか、おかしい。この街に入ってから、狂神の気配を感じない。
「情報が間違っていた?・・・いや、それは考えづらい。影の深くに潜っている?親父が言っていたな上位の狂神は自らの気配を極力抑えるために影の中に潜っていると。こりゃ、夜まで待つしかなさそうだな」
影の深さ、それは影と周りとの明るさの差によって生まれるらしい。そのため昼間、それもイスラエルのように、背の引くい建物群に囲まれ、日差しが強いところの影は深くなる。しかし、夜は影と周りの明るさが非常に近くなる。そのため、影は浅くなり、狂神は強制的に上がってくるというわけだ。
しかし、そうなると暇ができたな。少し観光でもするか。
夕暮れ時、日も陰り始めた頃。俺の背中にヒヤリとしたものが通った。それは、静かに路地裏の方へと抜けって行った。
これは、まずい。絶対に追いかけちゃいけない気配だ。俺の、本能がそうがなりたてる。狂神!?いや違うこれは全く違うものだ。そう、神聖な何か、殺意ではなく神の力の一端。明確な敵意・・・俺に向いている?いや、これは俺には向いていない。とにかく、今すぐこの場から離れなくては。
刹那
目の前の住宅の壁が砕け、コートを着た男が、体中に包帯が巻かれた巨漢の男に殴らえれ吹き飛ばされてきた。コートの男は、吹き飛ばされたあとひらりと身をひねり地面に着地した。
「ふ〜、手荒ですね。私は、ただあなた達が殺した我らが同胞の肉体を返して貰いに来ただけなのですがね」
コートの男は服のホコリを払いながら言う。
「だから、それはできないお願いだと行っているでしょう。我らが神に歯向かったものが命を奪われるだけで許されるとでも?肉体まで我らが神のために奉仕していただかなんくてはね」
白いスーツに身を包んだ眼鏡の男が、巨漢の男の後ろから現れ挑発的にコートの男に言う。そして眼鏡の男は巨漢の男に命令する。
「殺れ」
「う、ううがああああああああああああああ!!!!」
巨漢の男は叫びながらコートの男に殴りかかる。轟音とともに砂煙が巻き起こった。視界が晴れたとき俺は目を疑った。
「げっほ、げっほ・・・はぁ、野蛮すぎる」
そこには、片手で拳を受け止めるコートの男の姿があった。コートの男にダメージは見られな、男は拳を払うとコートを翻し、内から銀色の拳銃を取り出し、巨漢の男の額に銃口を向け言った。
「お前も、あの男の被害者だ・・・しかし、もう助からない。せめてもの慈悲として一発で送ってやる」
パンッ
放たれた弾丸は巨漢の男の脳天を貫いた。次の瞬間、巨漢の男の体は砂となり崩れ去った。それを見た白スーツの男は、ため息交じりに口を開いた。
「やはり、聖職者ではない人間の体を依り代にしても、『狂神』は作れませんね。・・・これも、いい失敗データです。それでは」
「逃げるのか?」
「ええ、私にはあなたに勝てる力はありませんから。ですが、またすぐ会えますよ。ではまた、今度はこちらから」
狂神!?今、あの白スーツの男はそういった。しかも、作っただと!?どういうことだ。狂神だとしたら俺が察知できないはずがない!しかし、あの巨漢の男からは狂神の気配は感じ取れなかった。どういうことなんだ!
「おいッ!お前!」
「ん?・・・なんですかッ!?な、なぜ、神殺しの刃がここに!?察知されたのか。クソッ」
白スーツの男は俺のことを見ると、狐につままれたような顔をすると、路地裏の方へと体を向けた。
「おい、待て!お前、今狂神を作ったと言ったな、それはどういうことだッ!?」
「話すわけ無いでしょう。・・・そこの、神父さん。話が変わりました。私は、もう貴方の前には現れることはないでしょう。非常に残念ですがッ!」
そう言うと、白スーツの男は路地に飛び込み、影の中に沈んでいった!
影の中に潜る、そんな事ができるのは狂神だけ、のはずだ。いったい何者なんだあの男は?
白スーツの男について考え込んでいると、コートの男、神父と呼ばれていた男が近づいてきて、言った。
「君、ヤツについてなにか知っているのか?」
「あんたは?」
「私は、クロード・ウィルバス。バチカンで神父をやっている」
「俺は、九条裕也。訳ありなんで、あまり詳しい話はできないですが」
「それでも構わん。話せる範囲でいい情報をくれ」
俺は、日が落ち始めた夕焼けの中、クロードと情報交換を交わすこととなった。
俺たちは、戦いのあった道から少し離れたカフェで情報の交換をしていた。
柔和な顔立ちながら、その奥の確かな強さを感じるクロードさん。歳は25・6といったところかかなり若く見える。
「あの男の言っていた『狂神』というものは一体何だ?あの巨漢の男のことか?」
クロードさんが俺に、白スーツの男について急かすように質問してくる。しかし、俺にもわからないことだらけだ。
俺は、クロードさんに、情報はあまり持っていないことを謝ってから、口を開いた。
「俺は、あの男の言っていた狂神を追ってここまで来たんです。ですが、あの巨漢の男からは狂神特有の気配を感じなかった。あの男が言っていたように、あれは狂神の失敗作?もしくは狂神をもしたなにか。だと思います。どちらにしろ、状況は最悪。やつの言っていることが本当だったら、俺の感覚に引っかからない化け物がうようよいることになります」
俺は、低いトーンでクロードさんに言う。
これはかなりまずい、俺たち神の国に見えないところでなにかが進行んでいる?そんな事は考えたくはないがありえないことでもない。他の神話陣営、もしくは神個人が関与していれば、他の神々から見えない特殊な空間を作ることは不可能ではない。だが、やつは確かに『狂神』と言っていた。つまり、奴のバックにあるのは俺たちの神話体系からの神・・・。
「なにか、考え込んでるところ悪いが。少し質問をしていいか?」
「あ、はい。すみません」
「いやいいんだ。それで聞きたいんだが。その狂神ってのは生命体なのか?俺が、あいつに触れたときあの男からは生気を感じなかった。・・・そう。まるで泥人形に人間を定義する何かを注ぎ込んだような」
「人間を定義・・・ではやはり、あの白スーツの男は狂神を作ろうとした?・・・いやッ、そうか。そういうことか!」
狂神は、その姿が人間に近くなるほどその力が強くなる。つまり、あの男は狂神の人型を人為的に作ろうとしている。そのために人間を定義づけるものを探しているんだ。だから、人間の肉体を依り代にしたのか。
俺が、独りで納得した様子を見て困惑したようにクロードさんが聞いてくる。
「おい裕也くん、何かわかったのか?」
「あ、すみません」
俺は、クロードさんに狂神について話せる範囲で説明して。あの男のしようとしているであろうことを話した。
そして、クロードさんも合点がいったのか、うんうんとうなずきながら口を開いた。
「私の、バチカンからの仕事というのは、この国にあるであろう『聖遺物』信者 クロノス・マルドイスの右腕 の回収だ。この、クロノスという男は、生前神のために戦場に立ち、武器を握った。故に汚れた英雄と呼ばれた。その男が先月この街に訪れたときだ消息が取れなくなった。そして数日後クロノスは死体で見つかった。その体には、右手がついていなかったんだ。そのクロノスの右手には神からの啓示『スティグマ』が刻まれていたんだ」
「つまり、殺した犯人はそのスティグマが目当てだった。ということですか?」
「正確には、スティグマが刻まれた肉体の部位だな。我々の教えでは神は体を持たず他の生物に憑依することでこの世界に顕現すると言われている。スティグマはその憑依の一つの形。つまり、その右腕は神そのもの。というわけだ」
狂神の人型を作るのにおいて、神の肉体を利用する。それが一体どのような効果があるのかはわからないがあの白スーツがそれを思いつき実行に移したのだとすれば、クロードさんの探しものが尾の白スーツのところにあるのは間違いないだろう。俺の目的地も今はそこだ。
俺は、クロードさんに同時行動を提案した。
「クロードさん。どうやら、俺達は目的は違えど目的地は同じようだ。どうです、白スーツのところまで案内しますよ。俺、鼻が効くんです」
「確かに、我々の目的地は同じようだ。少しの間ではあるがよろしく頼もう」
クロードさんが右手を差し出してくる。
困ったな、俺の体は今は神殺しの力を持つ。その力は神の体を引き裂き、命を奪い取る。それは、神の信者にも多少は反映されてしまう。
握手は、できないな。
「すみません。個人的な事情で握手はできないんです。本当にごめんなさい」
「ん?そうなのか。まぁ、人にはそれぞれ事情があるものだ。謝らなくてもいい、神はお許しになるであろう」
「は、はい。ありがとうございます」
この方の神様もかなり寛大なようだ。
ーーーーーーー
夜の帳が落ち、影が浅くなりあたりに狂神の匂いが立ち込める。4匹どころの話ではない。周囲だけで10匹は超えているだろう。大きな誤算だ、こんな数俺だけじゃ対処できなかっただろう。しかし、
「数だけで、大したことないんだな狂神ってのはッ!」
クロードさんが動物型の狂神の頭部を鷲掴みにして、壁に叩きつけながら言う。
この人、銃を扱うようだけど素手のほうがよっぽど強いんじゃないだろうか。
あたりの、狂神の気配は数分で消滅した。
こ、この人はすごすぎる。
「裕也くん、この先であっているんだな」
「あ、はい。この路地をこのまま勧めば白スーツの匂いが消えたところです」
「しかし、本当にすごいな。もう数時間前なのにまで匂いがわかるとは。人間離れしているな君」
「あ、ははは。ありがとうございます」
俺なんかより、素手で狂神と渡り合えてるあんたのほうがよっぽどすごいよ。
クロードさんのおかげで俺たちは難なく白スーツの匂いが途切れた地点に到着した。そこは路地裏の少し開けた空間。扉などはない、ただ月の明かりだけがそこを青白く照らしていた。
「なにもないようだが?」
「表面上はね、固有結界、いや門というべきか。少し待ってください」
これは少しノイズ混じりではあるけど俺がいつも使うの同じ形態だ。これならすぐに開けられる。
俺は虚空に両手をつけ目を瞑る。門のデザインも俺の住む神の国のデザインとほぼ一緒。やはり、俺達の国からの協力者がいるな。
・・・ふぅ、聴け、神と人とを分かつ門よ。今、聖界の理においてこの門を開くことを命ずる。我が名はフェンリル。この門を作りし者の末裔である
俺は、頭の中でそうつぶやく。
ガチャリと鈍い音を立て何もなかったはずの虚空に凝った装飾のはどこされた門が現れた。俺はそれは押し開きクロードさんを手招きする。
「さ、空きましたよ。行きましょう」
「・・・すごいな」
ボソリと、クロードさんがつぶやく。やっぱり、クロードさんもあくまで人間、神の力『キセキ』を見るのは初めてだったようだ。
神の力は、その宗派によって表沙汰にされるかされないかはそれぞれだ、クロードさんの宗派は神の力の提示はされなかったのだろう。神は秘密主義だ。
俺たちは、門をくぐりまばゆい光に包まれた。目がなれあたりを見渡すと、そこは白一色の廊下だった。
「研究所?でしょうか」
「・・・、の、ようだな。人の気配はない、監視カメラは・・・見当たらないな」
「警備はザル。いや、誘われている?」
「その可能性も大いにあるな。だが、進むしかないのも、変わらぬ事実だ」
「そうですね、ついてきてください。匂いが戻ってきました」
クロードさんは、うなずくとコートから銀色の拳銃を抜いて構えた。その瞬間、クロードさんからビリビリとした緊張感を初めて感じ取った。
この人は、やっぱり強い。生命体として完成された強さを感じる。人の最終進化、といったところか。バチカンがこの人をどのように見ているかは知らないが、俺は素直にあこがれてしまった。
俺たちは、匂いを追って白い廊下を走り抜けた。入り組んだ廊下には影が一つもない。俺達の後ろの影もできないような光源の置き方がされていた。これは、狂神が影に逃げないための措置だろう。そのような構造からここの人間の狂神の支配は完璧ではないということがわかる。
「研究途中?狂神の支配に手こずっているようだな」
「その、狂神ってのは人のいうことを聞くような代物なのか?」
クロードさんが走りながら聞いてくる。
「いえ、狂神は固有のネットワークを持っていて、狂神同士でしか意思の疎通、協力、支配は行えないはずです。しかし、逆に一匹でも支配下においてしまえばネットワークを通じて全ての狂神を支配下に置くことも可能でしょう」
「なるほど、つまり、白スーツの男は人型の狂神を作り意思の疎通を試みようとしている。と言ったところか」
「そうなるでしょうね、狂神がしゃべるなんて聞いたことありませんが」
そんな話をしていると、匂いが一段と強くなった。白い扉の先、その部屋に奴はいる。俺たちは扉の横の壁に背をつけ、目配せして一斉に飛び込んだ。
「な、何だこれ!?」
「人?いや、そんな生易しいもんじゃない」
「狂神です・・・。それも全部ほとんど人の形をしている」
その部屋には、ガラス貼りの培養カプセルに人型の狂神が入れられ、ずらりと並んでいた。その数は10,いや50はくだらないだろう。
そしてその先、部屋の中心一番大きなガラスの培養カプセルの中には・・・。
「完全な人型!?・・・完成していたのか」
俺の唖然とした声をあざ笑うかのように、部屋の奥から白スーツの男が現れた。その男はメガネをくいっと上げると。ヘラヘラと喋りだした。
「ふふふふ、計画は順調に進行した。唯一の計画外は貴様、神殺しの刃がこの街に訪れたことだ。・・・・だがッ!!計画は予定どうりに、データは取れた。あとこいつの実戦データだけだ。君たちには実験台になってもらうよ」
そう言うと男は、カプセルの前のボタンを押し言った。
「目覚めよ、アダム」
その言葉と同時にカプセルから培養液が抜けていき、カプセルが開く。
ベチャンッ
「!?」
アダムと呼ばれた狂神はその場に倒れ込んだ。動き出す気配はない。
失敗?したのか。
男は、狂神の脇腹を蹴り声をかける。
「ほら起きろ、朝だぞ。お前の有用性を示せ。さあ!」
ビクンッ
アダムの体が痙攣し始めた。・・・
グリンッ
顔を上げ俺たちを見る。そして、白スーツの男に目を向けると男をつかもうとするかのように手を伸ばす。
「どうした?アダム、さあ立て。貴様にはその力がッ」
ザシュッ
アダムの伸ばした腕の形状が変化し男の脇腹を貫いた。
「!?ッ、何だ!何が起こっている!・・・アダム」
「き、きききき・・・キサマ、わ・・・ゆゆゆゆ、ユルサナイ・・・許さないッ!!!!」
アダムはカッ、と目を見開くと腕を振って白スーツの男を壁に叩きつけた。
「かはッ!」
壁に叩きつけられた男は口から血を吐き、動かなくなった。
死んだ?のか。だが、今はあの男よりこのアダムとかいう狂神の方が大事だ。
「くっそ、何だあれ!男の血を舐めてやがる」
「狂神の本能は食人いくら人型とはいえそこは変わらないという事でしょう」
「裕也くん、感じるか。この殺気」
「ええ、ビリビリ感じます。戦いは避けられそうにない」
アダムから放たれる濃密な殺気に俺たちは身構える。
ムクリと立ち上がった、アダムはゆっくりとこちらに歩いてくる。
俺は、クロードさんに顔は向けずに言う。
「俺が、先行します。援護をお願いします」
「大丈夫なのか!?」
「狂神に関しては俺のほうが戦いなれています。俺に任せてください」
「わ、わかった。・・・無理はするなよ」
「はいッ!」
俺は、床を蹴って一気に踏み込む。袖から、ククリナイフを取り出し両手に握る。ゆっくりと歩くアダムに高速で近づき、ナイフの刃をアダムの体に這わせる。四方八方からナイフで斬りつける。
なにか変だ。手応えはある、血しぶきが舞いアダムの足元には血溜まりができている。しかし、少しずつ、斬りつけるたびに。その手応えはなくなっていく。血溜まりは少しずつ小さくなる。そしてついに。
バシッ!
「な、なん・・・だと」
俺の握っていた、片方のククリナイフが俺の手から消えた。そのナイフをアダムが人差し指と親指でつまんで止めていた。
信じられない、成長?しているのか。戦闘の中で。化け物だ、俺は確かに急所に攻撃を叩き込んだ。それをすべて、直したのか。
アダムは俺から取り上げたナイフを投げ捨てると、またあるき出した。
目的は、クロードさん!?
「そうか、そこにいるのはお前なんだな。・・・クロノス」
クロードさんは悲哀に満ちた目でアダムを見つめながら言う。
「ひ、久しいな。クロード。本当に久しぶりだ」
「ああ、久しぶりだ。いつぶりだ?」
「イギリスで、反教者を殺したときいらいだな。・・・・・・わかるよ、クロード。私は今、醜いだろう。神に使える、最強と呼ばれた戦士がこのざまだ。神どころか、民衆に合わせる顔すらない。・・・私の舌が血の味を求めているんだ。私はもう人でなくなってしまった」
その場に崩れ落ちるアダムにクロードさんは優しく声をかける。
「神は、そんなことで信者を見捨てたりなどしない。神は必ずお許しになる、神は寛大なお方だ。そして、君ははまだ立派な人間だよ・・・」
クロードさんは、アダムの頬を伝う涙をそっと拭うとアダムを抱きしめた。
「だって、君は・・・こんなにも温かい涙を流せるのだから」
「ありがとう、ありが・・・とう。ヒック、ありがとう。クロード」
涙ながらに、繰り返すアダム。いや、クロノスさんは、スクリと立ち上がりクロードさんに言った。
「どうやら、ここまでのようだ。・・・私の中の狂ったなにかが目覚めてしまった。最後の頼みを聞いてくれないか?クロード」
「なんだい?」
「俺を、清めてくれ」
「・・・わかった」
そういった、クロノスさんはその場から一瞬で飛び退き。俺達から離れた。そして、その場にうずくまった。
刹那、その体から無数の触手や獣の足、鳥や虫の羽が生えだした。狂神の体が目覚めたのだろう。もうそこには、自我のようなものは存在しない。
俺が、身構えると同時にクロードさんが俺に言った。
「あの、狂神は私殺します!!裕也くんは、少しでいいやつの足止めをお願いできますか?」
「数秒、だけなら」
「十分です!わたしの合図と同時にお願いしますっ!」
「はいッ!」
やつは、目覚めたばかり。足止めの細工をするなら感覚が鈍っている今!
「『解鎖』!!」
俺は、素早く『解鎖』して走り出した。持って5分だが、出し惜しみなんてしてられない。
髪が根本から白髪になり、ぴょこんと狼の耳が生える。体中の筋肉が盛り上がり、一瞬で加速する。俺はアダムの周りを高速で回りながら床にいくつもの小さなナイフを刺していった。
「準備完了です!!」
「ありがとうございます!!裕也くんでは・・・」
クロードさんは銀の拳銃の銃口に首にかけていたロザリオを引きちぎり突き刺した。そして、謳い出す。
「神の与えし聖銀は、何人の邪おも払い、何人の罪おも裁く・・・裕也くん!今です!」
俺は、クロードさんの声に合わせその場から跳躍し、アダムに両手の平を向ける。そして一気に両手を閉じた!
その瞬間、床に刺したナイフから漆黒の鎖が伸びアダムの体に絡みつく。それは、アダムの触手、羽、腕を押さえつけ、貼り付けのような体制にした。
「今だ!クロードさん!!」
「神の力を、その身で受けよ!『聖銀十字』!!!」
銃口から放たれたロザリオは白銀の光りに包まれアダムの胸に突き刺さった。その瞬間、光はさらに強さを増しアダムの体を消し飛ばした。
その光は、ものすごい聖なるエネルギーを秘めており、光お浴びただけの俺の体もビリビリと肌が焼けるような痛みがした。
「これが、クロノスさんの・・・」
「ああ、右腕だ」
アダムの肉体が消し飛んだあとに残ったのは手のひらにロザリオが刺さった右腕だけだった。その右腕には十字架のマークの切り傷が手のひらにできておりとても痛々しいものに見えた。
「醜いでしょう?」
「え、いや・・・はい。とても痛々しいです」
「スティグマなんて表面上では言っていますが、これはバチカンの神降ろしの実験の傷なのですよ」
「神降ろし・・・神の信託ではなく、無理やり神の力をその身に宿すということですか?」
「ええ、これはバチカンの汚点。腕の回収は悪用の防止ももちろんありますが、一番はこの汚点の漏えいの防止でしょう。同じ神のに使えるものとして、一体どこで道を踏み外してしまったのか。悲しくなります」
俺は、クロードさんの深い悲しみの籠もった言葉に何も返すことができなかった。ただ黙って、右腕を布に包んでいく姿を眺めることしかできなかった。
クロードさんが、右腕を包み終わったあと忘れていたことに気づく。白スーツの男。
「あの男は!・・・い、いない!?」
男の叩きつけられた、壁のすぐ横に扉ができており血痕がそちらえと続いていた。
「行こう、裕也くん」
「はい」
俺達は、血痕を追って走り出した。
ーーーーーーー
一面真っ白の廊下を赤に染めながら這う男。白いスーツを身にまとった男はアダムに叩きつけられてからすぐに目を覚まし、鈍痛の響く脇腹を押さえながら隠し扉の向こうの廊下を進んでいた。
「くっそ、アダムの精神調整はまだ未完成だったか。・・・人間の知性を狂神に埋め込むために人間の体を依り代にしたが、あの体は成熟しすぎていたな。・・・クククッ、だがこれも良いデータだ」
男が壁を拳で叩くとそこに、扉が現れた。中は、精密なコンピュータや機械類が置かれた部屋だった。
男は、血まみれの手でキーボードを操作し始める。
「これで、研究は次へと引き継がれた。私のデータが次の研究者へ・・・ククク、私が死んでも我が神の望みは果たされる。次の実験は、人間の知性を埋め込むための媒体を無垢な体にして見るところからだ。クククククク」
男は、メールを送信し終わるとそこに力なく座り込んだ。
それからすぐに、裕也とクロードが男のいる部屋についた。男は不敵に笑うと挑発的に二人に言った。
「少し遅かったな、俺の、研究はもう次に受け継がれた。この一軒は無駄に終わったてことだ」
「なぜ、貴様は神の意志に背くようなことをする?」
クロードさんが、男に聴く。男は不敵に笑うと下半分が織れたロザリオを出して語りだした。
「神、神か。俺も昔は信じていたさ。毎日祈って毎日聖書を読んだ。・・・だが!神は私を救いはしなかった。私の兄弟、親みんな死んだよ。親父が死ぬと母親もすぐに蒸発した。体が弱い妹はろくに医者にも行けずすぐに死んでしまった。・・・そんな、絶望した私の前に本物の神が現れたんだ」
「本物の神?一体誰だ!名前は」
裕也は、本物の神について言及した。男は不敵に笑うと言った
「名前なんて知らねぇよ。だが、あのお方は『R』って自称してたな。・・・そんなのはどうでもいい。あのお方は俺に力と知識を与えてくれた。神への復讐心につけこまれたなんてことはわかってた。私がただ利用されていることなんてわかっていたさ。でもな、ただどこからか見ているだけのお偉い神様なんかよりあのお方はよっぽど、強く、優しく見えたんだ」
そう語る男の声は弱々しく、どこか悲しみをはらんでいた。
男の頬に一筋の涙が落ちる。男はフッと小さく笑うと口を小さく開いた。
「人間って、なかなか死ねないもんだな。痛みも、感覚も前も見えなくなっても生きている感覚だけはあるんだ。やっぱり神様ってやつは最低だ・・・な・・・」
男は静かに息を引き取った。それを確認したクロードがつぶやく。
「死んだ・・・みたいだな」
「そうみたいですね。・・・ふざけんなよ、こんだけ世界をかき回しといて自分だけ死んで終わりとか、ふざけてますよ」
裕也は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。
「結局、この件については何もわからずじまい。この研究がまだ続いて行くことしかわからなかった。状況は最悪、対策を練るにも俺達は今までどうり狂神を借り続けるしかない」
「行き止まりだな。・・・ある意味でこの男の勝ち逃げと言ったところか」
クロードがその場をあとにしようとしたとき、裕也がクロードを引き止める。
「待ってください、もしかしたらここのデータベースにデータが残っているかも!」
裕也が、キーボードを叩き始めた。モニターに多数のタブが開き始めモニターを埋め尽くす。そのタブには赤文字で『LOCK』と書かれてい。
険しい顔でひたすらキーボードを叩き続ける裕也の前に割り込むかのように映像が流れ出した。
「なぁ!?」
『タイムオーバーだ神殺しの刃。どうやら、研究者1号は殺されたようだね。しかし、残念だったねそこにはもう何も残ってなどいないよ。研究中だった狂神は回収させてもらった。君たちの完全敗北だよ』
画面越しに映る真っ白な仮面をつけた男。その野太い声はあざ笑うように言った。
『無駄足だったね〜。同情するよ。君はきっとこれからも私達と戦うことになるのだろうが、それら全ては無駄な努力となる。なぜなら、我が神の計画はすでに完成されたものだからだ。その予定に寸分の狂いもない。全ては予定長波のもとに時が流れていく。誰に求められはしない』
「ふざけるッ!俺が止めてやる、お前たちの神が一体何を企んでいようが俺がその計画をぶち壊す!」
裕也が、モニターに向かって怒鳴る。
『あっそ。・・・あ〜そろそろ時間だ。モニターから離れたほうがいいよ。んじゃね〜』
仮面の男は、そんな裕也の言葉に少しも耳を傾けようとしなかった。それどころか一方的に通話を切り去っていた。
そして、通話が切れた数秒後モニターが爆発し、コンピュータがショートしたと思うと研究所全体が大きく振動した。
「裕也くん、まずい生き埋めにされるぞ」
「くっそ」
裕也は、真っ暗なモニターを睨みつけ、その場をクロードと走り去った。
道中の培養カプセルの中は完全に空っぽだった。奴らのほうが、一枚も二枚も上手だったということだろう。
「裕也くん、このままじゃ出口には間に合わないぞ」
「みたいですね、でもここに門を開いたらどこに出るか・・・」
「死ぬよりはマシだろう、生きれる道を選ばねば」
「そうですね。・・・わかりました。・・・聴け、神と人とを分かつ門よ。今、聖界の理においてこの門を開くことを命ずる。我が名はフェンリル。この門を作りし者の末裔である」
裕也の唄に答えて二人の目の前に門が現れる。裕也はその門を蹴破り飛び出した。
ーーーーーー
「は〜、疲れた」
門を出たあと、そこは川の中で溺れるかと思ったがなんと生還していた。
俺の横でコートを絞るクロードさんがスクリと立ち上がって俺に言った。
「裕也くん、今回は本当に助かった。君がいなければきっとクロノスはもっと多くの人を傷つけていたかもしれない。クロノスを一聖職者として、いや、一人の人間として救うことをできたのは君のおかげだ。本当に助かった。ありがとう」
「こちらこそ、俺一人じゃきっとアダムは倒せなかった。ありがとうございましたクロードさん」
クロードさんが俺に手を伸ばす。俺はその手を取り立ち上がった。
まずい!俺が触ったら!
「すみません!」
「くははは、たしかにピリリとくるな。神殺しの刃よ。だが、私は君を知った。君を理解した。敵対などする気はない、安心してくれ」
「あ、ありがとうございます」
俺の、お礼を聴くとクロードさんは豪快に笑いコートを羽織った。そして俺に背を向け言った。
「この世界はどうやら我々の知らない間にかなり汚れてしまったようだ。私も独自に動いてみるよ。それじゃまたどこかで」
「またどこかで」
俺も、クロードさんと逆の方角に歩き出した。
俺達の知らない何かが、水面下で動き始めている。今はすべて後出しの状況だが、追いついてみせるさこれ以上無駄な命を散らせるわけには行かない。
ーーーーーー
「は〜い、おつかれ」
真っ暗な部屋の中、モニターに向かって突っ伏す男。顔には無字の白い仮面。そして後ろからそれを外すものがいた。
「神殺しの刃に、感づかれた。しかし、これもシナリオ通り。遅いくらいだわ」
そういう、のは銀髪で長髪の少女だった。
「私も帰りましょうか、それじゃ、お疲れさん」
少女がそう言うと、机に突っ伏していた男が黒い液体となって破裂し、影の中に溶けていった。
少女が、その場に門を出し。部屋をあとにする。
こんにちは、はじめまして。神奈りんです。
ここでは、少し本編では説明不足であろうことについて説明したいと思います。
それでは、神の国について。これは、宗教の数、というより人間が想像する限り無限に存在します。しかしその神の力の効力と、強さは信じる者の数に比例するので、信者が少ないと必然的に神の力は弱くなります。ここで、皆さんは「オーディンってどこの宗教だよ」と、思われたでしょう。ですがここでの信じる者というのは、〜どれだけ多くの人に知られているかと〜いうことです。ですのでギリシャ神話はかなり根強く世界に知られているのでかなり強い力を持ちます。同じように「エジプト神話」や「クトゥルフ神話」の神々なんかもかなり強いです。
これからもガンガン、神様が出てくるんで楽しみにしていてくださると嬉しいです。